ビデオカメラの世界が、大きく動き始めている。 miniDV規格がすっかり定着し、完全に成熟市場となっていたところに、「ハイビジョン(HD)対応」と、HDDやDVDなどの「ノンリニア」を取り込み、売れ筋商品の入れ替わりが激しくなっている。 そんな中、ソニーが発表したのが、「HDR-UX1」、「HDR-SD1」の2機種。同社と松下電器が企画し、キヤノンなどのビデオカメラ大手が賛同する新規格「AVCHD」対応の初代製品だ。 AVCHDはどんな目的で作られた規格なのか? HDR-UX1/SD1はどのような製品なのか? 同社の設計と商品企画の責任者にその狙いを聞いた。
■ 狙いは「ビデオカメラのHD記録」の普遍的フォーマット 西田:最初に、AVCHD規格がどのような経緯で生まれたものなのか、教えてください。 吉川:現在、ノンリニアメディアとして、DVDを使ったビデオカメラの市場が、急速に立ち上がっています。テープメディアでないため巻き戻し/早送りがなく、サムネイル表示によりランダムアクセスできることが支持されています。 また、DVDを使ったことで、スタンドアローンでなくなったことも大きいでしょう。テープの時代には、ビデオカメラを使った自己再生が基本でしたが、DVDでは、既存のDVDプレーヤーなどとの連携が容易で、使い回しの構造が生まれています。それをさらに発展させたHDD採用モデルも人気です。 それらのニーズは、ハイビジョン(HD)の世界も同じです。ディスクベースの前に、まず先にHDでの映像記録を展開しよう、ということでHDVから始めましたが、ノンリニアのニーズはやはり強い。
そこで企画したのが、AVCHDです。 最初は8cmDVDにHD映像を記録するものとして企画していましたが、最終的にはHDDやフラッシュメモリにも対応することにしました。 既存の企画との最大の違いは、「スタンドアローンではない」ということです。 これまでのHDD採用ビデオカメラも、データをPCに転送し、DVDに焼く、ということができました。しかし、メーカーにより仕組みが違うため、作成ソフトに互換性はありませんでした。これはお客様にとって、ある意味一番の不満点ではなかったでしょうか? AVCHDのビデオカメラでは、こういった問題は解決できます。AVCHD対応機器であれば、同じACXHD対応ソフトウエアで、データ保存や編集が可能になるのです。 西田:それは、物理的なメディアとアプリケーションレイヤー(記録フォーマットや圧縮形式など)を切り分けたということですか? 吉川:はい。でも、正直それほど複雑には考えているわけではありません。我々は、記録した映像は最終的にBlu-ray Disc(BD)に残していくだろう、と想定しています。それまでのメディアは何でもいいのではないか、と。 西田:8cmサイズのBDも規格化が進められていますが、8cmBDディスクを待たなかった理由はなんですか? また、AVCHDという新規格でなく、Blu-ray内の規格として提案しなかった理由は? 吉川:当然BDのことは考えています。しかし、BDはあくまで「ステーショナリー」(据え付け型機器)のフォーマットです。ステーショナリーとは、ソフト供給用のメディアということ。著作権保護に包まれたパッケージや、放送などを大容量ディスクに記録するための規格です。 西田:具体的に、ビデオカメラ向けの規格としてはどういう部分が必要になるのですか? 吉川:例えば、ビデオカメラでは、内部にある映像をサムネイルで見せています。モバイルで使うビデオカメラでは、ボタンを押したら、いち早くこれが見えてこないといけない。待たせてはいけないわけです。 しかし、モバイル向けに使えるプロセッサはステーショナリー向けに使えるものに比べるとパワーが小さい。フォーマットの段階で、負担がかからないよう、配慮した仕上げをしないといけないのです。即応性とバッテリ寿命が、モバイルの命の部分だと考えています。 大高:あと、AVCHDで大きく変わったことは、HDD搭載機とDVD搭載機を同時展開できるようになっていることです。いままでは、DVDの機種だけを作るので精一杯でしたが、AVCHDなら、簡単に両機種展開できる。これが一番の違いです。 吉川:また、技術面でいうと、BDはモバイルの世界で使うには、まだハードルが高い。例えば、カメラを振りまわして使っても、きちんと記録が保証できるか? ということです。BD採用にはまだ時間がかかります。 今、HDVというテープでの記録規格があるとはいえ、ノンリニアのニーズにいかに早く答えるか? これが重要なんです。 実際、弊社のSD画質のHDD採用ビデオカメラ「DCR-SR100」を購入されたお客様の中にも、「HD記録が欲しくてHDR-HC3を検討したけれど、ノンリニアの快適さにはかなわないので、結局SR100にした」という声が多いのです。 大高:シンプルに考えると、既存のDVテープにHDVでHD映像を記録できたのだから、同じようにDVDでHD映像を書けないか、という発想です。すぐにBDができないなら、今使っているメディアに書けないか、ということで、お客様にもわかりやすい。単純な発想からスタートしました。 その成功体験がHDVにあったので、そのまま8cmDVDで再現したい、と考えたわけです。 吉川:誤解してほしくないんですが、BDが待てないので、一時のためのフォーマットを作った、という訳ではありません。 今後AVCHDは、BDなどのステーショナリー・フォーマットとは切り離した形で、先々まで、カムコーダーの専用フォーマットとして作り上げていきます。DVDを使った商品も出していますが、DVDの(アプリケーション)フォーマットは、やはり映画を書き込むためのもの。BDも同じです。 AVCHDでは、ビデオカメラにとってなにが最適か、お客様の使い勝手に何が重要か、という視点からフォーマットが始まっています。そうした意味ではBDとは生まれが違うと考えています。ただし、お客様が家庭で使う際にはBDとの親和性が非常に重要になってくる、ということです。 西田:会見では、「BDプレーヤーでも再生できるようにする」とのコメントがありました。どうやるのですか? カムコーダーでファイナライズのような仕組みを使ってBDフォーマットに変換するのか、それとも、BDプレーヤー側で対応が必要なのか。どちらですか? 吉川:基本的には、BDプレーヤー側で「対応していただく」という形です。しかし、できる限り手間がかからないようにします。対応していただければ、プレーヤーにはAVCHDのロゴもつきます。出来る限りお客様にはわかりやすいようにするつもりです。 大高:アプリケーションレイヤーで、BDと親和性の高いフォーマットとしたのは、我々の意志なんです。 なぜそうしたか? それは、DVDビデオカメラが「DVDプレーヤーで再生できる」といううたい文句で成功したからでです。 今後、DVDプレーヤーはBDプレーヤーで置き換えられていくことになるでしょう。その時、BDプレーヤーでAVCHDがかかる、というのは、お客様にとってはわかりやすく、美しい姿です。 西田:メディアに依らず、ビデオカメラで撮影した映像を扱う統一フォーマットにしたい、ということですか? 吉川:そうですね。ビデオカメラの普遍的なフォーマットにしたい、ということです。 大容量のメディアに焼きたい、ということであれば、BDとの親和性は高いからどんどん焼いてもらいたい。しかし、モバイルに関しては、楽に扱える赤レーザーのDVDや、HDD、フラッシュメモリーと多様なメディアを使っていただきたいと考えています。 大高:とはいうものの、我々が他社に働きかけて採用してもらうには、まずソニーが率先してAVCHD商品を作り、提案していかねばなりません。そこでいち早く製品化した、という次第です。
西田:DVDにAVCHDを記録したものが、「DVDプレーヤーにかからない」というクレームも出そうなんですが、それに対する対処は? 吉川:販売店の展示台で、出来る限り告知していきます。 なにも、誤解を与えたいわけではないんです。店頭でもやりますし、カタログでもやります。いろいろなところで訴求していきます。 西田:PCで見られるように、再生ソフトを配布したり販売したり、ということは考えていますか? 吉川:今はそこまでは考えていません。ただVAIOに関しては、この商品とは無関係に、編集ソフトのAVCHD対応をソフトのアップデートなどで行ないます。ソニーの準備は進めています。 西田:規格策定の準備はいつくらいから始めたのですか? 吉川:ソニーの中で考え始めたのは3年程前です。まだ規格、というレベルではなく、次世代のノンリニアによるHD映像記録をどうするか、というレベルではありますが。 西田:社外に対しての提案は? 吉川:1年半くらいたってからですね。 西田:提案をしたときの反応は? 特に松下さんの反応が気になるのですが。 吉川:基本的には、考え方が一致した、と思っています。 西田:記録方式についての議論はありませんでしたか? 例えば、H.264でなく、MPEG-4などの採用は検討しませんでしたか? 吉川:元々我々のねらいは、8cmDVDにHD映像を、今まで通りの長さ(1時間)記録する、ということにありました。他の記録方式では、どうしても入らない。ですから、H.264しかなかった。 我々も、最初は1時間はいるかどうか疑問でしたが、なんとかビットレートを調整して実現しました。 新しいメディアを用意するのではなく、あくまで既存のDVDでHD記録を実現すること。この点では、松下さんと意見が一致していましたね。 西田:規格上、解像度は720pと、1080i。1080iに関しては、横解像度は1,920と1,440ですね。規格に1080pは入らないのでしょうか? 吉川:今は、入っていません。BDの規格上に無いですから。我々は、最終的にBDプレーヤーにかけることを目標にしているので、カバー範囲はBDの中で、ということになります。 ただ、モバイルの世界でプログレッシブ記録ををやりたい、という気持ちはありますから、どのような形でやるかは検討中です。 西田:AVCHDのDVD記録版規格を、DVDフォーラムへ提案することなどは考えていますか? 吉川:まったく考えていません。別個の物として考えています。ディスクとしては、BDとの連携は考えていますが、HD DVDとの連携については考えていません。 西田:ただ、アプリケーション層でいえば、HD DVDとの親和性も目指せないわけではないですよね? たとえば、東芝さんから申し込みがあったらどうですか? 吉川:そうなれば、われわれとしてはありがたいですけれど(笑)。製品としては、対応していただける可能性もあると思っていますので、AVCHDをHD DVDプレーヤーでかけたい、ということであれば、もちろんウェルカムです。
■ 自社製H.264エンコーダチップを搭載 西田:では、製品の話に移ります。一番の驚きは、H.264のエンコーダを搭載してきたことなんです。自社製ですよね? 吉川:もちろん。 西田:低消費電力で、H.264のリアルタイムエンコードを行なうのはまだ難しいと思うのですが、その秘密は? 吉川:細かい技術については話せない部分が多いのですが……。 秘密があったとすれば、それは「やらなきゃいけない」という意識が強かった、ということですね。どこかのパーツメーカーから出てくるのを待つのではなく、投入時期を決めて社内でやる、ということで追い込んでいったのが違いです。 西田:HDVとの画質差は? なにか傾向的な違いはありますか? 吉川:HQモード(9Mbps)であれば、全く差はないと思っています。 大高:低ビットレートでは多少苦しい部分がありますけれど…… それより、やはり撮影する対象による違いはありますね。 西田:記録モードは4つですね。
吉川:両機種とも、SD画像モードでも撮影可能です。ただし、SD画像モードの場合にはMPEG-2で記録します。 西田:H.264でSD画質の超長時間記録、というモードは検討しなかったんですか? 吉川:考えなくはなかったですが、H.264でSD映像を記録してどう使うのか? という疑問もあり、採用しませんでした。SD映像を記録するなら、やはりそのままDVDになる、ということが重要です。使い勝手の面からSDではMPEG-2でDVD記録することを重視しました。 西田:しかし、長時間記録のニーズもあるかと思いますが? 大高:そういうお客様には、5Mbpsのモードを使っていただければ、と思っています。5Mbpsなら、ハイビジョンで11時間記録できます。11時間撮れるなら、わざわざSD画質にする意味もないと考えています。 吉川:今回の場合、SD画質モードはMPEG-2ですから、記録時間はHD画質モードと変わらないんです。HDとSDでビットレートは全く同じですから。 西田:トップのビットレートが、HDDタイプとDVDタイプで違う理由は? 大高:HDDタイプは、とにかく最高画質で撮りたいだろう、ということで、やはり高画質へのニーズはあると思います。 DVDについては、DVDへの転送速度の問題で、HDDタイプよりレートが低くなっています。 西田:画質の点では、記録解像度が1,440×1,080であるところが気になります。多くのコンポーネントを、HDV製品から流用しているという事情もあるのでしょうが、横解像度を1,920ドットにする予定はありますか? また、720pへの対応はどうですか? 個人的には、プログレッシブ記録の持つ艶やかな感じも好きなのですが。 吉川:まず我々は、HDVの頃から垂直解像度は1080を守りたい、という意識がありました。ですから、HDV初代機から1,440×1,080を採用してきました。ただ、フォーマットとしては用意しています。今後の、商品企画としてどうするか、という問題になります。 大高:最終的なユーザーベネフィットとして、最終的な画質に違いとして本当にわかる環境がたくさんある、とう形になれば1,920も、とは考えています。きちんとした環境で、1,920×1,080でピチッと記録された映像を再生すると、これはもう本当にすばらしい。でも、なかなかその環境は揃っていません。 すべての撮影テクニック、環境が整い、ユーザーからのニーズが多く、違いがわかるようになってくれば、1920へのチャレンジを考えたいです。正直、ハードルはかなり高いとは思いますが。 もちろん、720pに期待する声があるのも理解していますが、垂直解像度の違いによる見た目の解像度の違いは大きい。やはり720本より1,080本、だと考えています。ソニーのHDワールドとしては「1080」を大切にして訴求していきます。 西田:HDDとDVD、2つ用意された理由は? 特にHDDも同時というところでインパクトが大きかったんですが。 大高:当初は、正直DVDに注力していました。 ですが、HDDビデオカメラの立ち上がりは全世界的に早い。エリアによってはDVD以上で、我々のSR100も好調です。 やはりノンリニアの記録というのは、両軸で回していくのがいいと思うのです。HDDは長時間記録ができる。一方、DVDはダイレクトアーカイブとして、そのままディスクを蓄積していける。どちらにもメリットがあります。 当初はDVDから製品開発を始めましたが、市場の動きを見ると、「やはり、HDDも同時にスタートしなければいけない」。ということで、HDDも可能な限り早く発売しよう、と取り組みました。発売時期は1カ月遅くなりますが、可能な限りキャッチアップしてきた、とご理解ください。 西田:それだけHDDのニーズが高いということですね。今の感触として、どちらが多くなりそうですか? 大高:(9月10日発売の)DVDタイプは運動会シーズンに間に合うので、初回生産分では、DVDタイプの方が若干多いと見積もっています。 ただ、私の直感としては、ほぼ半々にまでなるのでは、と考えています。年末から来年にかけて、HDDの割合が増えていくと感じています。 ■ PC転送はHDDモデルで実時間比10倍速に 西田:今回、テープでなくなることにより、PCへの転送速度がかなり速くなると予想されますが、どうですか? 吉川:はい、期待していただいで結構です。HDDタイプ・DVDタイプともに、ディスクの転送速度に比例した速度となります。 スペック的には、HDDタイプが実時間の10倍速、DVDタイプが2倍速でパソコンに転送できます。ただ実際には、添付ソフトを使う場合、DVDへの書き込みまで行ないますので、DVD書き込み時間まで含めると、もう少しかかることになります。カタログに書いてあるのは、「ワンタッチDVDボタン」を使ってパソコン側でDVDに記録するまでの時間です。単純に転送するだけなら、上記の時間で終わります。 西田:ワンタッチDVDボタンで記録した場合、DVDへは映像をSD変換して記録するのですか? 吉川:いえ、HD映像の場合にはAVCHD規格です。SD映像の場合には、DVD規格に準拠したディスクになります。
大高:今回のHDDモデルの場合、SD映像とHD映像を、切り替えながら記録できます。HD/SDのそれぞれが、HDD内でフォルダが分かれています。添付のパソコン用アプリケーションは両方に対応し、ちゃんと途中でディスクの入れ替えを促すようになっています。HD用のディスクとSD用のディスク、別々に作るわけです。 吉川:DVDタイプの場合には、ディスクへ記録を開始する場合に、HD記録なのかSD記録なのかを決めます。1枚に両方を入れることはできません。 切り替えつつ録画できるのもHDDタイプのメリット、ということになりますね。 西田:HDVでなくなることにより、編集など、PC上での負荷が高まってしまうと思うのですが? 大高:そのため、同梱しているソフトウエアでは、編集までサポートしています。 いままでは、弊社のカメラだと、弊社ソフトや「ソニーの○○対応」を謳ったソフトでしか編集できない、ということがありました。しかし、AVCHDはそういうことは起きません。各機種、それぞれに対応というのではなく、「AVCHD規格」のソフトであれば、各社のAVCHDのカメラで利用できるようになります。状況は急速に変わってくると思います。
かつ、今回の発表では、PC関連の各社様に関しては、社名だけでなく、どのソフトが対応するか、ソフト名まで明示させていただきました。これからさらに加速されると思います。 西田:HDVだと、HC1ベースの業務用機器などもありますが、今回のAVCHD製品ベースの業務用モデルは考えていますか? 大高:現在は考えておりません。 やはり、現時点では業務用のお客様のワークフローと編集環境を考えると難しい。HDVはすでにできあがっていますが、AVCHDはこれからですから。 いまようやくHDV向けの環境が立ち上がりつつある時に、AVCHDにシフトするわけにはいかない。ですから、業務用はHDVで展開することになります。 西田:HDV製品であるHC3と、ノンリニア性以外の部分で違いはありますか? AVCHD製品を積極的に選んでおく意味、といえばいいのでしょうか……。 大高:これからのビデオカメラ、AVCHD規格への「将来性」という部分でしょうか?。逆に言うと、言うのに詰まってしまうくらい、差は少ないんですよ。HC3は完成度の高い製品で、イメージャーやレンズなどは同じですからね。 HDVは長く使われた信頼性のある、枯れたテープメディアの製品、AVCHDはノンリニアの快適さを重視したこれからの製品、ということです。 西田:テープ商品をすぐにやめてしまう、ということはないんですよね? 吉川:まったくありません。ニーズが違うと思っていますので。 大高: やはり、「三役そろい踏み」といいますか、HD商品で3タイプあることが重要だと思います。それぞれのベネフィットを謳っていきたい。これだけ普及したDVのテープを、HDVカメラにかけて再生できるのは大きなメリットですから。 □ソニーのホームページ (2006年8月3日)
[Reported by 西田宗千佳]
AV Watch編集部av-watch@impress.co.jp
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