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大河原克行のデジタル家電 -最前線-
~ 好調シャープの液晶TV事業の大きな課題とは? ~



シャープ町田勝彦社長
 シャープが発表した2006年度第1四半期決算は、売上高が前年同期比13%増の6,937億円、営業利益13%増の404億円の好決算。4年連続で過去最高の売上高、営業利益の更新を、今年度通期の目標に掲げる同社にとっては、極めて順調な滑り出しとなった。

 なかでも液晶テレビ事業の好調ぶりが際立つ。第1四半期の液晶カラーテレビは、売上高は40%増の1,175億円、販売台数が50%増の112万台という実績。通期目標に掲げている、売上高5,500億円(前年比33.9%増)、販売台数で1.5倍となる600万台の目標に対しても好調な出足だ。

 なかでも、大画面化の進展は見逃せない動きだ。同社の2005年度実績では、30インチ以上が出荷構成比の38%を占めていたが、第1四半期には、これが約45%に達しているという。

 「市場全体では、この1年の間に30%程度の価格下落があったが、当社の場合は、大画面化やフルハイビジョンモデルの伸長もあり、第1四半期は、実質的には約4%の下落だけに留まった」と同社では説明する。

 今年度通期では、30インチ以上で60%を占める計画であるほか、液晶が不得意とされていた37インチ以上でも、2005年度実績の14%から、2006年度は、全体の約4分の1となる26%にまで一気に構成比を引き上げる。

シャープは2005年8月1日に、65V型のフルHD液晶テレビ「LC-65GE1」を発売した。今年も大型のフルHD液晶テレビが近いうちに発表される可能性は高い
 こうした大画面化を推進するのが、第8世代パネルの生産が可能な亀山第2工場の稼働である。大画面テレビに需要がシフトするなか、大画面パネルの生産に威力を発揮する同工場が稼働することで、より強い競争力を発揮できるようになるからだ。

 町田勝彦社長は、「第6世代および第7世代では、40インチ台、50インチ台のパネルの切り出しでは、どうしても無駄な部分が多くなるのに対して、第8世代は、最も効率的な大画面パネル生産が可能になる。大画面パネルでのコストダウン効果は大きい」と語る。

 亀山第2工場は、当初10月に稼働する計画だったものを、この8月からの生産へと前倒しにした。年末商戦に十分に間に合わせるタイミングでの稼働となる。

 例年のパターンからいえば、8月末から9月上旬にかけて、シャープは年末商戦向けの大画面モデルを発表することになる。8月上旬に発表した新製品が、最も大きなサイズで37型であったことを考えると、当然、大画面モデルが、これから発表されるのは明らかだろう。

 その製品群において、亀山第2工場および第8世代の効果が発揮されることになる。



■ フルハイビジョン化で先行する強み

シャープ亀山工場。左:第1工場、右:第2工場(完成予想)
 もうひとつ、同社の強みとしてあげられるのが、フルハイビジョン対応パネルの生産で先行していることだ。町田社長も、「この点では、競合他社に、半年から1年は先行している」と胸を張る。

 同社では、37インチ以上の液晶テレビにおいては、年内にすべてフルハイビジョン化を図ると宣言しているが、量販店店頭においても、フルハイビジョンというキーワードは、大きな威力を持つ。マーケティング戦略の意味合いでも、フルハイビジョン化は武器になっているのだ。

 同社では、「シャープ=フルハイビジョン」という図式を、国内で定着させたい考えで、その体制が着実に構築されつつある。

 さらに、同社では、液晶パネルの生産技術にも自信を見せる。シャープでは、かつて、生産技術を台湾や韓国のメーカーに公開したことで、競合メーカーの技術力が高まり、自らの首を締めた苦い経験がある。そのため、亀山工場の建設時点では、建物の建設ノウハウや製造装置、製造工程などのほとんどをブラックボックス化し、外部に技術が流出しないようにした。

 設計図をバラバラに起こし、部品ごとに発注したり、一度設置された製造装置に関しては、その後の改良やメンテナンスはすべて社内で行ない、外部に情報を流出させないという徹底ぶりだ。

 「大型パネルの生産技術だけでなく、カラーフィルターや偏光板といった主要部品も日々進化している。これらが品質やコストダウンに大きく作用する。ブラックボックス化は、第8世代になって、ジワジワと効いてくるだろう」と町田社長は、情報流出対策の効果が、同社の競争力に大きな威力を発揮することを強調する。

 先に触れたように、フルハイビジョン化で他社に先行しているのも、実は、こうしたブラックボックス化の効果が大きい。



■ 国内で絶好調のシャープが抱える懸念材料とは?

 だが、シャープには大きな懸念材料がある。それは、海外事業である。特に、旺盛な需要が見込まれる北米市場での事業拡大が喫緊の課題となっている。

 残念ながら、北米、欧州において、「SHARP」、あるいは「AQUOS」のブランドは、定着しているとは言い難い。日本のように液晶テレビのトップブランドというイメージではないのだ。

 振り返れば、日本においても、AQUOSを投入するまでのシャープのブランドイメージは決して高いものではなかった。どちらかというと、ブラウン管テレビ時代は、むしろ「安売り」の印象の方が強かった。

 だが、「目のつけどころがシャープ」キャンペーンや、液晶テレビを21世紀のテレビと位置づけ、液晶技術を前面に打ち出し製品戦略が、シャープの印象そのものを大きく変えたのは周知の通りだ。

 同じようなイメージ転換が、今後の北米市場、欧州市場でも求められているのだ。町田社長は、「松下電器やソニーに比べると、シャープの売上高は3分の1。ソニー、松下が一度に世界戦略を打ち出せても、当社には無理。まずは、今年秋から、北米市場への展開を本格化する。欧州市場は来年度以降の課題」として、慎重な姿勢で海外攻略を推進していく考えを示す。

 同社では、昨年度から徐々に北米市場における広告宣伝費を拡大しはじめていたが、今年度は、これをさらに2倍規模とし、すでに攻勢をかけている。

 様々なメディアを利用して露出度を高めるほか、全米3大ネットワークのひとつであるNBCとのパートナーシップによって、タイムズスクエアにAQUOSの看板を掲出するといった動きもある。

 ソニーやパナソニックの北米でのブランド力を知る業界関係者は、「すぐに北米でブランドが浸透するとは思えない。数10年かけて構築してきたソニーやパナソニックブランドに対抗することはできない」と、瞬間風速的に広告宣伝量を増やしても即効性がないと警告する。

 だが、シャープにとっては、避けては通れない道であるのも事実。日本で成功したブランド戦略が、北米でどこまで通用するかが注目される。



■ 北米市場攻略の鍵を握るのは、大画面戦略

 そして、北米市場攻略には、大画面化が大きな鍵になる。「これまでは、北米市場向けには、30インチ台の製品を主力としてきたが、これでは、どうしても、フロアに直置きされる『島展示』にしかならない。つまり、その他大勢のメーカーと一緒に展示されるだけ。40インチ以上を投入しなければ、『壁展示』をしてもらえず、テレビメーカーとして認めてもらえない。まずは、ここから手をつけていく」と町田社長は語る。

 今年秋以降、北米市場向けの液晶テレビ事業において、シャープは、40インチ、50インチ台を主力にシフトする考えだ。こうした大画面パネルの製品を本格的に投入することで、薄型テレビメーカーとしての存在感を発揮していくという。

 ここに、亀山第2工場の生産能力が生きるというわけだ。「亀山第2工場の出荷計画では、北米向けが約5割を占めることになる」(町田社長)。

 とはいえ、年内は月産1万5,000枚のパネル生産規模に留まり、北米向けに潤沢に大画面テレビを製品を供給するには、来年からの月産3万台体制になってからだ。

 同社の今年度の液晶テレビの出荷計画は、年間600万台。そのうち、国内は240万台、海外は360万台。昨年度の実績が国内189万5,000台、海外が210万8,000台だったことに比較すると、国内が前年比27%増の成長率であるのに対して、海外は71%増という高い成長を目指している。もちろん、その成長の鍵を握るのは北米市場であるのは間違いない。

 薄型テレビは、グローバルでの戦いが事業の成否を左右する。世界規模の旺盛な需要に対して、いかにシェアを獲得するかが、各社のコスト競争力や成長戦略に影響し、それが直接、生き残りを左右する。

 「デジタル家電は、オセロゲーム」とメーカー各社首脳が口にするように、国内で勝ち組の名を欲しいままにしたシャープが、北米や欧州でそのまま成功するとは限らない。この一歩を間違えば、まさにオセロゲームの状況に陥る可能性があるのだ。

 国内で苦戦してきたソニーは、北米市場での成功を足がかりにテレビ事業を回復基調に乗せてきた。これは、北米での強いブランド力を背景にしていることは明らかだ。これもオセロゲームの一例だ。

 日本では、液晶テレビ市場においては、先行したシャープを、出遅れたソニーが追う立場だったが、北米では、これが逆転し、シャープが追う立場になる。

 シャープの液晶テレビの今後の成長を握るのは海外市場であり、その中核は北米市場。そこに向けた戦略製品は、40インチ、50インチ台の大画面モデル。そのために大きな役割を果たすのが亀山第2工場という構図だ。

 シャープの業績も、北米、欧州での戦略を成功させない限り、同社の液晶テレビ事業の成長は鈍化することになるだろう。


□シャープのホームページ
http://www.sharp.co.jp/
□関連記事
【8月2日】シャープ、液晶9機種/レコーダ4機種など新AQUOS
-HDMIで関連機器制御する「AQUOSファミリンク」
http://av.watch.impress.co.jp/docs/20060802/sharp1.htm
【5月30日】シャープ、ポーランドに液晶生産工場を建設予定
-約60億円を投資。2007年1月生産開始
http://av.watch.impress.co.jp/docs/20060413/sharp.htm
【8月1日】シャープ、50/40型液晶向けの亀山第2工場を8月稼働開始
-9月には新工場製パネル採用の大型液晶テレビを生産
http://av.watch.impress.co.jp/docs/20060801/sharp.htm

(2006年8月16日)


= 大河原克行 =
 (おおかわら かつゆき) 
'65年、東京都出身。IT業界の専門紙である「週刊BCN(ビジネスコンピュータニュース)」の編集長を勤め、2001年10月からフリーランスジャーナリストとして独立。BCN記者、編集長時代を通じて、15年以上に渡り、IT産業を中心に幅広く取材、執筆活動を続ける。

現在、ビジネス誌、パソコン誌、ウェブ媒体などで活躍中。PC Watchの「パソコン業界東奔西走」をはじめ、Enterprise Watch、ケータイWatch(以上、インプレス)、nikkeibp.jp(日経BP社)、PCfan(以上、毎日コミュニケーションズ)、月刊宝島、ウルトラONE(以上、宝島社)、月刊アスキー(アスキー)などで定期的に記事を執筆。著書に、「ソニースピリットはよみがえるか」(日経BP社)、「松下電器 変革への挑戦」(宝島社)、「パソコンウォーズ最前線」(オーム社)など。

[Reported by 大河原克行]


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