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本田雅一のAVTrends

広色域色空間「x.v.Color」はAV製品をどう変えるか?




 ここ数カ月、「x.v.Color」という新しいキーワードを見かけるようになった。これはかつて、「xvYCC」と言われていたものと技術的には同じものだ。しかしYCCという言葉はあまり一般的ではないため、よりわかりやすい“カラー”と名称が変更されたのだが、しかし、本質的なわかりにくさまで解決されているわけではない。

 ではx.v.Colorとはどんな技術、あるいは規格なのか。それによって、AV製品がどう変化するのかを紹介しよう。その仕組みをなんとなく理解している人でも、意外に実際の製品がどう変化するのかまで想像できている方は少ないのではないだろうか。



■ デジカメでも実績のある互換性の高い色域拡張フォーマット

x.v.Colorロゴ。下は英国綴りの地域向け

 x.v.Colorの元の名前であるxvYCCのYCCとは、YCrCbのこと。AVマニアらならおなじみの輝度と色差で色座標を指定する手法、フォーマットのことだ。おそらくパソコンユーザーにとって、もっとも一般的なカラーフォーマットはRGBだが、MPEGなどの動画フォーマットはピクセルの情報をYCCで持つ。

 ところがRGBとYCCは、いずれも色を表現する手法ではあるが、互いの色再現範囲が異なる。広さが異なるというのではなく(両カラーフォーマットともデバイス依存型なので特性によって広さは変わる)、色立体の中での再現範囲の形状が異なると表現するのがいいだろうか。

 このため、RGBとYCCは互いに演算で変換することが可能だが、YCCをRGBに変換すると、RGBで表現可能なレンジ外のデータが出てきてしまうため、これの丸め処理を行なわなければならない。また、端数も出てしまうので、これを切り捨てる(あるいは四捨五入でもいいが)と、そこでも誤差が発生する。

 つまり、もし範囲外のRGB値や小数点以下の値を内部処理で保ちながらディスプレイに表示できれば、一般的なRGB処理よりも広い範囲の色を表現できる。これがx.v.Colorの基本的な考え方だ。まぁ、あまり小難しいことは考えず、ここはMPEGの中にあるYCCデータが持つ情報を、失わずに表示するための手法ととらえておけばいい。鮮やかな新緑、南の島の海、紺碧の空や美しい花びらなどを、その美しさをなるべく損なわずに伝えることが可能になるわけだ。


x.v.Color(x.v.YCC)の特徴

 現在のテレビは、放送で使われているEBU(放送用マスターモニターで使われている蛍光体の発色に関する規格)よりも広い色再現域を持っているので、YCC情報をうまく表示してやれば、EBU(sRGBとよく似た特性)よりも高い色純度を表現できる。

 x.v.Colorのピクセル情報に一般的なRGB処理を行なえば、今までと同じデータとして扱えるので、既存のビデオシステムとの互換性もひじょうに高い。

 これはデジタルカメラに使われているJPEGでも同じだ。現在のデジタルカメラはJPEGを生成する際、最終的にRGB変換した時にsRGBの範囲内に収まるようにYCCデータを作り、JPEGで圧縮している。静止画の場合はsYCCという規格で定義されており、表示側がsYCCの持つ情報をすべて生かして表示する処理を行なえば、sRGB外の色も表現できる。

 x.v.ColorもsYCCも、そのデータをRGBで操作するプロセスを経てしまうと、その効果(広い色再現域)は失われてしまうが、その代わりに既存のシステムの中で互換性を維持しながら、ディスプレイやカメラの能力を活かせるという意味では重要な技術である。



■ 製品は実際にどう変わるのか?

 小難しい話はともかく、色差信号のままカラーデータを取り扱うことを決めることで、実際に我々が利用する製品はどう変化するのだろうか。ここではビデオカメラとディスプレイの両方から考えてみることにしよう。

  • 絵作りの幅が大きく広がるビデオカメラ

     まずビデオカメラ側は、x.v.Color対応となることで、絵作りの幅が大きく広がる。

    ソニーのx.v.Color対応HDVカム「HDR-HC7」

     多くの人は、こうした映像キャプチャデバイスが、被写体の色をそのまま再現することを基本に、ある程度の味付けをしている程度と考えているかもしれない。

     しかし人間が感じることができる色の範囲と、ビデオカメラが記録できる色の範囲は異なる。このため、色の絶対値を再現しようとすると、いろいろな場面で再現域を超えてしまい、階調が失われてしまう。そこで様々な手法で上手に色を畳み込んでいる。

     多くのビデオカメラは、放送と同じような色再現になることを意識しているため、EBU外の色は表現できないことを前提に、階調が破綻しないよう色再現域をギュッと圧縮して詰め込んでいる。しかし、x.v.Color対応になるとこの制限が大きく取り払われ、より広い色再現域を前提に絵作りを行なえる。

     実際、ソニーが発売した2つのx.v.Color対応カメラで、x.v.Colorの有効/無効を切り替えて撮影してみると、EBU範囲内の色も鮮やかな方向に変化していることがわかる。より高彩度の色域で階調が失われないようにするには、どうしてもその内側にある色も控えめな発色にしなければ階調表現が不自然になるが、x.v.Colorで絵作りをするとその変換の度合いが大幅に小さくなるため、さほど鮮やかではない被写体の色も、より生き生きと実体感のある色で表現できるようになるわけだ。

    □関連記事
    【1月18日】ソニー、HDカム'07年春モデル。AVCHD 2機種/HDV 1機種
    -初の「x.v.Color」対応カム。320万画素CMOS
    http://av.watch.impress.co.jp/docs/20070118/sony1.htm


  • ディスプレイの能力を引き出し、無理な絵作りの必要性がなくなる

     EBUというのは、前述したように放送用マスターモニターに使われている蛍光体の規格だ。これに合わせて映像は、EBUに合わせたモニターを基準に制作されている。WindowsにおけるsRGBと同じようなものと考えるとわかりやすいかもしれない。

    ソニーの液晶テレビ「BRAVIA」の最上位シリーズ「X2500」がx.v.Colorに対応

     しかし、EBU蛍光体は当然ながらブラウン管でしか利用できない。液晶パネルやプラズマパネルは、EBU蛍光体とは異なる色再現域を持っている。そのままでは正しい色にならないところを、映像回路で調整して出力を行なう。また、その再現範囲もEBUより広くなってきている。LEDバックライトや多波長蛍光管を用いた液晶テレビなどが代表例だ。

     一部のテレビでは、EBU外の色を積極的に使うことで、より鮮やかな色を再現する効果をねらったものもある。しかし、映像ソースの中では元々意識されていない色を出すのは問題もある。全体に彩度を高めに表示するぐらいならば見栄えはいいのだが、特定の色純度だけを引き上げたり、あまり極端に広色域を利用してしまうと、非常に不自然な色合いになってしまう。

     こうした処理は「色再現域が狭いことを意識して、階調を畳み込んでいるのだから、その逆の処理を行なえば本来の鮮やかな色を再現できる」というコンセプトで開発されているので、ハマる場合にはひじょうに効果的に美しい映像を引き出してくれる。しかし、映像ソースの中では意図されていない鮮やかな色を使おうというのだから、合わないケースが出てくるのは当然だ。

     だが、x.v.Colorに対応した映像ソースを、x.v.Color対応ディスプレイで表示するならば、上記のような不自然な処理はする必要がない。近年のディスプレイが持つ、より広い色再現能力を引き出し、無理のある絵作りでユーザーにアピールする必要がなくなる。

    x.v.Colorの表示サンプル。両画像とも左がsRGB、右がx.v.Color(写真はsRGBで撮影している)



    ■ x.v.Color、こんな時にはどうなる?

     x.v.Colorが有益な技術であることはわかると思うが、しかし、弊害はないのだろうか? と心配な読者もいるだろう。確かに弊害のあるケースも考えられる。いくつかのパターンを考えてみよう。

     まず、x.v.Colorで撮影した映像を、x.v.Color非対応ディスプレイで表示する場合、どのようなことが起きるのだろうか?

     すでに書いたように、x.v.ColorはそのままRGB変換し、クリッピング処理を行なうと、通常のテレビ向けのカラー信号(大抵はEBU蛍光体のマスターモニターで調整した映像)になると考えていい。色再現域が狭くなるだけで、色がおかしく伝わってしまうことは防げる。

     しかし、カメラ側がx.v.Colorを意識し、EBU色域外の色を積極的に利用した絵作りを行なっている場合は、高彩度の部分で色飽和が発生し、階調が失われる(ディテール感がなく、ベッタリした描写になる)可能性もある。x.v.Color対応カメラに、機能のオン/オフが付けられているのはこのためだろう(デフォルトはオフ)。ただし、実際にはそこまで高彩度の被写体は、通常のホームビデオ撮影ではほとんど出てこないため、撮影者側で意図的にx.v.Colorを利用するという使いこなしはできる。

     ではx.v.Color対応ディスプレイで、x.v.Color非対応の映像ソースを見る場合はどうだろうか?

     この場合、市販パッケージの映像ソースにはEBU範囲外の色情報を含まないことがほとんどなので、その映像ソースなりにきちんと表示が行なわれる。ホームビデオ用ビデオカメラの映像も同じだが、ビデオカメラで撮影した映像をパソコンの映像編集ソフトなどで調整せず、そのまま表示する場合には、EBU範囲外の色を表示できる。

     これはほとんどのビデオカメラが、内部処理でRGB色空間を用いていないためだ。センサーからキャプチャした映像を、YCCのままで処理、記録していれば、RGB変換時のクリッピングは発生しない。ビデオカメラメーカーが、x.v.Colorという規格を意識して絵作りしているわけではないため、x.v.Color対応ソースとディスプレイを組み合わせた場合とは事情は異なる(EBU範囲外の色については、どのような発色になるのか、ビデオカメラメーカーは関知していない)が、x.v.Color非対応ディスプレイでは見えてこなかった色情報が浮かび上がる。



    ■ 放送や市販ソフトの対応は?

     放送がx.v.Colorに対応するには、カメラはもちろん、放送のデータフロー全体が入れ替わっていく必要があるため、たとえx.v.Color対応が進められるとしても、当面の間、対応することはないだろう。いや、将来にわたって対応することはないかもしれない。

     しかし市販パッケージソフトならば、x.v.Color対応製品が現れる可能性は十分にある。

     たとえば映画制作のデジタル化は急速に進んでおり、オリジナルの撮影ネガをDCI(Digital Cinema Initiative)の4K2Kフォーマットでコマごとにスキャンし、その後の編集作業を行なう手法が普及してきている。

     DCIのピクセル情報は、DVDはもちろん、HD DVDやBDよりも色深度が深く(8ビットに対して最大16ビット)、色再現範囲もフィルムの色再現域をすべてカバーするために大幅に広く取られている。

     最終作品のHDマスターを制作する際、DCIフォーマットに含まれる色情報をx.v.Colorで収めるようにすれば、x.v.Color対応ソフトができあがる。フィルムにはEBUでは表現できない色情報がたっぷり含まれているため、より理想的な映像ソフトができあがるだろう。ただし、前述したようにそれをx.v.Color非対応ディスプレイで表示した場合の階調表現という問題は残るため、実際にそうしたソフトが登場するには、x.v.Color対応ディスプレイの普及が不可欠になってくる。

     いずれにしろ、x.v.Colorが市販ソフトや放送映像で生かされるようになるには、かなりの長い年月が必要になるだろう。


    □ソニーのホームページ
    http://www.sony.co.jp/
    □ニュースリリース
    http://www.sony.co.jp/SonyInfo/News/Press/200701/07-001/index.html
    □関連記事
    【1月5日】ソニー、「xvYCC」準拠の製品に新名称「x.v.Color」を提唱
    -テレビなどの対応機にロゴを付与。業界統一呼称へ推進
    http://av.watch.impress.co.jp/docs/20070105/sony.htm
    【2006年8月30日】ソニー、フルHD/ブラビアエンジンプロ搭載の新「BRAVIA」
    -1080p HDMI×3、xvYCC対応。ベーシックモデルも一新
    http://av.watch.impress.co.jp/docs/20060830/sony2.htm

    (2007年3月23日)


    = 本田雅一 =
     (ほんだ まさかず) 
     PCハードウェアのトレンドから企業向けネットワーク製品、アプリケーションソフトウェア、Web関連サービスなど、テクノロジ関連の取材記事・コラムを執筆するほか、デジタルカメラ関連のコラムやインタビュー、経済誌への市場分析記事などを担当している。
     AV関係では次世代光ディスク関連の動向や映像圧縮技術、製品評論をインターネット、専門誌で展開。日本で発売されているテレビ、プロジェクタ、AVアンプ、レコーダなどの主要製品は、そのほとんどを試聴している。
     仕事がら映像機器やソフトを解析的に見る事が多いが、本人曰く「根っからのオーディオ機器好き」。ディスプレイは映像エンターテイメントは投写型、情報系は直視型と使い分け、SACDやDVD-Audioを愛しつつも、ポピュラー系は携帯型デジタルオーディオで楽しむなど、その場に応じて幅広くAVコンテンツを楽しんでいる。

    [Reported by 本田雅一]


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