■ なぜ話題になったのか
「時をかける少女」は、筒井康隆の小説を原作に、"83年公開された原田知世主演によるに実写版の角川映画が大ヒット。「時をかける少女」といえば、誰もが知っている作品となった。今回は舞台を現代に置き換えた、初のアニメ化となる。監督は一般には無名に近い細田守監督。2006年7月の公開スタート段階では、上映館は都内に1館のみという非常に厳しい船出となった。 だが、ブロガー向け試写会などが功を奏して、ネットで評判が広まり、映画館は超満員。「観たいけれど観られない」という状況そのものがさらに話題となり、急遽上映館が増加され、上映期間も延長。蓋を開けてみれば公開から9カ月あまりの超ロングラン上映となった。 アニメ関連の賞も、文化庁メディア芸術祭アニメーション部門大賞や、日本アカデミー賞 最優秀アニメーション作品賞、東京アニメアワードの「アニメーション・オブ・ザ・イヤー」など、まさに総なめ状態。「ゲド戦記」の評判がイマイチだったこともあり、2006年人気ナンバーワン・アニメ映画になったと言って過言ではないだろう。 だからといって、ジブリ映画のように誰もが鑑賞したわけではない。「なんかネットで話題になってたのは知ってる」、「映画館行くのもめんどうだから、DVDで観ればいいか……」と思っていた人は多いだろう。ぶっちゃけ「時かけ」は観たほうがいいのか? DVD買ったほうがいいのか?。 細田守監督はこれまで「ワンピース」や「デジモンアドベンチャー(デジモン)」などの劇場用アニメで知られた人物。アニメに疎い人は「デジモン? ポケモンの親戚みたいなものか?」と思われるかもしれないが、とりあえず子供向け作品を多く手掛けた人と考えて間違いではない。だが、その作品を見るとぶったまげる。 例えばデジモンの場合、デジタルワールドに生きる動物(デジモン)と、人間の少年少女がパートナーになって様々な冒険を繰り広げる……というような作品なのだが、映画版ではデジタルデータの敵モンスターが、NTTの交換機に潜入。日本中のネットワークをダウンさせることで、主人公達に反撃の手段すら与えない。そこで少年達はNTTの回線を経由しない衛星携帯電話をパソコンに接続して、そこからネットワークへ。でも、世界中から寄せられた激励メールがネットのトラフィックを圧迫して……というような「小学生相手にそんな難しいストーリーにして大丈夫なのか?」と心配してしまう内容。付き添いのお父さんの方がのめり込んでしまうような作品だ。 テレビアニメでも素晴らしい作品を残しており、業界やアニメマニアの間では「知る人ぞ知る監督」というわけだ。実はこの細田監督、実力を見込まれてスタジオジブリで「ハウルの動く城」の監督にも抜擢されたのだが、その後いろいろあって宮崎監督と交代している。そんなわけで、細田監督に注目していた人にとっては、「時かけ」のブレイクはある程度予想できたことだ。だが、その評判がこれだけ急速に広まったのは、やはりネットの力という時代の後押しも不可欠だったと言えるだろう。
DVDは本編ディスクのみの通常版(4,935円)と、3枚組みの「プレミアムエディション」(10,500円)の2タイプ。発売は4月20日だが、前日の19日に新宿のヨドバシカメラを覗いたところ、午前中ということもありプレミアムエディションも在庫が用意されていた。アマゾンで予約していたのでその場では買わなかったが、こちらの方も19日中に発送され、発売日の20日にはプレミアム版を手にすることができた。
■ 昔のドリカム状態 高校2年生の紺野真琴(まこと)は元気がとりえの女の子。ぶっきらぼうで不良にも見えるが、根は優しい間宮千昭(ちあき)と、医者の家に生まれた優等生で大人びた津田功介(こうすけ)という、2人の男友達がいる。3人で野球をするのが日課。馬鹿な話で笑いながら過ぎる毎日。そんなある日、真琴は理科準備室で木の実のような不思議な物体を発見。それに触れた途端、不思議な感覚に包まれる。 その日の帰り道、自転車のブレーキが切れ、真琴は踏み切りを乗り越えて電車に跳ねられてしまう。だが、彼女はその瞬間に時間を跳躍し、跳ねられる直前へと戻っていた。叔母にその体験を相談すると、それは過去に飛べる能力「タイムリープ」といい、年頃の女の子にはよくあることだという。半信半疑の真琴だったが、ひとたびその力の使い方を覚えると、大好きなプリンを何度も食べたり、カラオケを何度も繰り返したりと、日常の些細な不満や欲望の解消に費やし始める。 だが、バラ色の日々に変化が起こる。友達だと思っていた千昭から思わぬ告白を受けてしまったのだ。友達から恋人への急激な変化。真琴は狼狽するあまり、その告白をタイムリープで強引に無かったことにしてしまうのだが……。 「時かけ」と聞くと、原田知世の「とーきーをー♪」という歌とともに角川映画版を思い出す人が多いだろう。アニメ版も実写同様に筒井康隆による小説を原作としているが、登場するキャラクターや設定はほぼオリジナル。内容も実写版とは大幅に異なっており、リメイクというより新作だ。ただ、原作/実写版を知っていると「ニヤリ」とする設定は幾つか隠されている。 かくいう私も映画館に行く前は「なんか女の子が過去に戻る話だったな……」程度の事しか覚えていなかったのだが、結果的にそれでもアニメ版は十分に楽しめた。「前作(実写版)を覚えてない/知らないから、前作を観てからアニメ版を観よう」と考えている人もいるかもしれないが、両方を見返した状態で考えると、むしろ現代的なテンポのアニメ版を先に観た方が楽しめそうだ。 あらすじだけを読むと、女子高生のたるい恋愛物語と思われがちだ。確かにタイムリープという要素があるものの、中盤までの展開はゆったりしている。だが、タイムリープの繰り返しによる破綻が生じ始めると、甘ったるい学園物語が吹き飛び、文字通り坂道を転がるように事態が急展開していく。細田監督の独壇場といった感じで、晴れやかな休日の朝に悲惨な交通事故を目撃するような、すさまじい落差に絶句。それでも前へと走り続ける真琴から目が離せなくなる。 時間軸が前後する作品にはありがちなことだが、ぼんやりしていると「あれ? これはどの時点の話だっけ?」という事態に陥りやすい。そういう意味で、何度も見返せるDVDはありがたい。同時に、目まぐるしく変化する状況の中でも、キャラクター達の心理が丁寧に描かれていることに改めて関心する。例えば主人公の真琴は高校3年生にもなって、千昭と功介というイイ男2人に囲まれながら、今時の女子高生では珍しく、まだ異性として意識していない。そんな彼女の心理が、「理系か文系かの進路をクラスで一人だけ決めていない」というさりげない描写で的確に表現されている。 恋愛うんぬんよりも、「楽しい今が変化してほしくない」という思春期の心理に感情移入しながら観ると、より楽しめる作品だ。親友からの告白は、彼女が無意識にすがっていた「楽しい今」を崩壊させるものであり、それを維持しようとタイムリープを繰り返すことで、真琴は図らずも他人を思いやる気持ちに芽生え、恋を知り、大人になっていく。普通の映画は観賞後に2、3文句を付けたいポイントがあるものだが、「時かけ」の構成は非常に洗練されている。 また、忘れてはならないのは、キャラクターと完全に同化したような仲里依紗の演技。声優初挑戦ということもあり演技力は高いとは言えないのだが、逆に演技臭さが無く、絵柄とも非常にマッチしている。真琴と同じ現役女子高生という年齢が成せる技なのだろうか、まさに「ハマリ役」だ。この作品の魅力の半分は彼女の声にあると言っても過言ではないだろう。
■ 究極の聖地巡礼映像 DVDで見た平均ビットレートは7.86Mbps。アニメでは平均的と言えるだろう。画質はおおむね良好。タイムリープ能力を得る際に、無数の気泡や渦に飲み込まれるシーンでは、多数のオブジェクトが高速で移動するMPEG-2いじめのような場面が連続するため、さすがにブロックノイズやモスキートノイズが発生する。ただ、イメージ的なシーンなので、正直あまり気にならない。テロップで疑似輪郭は確認できるが、本編中のキャラクターの輪郭はすっきり描写されており、画質の荒が観賞の妨げになることはない。 それよりも印象に残るのは独特の色調だ。アニメファンはすぐに気付くかもしれないが、この作品には「影」がない。日本のアニメでは前髪の影がおでこに落ちたり、アゴの影が首に落ちたりと、立体感を出すためにキャラクターに影を描き込んでいる。だが、「時かけ」ではあえて記号化した影を廃することで、「アニメ臭さ」を軽減している。これは細田監督が好んで使うもので、前述のデジモンシリーズなどでも使われている。 そのため、悪く言うと画面全体に締まりが無い。コントラストが低く、全体的に白っぽく感じるだろう。夏をテーマにしたこの作品にはピッタリの色調だとは思うのだが、AV的に見ると再生が難しい映像でもある。液晶テレビの黒浮きの激しい機種ではその傾向がよけいに強調されてしまうので、輝度を若干落とし、コントラストを上げると良い。シネマモードなどを利用しても良いだろう。青空の抜けるような色味を基準にすると調整しやすいと感じた。 サラウンドは控えめだが、3人がキャッチボールをするシーンではリアスピーカーが活躍する。舞台が夏ということもあり、夕暮れのシーンで部屋の右斜め上空から「カナカナカナ……」と響くヒグラシの声が心地良い。サブウーファはあまり目立たないが、後半のBGMの盛り上がりを楽しむためにも中低音の出力はキッチリしておきたい。
コメンタリー内容としては、オーディションの時に仲里依紗が「千昭(ちあき)」を「ちひろ」と間違えていたことが監督の印象に残った事件や、あまりに作品を気に入って、今でも友達と一緒にアフレコごっこをしていることなど、爆笑エピソードの連発。仲里依紗の演技は監督も大絶賛で「ほんと、仲さんでよかったよ」、「ここセリフ良いよね、今もっかい言ってよ」と、ほとんど飲み屋のおっさん状態。タイムリープのシーンなどでは全員が黙って映像に見入ってしまい、数十秒間無言になるなど、なんだか監督の家での打ち上げに参加しているような気分だ。 1枚目の特典ディスクには監督やキャストへのインタビューを収録。初日舞台挨拶を舞台裏からリポートするコンテンツなども収めている。内容も非常に充実しているのだが、各コーナーの合間に挿入される映像が凄い。この作品には実在の場所が多く取り入れられているのだが、その舞台地を仲里依紗が歩くという、いわば「究極の聖地巡礼映像」なのだ。「ほ、本物のマコトが! 本物の場所をあ、あるいてる!!」と深夜の自室で足をバタつかせるほど破壊力のある映像集だ。 アニメファンにとっては、作画監督の青山浩行のインタビューが面白い。エヴァの貞本義行がデザインしたキャラクターをどのように動かしていくかというテクニックが興味深い。また、「ラピュタ」や「もののけ姫」などを手掛ける、日本を代表する美術監督・山本二三のインタビューも非常に貴重だ。 ディスク3枚目には、本編映像と細田監督による絵コンテ映像を並べて収録している。ジブリアニメではお馴染みの特典だが、「時かけ」では監督の解説も入っているので、より見応えのあるものになっている。プレミアム版は10,500円と高価だが、いずれのディスクもボリューム満点で、製作者サイドの作品にかける愛情が伝わって来た。
■ 早く次世代DVD版を出してください 画質/音質に大きな不満は無く、プレミアム版の特典も満足のいくものだ。価格は通常版で4,935円、プレミアム版が10,500円と正直言って高価だ。映画館で観ていない人は、とりあえず通常版を買ってみるのも良いだろう。作品内容も含め、DVDとしては「買い」と言って良い作品だが、やはり次世代DVDで、この抜けるような青空を体験したいという気持ちは残る。発売もまだアナウンスされていない状態だが、あえて通常版を選んで次世代DVD版を待つというのも1つの選択だろう。 劇場で観賞した際は、隣の席に画面のレイアウトをメモりながら観賞しているアニメ専門学校生風の男女がいたり、「ベレー帽って久しぶりに見たな……」というようなファッションの人がいたりと、個性的な観客層が印象に残った。ただ、この作品にはアニメにありがちな閉塞感は無く、先に続いていく開放感がある。絵柄や声にもアニメ臭さはほとんど無いので、アニメを普段ほとんど見ない人にもぜひ手に取ってほしい。角川映画版が好きな人にも、まったく新しい作品として楽しんでもらえるはずだ。 また、少女の成長物語でもあるため、女性にこそ見てほしいと感じる。出てくる男キャラは、同性の私から見ても「イイ男だなこいつら」と思えるくらいだ。逆に、タイムリープが連続するストーリーは子供にはちょっと難しいかもしれない。
細田監督の今後に期待すると同時に、この作品を偏見なく“話題作”にした多くのアニメファンにも頼もしさを感じる。夏になるたびにプレーヤーのトレイに載せたくなるような作品だ。
□作品の公式サイト
(2007年4月24日) [AV Watch編集部/yamaza-k@impress.co.jp]
AV Watch編集部 av-watch@impress.co.jp Copyright (c)2007 Impress Watch Corporation, an Impress Group company. All rights reserved. |
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