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本田雅一のAVTrends

「HDオーディオ」をめぐる近頃のAVアンプ事情
BD/HD DVDがAVアンプの音を変える




 先日、AV機器量販店の商談会でBlu-ray DiscおよびHD DVDで採用されている高音質オーディオトラックの比較デモと講演を担当した。昨年、フルHDプロジェクタが低価格化し、フルHD対応テレビも一般化しつつある中、AVファンはBDやHD DVDのドルビーTrueHDやDTS-HD、リニアPCMなどの高音質オーディオに対して、おおいなる興味を抱いているようだ。

 PCの世界で「HDオーディオ」と言うと別の技術を指す場合もあるが、昨今のAV業界ではDVDを超える音質を持つフォーマットを「HDオーディオ」と呼ぶことが多い。すでにこれらのHDオーディオに関しては、多くの情報が出ているので、ここでは各フォーマットの詳細には触れないが、講演後の質問などを受けていると、まだまだ不明点や誤解が多いように感じられた。

 オンキヨー、デノン、パイオニアから、HDオーディオのデコードに対応するAVアンプが発売される中、HDオーディオに纏わる誤解しやすい点についてまとめておきたい。

デノンの一体型フラッグシップAVアンプ「AVC-A1HD」 オンキヨーのフラッグシップAVアンプ「TX-NA905」



■ HDオーディオのストリーム出力が可能になるのはいつ?

 冒頭で述べたイベントでもっとも多く質問されたのが、「せっかくHDオーディオ対応のAVアンプ(オンキヨー製とデノン製)をデモしているのに、なぜプレーヤー側でデコードしているの?」というものだった。

 もちろん、デモの前にはTrueHD音声をプレーヤー側でデコードした後、HDMIでリニアPCM音声を送っていることを話していたのだが、なぜそういうデモになるのか? という質問である。

 これは現在のところ、HDオーディオの圧縮ストリームを送信できるHDMIトランスミッタが無いためだ。HDMIトランスミッタは、映像と音声のストリームを別々に受け、それをチップ内部でひとつのストリームにした後、データを送信する。このため、トランスミッタにはHDオーディオの入り口がなければならない。

 ところが、SiliconImageのHDMI 1.3対応トランスミッタは動いているものの、それと組み合わせるシステムチップによっては、HDオーディオストリームを扱えないという問題があるようだ。HD DVDプレーヤ、BDプレーヤに使われているデコーダを含むシステムチップにはBroadcom製とSigma Design製があるが、前者に関してはファームウェアのアップデートで対応できる可能性があるとされているものの、後者に関してはHDストリームに対応できるとしているベンダーはない。

 ここ数週間で、矢継ぎ早に3社からHDオーディオデコードが可能なAVアンプが発表されたとはいえ、送り出し側のプレーヤーに必要なキーデバイスが存在しないのでは、その性能を今現在、すぐに活かすことができない。

 AVアンプ側の機能は今後も有効なのだから、HDオーディオのデコード機能が不要とは言えない。むしろ将来にわたって使うことを考えれば、デコーダ機能は今の時期、必須と言えるかもしれない。しかし、実際にストリーム伝送されたHDオーディオのデコードを楽しめるようになるのは、おそらく今年年末ぐらいになるはずだ。

 HDMI 1.3対応のプレーヤーは、PLAYSTATION 3をはじめ、いくつもあるじゃないか、という声もあるかもしれない。もちろん、これらはHDMI 1.3に対応しているトランスミッタを搭載しているが、HDオーディオを扱うことはできない。現在、発売済みの製品の多くは、ファームウェアのアップデートなどでの対応は難しいようだ。

【訂正】
 記事初出時に、「ハードウェアの制限のため、各プレーヤーのファームウェアをアップデートしたとしても対応できるものではない」としていましたが、アップデートでHDオーディオ対応の可能性がある機種もあります。お詫びして訂正します。(7月12日追記)

 レコーダ、プレーヤーともに年末には対応部品の供給が間に合う。当然、いくつかのメーカーは年末に向けて新製品を計画しており、それらはHDオーディオのストリーム出力をサポートするハズだ。


■ リニアPCM収録ですべてが解決するわけではない

 プレーヤーがデコーダを搭載していれば、全く問題ないじゃないか? という意見もあろだろう。もっともな話だが、現在、TrueHDデコーダが利用できるプレーヤーはあっても、DTS-HD Master Audioのデコードを行なえるプレーヤーはない。これはDTS-HD Master Audioのデコードに必要なメモリ量が、当初の見積もりよりも大きくなってしまったことが原因だという。

 ここで出てくるのが、非圧縮のリニアPCMで音声を収録すればいいのでは? という意見だろう。そこにも、いくつかの問題がある。リニアPCMで5.1ch音声を収録するには16bit/48kHzで約4.6Mbps、24bit/48kHzでは約7Mbpsの帯域が必要だ。7.1chになれば、当然さらに音声に必要な帯域が増える。

 ここまでビットレートが大きくなると、メディア転送速度が比較的低いHD DVD(36.55Mbps)では、画質低下への影響は無視できない。MPEG系の映像圧縮では、複雑なシーンで可変ビットレートを瞬間的に上げることができないと、圧縮による歪みが目立ってしまう。HD DVDでリニアPCMが採用されないのはこのためだろう。

 ではメディア転送速度が速いBDならば問題はないか? というと、実はこちらにも若干の問題はある。BDのメディア転送レートは54Mbps。PS3の情報表示で見ていると瞬間的に50Mbps近い値を示すことがあるが、このレートはスライディングウィンドウバッファからの瞬間転送レートなので、メディア転送レートはもっと低い。54Mbpsのうち映像が利用してもいいのは40Mbpsのため、音声が14Mbps以下なら画質に影響を与えないことになる。

 ところが、BDはトランスポートストリームというタイプのメディアストリームのみをサポートする。トランスポートストリームでは、映像再生に必要な情報をひとつのストリームに重畳するので、全音声データと全サブピクチャ(主に字幕)が使う帯域の合計値を54Mbpsから差し引かなければならない。

 もちろん、あまり音声データの量が多くなりすぎると、映画の長さによっては50GBでも容量が不足し始め、映像の容量を圧迫し、平均レートが下がり、画質が落ちてしまうといったことも起きるはずだ。

 実際、高画質と言われるパイレーツ・オブ・カリビアン1&2も、圧縮の担当者によると映像のピークビットレートは34Mbpsに抑えられているそうだ(前述したように、PS3のビットレート表示はバッファからの転送速度なので、これよりも大きな数字が瞬間的には出るが、メディア転送レートのピークは34Mbps)。加えて山のようなオマケもあって平均レートも抑えられている。あと少しでもビットレートがあれば、もっと画質が良くなったという。

 ではリニアPCMのまま、16bitで収録してはどうか? 初期の1層BD-ROMビデオを始め、16bitリニアPCMは数多くのBDソフトに収録されている。だが、この16bitというところがくせ者。映画の録音および編集は20bitあるいは24bitで行なわれることが多く、16bitに変換処理を行なう必要がある。

 また、映画の音は一般的なポピュラー音楽などと比べるとダイナミックレンジが広いため、16bitと20bit、24bitとの音質差は決して少なくない。静寂を表現するシーンから、怒りや歓喜を表現するシーンまで、時間軸の変化で音の表現はダイナミックに動き続ける。

 たとえばディズニーの北米向けBDタイトルには24bitリニアPCM収録のものが少なくないが、インターナショナル版は多言語を収録するためか、16bitリニアPCMへと変換されている。ケビン・コスナー主演の「守護神」がそうだが、英語版に比べるとサラウンド音声に含まれる空気感や音場全体の包囲感、それに一つ一つの音の質感表現が変化していた。

 もちろん、それでもドルビーデジタルやドルビーデジタルプラスよりは良いのではないか? というとその通り。しかし、ロスレス圧縮のTrueHDを用いれば、リニアPCMに比べて1/3から1/2にまで圧縮できる。チャンネル間の相関も見ながら冗長性を排除しているため、ロスレスでも圧縮効率は意外に高い。同じくロスレス圧縮のDTS-HD Master Audioの場合は2/3~1/2程度になるようだが、それでも総ビットレートを抑えるという意味での効果は小さくない。

 音の質だけを単独で評価すれば、シンプルな再生経路となるリニアPCMがもっとも有利だが、映像を含めたトータルの品質や、多言語を1つのオーサリングマスターで賄うインターナショナル版が流通の中心になっている日本の事情を考えれば、ロスレス圧縮がもっともバランスの良い選択肢と言えるだろう。


■ 音声の高品質化により変わりつつあるミドルクラス以下のAVアンプ

 もっとも、こうした小難しい事情を意識しなければならないのは、BDやHD DVDが登場し始めの今だけだ。各社からHDオーディオデコード可能なAVアンプが続々と発表されているが、プレーヤーやレコーダも、HDオーディオデコード機能を搭載するのが当たり前になってくるはずだ。

 パッケージソフトの方も、現在もっとも多い16bitリニアPCM収録から、24bitのTrueHD収録へと変わっていくと見ている。ソフトベンダーは、ロスレス圧縮再生のサポート状況が見えないとして、初期段階では積極的にリニアPCMを使っていたが、時間とともにトレンドは変化していくだろう。

 日本のAVファンは、解像度は低いが音質はそこそこ聴けるDVDと、ややノイジーさはあるが圧倒的に高精細なハイビジョン映像ながら、音数が少なめで今ひとつ寂しさの残るAACの音のハイビジョン録画を、好みに応じて使い分けてきた。ある人はWOWOW録画ばかりでもうDVDは買わなくなったと言い、ある人は今もDVDがコレクションの中心。好みに応じて選択する必要があったわけだが、BDやHD DVDで高品質の音声トラック収録が当たり前になってくれば、そんな選択などしなくてもいい。

 今でも一部にはミュージカルなのに、音声トラックにHDオーディオが使われていないBD、HD DVDソフトもあるのが残念だが、それも時間の問題で音声に力を入れてくるだろう。他スタジオがやっている取り組みは、いずれはみんなが対応していくと見て間違いない。

パイオニアの「VSA-AX1AH」

 最後にミドルクラス以下のAVアンプが、音声トラックの高品質化に伴って、徐々に変化してきているという話をしておきたい。ある意味、音に拘るユーザーにとっては、AVアンプ側のデコード機能搭載よりも重要なことだ。

 ドルビーデジタルで384kbpsあるいは448kbpsで収録された音声、あるいはデジタル放送のAAC音声の再生をターゲットとしていた時代は、たとえばDSPの音場効果も、やや寂しい音場を囲む音の数が増えて感じたり、あるいは中低域から下の量感を演出してくれるプログラムの方が、デモでのウケが良く、製品としての人気も高かった。アンプそのものの音作りに関しても、あまりS/N感を重視する方向に振り過ぎると、やはり音の薄さが目立ってしまうため、どちらかといえば音場感を作ってあげるチューニングが多かったように思う。

 ハイエンドのAVアンプであれば、組み合わせる機材も高品質なものが多く、またアンプ自身も電源や筐体にコストをかけられるため、ガチンコ勝負のハイファイ的音作りでも良さを引き出せたが、ミドルクラス以下はそうもいかない状況だった。

 ところが数年前から状況は変化し、音楽的な表現をAVアンプにも求めるようになってきている。限られたコストの中で音質改善してきた成果が現れているからとも言えるが、DSPプログラムの味付けも、アンプ自身の味付けも、どんどんハイファイ指向になってきた。そしてその動きは、今年以降、さらに加速しそうだ。

 ひとつには、BDやHD DVDの登場により、良い素材の持つ鮮度の高さを活かした方が良いという考え方に変わってきているからということもあるのではないだろうか。昨年登場したソニーの「TA-DA3200ES」などは、実売価格を超えて音楽的な素晴らしい音を出していたが、今年は10~20万円あたりの実勢価格で販売される製品が充実しそうだ。

オンキヨー「TX-SA805」 デノン「AVC-3808」

 AVアンプのアンプ部なんてたかが知れてる。音楽なんて聴けたもんじゃない。そういうオーディオファンは少なくない。そういう声に対して、AVファンもAVアンプの機能は重視しても、音質はあまりケアしていないことが多い。しかし、実際に購入を検討しているなら、是非ともDSPプログラムをオフにして音の質の違いをきちんと比較してみよう。今年年末にかけて、AVアンプは数年ぶりに充実した品揃えになるはずだ。


■ 今回のお勧めAVコンテンツ

 今回からコラムの最後に、ごくごく簡単にお薦めコンテンツを紹介していきたい。

 最初は高画質ソフトから……と思っていたが、今週末はWOWOWで「コールドケース3」の放送が始まる。コールドケースの大ファンとしては、これを置かずして他のコンテンツは紹介できない。

 コールドケースとは、米国で未解決事件のことを指す言葉。殺人事件の時効がない米国で、未解決事件を追いかける専門部署を舞台に、女刑事のリリー・ラッシュが活躍するテレビドラマだ。日本では時効警察が一部でカルト的人気を誇ったが、コメディタッチの時効警察とは異なり、コールドケースは実にシリアスなシナリオが特徴。

 映像表現が毎回、よくもまぁと思うほど凝っており、事件当時の再現部分は映像のタッチが時代や事件の背景に合わせて、毎回タッチが変化する。50年前の事件なら明るくクリアなモノクロ画像。失業者だらけの'80年代は黒を基調に階調を少なめノイズ多めで描写。'90年代の新興カルト教団事件をモチーフにした回はホラータッチの映像など。

 心が揺れるシーンでは、意図的にフォーカス位置が揺れたり、自信満々の登場人物の目にビシッとフォーカスを合わせたりと、細かな映像カットの撮り方にまで工夫をしているなど、海外ドラマファンだけでなく、映画ファンも楽しめる凝った作りが魅力だ。

 また未解決事件が発生した年代にヒットした曲を、毎回3曲程度、挿入歌として使う。この音楽が実に映像とマッチしており、シナリオや撮影の良さとともに、毎度、感動を誘ってくれる。

 実はこの毎回異なる挿入歌が問題となり、コールドケースは全シリーズとも、まだDVD化を果たしていない。採用する楽曲が多すぎて、権利をクリアするのが容易ではないからだ。おそらく、今後、パッケージソフトでコールドケースが発売されることはないだろうと言われている。

 というわけで、今回のコールドケース3は、すべてBD-Rにまとめていこうと思っている。ハイビジョン録画機をお持ちの方は、是非とも録画予約の準備を。WOWOWに未加入の方は、15日間無料体験プログラムで今週末土曜日深夜の第3シーズン第1回の放送を楽しんでみてはいかがだろう。

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-HDMI入力×6、出力×2。各735,000円
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【5月25日】オンキヨー、世界初HDMI 1.3a搭載7.1ch AVアンプ
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【6月11日】パイオニア、HDMI 1.3a対応の7.1ch AVアンプ中級機
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http://av.watch.impress.co.jp/docs/20070611/pioneer.htm

(2007年7月6日)


= 本田雅一 =
 (ほんだ まさかず) 
 PCハードウェアのトレンドから企業向けネットワーク製品、アプリケーションソフトウェア、Web関連サービスなど、テクノロジ関連の取材記事・コラムを執筆するほか、デジタルカメラ関連のコラムやインタビュー、経済誌への市場分析記事などを担当している。
 AV関係では次世代光ディスク関連の動向や映像圧縮技術、製品評論をインターネット、専門誌で展開。日本で発売されているテレビ、プロジェクタ、AVアンプ、レコーダなどの主要製品は、そのほとんどを試聴している。
 仕事がら映像機器やソフトを解析的に見る事が多いが、本人曰く「根っからのオーディオ機器好き」。ディスプレイは映像エンターテイメントは投写型、情報系は直視型と使い分け、SACDやDVD-Audioを愛しつつも、ポピュラー系は携帯型デジタルオーディオで楽しむなど、その場に応じて幅広くAVコンテンツを楽しんでいる。

[Reported by 本田雅一]


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AV Watch編集部

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