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本田雅一のAVTrends

補償金制度への「さらに大きくなった」疑問



 前々回のコラムで「補償金制度拡大案への多くの疑問」を掲載して以来、様々な方から意見、激励、そして批判をいただいた。消費者として疑問に感じることを並べただけなのだが、その後、私的録音録画補償金制度に関する議論は加熱の一途を辿っている。もっとも、その議論はどちらかといえば、消費者を置き去りにしているようにも感じる。

 補償金制度に関する事情をよく知らずに報道だけを追っていると、権利者とメーカーの言い争いに見えなくもない。しかし、実際に様々な発表や背景にあるデータを調べてみると、単純なケンカではないことがわかる。

 このテーマで続編を書くつもりは無かったのだが、今一度、権利者側でもなく、メーカー側でもなく、もちろん、制度を作る側でもなく、あくまでAV機器を用いてデジタルコンテンツを楽しむユーザーとしての“疑問”を提示したい。

 というのも、その後の補償金制度に関する記者会見の内容を聞くと、以前にも増して多くの疑問が沸いてきたからだ。特に本誌でも伝えられた権利者団体「デジタル私的録画問題に関する権利者会議」の会見内容は、筆者の立場からは本当に理解しづらいものだった。


■ 補償に関する意識の大きな隔たり

 最初に申し上げておくと、ここで現行の著作権法に関する解釈などについて論じるつもりはない。それは筆者の専門ではないし、それは補償金制度に関わる消費者にとっても同じだろう。もう少し一般的に、“補償金”とはどんな性格のお金なのか。それについて、考えてみる。

 一般に「補償金」とは、何かの損失を補うためのお金をいう。今回のテーマで言えば、私的録音録画が行われることにより発生する著作権利者の損失を、金銭で補填する目的で補償金制度が存在する(はず)である。

 デジタルでの録音・録画に関しては、複製の世代を重ねても品質の劣化が発生せず、オリジナルと同等、あるいはそれに近い形で複製が可能なため、私的録音録画に関して補償金が徴収されていた。と、このあたりは基本部分なので、大幅に端折るが、簡単にまとめてしまえばデジタルの私的録音で損害が拡大するので、その補償が必要というわけだ。

 ただ、前回のコラムでは言及しなかったものの、そもそも現行のデジタル機器において、補償金が必要かどうか? という点に、大きな疑問を感じている。政令で指定されたデジタル録音・録画関連製品から徴収される補償金だが、その中には「補償すべき損失」がないのでは? と思えるものが多いからだ。

 たとえばアナログメディアにはコピー制限がない。もちろん、ダビングを繰り返せば特性は劣化していくが、適切な機器を用いて特性補正をかけながらダビングすれば、実際にはカセットテープでもそこそこ悪くない音でダビングが可能だ。

 これに対して補償金が徴収されているMDの場合、デジタルコピーは1世代に制限されている。複製によるコンテンツの拡散度合いは、デジタルの方が遙かに小さく、範囲も狭い。拡散の範囲が狭まれば、私的録音による損失は少なくなっているはずなのだが……。

 そんな漠然とした疑問は以前からあったのだが、今回の例に当てはめてみて、iPodなど携帯音楽プレーヤやHDD内蔵レコーダの必要性に関しても考えてみよう。

・ユーザーが所有しているCDをリッピングして携帯機器で聴く場合

 CDから携帯機器に音楽データがデジタルコピーされるが、音楽を楽しむ場所と手段が変わっただけで、消費者が得られている価値に変化はない。携帯機器を他人に貸したとしても、その楽曲は他のコンピュータや携帯機器では再生できないようプロテクトもかかっているため、著作権利者も損失があるとは考えにくい。

・レンタルしたCDをリッピングして携帯機器で聴く場合

 1枚のCDから多数の複製が生まれるのだから、ここでは損失が発生すると考えることもできる。ただし、CDレンタルは音楽出版社自身がレンタル事業者に販売、あるいはリースしている。

 “レンタルCDからの私的録音”という考え方には大きな違和感があるが、日本では以前にレンタルCDからの録音も私的録音の範囲であると認めてしまっている。ただし、レンタルCDの録音が私的録音の範囲と判断されたと考えられる、JASRACと日本コンパクトディスク・ビデオレンタル商業組合が貸与使用料の支払いについて合意した'84年頃には、CDをデジタル録音する機材はなかった。と考えられる。

 したがって、“貸与使用料に私的複製の対価が含まれているか?”については明確な記述がなく、曖昧な状態が続いていたようだが、現在は“含まれていない”という解釈に落ち着いている。よって、デジタル複製が行なわれると損失が発生するので補償が必要というのが、著作権利者団体の言い分だ。

 しかし、貸与使用料に私的複製の対価が含まれていないのであれば、別途、貸与使用料とは別に、貸し出し1回あたりの複製対価を求めればいいのではないだろうか? 補償金という分配根拠が曖昧になりがちな制度を採るよりも、明確にどのCDに対して複製対価が発生したのかが判れば、対価を受けるべきアーティストや音楽出版社が明確になる。

・他人が所有しているCDを借りてリッピングし、携帯機器で聴いている場合

 このほか他人のCDを借りてCD-Rをコピーしている場合も同様に扱うことができるだろう。このケースでは、確かに著作権利者に損失が生じる。しかし、その補償をiPodなどのHDD内蔵携帯音楽プレーヤーユーザーから幅広く徴収すべきかどうかは、意見が分かれるところではないだろうか。

 確かに高校生以下などの若年層ならば、こういうケースも少なくないかもしれない。しかし、この層は、 他の娯楽に投資をするため、CDをあまり多くは買わなくなってきているので、それほど大きな損失があるとは思えない。

 実際、CD購入者の年齢層は年々上がってきているという。購買力のある社会人層に魅力あるコンテンツを提供しなければ、売り上げも落ちるのは当然。コンテンツのタイプも映像ソフト、ゲームソフト、携帯電話向けコンテンツなど多様化している。その中でCDの売り上げ減少があっても、それが即、CDのリッピングやコピーによる損失と断じることはできない。

 つまり、ここで上げているような事例で、どこまで損失が発生しているのか、それがiPodなどによるものなのか、もう少し慎重な議論が必要なのではないだろうか?

 たとえば、音楽出版社がCDの再販制度を利用して市販CDに関して高価格な値付けと定価販売を行なっている。CDのコスト構成比を見ると、必ずしも大儲けとも言えない状況のようだが、それにしても1枚3,000円というのはちょっと高いと個人的には感じる。童謡や民謡、演歌などを再販制度で守るという考えは理解できなくもないが、すべてのジャンルで必要とは思えない。

 市場の状況に合った適切な価格で販売されれば、わざわざイリーガルな手法でCDを複製する必要もない。加えて言うならば、現在の市販CDは複製可能なCDというメディアを用い、音楽出版社自身が再販制度で守られた定価を付けて販売している。ならば、そこに複製対価を含めるのが妥当だろう。繰り返しになるが、何も公平な分配を行ないにくい方法で補償金を集める必要などない。

 このほかにも思いつくだけの事例を考えてみたのだが、ほとんどのケースで実際の損失がないのでは? と思われた。しかし、重大な損失が起きる可能性があるケースでは、コンテンツを販売時に個々の消費者に対して複製対価を求める機会もある。

 ならば、まずは自身の努力として、たとえば実演者ならば音楽出版社に働きかけて、複製対価をレンタル事業者向けの使用料やCDの原価に含め、実演者に還元するよう求めるなどをした上で、それでも損失が出る部分について補償の方法を考えるのが正論ではないかと思う。

 こうして考えをまとめていけばいくほど、補償金制度というものに対する疑問は増えるばかりだ。その理由は“補償金”というものに対する考え方が、一消費者である筆者と著作権利者団体とでは全く異なるからだと、彼らの言い分を何度も読み直してやっと理解できた。

 つまり、著作権利者団体の言う“補償金”とは、私的複製が行なわれることによる損失を補償する対価などではなく、“複製するという行為”そのものに対する補償金なのである。著作権利者団体と、一般的な消費者感覚の間にある一番の認識のズレは、すべてそこにあると思う。損失について議論せず、何のための、誰のための“補償”なのか? と声を荒げたいところだが、話はダビング10に進めることにしたい。


■ ダビング10と私的録音録画補償金制度が無関係だと思う理由

 デジタル私的録画問題に関する権利者会議が「ちゃぶ台返し」とまで言い切って、ダビング10導入延期の責任が自分たちにはないと説明した記者会見を5月29日に開いたのは記憶に新しい。

 著作権利者団体の主張は一貫している。ダビング10の導入は補償金導入が前提だったのだから、補償金のレコーダへの導入を拒否する家電メーカーこそが、ダビング10延期の原因であるというものだ。

 しかしこの主張には2つの点で無理がある。まず一つ目。ダビング10導入に向けての話し合いは、総務省が設置する情報通信審議会で行なわれたもので、私的録音録画補償金制度について検討するため文化庁が設置している私的録音録画小委員会とは直接の関係がない。補償金について拒否されたからといって、情報通信審議会での合意を反故にするというなら、よほど著作権利者団体の方が“ちゃぶ台返し”だ。

 二つ目は著作権利者団体が、“約束していた補償金導入を蹴った”と主張していること。情報通信審議会では、ダビング10導入に対して、適正な対価を著作権利者に還元をするという合意があった。そこで、“適正な対価を還元する方法は、現実には補償金しかないのだから、補償金制度導入は当然”とばかりに、ダビング10と補償金を結びつけているが、“適正な対価は補償金しかない”というのは、単に著作権利者団体の主張でしかない。

 上記の携帯音楽プレーヤーに関する部分と似た論旨になるが、情報通信審議会ではダビング10によって著作権利者が被る損失に対して適正な対価を還元すると合意したに過ぎない。ダビング10の運用が開始されることで、どんな対価を誰に還元しなければならないかは、これから考えるべきことだ。ここでもいくつかの例で考えてみよう。

・地デジ録画をHDDレコーダに録画した

 元々、無料で放送されているコンテンツが、録画によって別の時間に見られたからといって損失が発生するとは考えにくい。加えて言うならば、放送番組への出演者は放送局、あるいは製作会社と個別に契約を行なっているのだから、無料で全国に放送され、それが録画されることを前提に契約していれば問題がない。もし録画されることに異議があるなら、番組出演契約の中で解決するべきだろう。

 では放送局は損失しているのだろうか? タイムシフトではCMを飛ばし見する機会が多いと考えられるので、その点では損失はあるかもしれない。しかし、CMの飛ばし見を損害と見なすかどうかは議論のあるところだ。そもそも、“タイムシフトを行なわなければ見なかった”番組を見ることが可能になり、レコーダユーザーの全てが全てのCMを飛ばすわけではないのだから、全体で見ればCMを見るチャンスは多くなるともいえるからだ。

 このため無料放送にコピープロテクトをかける必然性はないと個人的には考えているが、現状はコピー制御が行なわれているので、放送局のコントロール(コピー制御フラグ)の元にコンテンツ保護の技術が確立しているから、なおさら権利侵害や損失の発生はないということになる。

・有料放送をHDDレコーダに録画した

 レンタルCDでの議論と同じく、放送局は個々の視聴者との契約の中で、複製に対する対価を求めることができる。

 ダビング10になるといても、コピー制御は“コピー1ジェネレーション”のままだ。つまり1世代のみのコピーであり、無料放送の保護としては充分なものだ。有料放送に関しては、従来通りにコピーワンスとして扱うので、ダビング10になるからといって何か重大な損失が増えるわけではない。

 こうした点に加えて、もうひとつ疑問に感じているのが、私的録音録画補償金制度と言いながらも、番組放送を行なっている企業や団体には何ら還元されないことだ。

【訂正】
記事初出時に、補償金の分配先についての記載が誤っていたので訂正いたしました(6月14日追記)


■ 録画補償金の行方

 ご存じの方も多いと思うが、補償金は補償金管理を行なう団体が機器や録音録画メディアの業界団体から支払いを受け、権利者に分配している。録音補償金は共通目的基金に20%、残りの80%をJASRACと芸団協、日本レコード協会が均等に分配。

 録画補償金はさらに複雑で、日本レコード協会に3%、芸団協に29%、映像制作者団体に36%、音楽・文芸団体に32%が分配される。

 たとえば公開されている2004年度の実績では、芸団協には約2億3,500万円、JASRACには約1億5,600万円といった金額が分配。映像関係者では日本民間放送連盟に約1億4,400万円、日本放送協会(NHK)に約1億400万円といった具合で分配。映像制作者7団体合計は約 3億5,000万円程度で、これは全体の約32%となっている。

 本当に録画による損失があり、ダビング10が実施されることで大きな損害になるというのなら、むしろこれらの数字は“小さい”と言えるかもしれない。たとえば日本映画制作者協会への分配金は約1,060万円にしか過ぎない。ダビング10導入で映画のDVDやBDソフトが売れなくなるなら、わずかこれだけでは補償さえままならない。

 しかしダビング10はコピーコントロール技術を元にした運用方法であり、複製が拡散する範囲を限定させる働きを持つ。そもそもの損失がないのでは? という点を考えれば、やはりこれらの補償金そのものが必要だとは思えない。

 ちなみに録音・録画を合わせ、2006年度の補償金は32億円程度だったそうだ。補償金はピークの2000年に40億円(この頃は録音補償金のみ)を突破しているが、2006年の録音補償金は11億円を少し超える程度。残りの約21億円は録画補償金である。

 記事も長くなってしまったが、まだ書き足りないことはある。そのうちから2つをピックアップして、簡単にこの問題への疑問点として書き残しておきたい。読者の皆さんは、これらについてどう思うだろうか?

・補償金制度は将来、縮小していく方針となっているが、実際に文化庁が提示した「私的録音録画補償金制度の具体的制度設計について」には、対象機器が今後広がっていく可能性があると示唆されている。たとえばパソコンについては現状、対象とすべきではないと書かれているが、但し書きとして将来、機能や使い方などが変化した場合に対象となる可能性があると書かれている。また録音機能付きカーナビや携帯電話などについても、パソコンと同様に、将来対象機器となる可能性に含みを持たせている。

・補償金が減っていると言われているが、それでも2006年に32億円程度の金額が計上されている。対してHDDレコーダやiPodなどに補償金がかけられると、メーカー1社あたり、大手メーカーの場合は10億円前後の補償金が追加発生する可能性があるという。全メーカーの見積もりを知っているわけではないが、間違いなく言えるのは現在の補償金と合わせるとピーク時をはるかに超える補償金の金額に達するだろうということ。金額が多いことが悪いとは言わないが、いずれハードウェアの原価として全ユーザーにコストが転嫁される。著作権利者に損失を与えていない、正しいコンテンツの運用をしていると自認している消費者ならば、納得いかないと考えるのは当たり前のことだろう。


□私的録画補償金管理協会(SARVH)のホームページ
http://www.sarvh.or.jp/
□私的録音補償金管理協会(sarah)のホームページ
http://www.sarah.or.jp/
□関連記事
【5月29日】6月2日の「ダビング10」延期が確定
-29日時点で合意得られず。次の目標日は未定
http://av.watch.impress.co.jp/docs/20080529/dub10.htm
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-“デッドライン”にも日時確定の合意を得られず
http://av.watch.impress.co.jp/docs/20080513/dub10.htm
【5月13日】【AVT】補償金制度拡大案への多くの疑問
http://av.watch.impress.co.jp/docs/20080513/avt025.htm

(2008年6月13日)


本田雅一
 (ほんだ まさかず) 
 PCハードウェアのトレンドから企業向けネットワーク製品、アプリケーションソフトウェア、Web関連サービスなど、テクノロジ関連の取材記事・コラムを執筆するほか、デジタルカメラ関連のコラムやインタビュー、経済誌への市場分析記事などを担当している。
 AV関係では次世代光ディスク関連の動向や映像圧縮技術、製品評論をインターネット、専門誌で展開。日本で発売されているテレビ、プロジェクタ、AVアンプ、レコーダなどの主要製品は、そのほとんどを試聴している。
 仕事がら映像機器やソフトを解析的に見る事が多いが、本人曰く「根っからのオーディオ機器好き」。ディスプレイは映像エンターテイメントは投写型、情報系は直視型と使い分け、SACDやDVD-Audioを愛しつつも、ポピュラー系は携帯型デジタルオーディオで楽しむなど、その場に応じて幅広くAVコンテンツを楽しんでいる。

[Reported by 本田雅一]


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AV Watch編集部

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