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第337回:M-AUDIOの“オーディオ修復ソフト”「iZotope RX」
~ 価格以上の強力なノイズ除去と復元機能 ~



iZotope RX

 M-Audioから「iZotope RX」というソフトが、7月12日に発売された。ジャンルとして「コンプリート・オーディオ・レストレーション・ソフトウェア」となっており、は単なるノイズリダクションというだけでない、オーディオの修復ソフトウェアなのだ。

 価格は32,800円と決して安くないが、試してみると、その価値は十分過ぎるほどある強力な機能を持ったソフトだった。処理結果の音とともに、紹介していこう。


■ 周波数分析をかけながら音声を修復

RTAS、VSTなどのプラグインとして動作

 iZotopeは米国のボストンにあるサウンド処理を得意とするメーカーで、ハードウェア、ソフトウェアともに手がけている。タイムストレッチ処理のエンジンであるRadius Technologyは定評があり、先日はCakewalkの波形編集ソフトであるAudio CreatorやAudio Creator LEにiZotopeのノイズリダクション機能が搭載されていることを紹介した

 今回紹介するiZotope RXもノイズリダクション機能を中心とするソフトであり、Windows、Macのハイブリッドの製品となっている。またスタンドアロンで動作するとともに、WindowsではRTAS、VST、DirectXのプラグインとして、またMacではRTAS、Audio Units、VST、MASのプラグインとして動作する。

 今回はWindowsでのスタンドアロンモードで使ってみたが、さまざまな機能を装備しており、かなりワクワクしながら使うことができた。起動して、オーディオデータを読み込むと、一見、波形編集ソフトのような画面となるが、カット、コピー、ペースト程度の編集はできるものの、決して波形編集ソフトというわけではない。そのことは、波形表示の下にあるスライダーを動かすことで、スペクトラム表示と混合させたり、スペクトラム表示のみさせることが可能であることからもわかる。周波数分析をかけながら、細かくオーディオを修復していく機能を多数もっているのだ。

波形編集ソフトのような画面 波形表示の下にあるスライダーで、スペクトラム表示との混合や、スペクトラムのみの表示が可能

 画面下のほうを見ると、以下の5つのボタンがあるが、これらが、iZotope RXの主体となる機能だ。

  • Declipper
  • Declicker
  • Hum Removal
  • Denoiser
  • Spectral Repair

 実際に操作しながら、各機能を紹介していくが、実験素材として使うのは、以前からノイズリダクションソフトの紹介の際に使わせていただいている、Areareaという女性ユニットの「愛のあかし」という曲の一部。今回も快く実験素材として使うことを許諾してくださった。

 これまではテープのザーというヒスノイズが混じった素材、電源系のブーンというハムノイズが乗った素材、レコードのプチプチいうクラックルノイズが激しいほどに混じった素材の3つを使って実験していた。しかし、iZotope RXには、ほかにもさまざまな修復をする機能があるので、今回さらに3つの素材を作った。ひとつは、現音を波形処理で10dB上げ、完全にクリップさせてしまった素材、モノが転がる音や咳払いが混じった素材、そして音の途中がブチッと途切れた素材のそれぞれだ。これら計6つの素材を使いながら、ひとつずつ紹介していこう。なお、実験上はすべてWAVデータを用いているが、ここでは試聴しやすいように、すべてMP3データで掲載している。

【ノイズ除去前の音声サンプル】
【オリジナル+ヒスノイズ】
a_hiss.mp3(約472KB)
【オリジナル+ハムノイズ】
a_hum.mp3(約471KB)
【オリジナル+クラックルノイズ】
a_cracle.mp3(約472KB)
【オリジナル+クリップノイズ】
a_10db.mp3(約469KB)
【オリジナル+モノが転がる音や咳】
a_seki.mp3(約469KB)
【オリジナル+ギャップノイズ】
a_gap.mp3(約469KB)
楽曲:Arearea / 愛のあかし



■ 細かい調整で様々なノイズに対応

元の素材を+10dBした素材では、波形が完全にクリップしている

 まずは一番左のボタンにあるDeclipperからだ。これはオーバーロードによる歪んだ部分を取り除き、使用不可能なハズのレコーディング・テイクを救出することができるというもの。アナログのレコーディングによるレベルオーバーだけでなく、デジタルでのクリッピングに関しても修復してくれるというのだから、かなり気になる機能だ。

 元の素材を+10dBした素材を読み込んでみたところ、波形が完全にクリップしているのがわかるだろう。iZotope RXには単純にボリュームを落とす機能がないため、波形編集ソフトを用いて-10dBしてみたが、これではクリップした状態は直っていない。そこで、これをiZotope RXに読み込み、Declipperボタンを押すと、ダイアログが現れる。シングルバンドと、マルチバンドの双方でできるが、とりあえずここではシングルバンドでスレッショルドを-4dBに設定して実行してみた。その結果、かなり元に近い感じの波形が再現された。実際聴いてみてもクリップしている感じはなくなっている。この機能だけでも結構“買い”だとだろう。

波形編集ソフトで-10dBしても、クリップした状態は直っていない シングルバンドでスレッショルドを-4dBに設定して実行(左)すると、かなり元に近い感じの波形が再現(右)された
【音声サンプル】(469KB)

 次にDeclickerだ。これはブチッといったクリック音、またレコードのプチプチいうクラックルノイズなどを取り除くことができる機能だ。さっそく以前から使っているクラックルノイズ入りの素材を読み込んでみた。前半部分を拡大表示させると、縦に線が入っているところが複数確認できると思うが、これがまさにプチプチいうクラックルノイズだ。さっそくDeclickerボタンをクリックすると、またダイアログが表示される。Quality(品質)、Sensitivity(感度)、Maximum click width(クリックの最大幅)という3つのパラメータがあるが、プリセットとして「Record with Lots of Dust」(汚れがいっぱいのレコード)というのがあるので、これを使って処理してみたところ、かなりキレイに消える。これまでいろいろと試してきた中でも、ベストといえるくらい優秀な結果ではないだろうか。この素材は無理やりなほどに強いノイズだから、通常のプチプチノイズならキレイに消えるはずだ。

クラックルノイズを加えた波形 Declickerをクリックすると表示されるダイアログ パラメータ「Record with Lots of Dust」で除去した結果
【音声サンプル】(472KB)

 ちなみに、先ほどのDeclipperでもそうだが、「Compare」ボタンを押すととオリジナルと比較して聴くことが可能で、複数のパラメータ結果を並べて比較することも可能なので、かなり便利に使える。また、「Output clicks only」にチェックを入れると、取り除かれるノイズだけを確認することもできるので、これも便利に利用できる。

 続いてハムノイズを取り除くHum Removalだ。ハムノイズを入れた素材を読み込み、Hum Removalのボタンを押すと、ハムノイズ関連のダイアログが表示される。先ほどと比較すると、ちょっと難しそうな画面だが、理論的にはわかりやすい。つまり、ハムノイズの周波数が50Hzなのか60Hzなのかを指定した上で、どの程度それを取り除くのか、また、その倍音成分についても取り除いていくというわけだ。ここでは「50Hz Reduce with Harmonics」(50Hzと倍音成分を含めた除去)を選択して処理したのだが、うまくいかない。ほかもパラメータをいろいろ探りながら試してみたのだが、どうにもうまくいかない。いろいろと調べてみたところ、このHum Removalで除去するのは、本当に50Hzやその近辺の音であり、作ったノイズ(音声サンプル/471B)は、ここではハムノイズという定義ではなく、Buzノイズというものなのだそうだ。

「Compare」ボタンでは、オリジナルと比較して聴くことができる ハムノイズ関連のダイアログ

 そして、それを取り除く機能が、隣のDenoiserにあった。Denoiserこそが、iZotope RXのメイン機能ともいえるノイズリダクション機能になる。基本的には先日紹介した、CakewalkのAudio Creatorと同様にあらかじめノイズだけを抜き出した音をTrain機能によって読み込んで解析した後に、その成分を取り除くというものだ。ボタンを押してダイアログを開くと、スペクトラム解析のグラフが表示される。まずは、先ほどのハムノイズというかBuzノイズをTrain機能でサンプリングし、Denoiserを適用してみた。デフォルトの設定でもかなり取れるのだが、Advancedモードでさらに細かくパラメータを表示させるとともにスレッショルドを少し下げ、リダクション量を20.0dBまで上げてみたところ、さらにキレイに除去することができた。

Denoiserのダイアログで表示されるスペクトラム解析のグラフ Advancedモードで除去した結果

 先ほどのHumRemmovalと比較すると、明らかにキレイになっているのがわかるはずだ。もうひとつ、ヒスノイズの入れた素材もあったが、これについてもまったく同じ手順で行なってみたところ、こちらもキレイにノイズ除去できた。もちろん、リダクション量を大きくすれば、ノイズはなくなる一方で、原音まで曇ってくるのは、ほかのノイズリダクションソフトと同様だ。まあ、設定を細かくいじっていくことで、よりキレイにしていくことはできそうだ。

【Denoiserで除去した音声サンプル】
【オリジナル+ハムノイズ】
denoise1.mp3(約471KB)
【オリジナル+ヒスノイズ】
denoise2.mp3(約471KB)



■ より強力なノイズ除去「Spectral Repair」を試す

 ここまででも、よくできたソフトだと思うが、一般的なノイズリダクションソフトにないiZotopeの強力な機能が、Spectral Repairにある。例えば、コンサート収録の中で咳払いが入ったり、ちょっとした物音がした際、それを取り除いたり、たまたま何かのトラブルで音が途切れた場合、そこをキレイに修復する機能などが入っている。もちろん、従来のソフトでまったくなかったというものではない。たとえば、algorithmix社のreNOVAtorといったソフトがあったが、20~30万円もするツールで、簡単には手が出せないものだった。

 では、実際使える機能なのか、さっそく試してみた。まずは、SDカードを机の上にカランと転がした音と、咳払いを混ぜた音からだ。これをiZotope RXに読み込ませた後で、画面表示を波形ではなく、スペクトラム表示にした。拡大してみると、カランという音が縦縞模様になって表れているのがわかる。かなり地味な作業ではあるが、この縦縞部分のみを範囲指定した上で、Spectral RepairのAttenuate機能で除去してみる。すると、ある程度消えたのがわかるだろう。もっと細かく指定して作業していけば、さらにキレイに消えそうだ。

スペクトラムでの表示 Spectral RepairのAttenuate機能で除去 Attenuate機能で除去した結果
【音声サンプル】(469KB)

 もうひとつは、曲の最後のあたりで、0.1秒程度、ブチっと完全に音を切ってしまったというもの。通常は、周りの音をカット&ペーストでつなぎ合わせても、なかなかキレイには戻らないが、Spectral Repairは、上手に復元してくれる。Replace機能を用いて単純に適用させるだけで、キレイに復元される。音を聴く限り、ほとんどわからないほどだ。

曲の最後のあたりで、0.1秒程度、完全に音を切ったもの Spectral Repairで復元 Replace機能を適用させるだけで、復元してくれる
【音声サンプル】(469KB)

 iZotope RXについて、いろいろと試してみたが、手軽なノイズリダクションソフトというわけではなく、キレイに補修するには、それなりに手間がかかる。また、今回は、そこまで突き詰めて補修したわけではないので、iZotope RXの性能を使いこなせているわけではないが、数万円で購入できるソフトの中では最強のツールといえるだろう。


□M-AUDIOのホームページ
http://www.m-audio.jp/
□製品情報
http://www.m-audio.jp/products/jp_jp/iZotopeRX-main.html
□関連記事
【5月19日】ノイズリダクションなど多機能で7千円の波形編集ソフト
~ 優秀なノイズ除去。Cakewalk「AUDIO CREATOR」 ~
http://av.watch.impress.co.jp/docs/20080519/dal326.htm

(2008年8月11日)


= 藤本健 = リクルートに15年勤務した後、2004年に有限会社フラクタル・デザインを設立。リクルート在籍時代からMIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。
著書に「コンプリートDTMガイドブック」(リットーミュージック)、「できる初音ミク&鏡音リン・レン 」(インプレスジャパン)、「MASTER OF SONAR」(BNN新社)などがある。また、アサヒコムでオーディオステーションの連載。All Aboutでは、DTM・デジタルレコーディング担当ガイドも務めている。

[Text by 藤本健]


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