10月1日より、ハイビジョンによる多チャンネル放送「スカパー!HD」がスタートした。地デジやBDが定着し、「スカパー! e2」のHD放送が評価される中で、スカパーファンにとっては「待ちに待ったハイビジョン化」といっていいだろう。
ようやくスタートしたスカパー! HDだが、まだまだ契約に足踏みをしている人も少なくないのではないだろうか? そこで今回は、サービスを試した上で、同社キーマンに取材を行ない、「スカパー!HDの今後」を聞いた。話題は、今後のチャンネル数増加やe2との関係、そして気になる「録画」の行方にまで及んだ。 ■ スカパーの衛星でそのままHD放送 まずは、スカパー!HDがどんなサービスなのかを解説しておこう。
このサービスは、簡単に言えば「ハイビジョン版スカパー!」。スカパーではMPEG-2を使い、SDレベルの解像度で放送が行なわれているが、スカパー!HDでは、それがハイビジョンになるわけだ。放送に使われる衛星も同じであるため、アンテナなどは、スカパーで利用していたものがそのまま使える。10月1日より放送を開始、現時点では15チャンネルがハイビジョン化されている。もちろん、従来のSD放送もそのまま視聴可能だ。 チャンネルパックとしては、「スカパー!よくばりパックHD」を展開。10月1日から1年間は、月額3,500円で、ハイビジョン5ch、SD画質 68chで提供する。ハイビジョンチャンネルは、TBSチャンネルHD、テレ朝チャンネルHD、ムービープラスHD、日本映画専門チャンネルHD、FOX HDの5ch。2009年10月以降は、ハイビジョン40chとSD 68chに強化し、月額4,700円で展開する予定だ。 ただし、チューナ(STB)に関しては、スカパー!HD対応の専用チューナーが必要になる。現在は、ソニー製の「DST-HD1」と、スカパーブランドの「SP-HR200H」(HUMAX製)があり、後者はスカパーからの直販のほか、月額630円でのレンタルも可能である。今回利用したのも、SP-HR200Hだ。 DST-HD1の場合、HDMIリンクに対応するものの、現時点では後述する「録画機能」への対応が未定となっており、SP-HR200Hについては、今後対応が予定されている。また、SP-HR200Hは地デジチューナー機能ももっており、地デジとスカパーの両方が視聴できる。ICカードについても、スカパー!HD用と地デジ用のB-CASカードの2枚を挿入することになる。
STBのEPGを見ると、通常のスカパー!と、スカパー! HDのチャンネルが混在して表示される。ただし、多くのHD放送番組の前に「HV」の表示がつけられており、HD番組の確認は可能だ。 現時点では、解像度は1,440×1,080ドットの映像をMPEG-4 AVC/H.264で圧縮して伝送している。チャンネルによってビットレートは異なるが、現状では、おおむね6~8Mbps程度であるようだ。規格上は15Mbps/1,920×1,080ドットまで対応可能であるという。現在の、SD版スカパー!のビットレートが2M~6Mbps程度(最も多いのは3.5Mbps近傍)であるから、おおよそ倍程度のビットレートを使っていると考えていい。
スカパー系のHD放送としては、110度CSで運営されている「スカパー! e2」がある。HD放送は7チャンネルのみだが、その魅力はなかなか。特に、「日本映画専門チャンネルHD」は、編成の良さもあってか、特に人気が高い。e2の場合も、解像度は同じ1,440×1,080ドットであるが、ビットレートは9~17Mbps。コーデックもMPEG-2で、かなり地デジに近い印象である。 スカパー!HDは、同じ解像度の映像を、さらに低いビットレートで、AVCを使って伝送するサービス、といっていいだろう。スカパー!HDでは、前出の「日本映画専門チャンネルHD」など、e2のHDチャンネルと同じものが放送されている。そこで今回は、日本映画専門チャンネルHDとフジテレビCSHDを中心に、両者を見比べてみた。 著作権の問題があるので、直接映像をお見せすることはできないが、率直に言って画質はe2のほうが上だ。十分ハイビジョンらしい解像感は残っているが、やはりビットレートが低いためか、e2に比べノイズが目立つことも多い。 伝送時のエンコードと、受信時のデコードに時間がかかるためか、同じ「生放送」を見た場合、地上アナログ<地上デジタル<e2<スカパー!HDという順で、遅延が大きくなるのも確認できた。地デジとスカパー!HDの間で、最大2秒弱、というところだろうか。地デジとe2の差は小さく、それらとスカパー!HDとの差は大きめ、といった感じである。 とはいえ、こういった部分は「重箱の隅」といった感じだ。e2に存在しないHDチャンネル、例えば「FOX HD」などをSDのスカパーと比較した場合、その高画質化には目を見張るものがある。 もともとスカパーのSD放送は、ビットレートも低いが解像度も低い。実質480×480ドット程度の放送が多く、HDTVに慣れた目にはつらく感じていた。それが一気に地デジに近い画質になるわけだから、やはり「劇的な変化」といっていいだろう。 ■ HD化は「当然の流れ」 スカパーの運営元である、スカパーJSATにて、STB関連のマーケティングを統括する、執行役員常務 スカパー事業部門 マーケティング本部長の出水啓一朗氏は、スカパーのHDを「時代の趨勢、ごく自然なこと」と言い切る。
出水:地デジが登場し、すでにHD画質はデファクト化しています。とすれば、スカパーもHD化せざるを得ない。スカパーは当初、デジタル技術を高画質化ではなく「多チャンネル化」に使いました。スカパー!HDでは、画質を含め、多チャンネル化と高画質化、両方を満たすことを狙っています。 実際のところ、同社内で「HD化」については、より早い時期の実現を検討していたようだ。だが、スカパーが使う衛星であるJSAT3/4の帯域の中でHD化が実現できる技術、すなわち、H.264によるリアルタイム圧縮・展開が低価格で実現できるまで時間がかかった、という事情があった。 出水:ハードルが高かったのは圧縮技術です。H.264で圧縮率を高めましたが、その実現には時間がかかりました。画質も含め、こういった形態がとれるのは、「専用STB」を利用するサービスならではのことです。現在は15チャンネルですが、2009年10月からは70チャンネルでスタートすることをお約束しています。HDへの移行はより加速していくことでしょう。近い将来には、100チャンネルも見えてきおり、主要なチャンネルについては、問題なくHDへ移行できるものと考えています。当初はアップコンバートが多いと思いますが、テレシネからやり直してHDに、という番組も増えてくることでしょう。 魅力が大きいのは、例えばサッカー。欧州サッカーはHD化が遅れていましたが、それがHDで見られるのはなかなか鮮烈なものです。サッカーを知っている方なら、あのクオリティの試合がHDで見られる、となれば、SDに戻ることはないのではないでしょうか。スカパー!HDならではの魅力となりますから、お客様を引きつけられるのではないか、と思います。 個人的には、ゴルフや競馬、オペラ・歌舞伎などのシアター系も魅力的ですね。ライブ性の高いものは、やはり有利です。 各チャンネルをHD化するか否かは、スカパー側と、番組提供側の話し合いによって決まる。どれだけの事業者がHD化に乗り出すのか、気になるところではあるのだが、出水氏は「楽観的に見ている」と話す。 出水:送り手側・制作側でのコンテンツのHD化コストは、日に日に下がっています。ご存じのように、カメラのHD化も進んでいますしね。地上波のHD化により、スタジオがHD化したことが大きいのですが、もうハードルは相当低くなっています。
もちろん、H.264化したとはいえ、番組の伝送にかかるコストが高い、というのは事実です。しかし、その上でのコストセーブのやり方も、みなさん相当身につけている、という印象を持っています。外国語チャンネルなど、専門性が高く、視聴者が少ないチャンネルまでHD化するかどうかは、経済合理性の問題もありますから、また別の問題ですが。 では、さらなる高画質化はどうだろう? 規格上、スカパー!HDは1,920×1,080放送も可能となっている。今後、1,920×1,080放送は出てくるのだろうか? 出水:1,920×1,080放送もあり得ます。しかし、プラットフォームの宿命として、スカパーは「多チャンネルありき」と考えています。それを犠牲にしてまで高画質化を、ということは考えていません。また、ハイエンドなお客様を除くと、(1,920×1,080の)BSデジタルと比較する、という方も少ない。最終的な、100のうち95を超えたところの顧客ニーズをどう満たすか、という議論かと思います。 ■ ハードルは「コスト」と「録画」。録画対応は「動作検証中」 すでに述べたように、現在はまだ15チャンネルがHD化されただけである。スタートから2カ月近くが経過したことになるが、スカパー側としても「まだユーザー数などを公開できる状況にはない」としている。 出水:現在は、アーリーアダプターの方にお楽しみいただいている状況と理解しています。まずはとにかく、チューナをしっかりと供給する、ということが課題になっている状況です。現在も、お待たせしてしまうこともあるようですし……。 ハードルであり、課題ともなっているのが、チューナの価格です。(スカパー側の)初期投資も相当かかっており、HD対応のチューナの価格が3万円以上となっています。(SD対応)スカパーのチューナが1万円であるのに比べると差があり、高いと感じられるようです。 まずはレンタルを主軸に、「月額300円ならSDのSTB、600円ならHDのSTB」という形で利用していただくことになると思います。この程度の月額利用料の違いならば、あまり価格差を意識せず使っていただけるものと考えています。 なによりも、導入に関して大きな障害となっているのが「録画」だ。現状では、スカパー!HDをHD画質のまま録画することはできない。前出のとおり、スカパーブランド製のSP-HR200HはHD録画に対応の予定があるが、現状ではまだそのためのアップデートが提供されていない。アップデート時期はまだ未定となっている。メニューには、デジタル録画関連とおぼしきものが存在するのだが、まだ使うことはできない。
出水:録画については、大変に大きな問題だと理解しており、早急に解決すべきと考えています。準備を急いでいます。技術そのものはできているのですが、動作検証に時間がかかっています。現在は「いつから録画対応を開始」とは明言できませんが、ご容赦ください。 ただ、これはご理解いただきたいのですが、我々がサービスを始めるまで、H.264で放送された映像を、外に出して録画するための技術、というのは存在しませんでした。そこで、業界標準に添う形で、録画のための技術を開発する必要がありました。その開発スピードが、STBの提供時期とずれてしまった。まずはHDDに対し、タイムシフト的に録画できるようにすること。これを早急に実現する必要があります。 また、日本独特の「ライブラリ作成」というニーズにも応えねばなりません。BDなどに(映像を)定着して残せるか、ということですね。ここはやはり避けて通れません。 大きなポイントは、STBと、各メーカーのビデオレコーダとの親和性を高めることです。いくつかのメーカーと、ビデオレコーダとSTBの連携機能について、お話をさせていただいています。ビデオレコーダを使い、STBで受信したスカパー!HDの映像を録画できるようにすることは、大前提だと考えています。 これまで、STBとビデオレコーダをつないで「録画」する、といえば、レコーダの「外部入力端子」につないでアナログ録画、という形だった。だが、デジタルでのHD放送については、著作権を保護した状態で、HDのまま「外部入力から」録画できる機器は、現時点では存在しない。 そこでスカパー!HDでは、DLNAの枠組みを使い、EthernetによるLANを介して、ネットワーク対応HDDやビデオレコーダへ、受信したストリームを転送する、という仕組みを採る。現状でいえば、東芝のREGZAで採用されている、DCTP-IPを使ったLAN経由のムーブに使われているのと、ほぼ同じ枠組みである。 スカパーブランドのSTBで録画に対応を予定しているのは、アイ・オー・データ機器およびバッファロー製のネットワーク対応HDD、東芝のレコーダー「VARDIA」の最新モデル、RD-X8およびRD-S503/S303が、対応予定機種としてリストに挙がっている。 そのため、スカパー!HD対応チューナーにはEthernet端子が用意されている。
こういった形での録画は、HD放送だけでなく、SD放送でも有効だ。低ビットレートのSD放送を、再エンコードすることなくディスク記録できるようになれば、ダビング時間の点でも、画質の点でもプラスとなる。コピー制限はコピーワンスだ。 出水:企業名は明かせませんが、検討していただいているのは東芝だけではありません。スカパー!HDのチューナーをレコーダに内蔵していただく、という形はともかくとして、STBとの連携機能の搭載については、どのメーカーにも、前向きに検討していただけていると理解しています。 録画環境が整っていないことから、スカパー! HDを時期尚早と見て、e2を中心に利用している人も少なくないだろう。筆者もその一人である。e2ならば、HD放送のライブラリ化も簡単だし、1時間ドラマでワンクール以上という、長時間のSD放送を、再圧縮せず、BD 1枚に詰め込むこともできる。スカパー! HDでも、録画が実現すれば同じようなことが可能になるだろうが、現時点ではe2の方が利便性が高いのは事実である。出水氏が録画機能について「大きな問題」と認識しているのは、こういった事情があるためだ。 だが、「これはあくまで短期的な現象」とも出水氏は説明する。 出水:e2かスカパーか、という問題は、(アンテナなどの)外部要因、その方の置かれている環境に依るところが多いと考えています。 実際のところ、e2はHD化しても、供給できるチャンネル数が限られています。10カ月後、スカパー!HDが70チャンネル化した時、e2も同様にチャンネルを増やせるか、といったら不可能です。ですから早晩、e2とスカパーは明確に使い分けていく、という形になるでしょう。70チャンネルが実現した時に、e2とスカパー!HDで悩む、ということはなくなるのではないでしょうか。 スカパー側から提供するSTBは、現在のようなシンプルなもののままなのだろうか? 2年前同社は、HDDを内蔵し、単体でスカパーを録画する機能を備えた「スカパー!DVR」というSTBを発売している。HD世代で、同様のSTBを提供する可能性はないのだろうか。 出水:スカパー!DVRは、プライシングが難しい商品でした。結論から言えば、現在は単体(録画機能を内蔵しない)製品を中心に考えています。
現在、熱心なユーザーの方は、複数の録画機を使い分けていらっしゃいます。だからといって、(録画機能内蔵STBで)もう一台増やしていただく、というわけにはいかず、逡巡されることでしょう。 また、ビデオレコーダは、HDD容量などがどんどん進化します。我々の側でそれについていき、STB内蔵のHDDの容量を増やしていくのは厳しい。マーケットのニーズがあれば、STBへのHDD搭載を考えますが、あくまで単体製品が主軸です。録画はホームネットワークを介して、という形になると考えています。 あるとすれば、チューナにUSBなどでHDDを外付けし、増設できるようにする、という形でしょう。ただし、これはまだ単なるアイデアであり、実現するかどうかは確約できませんが。 むしろSTBとして改善する点としては、ソフトの機能的な面が中心となります。EPGの高速化ですとか、GUIの見え方の部分ですね。いかに、目的のものへ素早くたどり着けるようにするか、という点を改善したいと考えています。 ■ 「70チャンネル」を契機に本格展開へ スカパーはこのところ、加入者数が伸び悩んでいる。9月、10月、11月の3カ月は、累積の加入者数が連続で減少しているほどだ。スカパー!HDは、そんな状況を打破するための武器となる。 ただし出水氏は、「新規顧客獲得だけが目的ではない」とも語る。 出水:ひとつのブームを、70チャンネルがスタートする、来年10月に向けて作っていきたいと考えています。もちろんそのためのマーケティング施策も行なっていく予定です。 ですが、これからは、既存のお客様に対し、いかにご満足いただくかも重要です。マーケティングのポイントとしては、新規顧客から解約数を引いた、純増数をいかにキープするか、ということです。それにはなにより、既存のお客様が重要となります。 これまでスカパーは、どちらかといえば新規顧客の獲得を向いたビジネスを行なっていました。そのため、既存顧客へのケア、ライフタイムバリューといった部分が、やや取り残されていた、注力してこなかったのではないか、と考えます。現在は、なによりもそこを掘り起こすことがベーシックと考えます。 こういったビジネスは、宿命的に、お客様に「飽き」がきます。既存のお客様には、常に新しい刺激を提供しないといけません。我々の側には、既存加入者への提案力が問われている、といえるでしょう。 結論として、スカパー! HDは、可能性を秘めているものの、15チャンネル・録画未対応の段階では、まだ「魅力の本質」が生まれていない状態といえる。早期に録画が実現され、来年10月の「70チャンネル態勢」になれば、「新生したスカパー」としての魅力が生まれてくることになるだろう。 本連載でも、スカパー! HD録画が実現し次第、その状況を再度レビューしたいと考えている。 □スカイパーフェクト・コミュニケーションズのホームページ (2008年12月4日)
[Reported by 西田宗千佳]
AV Watch編集部 |
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