■ デジカメ界にもハイビジョン旋風? 今年はビデオカメラも沢山の商品が登場したが、同時にデジカメも動画に力を入れ始めた年だと言える。この傾向は、三洋がXactiをリリースした時以来しばらく途絶えていたが、動画がハイビジョンにステップアップした今、また別の形での参入が続くようだ。 これまでハイビジョン対応のデジカメということでは、デジタル一眼の「Nikon D90」、「Canon 5D MarkII」を取り上げてきたが、いわゆるネオ一眼と呼ばれるジャンルで1,920×1,080ドットのフルHD撮影をサポートしたのが、「Canon PowerShot SX1 IS」(以下SX1)である。
もっとも突然動画が撮れるようになったわけではなく、以前からPowerShotでは動画も撮れるモデルが存在していた。昨年は「TX1」という720p撮影可能なコンパクトモデルをリリースしたのも、記憶に新しいところだ。今回はこのSX1で、フルハイビジョンまで機能を拡大したという流れのようである。
今回もまた、デジカメなのに動画しか評価しないという、非常に偏ったレビューをお送りする。静止画のサンプルも4:3の画角サンプル以外は、すべて動画からの切り出しだ。写真と動画両対応ということでは、これまでビデオカメラが優位に立ってきたわけだが、SX1はそのバランスを切り崩すのだろうか。早速テストしてみよう。
■ 一見普通のネオ一眼だが… まず外観から見ていこう。見た目はネオ一眼としては標準的なサイズ(外形寸法127.5×87.7×88.3mm/585g)である。しかし、フォーサーズのE-420/410や、マイクロフォーサーズ採用のPanasonic DMC-G1と比べると、一眼より小さいとも言えなくなってしまった。正面にステレオマイクが付けられている点が、普通のデジカメと違うところである。
外観は先行して発売されているSX10 ISとほぼ同じで、パッと見はストラップの金具の色が違うなど多少のカラーリングが異なる程度だ。ただ撮像素子や液晶など、スペックはかなり違う。 レンズは光学20倍ズームで、光学手ぶれ補正付き。画角は35mm換算で4:3が28~560mm、16:9が29~580mmとなっている。20倍ズームはビデオカメラでは割にあるスペックだが、ワイド端が28/29mmというのは相当に広い。レンズ前にはフィルタ用のネジが切ってあるように見えるが、フィルタなどは付けられない。これは単にレンズキャップを噛ませるための溝である。
背面に回ってみよう。液晶モニタは2.8型の16:9サイズで、約23万画素。視野率は100%だという。なお液晶は固定式ではなく、バリアングルとなっている。 背面のビューファインダ脇にあるのが動画の録画ボタンで、モードダイヤルの位置に関わらず、このボタンを押せば動画撮影が可能。ビューファインダを挟んで反対側にあるのが、4:3と16:9の画角切り替えボタンだ。静止画で高解像度撮影を行なう場合は4:3にすべきだが、このときの動画はVGAまたはハーフVGAサイズとなる。16:9にしておくと、動画撮影時は無条件にハイビジョン撮影となる。
動画フォーマットはH.264のMOV(QuickTime)ファイルで30fps、音声はステレオのリニアPCMだ。記録時間は8GB SDカード使用時で約24分30秒とあることから、ビットレート計算すると約42Mbpsとなる。記録スペックは5D MarkIIと同等のようだ。
上部のモードダイヤルは、13モードを有するが、動画専用モードは一つだけだ。動画撮影時にはあまり意識する必要はないが、動画専用モードならではの機能もあるので、使い分ける意味はある。 背面の十字キーは、周りにコントローラホイールを配置したタイプだ。以前ビデオカメラの「HG10」でもこのようなタイプのコントローラを搭載したことがあるが、手触りが安っぽくて使いづらかった。しかしSX1搭載の十字キーは、エッジが立っているので回しやすく、適度な粘りがあってしっくり来る。 バッテリは単3電池4本で、専用バッテリを必要としない。このあたりは普通のビデオカメラにはないアドバンテージである。
■ AFの追従性はまずまず デジタル一眼の動画撮影は、まずはライブビュー機能を実現し、その映像がそのまま記録できるというものであった。しかしネオ一眼の場合は、もともとライブビュー前提なので、構造的には結構ビデオカメラに近い。ただ、動画が撮れるとは言ってもそこは基本的には静止画のカメラなので、静止画のモード設定そのままが撮影できるわけではない。 すなわち絞り優先やシャッター優先で設定しても、動画撮影を始めるとフルオートに戻ってしまう。5D MarkII同様、多少は制御する方法もあるが、それは後述しよう。 撮影された映像を見るに、さすがにビットレートがとんでもなく高いだけあって、水回りの撮影でも圧縮の破綻はまず見られない。若干水平のラインでジャギーになるのは、高画素をアンチエイリアシングしながら縮小するのではなく、撮像画素を間引いて映像を作り出す影響かもしれない。解像感は感じるが、もう少しなめらかさが欲しいところだ。
動画撮影を基本に置くと、AFは常時動作モードになるわけだが、フォーカスの追従性はまずまずで、センターを外した構図でもそれほど困ることはなかった。「AFフレーム」をアクティブに設定すると、手動でAFポイントを動かせるので、シャッターの半押しとの組み合わせで、マニュアルAFを使わなくても柔軟な追従が可能だ。
顔認識AFも搭載しているが、動画撮影時には機能せず、通常のアクティブAFとなる。人が手前に向かってくるようなシーンでは、大股ですたすた歩いてこられるとAFが間に合わないが、少しゆっくり目の歩きではなんとか追従できるようだ。顔認識が使えないのは残念だが、ただの動的AFとしてはまずまず優秀なほうだろう。 画角に関しては、さすがに広角29mmは強烈で、ビデオカメラで考えたら、この価格でそこまで引いた絵はまず撮れない。海外旅行など、風景のパノラマを撮って楽しみたいというニーズならば、十分魅力的な機能となるだろう。またズームも20倍あるので、寄り足りないというケースはまずないだろう。 さらに、本機は2倍までのデジタルテレコン機能を装備している。一般にデジタルズームは、静止画のように解像度がフレキシブルなものには有効だが、ビデオのように解像度が決まっているものに対しては映像の劣化がおこるため、これまであまり評価されてこなかった。 デジタルテレコンは、デジタルズームの中でも画質劣化を感じさせない程度の範囲で限定的に使用するものだ。最近はフォーカスをとるためのマグニファイ(拡大)画質の向上に伴って、これをそのまま記録できないか、というニーズに押されて、搭載例が増えてきている。 本機でもテストしてみたが、もちろん多少のピクセルの荒れはあるものの、光量が十分にある場所で使用する分にはそこそこ使える機能である。そうなると合計40倍ズームになるわけで、画角のバリエーションという意味では、ビデオカメラを凌ぐ。ただ光量が少なめのシーンでは、ピクセル拡大による荒れよりも、増感したノイズがより目立つようになる。
バッテリに関しては、そもそもアルカリ電池はあまり撮影には向いていないようで、ニッケル水素電池のような二次電池のほうが保ちが良い。今回はアルカリ電池を使って撮影していたが、昨今の冷え込みのためか撮影中に電圧が下がり、途中で撮影できなくなった。室温に戻せばまた使えたのだが、CMOSになって内部がほとんど発熱しなくなったデメリットもあるということだろう。
■ 絞りの制御は難しい デジカメで動画を撮るというメリットの一つは、被写界深度が浅く撮れるということである。Nikon D90やCanon 5D MarkIIの動画の評価は、ほとんどその部分に集約されると言っていいだろう。 これには絞りがいかに開放で撮れるかがポイントになるわけだが、ネオ一眼のレンズは、デジタル一眼レンズのように絞りが一段ずつ追従するわけではない。多くのコンパクトデジカメがそうなのだが、絞りは開放から2段ぐらいを用意しているだけで、その間の絞り値は論理値として割り出し、シャッタースピードやISO感度に転嫁される。 したがってコンパクトデジカメで、一絞り単位で被写界深度を調整しようという試みは、あまり意味がないと言える。それを踏まえた上で動画撮影に取り組んでみると、あまりがっかりしないで済むだろう。 SX1も同様で、物理絞りは開放も含めて4段ぐらいしかない。これは静止画撮影の場合なら実際に撮影する際に絞り込まれるが、動画撮影ではその時に見ていたライブビューでの絞りが、そのまま維持されるようだ。 ただ動画撮影を開始したあと、すなわち動画の撮影中ならば、露出補正機能を使って絞りを動かすことはできる。しかし元々露出補正のための機能なので、絞りに対して適正露出となるようISO感度が変わったりしない。このあたりは、無理にコントロールしようとするとかえってえらく難しいことになるので、ある程度カメラに任せてしまうほかないようだ。 一方動画専用モードでは、録画を開始する以前に露出補正を行なって、その状態で撮影できる。他のモードでは、事前に設定した露出補正値はあくまでも静止画撮影のもので、動画撮影を開始するとリセットされてしまうのである。もちろん動画撮影しながらもう一度同じ設定にすることもできるが、二度手間になる。露出補正機能は、動画に関してはAEロックとして使うほうがいいだろう。 実際に撮影してみると、よほどの逆光で撮らない限り、絞りは開放となるようだ。したがって深度も、デジタル一眼レフには及ばないが、やや浅めで調整されることになる。実際の映像も深度はまちまちだが、ビデオカメラ特有の菱形絞りの影響がなく、見やすい映像となっている。
■ 総論 撮像素子と画像処理プロセッサの進歩により、デジタルカメラでもハイビジョン動画が撮影できるまでの進化を見せた。純粋にビデオカメラとして見てしまうと、あれができないこれができないといった評価になってしまうが、元々フルオートでしか撮らないというユーザーにとって、違いはあまりないだろう。 むしろハイビジョンカメラに10万円出すのであれば、5~6万円のデジカメでハイビジョンが撮れる方を選択する人が出てきてもおかしくない。かつてはビデオカメラが静止画機能を搭載することでデジカメ市場に食い込んだ時代があるわけだから、今度はその逆が起こってもおかしくないわけである。 アナログVTRの発明以降、動画と静止画のカメラは袂を分かったが、デジタル化により再び両者が近づきつつある。おそらくデジカメのハイビジョン対応は、ミドルレンジクラスでは当たり前の機能として搭載されるようになるだろう。これまで写真にしか興味がなかった人も、写真から動画に入るケースが出てくる。
たぶん市場がそうなったときに、ビデオカメラのほうもパパママ御用達運動会専用機以外の価値を、初めて認めて貰える瞬間となることだろう。デジカメのスタイルを動画に持ち込むことにより、コンシューマの動画市場も、現在の写真のような作風の幅が持てる時が近づいているのかもしれない。
□キヤノンのホームページ
(2008年12月17日)
[Reported by 小寺信良]
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