小寺・西田の「金曜ランチビュッフェ」

本稿はメールマガジン「小寺・西田の『金曜ランチビュッフェ』」からの転載です。金曜ランチビュッフェの購読はこちら(協力:夜間飛行)

鉄腕アトムの呪い

4月4日から、講談社が「週刊 鉄腕アトムを作ろう!」を創刊している。だが見るところ、あまり評判は良くないようだ。少なくともネットで動画などを見た人は、「これにアトムと名付けるのは……」という反応をしているようだ。

筆者も、この商品にはあまりいい点がつけられない。

最初にいっておくが、このロボット自体は、今手に入るホビーロボットとしては悪くないものだと思う。デザインも、「アトムのおもちゃ」として見ればキュートだ。

だが問題は「鉄腕アトム」というキャラクターから来る期待に答えられるか否か、ということだ。現在のロボット技術は、動かす部分についても自律的にコミュニケーションする部分についても、我々が脳裏に描く鉄腕アトムとはほど遠い。いわば、期待値が上がりきった状態なので、つたなさがすべてマイナスにつながってしまうのだ。正直、今の技術で作る場合、自律型で「アトム」「ドラえもん」「コロ助」などをフックにするのはNGに近いとさえ思う。

ロボットクリエイターで、シャープの「RoBoHoN」の産みの親の一人でもある高橋智隆氏は自身のTwitterにて、「アトム開発になぜ高橋を入れなかったのか?」という問いかけに、「ありがたいことに1年以上前に打診頂いたのですが、今の技術では似て非なる物になるからやめたほうが良いとお伝えして辞退しました」とコメントしている。これは慧眼だ。

RoBoHoNについて筆者がインタビューした時、高橋氏は次のように答えている。

高橋氏:少年・ちっちゃい子供型にしていることで、そういうハードルが上がりすぎないよう、すごく気をつかっているんです。喋りがあえて「ですます調」じゃないのも、小さいこともそうです。これが大人のようなデザインで、大人のようにシッカリした口調で話すと、すべてのやり取りに「大人レベル」を要求されます。こういう小さくて舌足らずな話し方だと、そもそもの期待値が高くないので、ギャップが起きづらいわけです。

技術的に不可能なものは不可能なので、演出をした上で期待値のコントロールをし、それがそのまま商品コンセプトになっている……ということである。

「鉄腕アトムNG論」は、今回の件以前にも提唱されたことがある。瀬名秀明氏が2002年に執筆した小説「あしたのロボット」(現在は「ハル」に改題)にて、ロボットブームが失速していく象徴となった出来事を、「日本で有名なロボットの誕生日に合わせて公開されたロボットが、形だけ似せた、理想とはほど遠いものだった」ことと描かれている。同書の中では、鉄腕アトムに惹かれたロボット研究者の姿が執拗に描かれ、それがロボットの未来にもつながっている。当時に瀬名氏が「アトムをまねることを皮肉った」のは、2002年当時、AIBOなどの存在もあって起きていたロボットブームに加え、2003年4月7日が原作中の鉄腕アトムの誕生日であり、それをプロモーションに活かそうとする人々の存在が、まさにミスマッチを起こしていたからだろう、と筆者は考える。あれから15年が経過し、技術は進歩したものの、まだアトムの理想には遠い。

現在、IT業界は、チャットボットやスマートスピーカーなど、「コミュニケーション要素のある機器」が花盛りだ。AIの進歩がそれを支えているのだが、現在進歩しているのは「AI」の技術のうち、ごく一部でしかない。人のように考えることはできず、認知のための機能が急速に成長しているに過ぎない。だから、音声認識や画像認識、翻訳といったことの品質はあがっているものの、人間との受け答えについては、作る側が相応の演出を加えないといけない。このバランスの悪さこそ、今のAIを巡る一連の問題の、ひとつの本質である。

そこまで慎重に演出したはずのRoBoHoNですら、ユーザーから「期待外れ」と言われることがある。ビジネスとして、現在のRoBoHoNは明確な成功ではない。シャープという企業イメージに対するプロモーション効果やAI基盤整備など、無形の価値まで含めればプラスだが、販売だけならば微妙な線だ。

シャープは毎月アップデートを行い、そこで機能アップを「小出し」にすることで、成長する感じとユーザーの期待の両方を演出している。これはなかなかに面白いものだ。RoBoHoNがハードを販売しつつサービスでも料金を得るビジネスモデルであるから、ネットワークゲームのように「ユーザーの気持ちを酌んだ長期的な関係構築」が必要、ということなのだろう。

また、期待を持たせず期待以上の働きをするものとして、「こども」以外の方法論もあってしかるべきだ。「こいつ意外ときちんと働いてくれる」的なイメージをもつ、コミュニケーションソフトウエアの演出とは、どうあるべきなのだろうか。

音声認識や翻訳以上に、こういう部分で「文化依存」がありそうな気がする。鉄腕アトムの例を考えると、「日本の文化の豊かさ」がハードルの高さにつながっているのかも知れない。だがそれでも、我々は「アトムの子供」だ。そこからあり得べき姿を見つけるしかない。

小寺・西田の「金曜ランチビュッフェ」

本稿はメールマガジン「小寺・西田の『金曜ランチビュッフェ』」からの転載です。

コラムニスト小寺信良と、ジャーナリスト西田宗千佳がお送りする、業界俯瞰型メールマガジン。

家電、ガジェット、通信、放送、映像、オーディオ、IT教育など、2人が興味関心のおもむくまま縦横無尽に駆け巡り、「普通そんなこと知らないよね」という情報をお届けします。毎週金曜日12時丁度にお届け。1週ごとにメインパーソナリティを交代。

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2017年4月14日 Vol.123 <大人だけど無茶をする号>

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01 論壇【小寺】
シャープが突っ込む「8Kテレビ」の正体
02 余談【西田】
鉄腕アトムの呪い
03 対談【小寺】
「ライター」とは何か(2)
04 過去記事【小寺】
戦々恐々!? この夏、音楽ストリーミングの乱
05 ニュースクリップ
06 今週のおたより
07 今週のおしごと

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
 メールマガジン「小寺・西田の『金曜ランチビュッフェ』」を小寺信良氏と共同で配信中。 Twitterは@mnishi41