技研公開2011。高画質化した裸眼3DTVと次世代CAS

-福島原発30km圏外からの映像はヘリから撮影


NHK放送技術研究所

 日本放送協会(NHK)は、東京・世田谷区にあるNHK放送技術研究所を一般公開する「技研公開2011」を5月26日から29日まで実施する。入場は無料。公開に先立って24日、マスコミ向けの先行公開が行なわれた。今年は節電のため、一般公開日の開催時間が10時~16時と、従来よりも2時間短縮されている(昨年までは18時まで)。

 ここでは、裸眼立体視が可能な「インテグラル立体テレビ」や、ICカードを使わない次世代CAS技術など、今後のテレビに実装が期待される技術や、放送サービスの新技術などをレポートする。




■インテグラル立体テレビ

 裸眼で自然な立体映像が見られる「インテグラル立体テレビ」は、NHKがJVC・ケンウッド・ホールディングスと共同で開発しているもの。縦横の異なる様々な方向から見た映像を表現するため、撮影時に微小レンズを大量に並べたレンズアレーを通して撮影。表示時は、同アレーを通して再生する事で、多くの視点から見た映像を一度に表示する仕組みとなっている。

 昨年は解像度がスーパーハイビジョン(SHV)の7,680×4,320ドットで、レンズアレーで多視点化した映像を記録。表示時にはもう一度SHVのプロジェクタで映像を表示用レンズアレーを通して出力し、立体的な表示を行なっていたが、今年はSHVの緑色(G)の画素数を2倍にする画素ずらし技術を使い、走査線を8,640本相当(従来は4,320本)とした。レンズアレーを通した後の解像度は400×250ドット。

 さらに、映像を鮮明にするデジタル信号処理を応用。レンズアレーのレンズの並びの精度を向上させるなど光学系の開発も行なった。これにより、立体像を鮮明に再現できる奥行きの範囲が2倍まで広がり、画面全体の画質も向上したという。

インテグラル立体テレビ今年はSHVの緑色(G)の画素数を2倍にする画素ずらし技術を使い、走査線を8,640本相当(従来は4,320本)で投写している立体映像を表示する仕組み
立体表示を撮影したところ。顔を横に移動すると、視点が変化していく。上下に顔を動かしてもその視点からの映像が得られるのが特徴だ画素ずらしによる高画質化の概要

 また、同立体テレビ向けの映像を、レンズアレーを通さずに生成する技術も開発。カメラドームのまわりに40台のカメラを設置したシステムを使って、人間などを撮影。その映像から被写体の3次元モデルを生成。その3次元モデルと背景のCGを合成して、シーン全体を生成し、それを映像ソースとしてインテグラル立体テレビで表示するデモも行なっている。

 今後はさらなる画質向上に向けて、撮影、表示技術の改善、コンテンツ生成技術の高度化など、実用化に向けた研究を進めていくという。

カメラドームのまわりに40台のカメラを設置し、その映像から被写体の3次元モデルを生成するシステムも構築撮影して作られた3Dデータをソースとして、インテグラル立体テレビで表示するデモ



■プラズマディスプレイの省電力技術

 家庭用のスーパーハイビジョンテレビを、プラズマで実現するための研究も進められている。SHV用に画面を大型化していくと、消費電力が増加してしまうため、PDPの省電力技術が研究されており、今年はパネルの製作工程で劣化しない低電圧電極が展示された。

 PDPの場合、パネル内のキセノン(Xe)ガスの濃度を高めることで、輝度を上げる事ができるが、これまでの電極では高い放電電圧が必要だった。そこで、低い電圧でも放電できる電極(低電圧電極)を開発。高濃度のXeガスを用いても高電圧を必要としない消費電力の低いパネルを実現したという。

 さらに、これまでの低電圧電極は、PDPの製作に必要な大気中での加熱工程で材料が劣化し、理想とする低電圧放電特性が得られないという問題があった。そこで、低電圧電極の一種であるカルシウム・マグネシウム酸化化合物(CaMgO)電極の製作条件と組成比を改善。電極の化学的安定性を高めることで、加熱工程での劣化を抑え、低電圧電極を用いたパネルが製作できるようになったという。そのため、真空状態で加工する装置などは不要となり、パネルの低コスト化にも繋がると期待されている。

 今後は寿命の検証など、実用化に向けた研究を進めるという。

右が新開発された電極を使ったもの。パネルの消費電力を20%削減したという新しい電極と従来の電極の、消費電力の比較電極の科学的安定性も高め、加熱工程での劣化も抑えた



■フレキシブル有機ELディスプレイ

 ポータブル端末への搭載や、超大画面のSHV用ディスプレイでの使用が想定されているのは、薄くて軽く、曲げる事もできるフレキシブル有機ELディスプレイ。今年の展示では、有機TFT駆動の有機ELパネルの製作工程を改良し、画素欠陥を低減。より綺麗な表示を可能にしている。

 具体的には、プラスチック基板上に微小な電極・配線を高精度に形成するため、金属材料・パターン・工程を検討。サイズ5インチ、320×240ドットのディスプレイで、表示欠陥を低減させた。

 さらに、有機TFT内に用いる塗布系高分子絶縁膜の形成工程や厚みを最適化し、表示動作の均一性や安定性を向上。発光材料の改良により高効率化も行なわれている。なお、この研究はパナソニックと共同で進められている。

フレキシブル有機ELディスプレイフレキシブル有機ELディスプレイの断面図(1素子)



■テレビ視聴インターフェイス「UTAN」

 「UTAN」はUser Technology Assisted Navigationの略で、テレビをよりやさしく便利にするインターフェイスとして開発が進められているもの。

 最大の特徴は、視聴者や状況に合わせて情報を提供するところで、例えば、テレビに搭載したカメラで、視聴者を撮影。顔認識技術を用いて、家族で観ているのか? 子どもが一人で観ているのか? などを自動的に識別。その視聴者の好みに合わせて、情報提示用タブレット端末に表示する内容を、切り換える事ができる。

 さらに、視聴者の行動や顔表情の変化も検出。番組に熱中している時は体の動きが少なくなる、興味を失っていると、よそ見が増えるなどの傾向情報を収集。興味を持ったと思われる番組の場面を識別して、より興味を抱くと思われる関連番組を提示するといった使い方もできるという。

UTANのデモ。テレビスタンドの下に備えたカメラで、視聴者を撮影視聴者の動きや表情を解析し、最適な情報を提供するという解析の様子。「関心度」や「よそ見」といった項目が見える



■次世代CAS技術

次世代CAS技術の展示

 ICカードがいらない、「ダウンローダブルなCAS(Conditional Access System/アクセス制御)」も研究されている。

 受信機のLSIに、放送などから取得したCASのセキュリティー機能(CASプログラム)を組み込む事で、B-CASカードのようなICカードが不要になるとともに、例えば128bitのAESで暗号化されたCASのセキュリティが弱くなった場合に、256bitのプログラムに書き換えて強化するといった事が可能になる。

 128bitのプログラムを書きこんだままのチューナでは、放送を継続して受信できなくなるが、夜中など、ユーザーテレビを観ていない時間にプログラムの書き換えを行なうことで、プログラムの更新をユーザーが認識せず、継続してテレビが受信できるという。

 複数のCASプログラムを保持する事もできるため、放送やチャンネルなどでCASが変化するような状態になっても、対応可能。「様々な実際のLSIに組み込めるように研究を進めるとともに、Hybridcastなどの認証機能としての展開も検討している」という。


AES 128bitのプログラムのまま、放送をAES 256bitに変更したところ。CASが未対応と出て、画面が消えてしまう新しいCASプログラムをダウンロードしているところLSIのCASプログラムを256bitに書き換えると、画面が表示された

 なお、情報通信審議会の「デジタル・コンテンツの流通の促進等に関する検討委員会」で、CASのソフトウェア化について議論されているが、開発スケジュール的に、このダウンローダブルCASが採用される可能性は低く、もう一世代先のソフトウェアCASになる見込み。しかし、プログラムの書き換えが可能であるため、初代ソフトウェアCASのプログラムを保持しつつ、新しいCASプログラムも持ち、CAS変更の過渡期に柔軟に対応できる技術としても期待されている。



■P2P型ライブ映像配信技術

 通信網を利用して大規模かつ安定した映像配信を低コストで実現するため、ピアツーピア技術を用いたライブ配信技術の研究も行なわれている。特長は、複数の端末と接続してメッシュ型の配信経路を構築することで、経路の途中に位置する端末が突然視聴を止めてしまっても、途切れのない安定した配信を実現するというもの。

 また、接続する回線の上り帯域が大きい端末ほど配信経路の上位に配置し、多くの端末へデータを中継するとともに、個々の端末の配信状態に応じて自律的に配信経路を組み替えることで、大規模かつ安定性の高い配信が実現できるとう。

 開発されたシステムは、NHK学校音楽コンクール(四国大会)の動画配信に活用。今年の技研公開の講演や研究発表も、本システムを用いてライブ配信を実施するという。また、PCのWebブラウザ上で動作するため、新たなソフトウェアをインストールする必要も無いという。

P2P配信経路構築技術の概念図



■エコな番組制作設備

 エコを意識した番組製作設備も紹介されている。ユニークなのは、電気自動車を使った中継車。三菱自動車のEVをベースにしたもので、カメラ2台や中継用機材を搭載しつつ、フル充電で約160kmの走行が可能。最高速度は時速130kmと一般車両と遜色なく、コンパクトかつ静かであるため、「住宅街からの早朝中継や、食べ物を扱う企画での排ガスなしのクリーンな番組制作に活用されている」という。

 問題となるのはバッテリだが、走行用のバッテリとは別に、中継用のバッテリで約2時間の中継が可能。さらに、緊急時用に車のバッテリも中継用に転用でき、シームレスな電源供給が行なえるような工夫も施されている。しかし、走行用バッテリも使いきってしまうとテレビ局に戻れなくなるため、「あくまで、“あと10分だけ中継したい”時など、緊急用と考えている」という。

電気自動車を使った中継車中継機材や、機材用のバッテリを搭載LEDフラッドライトは既に活用されている

 また、NHKではNHK横浜新会館ニューススタジオに、LEDの照明器具を全面的に導入。昨年11月から運用している。このLED照明は、従来のハロゲンランプと同等の光量でありながら、消費電力は5分の1。さらに2万時間の長寿命を持ち、高い演色性や柔らかで自然な光を実現しているという。

 また、カメラ撮影時にフリッカーが生じず、熱も少ないため、出演者への負担が少ないなどの利点もあるという。



■東日本大震災の報道でも活用されている技術

 会場には、東日本大震災の報道などで活用されているNHK技研の技術も紹介。

音声認識技術を用いて、リアルタイムに音声をテキスト化する「生字幕」制作装置

 音声認識技術を用いて、リアルタイムに音声をテキスト化する「生字幕」制作装置の開発が進められており、現在「スタジオパークからこんにちは」などの番組で、リスピーク方式(番組音声を専用話者が静かな部屋で言い直した音声を認識する方式)を用いて、字幕が作成されている。この技術は、東日本大震災のニュースの字幕を充実するため、臨時で運用されたという。

 また、福島第一原発の様子を、30km圏外から撮影した映像。NHKのニュースなどで頻繁に放送されていたため、見覚えのある読者も多いと思われるが、あの映像は30km圏外を飛ぶヘリコプターから撮影されている。

 ヘリには防振装置付のカメラ(42倍レンズ付)が搭載されているほか、撮影映像から揺れを後処理で補正。さらに映像を鮮明化し、約2倍に拡大して放送しているという。

 ほかにも、教育テレビやFMラジオ、データ放送などで安否情報を提供している事、被災地に設置した安否伝言ポストなども展示されている。


ニュースで何度も流れている、福島第一原発の様子を30km圏外から撮影した映像ヘリに取り付けられた、防振装置付のカメラで撮影されたものだった。撮影映像から揺れを取り除き、鮮明化して放送されている安否伝言ポストも展示された

(2011年 5月 24日)

[AV Watch編集部 山崎健太郎]