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BPO、佐村河内氏を“全聾の天才作曲家”と放送の5局に「放送倫理違反とは言えない」

 放送倫理・番組向上機構(BPO)は6日、NHKやTBSテレビなどが“全聾の天才作曲家”として、佐村河内守氏を紹介したが、実際は佐村河内氏が別人に作曲を依頼していたことが発覚した事について、約1年間の討議と審理を終了。放送時点では各局が「放送内容が真実であると信じるに足る相応の理由や根拠が存在していた」とし、「放送倫理違反があるとまでは言えない」と判断。しかし、問題発覚後の対応については不足とする見解を示した。

番組制作者が佐村河内氏を知り、信じていった経緯

 NHK、TBSテレビ、テレビ朝日、日本テレビ、テレビ新広島の5局7番組や、様々な番組において、「交響曲第1番HIROSHIMA」などの作曲家として紹介された佐村河内氏。委員会では対象番組の放送時点において、「内容が真実であると信じるに足る相応の理由や根拠があったのか」に注目、佐村河内氏の作曲活動と、聴覚障害の2点に分けて、各局の裏付け取材の内容を検証した。

 2008年に佐村河内氏の取材を開始した「NEWS23」や「いま、ヒロシマが聴こえる」のディレクター達は、取材前は佐村河内氏に関する新聞・雑誌などのメディア放送、その他の資料・文献はほとんど確認できなかったという。

 その後、「交響曲第1番」の評価が高まり、2010年の東京交響楽団による演奏会、2011年の日本コロムビアからのCD発売を経て、報道が増加。こうした事から、佐村河内氏が交響曲の作曲家として一定の評価を受けている人物であるという印象を、番組制作者に与えていったという。

 さらに、新聞記事や「NEW23」の紹介などで、テレビ番組での露出も増加。CD売上も急伸。委員会では「メディアが相互に、佐村河内氏を全聾の交響曲作曲家として報道し、その知名度や存在感を高めていった。報道の高揚と逆行するかのように、対象番組の制作者は、その制作時期が遅くなればなるほど、裏付け取材の必要性に対する意識が低くなっている」と分析。

 一方で、CD化にあたり、佐村河内氏と楽曲に関するさまざまなやり取りがあったはずの日本コロムビアですら、佐村河内氏が作曲していないことを見抜けなかった事に触れ、「音楽を専門としない放送局の制作者に、作曲活動に関する虚偽を見抜くことを求めるのは酷というものではないだろうか」と指摘。作曲をしているかどうかを知り得る記譜シーンの撮影が、拒否されつづけて実現しなかったことも、「虚偽の事実を解明できなかったことと関係していると思われる」とした。

 佐村河内氏が全聾であるかどうかについては、6番組が診断書や身体障害者手帳で確認をしており、「2002年の診断書に、純音聴力検査を行なったことが記されている以上、医師が適正な検査を行ない専門的な見地から聴覚障害という診断をしたと受け止めるのが通常だろう」と指摘。「手話通訳を介して会話していれば、佐村河内氏の反応に明らかにおかしなところがない限り、同氏が全聾であると受け止めるのもやむを得ないだろう」とした。

 こうした事から、「裏付け取材は不十分なところもあったが、委員会は、放送時点において、その放送内容が真実であると信じるに足る相応の理由や根拠が存在していたと判断し、各対象番組に放送倫理違反があるとまでは言えない」と結論づけた。

問題発覚後の各局の対応は“不十分”

 一方で、各局が問題発覚後に行なった対応については、「視聴者の信頼を回復し、再発防止につなげる自己検証になっているのかについて、多大な懸念を抱かざるを得ない。民放4局の対応を見ると、取材やリサーチは十分ではなかったが、だまされたのは仕方がなかったというところで、自己検証がストップしているように思われてならない」と批判。

 「問題発覚後、聴覚障害者の中には本当は聞こえているのではないかと疑われるなど、聴覚障害に関する誤解や中傷へと波及するケースもあった。それだけに、報道機関である放送局には、再発防止に向けた自己検証も、それを視聴者に説明する責任も、重いものが課されているはず」とし、具体性をもった検証結果を求めるほか、「いろいろな場面でアラーミング・サインが現れていたはず」とし、「取材者がのめり込んでいったとしても、デスクやプロデューサーは醒めた目でそうしたサインをチェックする役割を意識しなければならない」と指摘。

 NHKの対応については、問題発覚後約1カ月月余の間に、調査報告書を作成・公表し、検証番組を放送した対応の迅速さを評価する一方、「だまされたのは仕方がなかったという説明の域を出ていないという印象を受けた」とし、再度の自己検証と、その結果の視聴者への公表を要望した。これについてNHKは6日付で、「真摯に受け止め、教訓を番組制作にいかすことで、引き続き再発防止に取り組んでいく」とのコメントを発表している。

(山崎健太郎)