本田雅一のAVTrends

プロから民生へ。ソニーのプロ市場向け事業戦略

4K、CMOSなど、B2B事業が導くソニーの次世代




 ソニーは現在、金融、映画、音楽といったグループ会社の事業を除くと、本社の下にある各種エレクトロニクス事業をたくさん抱え込み、多様な製品を生み出してきた。多くの大企業が持ち株会社+複数の事業会社という構造を採用しているのに対して、ソニーは本社がエレクトロニクス事業の主体であり続けているという点は興味深い。

 そのメリット、デメリットはともかく、現在、“各種の製品を生み出す組織”は大きく二つの分野に分かれており、ひとつはコンシューマプロダクツ&サービスグループ、もうひとつがプロフェッショナル・デバイス&ソリューショングループにまとめられており、以前に比べるとずいぶんスッキリした構成になった。

 みなさんがよくご存知の家庭向け映像機器、音響機器、パソコン、ゲーム機、コンシューマ向けのネットワークサービスなどは、前者のコンシューマプロダクツ&サービスグループで、ソニー・コンピュータエンタテイメント会長も務めている平井一夫副社長が率いている。

吉岡浩 執行役副社長

 一方、プロフェッショナル・デバイス&ソリューショングループは、半導体、デバイスソリューション、プロフェッショナルソリューションの三本柱で成り立ち、そこを吉岡浩執行役副社長が指揮を執るという形。こちらは業務用機材やLSI、コンポーネント供給など、我々が直接お店で買うことがない製品の分野と考えておけば概ね正しい。

 例外はホームプロジェクタで、CEATECでお披露目されたVPL-VW1000ESを含めた家庭向けプロジェクタは、プロフェッショナル・デバイス&ソリューショングループ扱いの製品。というのも、業務用(ビジネス用、劇場用どちらも)のプロジェクタ技術を応用して、家庭向け製品も作られているからだ。

 さて、今回は後者、みなさんが普段はあまり縁がないプロフェッショナル・デバイス&ソリューショングループの事業説明会についてレポートしたいと思う。というのも、AV機器のようにコンテンツを楽しむための機器は、その技術トレンドの発祥がプロフェッショナル機器にある場合が多いからだ。



■ 「10分野の事業を、各1,000億以上に育てる」と吉岡氏

プロフェッショナルソリューションの最近のトピック

 ソニーの業務向け(B2B)事業というと、イメージセンサーでの高いシェアがよく知られている。事業規模としては2,000億円近くあり、積極的な投資を行なっている。高性能な裏面照射センサーの製造をはじめ、大型、小型織り交ぜCMOSセンサーの優位性を活かすために、今年11月には300ミリウェハの新製造ラインが稼働し始めており、生産キャパシティの増加に伴って出荷数も事業計画通りに増えている。

 このほか、エナジー(主にバッテリ)、ゲーム機向けLSI、コンテンツ制作、記録メディア(BD、DVDや磁気テープなど)が1,000億円事業。現在、1,000億円超の事業は、プロフェッショナル・デバイス&ソリューショングループに5事業ある。


1,000億円を超える規模の事業分野を2倍に

 オリビン型リン酸鉄リチウムを用いたバッテリを発表したり、負極容量が10倍になる新しい技術を発表するなど継続的な投資が成果を収めている分野も少なくないが、吉岡氏は「1,000億円を超える規模の事業分野を(中期的に)2倍の10事業まで増やす」と、アグレッシブに攻める姿勢を見せた。

 セキュリティカメラ、医療機器向けディスプレイ、カメラモジュールといったところが、1,000億円を超えるカテゴリになると吉岡氏は考えているようだ。それぞれ、コンシューマ製品に比べて“地味”に聞こえるかもしれないが、とんでもない。それぞれ、なかなか興味深い製品だった。


セキュリティカメラなどセキュリティ事業を強化

 セキュリティカメラは、CMOSセンサーの高SN比を活かし、暗いところでもハッキリと様子を伺えたり、ハイダイナミックレンジ処理により、同じカメラで輝度差の大きい場所を同時に捉えることを可能にしたりと、センサー技術と映像処理技術の融合が密に行なわれていて興味深い。

 歩く人を認識し、複数のカメラで連携して動いた動線を記録する技術も顧客に提供しており、たとえば不審者がどんな動線で侵入したのかをパソコン上で確認できる。犯罪対策以外にも、店内での顧客の動線を分析して店舗改装に役立てたり、オフィスにおける社員の動線を追跡して業務効率を上げるといった用途も考えられているという。

 医療機器向けディスプレイは、有機ELディスプレイを用いた事業。医療向けアプリケーションのベンダーと共に電磁波対策などを施したディスプレイを提供しているが、液晶では表現できない映像の違いを描き分けることができるため、医療関係者からの支持が高まっていると話す。液晶は暗部での色域が狭く、“赤黒い”に”濃緑”がほんの少し混じるといった色を正確に表現できない。明暗のコントラストが高いため、陰影をより明瞭に表示できるといった利点がある。


メディカル事業を強化暗部階調などの優秀さを活かし、医療向けディスプレイとして有機ELを展開
カメラモジュール事業

 カメラモジュールに関しては(公にされている場合とされていない場合があるが)、iPhone 4Sをはじめ薄型・高感度・高画質の小型カメラモジュールで、高い評価を得ていることに関して、改めて説明するまでもないだろう。

 従来は部品単位での受注が多かったが、近年はさらなる小型、薄型化のニーズに加え、画質などの要素も加わっているため、カメラモジュール単位での受注に変化。近い将来、1,000億事業に成長することが期待されている。



■ 4K化に向けた取り組みをさらに強化

業界に先駆けた4K2K技術

 上記のように製品分野ごとに割った事業目標の設定を行なう一方、吉岡氏は放送や映像制作など業務用映像機器の売上げを、3,000億から5,000億円へと増やすための中期計画についても披露した。

 前述の医療設備向けの有機ELディスプレイも、そのための新規事業開拓だが、もちろん強化していく。その鍵になるのが4K2K制作環境の提供だ。映像制作からエンドユーザーのテレビまで、エンドツーエンドでのソリューションを出していることを活かして、まずは上流の4K2K化を推し進める。

 4K2Kデジタルシネマ対応の映画館は、北米8,000スクリーン、欧州1,000スクリーン、アジア600スクリーン、日本が500スクリーンあり、それ以外も合わせて3,000スクリーン近くが稼働している。この数はまだまだ増えていく見込みだ。ソニーは4K2Kプロジェクタの解像力を活かし、簡単に3D化するソリューションを提供している。


シネマプロジェクタも4Kへ順次更新

 3D映画上映に対応するための機材更新で、プロジェクタ本体を4K2K対応にしていることが多く、特に米国では大手映画館チェーンと提携している関係で、ソニーの4K2Kプロジェクタが導入されていることが多かった。

 放送の4K2K対応となると、いつになるかわからない(日本だけで言えばNHKがスーパーハイビジョンを計画している)が、映画を初めとする映像制作の分野では4K2K対応のデジタルシネマには、順次、機器が更新されていくだろう。


F65

 米ラスベガスのNABで発表された4Kデジタルシネマカメラの「F65」を中心としたシステムを強化していく。4K2K対応のデジタルシネマカメラと言えば、すでにハリウッドでRED ONEが使われ始めているが、トップメーカーからの遅れて出てきた本命だけあって、F65の完成度は凄まじく高い。

 単に解像度が高いだけでなく、暗部からハイライトまで階調がキレイにつながる階調性の高さは驚異的だ。この高い階調性は、Super35サイズの自社製CMOSセンサーによるものだが、約2,000万画素を使って800万画素の映像を出力していることもあって、輝度だけでなく色ノイズも少ない。薄明かりでも解像感が落ちず、大スクリーンに投影してもアラが出ない実力はサスガだ。従来の4K2Kカメラの常識を越えたクリアな映像である。

 このF65と同時に、フラッシュメモリを用いた4K2K対応の映像メディアSRMASTERも発表しているが、ソニーでは物理メディアに記録した映像素材を、物理メディアの移送なしに共有するためのクラウド型ネットワークサービスの提供も計画している。


自社開発のイメージセンサーをF65に採用F65の色再現性
クラウド型ネットワークサービスも提供

■ 事業組織と独立したイノベーションセンターを設立

イノベーション加速のための直轄組織を新設

 さて、ソニーB2B事業の一年を締めくくる発表会といった趣の報告会だったが、興味深い発表もあった。それはプロフェッショナル・デバイス&ソリューショングループ内にイノベーションセンターを設立。吉岡氏直轄の組織として事業本部とは独立して動くことになるという。

 ここでは縦割りになっている事業領域とは関係なく、有望な技術をウォッチしながら、事業本部を跨って新しいテーマの商品やサービスを提案していく。前述のクラウドを用いたメディアサービスや、ソニーに優位性があると言われている次世代不揮発性メモリ(ReRAM : NANDフラッシュの10倍以上の速度と100万回以上の書き換え可能回数を持つ抵抗変化型メモリ)の技術開発と、そのスケジュールに合わせ、応用製品の開発や事業本部を越えてのプロジェクト提案を行なう。


次世代メモリー開発も

 具体的な動きが見えづらい組織ではあるが、本当に組織の枠を越えて製品やサービスを接着する効果を出してくれるのであれば、間違いなく有益となるだろう。しかし、とかく事業部を横串に刺す遊軍的な組織は、事業本部との連携がうまく機能しないものだ。このあたりは、まだ未知数の部分も多い。吉岡氏の手腕が問われる部分だ。

 また、本来ならばこうしたイノベーションを加速させる組織は、民生用、業務用を問わず、会社全体で機能させるべきではないだろうか。ソニーの場合、コンテンツを制作する側から楽しむ側までつながる製品を持っているところが強みなのだから、その片方だけではイノベーションは完結しない。

 たとえば映像制作の4K2K化という流れの中で、高品位な4K2K映像を撮影するためのCMOSセンサー、高解像度レンズ、4K2Kプロジェクタ、4K2K対応メモリメディアといった材料を、プロフェッショナル・デバイス&ソリューショングループは持っている。ところが、4K2Kで制作した映像を、どうやって楽しんでもらうかについては、どんな手段で4K2Kの映像を流通させるにしろ(ネットワーク配信でも、光ディスクでも)何らかの映像伝達のための方法は必要だ。

 光ディスクなら規格化せねばならないし、ネットワークでのダウンロード専用と仮定しても、民生用機器側に再生を可能にする「仕込み」が必要になる。当面、4K2Kの作品が販売されないとしても、民生用カムコーダやデジタル写真を4K2Kで楽しむ方法は必要になる。

 と、このような連鎖で既存製品の機能や使い勝手を、刷新していくのがイノベーションとするなら、B2BとB2C、二つの事業をつなげていかねばならない。

VPL-VW1000ESを実現したソニーの技術

 たとえば、民生用初の4K2K対応プロジェクタ「VPL-VW1000ES」は、前述した通り劇場用4K2Kプロジェクタを開発している部隊が作った製品だ。高精度な貼り合わせが必要不可欠な、業務用の三板式CMOSセンサーカメラで培った技術を応用し、画素ピッチ4ミクロンのSXRDを組み立てるなど、プロ向けのノウハウを民生向けに応用している。

 そうしたトップエッジの機材が民生に降りてくるところで、うまくノウハウの共有が機能して良い製品ができた。しかし、一方で4K2Kで写真を楽しむにはPlayStation 3に専用アプリケーションが提供される来年を待たねばならないし、ブルーレイレコーダを用いて写真を4K2Kで見る方法も発表されていない。VAIOからHDMIで4K2K映像を映せないものか? と思っても、「できない」ということしか解らない

 PS3が可能なら、将来のVAIOは4K2K表示に対応するかもしれないし、BDレコーダに蓄積した写真を4K2Kでスライドショーする機能も付いていくに違いない。それは予想できるのだが、やはり発売日にはどのようなアプリケーションが、いつごろ見込めるかといった情報ぐらいは出してほしい。

 吉岡氏の話を聞く限り、プロフェッショナル・デバイス&ソリューショングループの事業は堅調だと感じられる。

 確かに東日本大震災の影響で多くの工場が被災し、足下の業績はよくない。それをリカバーして黒字に持っていくところで、今度はタイの水害で、三つの工場のうち二つが稼働できなくなった。結果として赤字になっているが、製品力や提案力が落ちているわけではない。バランスシートの面では、すぐに回復はするだろうが、せっかく力のあるB2B部門なら、コンシューマ製品との間に感じるギャップは埋めなければもったいない。

 その間のコンセンサスを取りながら、シームレスに連携する。持ち株会社ではなく、ソニー本社がBtoB、コンシューマの両事業を抱えているからこそできるはずだ。

(2011年 11月 29日)


本田雅一
 (ほんだ まさかず) 
 PCハードウェアのトレンドから企業向けネットワーク製品、アプリケーションソフトウェア、Web関連サービスなど、テクノロジ関連の取材記事・コラムを執筆するほか、デジタルカメラ関連のコラムやインタビュー、経済誌への市場分析記事などを担当している。
 AV関係では次世代光ディスク関連の動向や映像圧縮技術、製品評論をインターネット、専門誌で展開。日本で発売されているテレビ、プロジェクタ、AVアンプ、レコーダなどの主要製品は、そのほとんどを試聴している。
 仕事がら映像機器やソフトを解析的に見る事が多いが、本人曰く「根っからのオーディオ機器好き」。ディスプレイは映像エンターテイメントは投写型、情報系は直視型と使い分け、SACDやDVD-Audioを愛しつつも、ポピュラー系は携帯型デジタルオーディオで楽しむなど、その場に応じて幅広くAVコンテンツを楽しんでいる。

[Reported by 本田雅一]