本田雅一のAVTrends

よりよい3D映画の作り方をハリウッドのトップ3D監督に聞く

猿の惑星やトランスフォーマー新作の3Dの秘密

 先日、国際3D先進映像協会が主催する、最新映像技術を広く業界内で共有するイベント“3Dユニバーシティ”に来日したマシュー・ブルート(Matthew Blute)氏に取材することができた。

マシュー・ブルート氏

 ブルート氏は、「猿の惑星: 新世紀(ライジング)」、「トランスフォーマー/ロストエイジ」といった直近の3D最新作でステレオグラファー……すなわち3D監督を務めた人物である。

 講演ではブルート氏自身が、上記最新作で使ったさまざまな3D技法を紹介したが、インタビューでは昨今の3D映画製作環境や市場トレンドについて話をしてくれた。同氏によると、この5年で3D映画の製作環境は劇的に改善し、より高い品質の3D映像を低コストで作れるようになっているという。

 日本では3D映像作品の製作が一段落し、放送規格がないテレビ放送はもちろん、劇場公開映画の3D製作も減りつつある。ではハリウッドでの現状はどうか? トップステレオグラファーの立場から話をしていただいた。

製作の早い段階で3Dを意識しているかどうかが、良い3D映画を作る上での鍵

 劇場公開を意識した映像製作の世界では、RED ONE DragonやソニーF65RSなどに代表される、大型・高精細のイメージセンサーを搭載するデジタルシネマカメラを用いた制作トレンドが昨今話題だ。

 画質面で様々な議論はあるものの、最新のデジタルシネマカメラは、ラージフォーマットのフィルム撮影に匹敵する情報量を持つが、加えて圧倒的な暗所撮影能力がライティングや映像演出の手法にも影響を与え始めているという。たとえば自然光を活かした撮影が、ごく当たり前に可能になっている。

 ただし、より高精細、高品位の映像表現というモチベーションも映像表現者の間では高いものの、こと“売り上げ”となると、3Dという視点は外せない。ご存じの通り、3D上映の方が入場料が高い。言い換えれば、3Dで観る方が作品としてより楽しめる作品にできるなら、商業映画としての成功に近付ける。

 実は3D映画が増え、世界中に3D上映館が増える以前から、こうした研究は映画会社によって数多く行なわれてきており、来場者一人あたりの売り上げを高めるために有効であると結論づけられて、業界全体が3D映画時代へと突入した経緯がある。

 とはいえ、一時期、3D映画が乱造されたこともあって、観客が3D映画に飽き始めていたことは否めない。そんなトレンドを一変させたのが、昨年公開された「ゼロ・グラビティ」だった。3Dで観てもらうことを前提に映像演出を凝らしたこの作品は、3Dという映像手法の可能性(商業面、表現面ともに)を示したと言える。

3Dユニバーシティで講演するマシュー・ブルート氏

 元は映画カメラマンで、撮影監督も務めたことがあるというブルート氏は、ハリウッドにおける3D映画制作に関して黎明期を終え、次の段階に進む節目であると話す。暗中模索で改善を続けてきた時期は終わり、より良い3D映像制作のワークフローが確立しはじめているからだ。

「3Dという表現手法は、いわば画家が新たな表現を行なうためのペイントナイフや筆を手に入れたようなものです。その3Dを用いて映画の質を高めるには、新しい道具をどのように使いこなすか、作品全体をイメージする中で考えておく必要があります。2D映画を撮影する際にも、観客にどういった印象を与えるか常にイメージしながらストーリーボードを組み立て、撮影の構図を決めてフォーカス位置や被写界深度、ライティングなどを決めます。3Dもまったく同じで、ストーリーテリングを行なう道具として使う意識が重要なのです」

 まったく同じような話は、昨年、まだ公開前だった「ゼロ・グラビティ」の3D監督も話していた。ゼロ・グラビティの場合、監督自身が脚本を仕上げていく段階で3D効果を意識し、3D監督と相談しながら作品イメージを固めていった。映画制作のすべてを決める立場にある映画監督が3Dを理解していれば、それは作品性として反映される。

 ただし、ブルート氏はさらに踏み込んで、映画制作に関わる人たちへの理解を求めることが重要だと話す。

「映画制作には映画監督以外にも、多くの役割を持つ重要な人たちがたくさんいます。プロデューサーや撮影監督とも3Dについて、充分な共通理解が得られるよう話をしておく必要があります。たとえばプロデューサーとは、3D撮影や2D-3D変換に掛かるコストや時間などの目安を共有し、最適な予算配分について理解してもらわねばなりません。かかわる全員の理解が進むことで、作品の質は確実に上がります」

 このような認識が拡がってきたことで、“3D監督”の役割も以前とは変わってきたようだ。以前は単純に3D的な演出を提案したり、より快適で効果的に3D表現、あるいは映画監督が望む演出効果を得るために3D映像の設計を行なうことが中心だった。しかしブルート氏は、映画制作チーム全体が、3Dという表現手法について理解を深めるよう各担当者をつなぎ、良い化学反応が起こるよう調整する役割も担うようになってきている、と話す。

「監督とは主に、3Dをどのように使って演出していくかを決めます。その上で、実際の映像をみながら、頭の中に思い描く表現に近くなるよう演出のアドバイスを行います。また、撮影監督に対しては監督が考える映像イメージを実現するために、どのように撮影すべきなのか技術面の助言を行なう形ですね」

「そして、各シーンごとに奥行き表現をどのように使ったのかを記録管理します。そして“奥行き表現の脚本”を作ります。ストーリーの中で、どう3Dを使ったかを整理するのです。ある時はあまり奥行き感を強調せず、あるときには思い切り3D的な映像表現を用いる。そして、最後にその演出意図を反映するための3Dパラメータを決めるわけです。そして撮影後は、3D制作されている各パートをまとめて奥行き表現や被写体の深度がきちんと一致するよう、ポストプロダクション(後工程)の中で整えていきます」

 3D映像制作に関する知識があるだけでなく、3Dに対して異なるモチベーションやイメージを持つ、あらゆる役割の人たちに対して理解をしてもらい、リーダーシップを取っていくということだ。そうした役割のエンジニアが必要だとの認識が、業界内でも拡がったことが大きいのだろう。

ハリウッドにおける3D映像トレンド

 もっとも、大作映画やCGアニメの3D制作は現在も多いハリウッドだが、一時ほどの熱はなくなってきたようにも思える。“巨匠”と呼ばれる映画監督も3Dに興味を持つ人物は、一通り3Dでの制作を経験したものの、次への温度感が高まっている映画監督はやや少ないという印象だ。

ゼロ・グラビティ 3D&2D ブルーレイセット

 これは単なる筆者の印象だったのだが、ブルート氏も少なからず感じていたようだ。しかし状況は変化している。ひとつは前述したゼロ・グラビティのヒット。“3Dだからこそヒットした映画”と言われるゼロ・グラビティの出現によって、3Dを表現のツールとして用い、さらにそれを作品性にまで高めるモチベーションが上がった。

 さらに、3D映画の制作コストがここ数年で大きく下がったことも無視できないとブルート氏は話す。

 たとえば3D映画の制作プロセスも変わった。映像制作システムの中に3Dが組み込まれるようになったことで、デイリーのラッシュ映像を3Dでチェック可能になったという。もちろん、機材の性能向上もあるのだろうが、以前は3D撮影後、後処理で3Dを含めた映像チェックが行えなかったため作業効率が落ちていた。

 また2D-3D変換の品質向上とともに、制作期間短縮が大幅に進んでいる。その進化のほどは劇的なものだ。

 ブルート氏が3D監督を担当した「猿の惑星: 新世紀(ライジング)」、「トランス フォーマー/ロストエイジ」は、それぞれ約半分のシーンが3D撮影され、半分は2D-3D変換となっている。高品位の3D変換は3D映画制作において、欠かせない。

猿の惑星: 新世紀(ライジング)
(C)2015 Twentieth Century Fox Home Entertainment LLC. All Rights Reserved.
3D版「トランスフォーマー/ロストエイジ3D&2D Blu-rayセット」
(C) 2014 PARAMOUNT PICTURES. ALL RIGHTS RESERVED. HASBRO, TRANSFORMERS and all related characters are trademarks of Hasbro. (C) 2014 Hasbro. All Rights Reserved.

 「2Dから3Dへの変換コストは50%ぐらい落ちています。これはコンピュータの速度が向上したことに加え、大規模な3D変換企業が登場しているためです。たとえば、プライムフォーカス社は2,000人以上の作業者を常にインドに抱えており……いえ、実際にはもっと多いかも知れませんが、そうした体制で変換作業を行なうことで、変換品質が大幅に向上しているにもかかわらず、制作期間が短縮されました。たとえば100分の映画は、3年前なら4~5カ月かかっていましたが、今は2~2.5カ月ぐらいで仕上がります」

 過去の取材記録をひっくり返してみると、やはり半分ぐらいは2D-3D変換で作られていた「トランスフォーマー/ダークサイドムーン」では、1分あたり10万ドルぐらいかかるとのメモを発見した。その半分ということは、100分の変換で500万ドルといったところだ。

 “ヒューマン・クラウド”とも言うべき体制で、ツールで指定した通りに2D-3D変換作業を地球の裏側にいるインドのスタッフが担っているというのも、興味深いところだが、品質向上、コストダウン、納期短縮。かなり劇的な変化がこの3年ほどで起きたことがわかる。

3D撮影が嫌いな監督でも、優れた3D映画は制作できる

「3Dでの撮影には、さまざまな制約があります。もちろん、機材点数が多くなり、セットアップの手間も増える。あるいは物理的にカメラが狭い場所(たとえば自動車の中など)に入らないなどのデメリットがあります。これらを嫌って3D撮影はしたくないという映画監督も少なくありません」

「しかし、そんな映画監督であっても2D-3D変換技術を使えば、良い3D映画を作ることができます。変換だからダメというのではなく、あらかじめ3Dで楽しんでもらうことを考えて、作品作りをするかどうかがポイントなんですよ。あのゼロ・グラビティだって、CG部分はステレオレンダリングでも、撮影はすべて2Dなんですから」

猿の惑星: 新世紀(ライジング)
(C)2015 Twentieth Century Fox Home Entertainment LLC. All Rights Reserved.

 ただ、かつて3Dを映画演出に反映するといった考え方がなかった時代に、2D映画を撮影するのと同じように映画を撮り、安易に3D変換した作品には、とても3D映画である意味を見出せないような作品もある。

 映画監督は作品を作ることに集中しているため、必ずしも3D映像制作のトレンドに詳しいわけではない。そんな映画監督が、一度「3Dをやったけど、良い作品にならなかった」と思うと、なかなかもう一度撮ろうとはならない。これは映画プロデューサーも同じで、せっかく普段よりも多くの予算を集めて3D映画の企画を成立させても、それが収益性に繋がらないようならば、3D映画制作のモチベーションは下がる。

「映画を観ている側は、“ここしばらくで結構良くなったな”という程度の印象かもしれませんが、実際の制作現場での3D技術の進歩は2D-3D変換技術も含めて、劇的と呼べるものです。昔の経験はあまり意味がありません。最新の技術ならば、ここまでできるという情報を共有、理解してもらうことで前進できます。何しろ今でも2D-3D変換技術は、各プロダクションの差異化要素であり続けています。より良い技術、ハードウェア、それに経験値の高さなどで競争をしています」

2D-3D変換の適材適所

 もっとも、ブルート氏もすべてを2D-3D変換で行なう方が良いと言っているわけではない。適材適所で2D撮影と3D撮影(ステレオカメラ撮影)を組み合わせ、効率と質のバランスを取ることが重要だと話す。

「狭い場所には大きな3Dカメラを持ち込みにくいと話ましたが、他にもドローンや航空機を使った撮影、危険な場所での撮影などは、やはり2D撮影がベターですよね。一方で、風雪の激しいシーンやホコリっぽい場所、炎がたくさん配置されているシーンは、なるべく3D撮影した方がいい。これらの2D-3D変換も不可能ではありませんが、高い質で行なうには手間が多く必要で、そこで制作時間や予算を使ってしまうことになります。また、作り物の世界ではなく、自然を捉えて記録したいといった場合も、やはり3D撮影が適しているでしょう。演出として3Dをツールとして使うのではなく、その場面を保存しようということですから」

「また、映画を1本作っていると、どこかで何らかのトラブルが起きて、進行が遅れることはよくあるものです。3D撮影のシーンでトラブルがあると、どうしても“3Dで撮影しているから”と悪者にされやすいものです。撮影が難しかったり、長回しのカットなどリスクの高い部分は、すべて2Dで撮影を進めておいて、後から2D-3D変換した方が安全でしょうね。揉める原因になりやすいですから。そんなことも考えながら、3D監督はより良い3D映画のための計画を練るべきなのです」

 ところで現在の3D映画トレンドは2005年ぐらいから始まっている、比較的新しいものだ。それ以前にも3D映画ブームは何度かあったが、技術的な問題もあってそのたびに挫折してきた。それが現在でも続いてきた背景には、3Dで映像を楽しんでもらうための技術、3D映像制作そのものの技術、コストなどが大きく変わったことがあるが、もうひとつ”3Dによる撮影や演出”の手法を、積極的に業界内で共有してきた点も忘れてはならない。

 当初はハリウッドの中で、映画会社の垣根を越えて3Dに興味を持つエンジニアやカメラマンなどが手弁当で集まり、「こうした方が効果的」「こうすれば、快適性が高まる」といった情報交換を行っていた。

 その後、交換される情報はマルチリグ(近景、中景、遠景それぞれに異なる3DパラメータでCGレンダリングしたあと合成する手法)についてや、デプスバジェット(視差の大きさと快適性の両立を行なう時間軸方向も意識した考え方)など、より実践的なテクニックの共有へとつながっていく。

猿の惑星: 新世紀(ライジング)
(C)2015 Twentieth Century Fox Home Entertainment LLC. All Rights Reserved.

 さらに2D-3D変換の手法も、トランスフォーマー/ダークサイドムーンの時代ぐらいまでは、かなり実践的な内容を公開し、共有することで競争と進歩を促してきた。しかし、これらは現在、それぞれのポストプロダクションが独自に技術を磨き込むステージになってきた。進化の黎明期が過ぎたとも言える。

 では現在、3D映像制作において業界全体で前に進むために取り組むべき、いわば知恵を出し合うべきテーマは何だと思うかと尋ねてみた。

「それは3D撮影、2D-3D変換の効率を高め、生産性を向上させるために、どのようなプロセスが最適なのかを、撮影の上流部分からポストプロダクションの手順に至るまでみんなで考えることでしょう。3D映像の技術は充分に熟成してきていますから、今度はそれ(3Dという表現、技術)を、よりクリエイティブな部分と結びつきやすくしなければなりません。3Dについて充分な知識がなくとも、映画監督や撮影監督が”こう表現したい”と思っても、時間や予算の面で諦めなければならないこともあるでしょう」

「この数年で大幅に効率は上がっていますが、それをさらに磨き込んで、また業界内で“すごく効率的になった”という事実を共有しなければなりません。5年前に3D映画を制作したきりトレンドを追っていない人も、過去にやっていれば“俺は3Dのことを知ってるよ”と言うものです。そうした技術トレンドと制作側の意識差をなくし、撮影時間短縮、コストダウンなどを明らかにしていくこと。これが今、一番やらなければならないことだと思います」

 最後に優秀な3D映像作品を毎年表彰しているルミエール・ジャパン・アワードで、2014年度のグランプリとなった「STAND BY ME ドラえもん」についても話を伺ってみた。

「素晴らしい出来でしたよ。正直、とても新鮮で驚きました。3Dを上手に使って見ている人たちを作品の世界へと引き込んでいます。重要なシーンの演出に3Dならではの手法を多用しており、3D映像のデザインや奥行きの使い方をよく考えて作られているという印象でした。特にどこでもドアをくぐるシーンは、まったく異なる空気感を持つ世界を瞬間的に移動する様子を“体感”でき、とても印象的でした」

 ハリウッド作品とはテイストが大きく違う「STAND BY ME ドラえもん」だが、ミニチュア撮影とCGを合成する表現手法など興味深い情報交換が行えたようだ。ハリウッドでは、より良い3D作品を作ることで興行的にも、作品的にも後世に残るものを作りたいという機運が復活してきている。

 大ヒットしたドラえもんをきっかけに、日本でも“良い3D作品ならビジネスになる”ことが証明されたとも言えるわけで、3D映像制作に対するモメンタムが高まることを願いたい。

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本田 雅一