本田雅一のAVTrends

「ゼロ・グラビティ」に見る新しい3D映画の可能性

“3Dカメラを一切使っていない”3D映画とは?

 欧米での劇場公開以来、3D映画の新しい可能性を示したと各所で大絶賛されているワーナー・ブラザースの「Gravity(邦題:ゼロ・グラビティ)」。映像制作の玄人筋だけでなく、評論家、観客など、立場が違う人たちに尋ねても、絶賛の嵐である。

ゼロ・グラビティ
(c) 2013 WARNER BROS.ENTERTAINMENT INC.

 この連載の中で、映画全体の批評を行なうのは相応しくないだろう。それでも一言、申し添えておきたいのは、3Dの映像演出だけでなく、脚本、演技、そして映像の美しさなど、あらゆる面で素晴らしい作品に仕上がっているということだ。本稿の掲載と時を同じくして、12月13日から「ゼロ・グラビティ」も日本での公開が始まる。

 そしてゼロ・グラビティの3D映像。

英3Visionで制作ヘッドを務めるアダム・メイ氏。国際3D協会主催の3D Universityで講師を務めるために来日した

 最近は制作本数が落ち着いてきているが、しかしややブームが落ち着いたことで、昨今は”3Dを使って映像をこう見せたい”という意志を感じる劇場公開作品も増えてきた。しかし、演出意図が明確に3Dへと反映されている昨今の映画と比べてみても、ゼロ・グラビティの3Dは素晴らしい。

 しっかりとした立体感、実在感が感じられ、それでいて快適であり、3Dそのものに物語性が持たされている。誤解している方も多いようだが、クロストークも目立たず、3D酔いの報告も少ない理想的な映像だ。

 では、いかにしてゼロ・グラビティは、これだけの高品位な3D映画となったのか。

 今回は監督のアルフォンソ・キュアロンと共に3D映像の演出・ディレクションを担当した英3Visionで制作ヘッドを務めるアダム・メイ氏に、3D制作の裏側についてうかがった。同氏は、国際3D協会主催の3D Universityで講師を務めるために来日した。

制作の初期段階から3D演出の専門チームと協業

 メイ氏が所属する3Visionはロンドンに本拠地を構える会社で、全員が3D映像の専門家。中には20年もの間、IMAXの制作に関わっていた人もおり、3Dの効果的な部分と問題点をきちんと把握している。

 メイ氏は「ゼロ・グラビティ」の制作が始まったごく初期の段階(2010年6月)から、3D専門のエンジニアが集まるプロダクションと協業したことが、3D作品としての質を高めたと話した。

 キュアロン監督はこの作品を“3D公開前提”で企画した。このため、まだ映画の設定やストーリーラインなどがまったく決まっていないところから3Dの専門家に相談し、あらゆるクリエイティブを進めた。

「これは重要なことです。ベストな3D映像とするため、どんな技術、機材を用いるか。ポストプロダクション(後処理)でどんなことができるかなどを最初から考慮し、あらゆる制作プロセスを計画的に3Dへと最適化しているんです(メイ氏)」

 欧州では3Dテレビチャンネルを放送する国も少なくなく、3Visionは英国向け3Dテレビ番組制作を行なうことで経験値を上げたことが、ゼロ・グラビティに大きなプラスになっているとも付け加えた。

 キュアロン監督との間で、3Dという表現手法を映画の中でどのように使うべきなのかを議論し、考え方を共有できたことも大きいという。

「3Dは制作過程に挟む”作業レイヤ”ではありません。映像として何らかの表現を行なうための道具として有益なものです。3Dで作品に”何かを付け足す”のではなく、意図する映像をよりよく表現するためのツールとして使うものなんです。映像制作の際には、俳優に適切なメイクアップを施し、編集で効果的な演出を行ない、色を調整して全体のルックを決める。そうした映像制作プロセスの重要なパートのひとつです」

「3Dで撮影すれば面白くなるわけではなく、3Dを用いることでどんな映像を作れるのか。きちんと道具としての使いこなしをするかどうかが重要と言うことです」

 キュアロン監督は3Dを映像表現のひとつとして、プリプロダクションの段階から考えて構想を練り、自身の3Dに対する経験を専門家と協業することで補った。プリプロダクションからプロダクション、マーケティング、エキシビジョンに至るまで、一貫して3Dを活かすことに集中したという。

 その徹底ぶりは、ロゴやチケットの印刷面、看板の構図などにも至り、ゼロ・グラビティを観るならば3Dで……と思わせるようなマーケティングに拘った。加えてキュアロン監督は作品に関するインタビューにおいて「この作品を2Dで観ても、その価値の20%しか体感できない」と話したという。

 これは何も3Dに限った話ではないだろう。古くはトーキーになった時代、モノクロからカラーへの時代。あるいはアスペクト比がスタンダードからビスタやシネマスコープになった時代。最近で言えば毎秒24コマから毎秒48コマへと増やされたHFR(映画ホビットなどで使われている)が挙げられる。

「監督が3Dを理解し、どのように使うかを理解することが興業収益や作品の質に影響してくる。すべての映像を3Dで表現すべきというわけではない。3D映画とすべき、適切なストーリー性を見つけること。そして良く理解して3Dを作品作りに活用できるようにすること。最後にどのような意図で3Dを使ったのかを知らせていくことだ」

「3D映画のブームは去ったという人もいるが、むしろ欧州では盛り上がっている。3Dを作品自身に活かした作品が生まれてきた今年、ゼロ・グラビティは新たな3D映像世界のスタートだと思う(メイ氏)」

 ゼロ・グラビティは欧米での公開後、日本に先駆けて中国でも公開。興行収入は欧米だけで延べ5億3,000万ドルを越えているとのことだが、中国で公開されたことで延べ9億ドルを越えたと言われている。

ゼロ・グラビティ
(c) 2013 WARNER BROS.ENTERTAINMENT INC.

ゼロ・グラビティは“3Dカメラを一切使っていない”3D映画

 さて、そのゼロ・グラビティ。どのような映像かは是非、劇場で楽しんでいただきたいが、メイ氏の話を聞く限り、この作品が素晴らしい3D映像となった理由の背景に、“3Dカメラを一切使っていない”ことが挙げられると感じた。

 これは3Dレンダリングを行なっていないという意味ではない。ゼロ・グラビティ全編の中で2D-3D変換だけでシーンを作っているのは27分のみ。主に宇宙船内の場面だけだ。残りは2D-3D変換した映像と、コンピュータグラフィクス上で3Dレンダリングした映像の合成によって作られている。

 ゼロ・グラビティには映像として登場する出演者が二人しかいない。ジョージ・クルーニーとサンドラ・ブロックだが、事件が発生して宇宙空間に二人が放り出されると、宇宙空間を捉えた俯瞰映像以外の大半が宇宙服のヘルメット内外の映像となる。

360度カメラ配置のシーン。周囲の様々なところにカメラを配置し、動かせるようにしている
(c) 2013 WARNER BROS.ENTERTAINMENT INC.

 キュアロン監督と3Visionは当初、俳優の表情や動きを小型の3Dカメラで撮影することを検討した。しかし、高品位なハーフミラーを用いた3Dカメラリグはサイズが大きく、クローズアップ撮影には向いていない。

 結果、360度、さまざまな角度から演技を捉えるために写真のような装置を開発して2Dで実写部分を撮影。あらかじめ俳優の顔の形やテクスチャなどの情報をデジタイズしておき、2D映像と付き合わせることで高品位の2D-3D変換を行なった。

「2D-3D変換というと悪いイメージを持つ人もいる。しかし、このような撮影で3Dカメラを使うのは不可能だ。もし、3Dカメラに拘るならば、無重力空間で姿勢制御が不可能になる映像表現を、別の撮影方法で実現しなければならない。目的は”より良い映像表現”なのだから、変換がベストな方法」

 ただし、CGのレンダリングではバーチャルリグ(本物の3D撮影治具と同じように二つのカメラ位置や角度を調整して2枚づつのステレオ映像作る方法)を使っている。

カメラ間距離が300kmから5mmまで動的に変化

 CG部分のステレオレンダリングには、近年のS3D(立体視のこと)CG制作のセオリー通り、近景、中景、遠景と異なる深度パラメータを用いるマルチリグを採用している(これは2年前のディズニー・ロバートニューマン氏が“塔の上のラプンツェル”で使った技術として解説しており、本連載でも紹介したことがある)。ゼロ・グラビティの場合、被写体を最大5つのレイヤに振り分け、それぞれ異なるバーチャルリグ設定を用るという手間のかかる作業をしている。

 実はCG制作部分でも、完全なステレオレンダリングで行なう必要があるかどうかで、かなり悩んだという。なぜなら、画面全体に顔が映っているシーンがあまりに多いからだ。見慣れた人間の顔だけに、細かな表情や肌の質感が不自然にならないよう、ヘルメットのガラス越しに見える顔をうまく合成しながらレンダリングするには、凄まじいCPU時間が必要だからだ。

 ゼロ・グラビティで使われたCGレンダリングの計算量を、使っていたサーバの1CPUで演算したら、いったいどのぐらいの時間がかかるのか。撮影に参加していたインターンが計算したところ、紀元前5,000年から計算を始めていなければ、今年完成することできないという。そして、ステレオレンダリングを行なわなければ、その膨大なCPU時間は半分で済み、コストも大幅に下げられるわけだ。

 しかし、キュアロン監督と3Visionは最大限の3D演出効果を狙って3Dレンダリングとした。

 こちらの予告編第2弾は、12分間に渡るオープニング映像の一部を中心に構成されているもの。リンク先はYouTubeで3Dではないが、これらのシーンで特に意識したのは、物体のボリューム感だったという。物体が大きさに見合う質量を持ち、人の顔、体も膨らみをしっかりと出すことで3Dらしい現実感を出す。

 というと3Dなんだから膨らみ、質量感が出るのは当たり前だと思うかもしれないが、実際にはきちんとした3D演出をしなければ、書き割りが前後に並ぶだけのような、物体に厚みを感じない映像になる。宇宙のように地上の常識を越えて遠い風景が見通せる空間ではなおさらだ。

 そこで、たとえば宇宙ステーションに近付いて俯瞰、クローズアップへと移行するシーンでは、最初はカメラ間距離を300キロ(書き間違いではない)に設定。カメラと宇宙ステーションが近付くにしたがって徐々に変化し、もっとも近距離ではカメラ間距離が5ミリにまで近付く。

 ステレオCGレンダリングにおいて、その間のカメラ間距離、リグ設定を連続可変させながら映像を作っている。こうすることで、どんな位置からも宇宙ステーションの質量感を保ちながらの3D表現ができるようになった。なお、一般的なシーンでも適時、10ミリから30ミリの間で連続可変調整しているとのこと。また別の遠距離シーンではカメラ間距離を150億キロに設定した。

 カメラ間距離に関しては立体感だけでなく、クロストークの発生しやすさなども考慮し、人間の感覚にそぐわないような振る舞いをしないよう計算しているとのこと。実際、ゼロ・グラビティの3Dはとても快適なのだ。宇宙という舞台。グルグル回るアトラクティブなシーンから想像する3D酔いは報告されていないという。

物語性のある3Dを

 これはどの3D演出担当者も口を揃えることだが、3Dを導入するだけで映像が面白くなるわけではなく、3Dを使って物語を紡がなければダメという話だ。

「出演者二人が宇宙空間の中で手を握り合うシーンがあります。ここはセリフや演技力ではなく、映像そのもので物語性を表現せねばならないところです。宇宙服を着ています。3Dでなければ、その感情を伝えにくい。それまでの間、ふたりが離れ、ぶつかり、様々な経緯の中で再び近付いて手が触れる。その瞬間、手袋が触れるところがしっかりと現実感を持って描かれるようにしたい。」

 そうしたキュアロン監督の要望を実現する形で、メイ氏たち3Visionのスタッフは、手が触れる瞬間、他シーンの5倍の視差量をその場面だけ付けた。「こうすることで手と手が触れる様子にボリューム感を出し、ドラマティックな演出の一部として活用できています(メイ氏)」

 また、ひとつのシーンを長いカット割にしたことも、3D演出の効果を高め、3D酔いを防ぐ効果を発揮したという。あらゆる面で、従来の映画とは異なる制作プロセス、意志決定が行なわれた結果が様々なシーンに出ている。

「映画には少なからず、言葉ではなく映像で語りかける部分、意思を伝えようとするシーンがあります。我々はそうした部分に3Dを用いましたが、他の作品でも同じようなアプローチを採用し、そして成功しています。たとえば、ライフ・オブ・パイ。2Dでも良い作品ですが、3Dの方がその物語性がよく伝わりますよね」

 さてメイ氏に日本の3D作品について話を聞いてみたが、国際3D協会の日本支部で大賞を獲得したキャプテンハーロックの映像について「具体的に3D技術についてディスカッションしていませんが、我々と類似した3Dテクニックを使っていると感じた。日本のアニメはキャラクター設定や映像スタイルに独自性がある。この作品は日本以外のどの国も作れない独自のスタイルだ。そこにテクニカルに優れた3D演出を盛り込んでいる」と讃えた。

 そして最後にメイ氏は「3D映画を作るのであれば、それを表現手法として活かした作品にしてほしい。そして、3Dをツールとして活用した作品にしたのであれば、プロモーションにおいても、どのような作品かを訴求する部分でも、積極的に3Dで観て欲しいと言うべきです。そうすることで本来の作品の実力を観客にも味わっていただけます。日本から、今後も新たな表現スタイルの3D映画が登場することを楽しみにしています」と締めくくった。

 ところで、これから日本での公開が始まるゼロ・グラビティだが、メイ氏の話によると、一般的な劇場向けとIMAXでは、異なる視差に調整されたマスターが提供されているようだ。ジェームズ・キャメロン監督はアバターを公開する際、17種類の異なる視差を持つマスターを制作したというが、ゼロ・グラビティでも二つの視差バージョンを用意。IMAX版は別版とは異なるものになっているとのこと。

 筆者もまだテストスクリーンでしか観ていないため、公開後のIMAX上映が楽しみだ。

本田 雅一

PCハードウェアのトレンドから企業向けネットワーク製品、アプリケーションソフトウェア、Web関連サービスなど、テクノロジ関連の取材記事・コラムを執筆するほか、デジタルカメラ関連のコラムやインタビュー、経済誌への市場分析記事などを担当している。
AV関係では次世代光ディスク関連の動向や映像圧縮技術、製品評論をインターネット、専門誌で展開。日本で発売されているテレビ、プロジェクタ、AVアンプ、レコーダなどの主要製品は、そのほとんどを試聴している。
仕事がら映像機器やソフトを解析的に見る事が多いが、本人曰く「根っからのオーディオ機器好き」。ディスプレイは映像エンターテイメントは投写型、情報系は直視型と使い分け、SACDやDVD-Audioを愛しつつも、ポピュラー系は携帯型デジタルオーディオで楽しむなど、その場に応じて幅広くAVコンテンツを楽しんでいる。

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