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Netflixが変える放送と映画の生態系。“時間”争奪戦に必要なオリジナル作品

 Netflixは3月17日0時(現地時間、日本時間では18日16時)より、Netflixオリジナル作品「Marvel アイアン・フィスト」の世界同時配信を開始した。それに合わせ同社は世界各国からプレス関係者を集め、配信開始イベントと説明会を開催した。2回に分けて、その様子をレポートする。

米カリフォルニア州ロス・ガトスにあるNetflix本社。筆者はこれで2回目の訪問になる

 第一回目は、配信開始イベントの様子と同社リード・ヘイスティングスCEOのQ&Aセッションの模様をお伝えしよう。

「アイアン・フィスト」世界配信がスタート

「Marvel アイアン・フィスト」はMarvel Comics原作のドラマ。幻の都「崑崙(クンルン)」で武術の修行を積んで鉄のように固い拳とカンフーを武器に戦うヒーロー、両親を飛行機事故で失った富豪の息子、ダニー・ランドを主人公として描かれるヒーローアクションドラマ。といっても、「大人向け」タグのついたNetflixオリジナルドラマなので、展開はなかなかにハードだ。

Marvel アイアン・フィスト

 Netflixはオリジナルコンテンツの中でも、Marvelとのコラボレーション作品を重視しており、すでに「デアデビル」「ジェシカ・ジョーンズ」「ルーク・ケイジ」の3作がドラマ化され、これらのヒーローが一堂に会する「ディフェンダーズ」の製作も決定している。現在映画で展開されている「Marvel Cinematic Universe(MCU)」とは世界観を共有しており、「アイアン・フィスト」の中でも、アベンジャーズのクライマックスで語られたニューヨーク決戦とおぼしき話題が出てきたりする(ただし、Marvelオリジナル作品製作担当副社長のKarim Zreik氏によれば、「ドラマの世界は独立しており、MCUと交わることは一切ない」とのことで、若干関係が微妙だ)。

 すでに全話一斉配信されているので、見られる環境にある方はぜひ視聴してみていただきたい。

Marvel アイアン・フィスト

 今回の配信開始イベントは、多くのNetflixオリジナルが配信を開始する時と同じ作業を、同社社内に特別に場所を設け、プレス関係者に公開する形で行なわれた。カウントダウン・ムービーが流れる中、各種配信担当者がPCを開いて状況をモニタリングし、カウントダウンに合わせ、問題なく世界配信できるかを見守った。配信がスタートすると、世界中から途切れなく作品へのアクセスが続き、反響はなかなかのものであるようだ。

Netflix社内に用意されたイベント会場。配信や各システムの運用担当者が席につき、状況をモニタリングしつつ同時配信の「ゴー」を待つ。もちろん普段は、このようにショー化はしていないそうだ
Netflix配信イベント会場の様子を動画で
会場には関連Twitterアカウントを一覧できるモニターも用意され、どのようにソーシャルメディアが反応しているかを見られるようになっていた
0時の配信から6分ほど経過した時のトラフィックモニター。「アイアン・フィスト」関係のNetflixへのトラフィックは安定して伸びていた

ネット配信は「テレビ」の革命だ

 リード・ヘイスティングスCEOは、配信イベントに先立って世界中から集められたプレス関係者に向けてのQ&Aセッションに臨んだ。会の冒頭、ヘイスティングスCEOはNetflixに至る変化を「馬から自動車への変化」になぞらえて説明した。

Netflixのリード・ヘイスティングスCEO

ヘイスティングスCEO(以下敬称略):過去5,000年に渡り、我々は馬を個人の移動手段として用いてきた。しかし、自動車が誕生するすると、たった1世代でずっと使われてきた馬を自動車は追い抜いていった。そして今、テレビにおいて、これと同じようなドラマチックな変化が起きつつある。リニアな放送からオンデマンドなものへだ。

 だが考えて欲しい。我々の生活のほとんどは「オンデマンド」なのだ。本を読むのはオンデマンドだ。「第3章は9時からしか読めません、第4章は来月にならないと読めません」ということはない。音楽も好きな時にきける「オンデマンド」だ。

 「放送」という技術はテレビにおける第1世代技術の所産である。今や、ビデオコンテンツを消費する方法は、インターネットを使ったオンデマンドの世界に移行しつつあり、創造性の爆発を生み出している。

 まだ始まったばかりだが、私たちは世界中に向けて作品を制作している。競合他社も同様に、新しいやり方を模索している。

 過去には多額の資金を投じ、政府から電波の使用許可を得なければテレビ局になれなかった。だがいまは、モバイルアプリを1つ作れば、誰でもテレビ局になれる。参入障壁はきわめて低いものになった。

“バッファリング”を過去に。コンテンツとテクノロジーの両輪で成長

ヘイスティングス:我々は2007年にストリーミング配信を開始した。最初はWindows PCでオールドスタイルなアプリケーションでのものだった。ドラマの数もほんの少しだった。だがいまや、大量のクオリティの高いストリーミングを、様々なデバイスにむけて展開する企業になった。

 いま、我々が取り組んでいるのは、動画の「バッファリング」をなくすことだ。あれをダイヤルアップの「ピーゴロ」音のような、過去のものにしてしまいたい。2年ほどのうちに、あの奇妙な「バッファリング」という風習を過去のものにして、「単にクリックすれば再生される」ようにしたいと考えている。

 「パーソナライゼーション」の高度化にも取り組んでいる。パーソナライゼーションの価値は、何百・何千ものタイトルがフィルタリングされ、優先順位付け、体験がよりよいものになることだ。だからあなたは、望むタイトルに集中することができる。

 人々はこういうものを「フィルターバブル」と呼んでいることは、もちろん知っている。

 しかし、パーソナライズされたユーザーインターフェイスがどれだけ優れているかを確認してほしい。たとえば、既に見たショーは表示されない。パーソナライゼーションは本物のブレイクスルーであり、リニアな放送にはできないことだ。

 また、配信サイドでも革新をしようとしている。特にモバイル分野だ。モバイルビデオの優位性を引き続き維持し、そこで何ができるかについて、すべてのことに取り組んでいく。

 私たちはしばしば疑問を抱く。

 我々はテクノロジー・カンパニーなのか? それとも、コンテンツ・カンパニーなのか?

 ここで私は、偉大な企業は皆「複数のスキルをもっている」ことを指摘したい。

 アップルはどうだろう? 彼らは宝石のようにすばらしい技術を持ったテクノロジー・カンパニーだ。一方で、それを大量に「売る方法」を考えた企業でもあった。モトローラはテクノロジー・カンパニーだったが、それがすべてだった。

 そしてアップルは成功した。なぜなら、誰も成功していなかった2つのスキルを組み合わせたからだ。

 Netflixは、世界で最も興味深いコンテンツを制作する素晴らしいスタジオと、テクノロジーを組み合わせようとしている。

劇場のバイパスも。映画配信の環境改革を狙う

 ここからは、世界のプレス関係者から寄せられた質問とその答えをつづっていこう。

-- 2週間前、マーチン・スコセッシとNetflixは映画の作品製作について契約を交わしている。あなたは劇場をパイパスし、コンテンツを作り上げるシステムにしようとしているのですか?

ヘイスティングス:そうだ。

 テレビドラマ市場が過去40年間にどう成長したのか考えてみよう。過去、アメリカにはわずかな放送局しかなかった。今でも多くの国ではそうだ。そこで、HBO(アメリカのプレミアムドラマを中心としたケーブルネットワーク)のような企業は革新をもたらした。

 ここで、リニアな放送モデルから、ケーブルネットワークへの変化をみたわけだ。その流通の革新により、もっと多数の番組を流通させて、さらに多くの番組の開発に資金を提供することができた。だから、テレビ事業は30年前より数倍も大きくなったのだ。

 では、映画ビジネスは?

 ここ30年間で、映画ビジネスの流通はどう変化しただろうか? ポップコーンの味は良くなったけれど、革新も生態系の成長もない。映画市場は30年前と同じ大きさだ。

 Netflixが望んでいることは、映画を公開し、映画の流通革新を可能にすること。作品のいくつかはNetflixから出て行くだろうし、そのうちのいくつかは他のネットワークから出るだろう。

 しかし、我々は「反劇場」ではない。私たちはあらゆる種類の新しい流通戦略を開き、生態系を成長させ、より多くの映画を作り出すことができる。だが、少なくとも大劇場、米国のリーガルとAMCは、私たちと作品を共有することを拒否する。彼らは顧客にオプションを与えることを拒否しているのだ。

 私たちのモチベーションは、映画市場の革新と成長を見ることだ。劇場を殺すのではない。多くの人たちと同じように、私も劇場に行って楽しんでいる。

 私たちは、そこで排他的になりたくない。

 なお、スコセッシとはまだ議論中で、何も発表されていない。

-- ネットの中立性について質問を。近年、Netflixは、携帯電話ネットワークでのゼロレーティングスキーム(筆者注:データ通信料金の計算から、特定のサービスのものを除外し、使い放題にすること。アメリカではT-Mobileが動画を見放題にする「Binge On」を2016年から展開、他社も追随の姿勢を見せている)のいくつかを獲得しています。ネットの中立性についてのあなたの立場は変わりましたか?

ヘイスティングス:たとえば、米国のT-Mobileがすべてのビデオプロバイダーに開放されているため、紛争とは見なされない。彼らはゲートウェイではなく、より良い価値を消費者に提供している。

 そして重要なのは中立だということだ。それはすなわち、私たちと競合他社のビデオプロバイダーも、同じプランにはいれる、ということだ。

 T-Mobileが必要とするのは、約1Mbpsという、低いビットレートでストリーミングすることであり、そうして帯域を節約している。結果、米国市場でのシェアを獲得した。

 今ではAT&Tなどもこの種のサービスに乗り出した。だから私たちは、中立で顧客に無料のこれらのプログラムの大ファンだ。

競合は「あらゆる企業」、オスカー受賞は「作品制作環境」にプラス

--競合他社について。Amazonプライム・ビデオも含め、市場の競合他社、特に市場の新しい競合相手である、FacebookやYouTubeをどう見ていますか?

ヘイスティングス:私たちは、「スクリーンをみている時間の奪い合い」だと思っている。

 あなたはあなたの携帯電話で何をしていますか? スマートテレビで何をしていますか?

 プレイステーションでゲームをしているなら、それは我々との競争だ。あなたがFacebookの投稿を見ている時間も我々との競争だ。プレミアムビデオの企業同士だけでなく、幅広く時間を奪い合っている、と考えてほしい。先月、Netflixを見なかった夜を考えてみて欲しい。あなたはその夜何をしたのか?本を読んだのか、スポーツを見たのか、それともHBOを見たのか。

 Facebookの映像配信やTwitterでのスポーツ配信も使われているが、まだ小さな割合だ。テレビやモバイル画面を人々がどのように使っているかを考えれば、ネットからのビデオを見ている時間はまだまだ小さい。

 私たちは、コンテンツをより良くし、ストリーミングを良くすることによって、そのパーセンテージをどのように成長させるかと考えている。しかし、その市場規模はまだまだ大きいので、私たちは競争についてはあまり考えていない。

--60億ドルをコンテンツ製作に投資する、とのことだが、もう少し具体的に。この投資はまだ拡大するとみていますか?

ヘイスティングス:毎年会員増強を行ない、毎年コンテンツ予算を増やすことができれば、と思っている。

 例えば、わたしたちは「スタートレック」の新作を配信する権利を得た。アメリカ・CBSの番組だが、世界的な人気があり、世界配信する。しかしディズニーについては、アメリカやカナダ向けの権利しかもっていない。

 私たちは混乱した権利状況を抱えてはいる。誰もが同じ素晴らしい経験を得るため、グローバルな権利を得ようとしている。

 私たちがオリジナルコンテンツを作る場合にも、世界中の誰もが、おなじようにどこからでもアクセスできるようにするためだ。

 それには今よりももっと多くのお金がかかるだろう。

--Netflixでインタラクティブ・ドラマ(ストーリの結末をユーザーが選べるドラマ)を制作中、との話があるが、それは正しい情報ですか?(この質問は筆者によるもの)

ヘイスティングス:確か君は、トッド・イェリンとインタビューしていたよね?(イェリン氏はプロダクト・イノベーション担当副社長。筆者はなんどか彼にインタビューしている。次回のレポートで彼への取材について説明予定)彼がその担当だよ。彼はいつもストーリーテリング形式を押し進めようとしている。

 私たちは来年、いくつかの子供のタイトルでインタラクティブ・ドラマを試そうとしている。

 しかしこれは非常に実験的なものだ。うまくいったら続けるし、そうでなければ止める。私たちはいつももっと学び、より良くしようとしている。そう考えてもらえればいい。

--「ホワイト・ヘルメット シリア民間防衛隊」が、短編ドキュメンタリー部門でアカデミー賞を受賞しましたが、これは御社の目的をはたしたことになりますか?

ヘイスティングス:オスカーを得たことはすばらしい。これからも私たちは努力し続ける。

 一方、消費者はあまり気付かないと思う。 オスカーを得られたのはほんの少しの作品だからだ。エミー賞、BAFTA、他のすべての賞も、受賞作品は常に「少数」だ。

 しかし、それは創造的な生態系に変化をもたらす。才能を持つ人々が、私たちために働くことに興味をもってくれるようになる。それは投資に値するものだ。消費者にはそれほど重要ではないが、弊社の創造的な生態系を強化するには、非常に重要なものだ。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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