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「自由と選択を日本に」。Netflix創業者に聞く世界最大級の理由

リード・ヘイスティングスCEO単独インタビュー

 9月2日、「Netflix」(ネットフリックス)が日本でサービス開始した。弊誌でも何度もお伝えしているが、Netflixは世界最大級の映像配信サービスで、世界50カ国以上で6,500万人超の会員を抱え、多くのTVドラマや映画を低料金の月額定額制で配信している。また、世界最大の配信サービスであるだけでなく、独自製作のオリジナルシリーズやドキュメンタリー、長編映画などのコンテンツ制作者/投資者としても注目を集めている。

リード・ヘイスティングスCEO。「一番お気に入りの機能」というテレビボタンをアピール

 サービス開始にあわせて、その全容も明らかになった。料金プランは、ベーシック(SD)/スタンダード(HD)/プレミアム(4K)対応の3種類が用意され、SDで650円、HDで950円、4Kで1,450円。スマートフォンからPC、4Kテレビ、PS4/PS3、Xboxなど様々なデバイスで利用できるのは既報の通り。使い勝手については、レビュー記事を参照して欲しい

 残る疑問は、強力なサービスとコンテンツ制作者が融合したこの企業を作ったのはどんな人なのか、そして、ここまで巨大な存在にした原動力とはなにか? Netflix創業者でCEOのリード・ヘイスティングス氏に聞いた。キーワードは「自由と選択」だ。

映像にこだわり、「自由」と「選択」の旗を掲げる

 Netflixは、米国での映像視聴のありかたを変えたと言われている。その理由はどこにあるのだろうか? そして、日本参入で何をもたらそうとしているのか?

ヘイスティングス氏(以下敬称略):インターネットテレビが変えた一番大きなことは、「自由」と「選択」をもたらしたということです。視聴する自由と、選択する自由。例えば映画を見ようと思ったら、朝の11時でも夕方4時からでも、自由にオンデマンドで見ることができる。放送時間や上映時間などもありません。

 スマートフォン/携帯電話と固定電話を例に挙げると、携帯電話により常に電話を持ち運ぶことができ、いつでもどこでも利用できるようになった。そこで多くの自由が生まれているわけです。技術により自由を広げる。それがNetflixがやってきたことです。

 インターネットテレビは、エンタテインメントにおける大きなブレークスルーになりました。いまやBBCやHBOなどの世界の各放送局も、既存のテレビからネットテレビへの移行を加速しています。テレビの世界がオンデマンド型に変わっていくのは大きな流れになっています。

 Netflixは、'99年に宅配DVDレンタルをスタートし、2002年にIPO(株式公開)、2007年に映像ストリーミングを開始した。映像コンテンツに関わる事業とはいえ、ディスクからネット配信への移行は、事業の大きな方針転換だ。そこにはどんな困難があり、どのように会社の体制を変えていったのだろうか?

ヘイスティングス:確かに、宅配DVDレンタルからネット配信への移行は困難なものでした。ただ、我々がやろうとしていること自体は変わっていないのです。映像に「自由」と「選択」をもたらす。宅配DVDでは、ネットで膨大なDVDから作品を選べるという自由を実現しました。ただ、DVDは宅配レンタルですから、見終わったら返却し、新しいDVDが届くまで続きを見ることができません。

 ストリーミングの素晴らしいところは、作品を選んで2秒で再生開始できます。そして、そして続きもイッキに見られます。技術により、さらなる自由が得られる。ネットへの移行は、人々が自由と選択を求めたからこそです。

 ヘイスティングス氏が強調し、Netflixが追求する「自由と選択」。では、その自由と選択を、他の領域、例えば音楽配信や本/電子書籍などに拡大する計画は無いだろうか?

ヘイスティングス:いいえ。Netfixでは、音楽も、本は扱わないですし、スポーツやニュースもミュージックビデオも扱いません。YouTubeでもミュージックビデオは見られますし。単純にリラックスして楽しんで欲しいのです。

--(音楽やスポーツなどのコンテンツを扱わない)理由はそれだけでしょうか?

ヘイスティングス:はい。それだけです。「Netflixでリラックスしてエンジョイして欲しい」。十分な理由だと思いませんか?

日本市場にも自由と選択を

 では日本参入について聞いてみよう。全世界50以上の国や地域でサービス展開しているNetflix。なぜ、2015年9月の日本参入となったのだろうか?

ヘイスティングス:昨年(2014年)は、フランスやドイツでスタートし、欧州市場に拡がりました。アジア展開も強化し、まずは日本、それから韓国でもサービスを開始する予定です。アジアで日本が先行する理由は、日本がより大きな市場だからです。中国はまた特別な市場ですから。また、他のアジアの国に比べて、「海賊版が少ない」というのもその理由の一つです。

 だが、無料放送の強い日本市場においては、衛星放送やCATVなど有料放送などは、あまり定着しておらず、500万契約を超えた有料放送は存在しない(NHKを除く)。日本市場参入にあたり、市場の特殊性はどう考えたのだろうか?

ヘイスティングス:確かに日本の市場はユニークです。ただ、どの国もみなユニークな部分があり、特にエンターテインメントのテイストは違っています。ブラジルで好まれるものと、イギリスで好まれる番組は違います。ですから、日本で好まれるようコンテンツを揃えています。そして、自由と選択というNetflixの考えは、日本でも受け入れられるはずです。

 Netflixの市場参入にあわせるかのように、国内のSVODサービスは相次いで強化を図ってきた。レコメンデーションや使い勝手を強化した「dTV」、日テレ傘下で放送連動や自社コンテンツ強化、PS4対応なども図った「Hulu」、テレビ朝日と協力するauの「ビデオパス」、見放題+DVDレンタルの「TSUTAYA TV」など。

 業界全体がNetflix迎撃体制を敷いているようにも見える昨今。しかし、当のNetflixの日本市場における目標は、「まずは、知って、使ってもらう」ことなのだという。

ヘイスティングス:1年目の目標は、とにかくNetflixを試して欲しい。とても使いやすくて、ワクワクするものだとわかっていただけるはずです。そのために、1カ月の無料体験を用意していますし、料金プランも650円から用意しています。また、(2年契約とかの)“縛り”もありませんので。

 他の映像配信サービスでは、コンテンツを一作ずつ購入(都度課金)のものや、dTVのように定額制サービスに加え、都度課金で新作レンタルもできるサービスも存在する。Netflixでは、3つの料金プランを用意しているものの、月額定額制のサービスとなっている。このビジネスモデルを変更する予定はあるのだろうか?

ヘイスティングス:いいえ。現在の料金プランでは、月額650円からコンテンツを無制限に楽しめる。「無制限に楽しめる」ということが、よりよいビジネスモデルと考えています。どの国でも人気が高いのは、中間の料金プラン(日本では980円のスタンダード)です。すぐに簡単にプランを変更できるという点もこだわっている部分です。

スマートテレビやPS4などのゲーム機でもNetflixを利用可能

 AmazonやGoogleなど、いわゆるOTT(インターネット上で各種サービスを 提供する大手企業)各社は、自社サービスと連携し、その魅力を向上するためのハードウェアを手がけている。GoogleのChromecastやNexusシリーズ、AmazonではFireシリーズなどがそれだ。Netflixが自社ハードウェアを製造する計画はあるのだろうか?

ヘイスティングス:デバイスを作る予定はありません。すでに、iPhone、Android、スマートテレビ、PlayStation、Xbox、WiiUあらゆるものに対応していますから。

全世界配信のためにコンテンツ投資。HDR/4Kは「最高を届けるため」

 Netflixがユニークなのは、世界最大級の映像配信サービスであるだけでなく、コンテンツへの巨額の投資を行なっていること。エミー賞を受賞した「ハウス・オブ・カード」を皮切りに、巨額の投資を続けている。日本参入においても、フジテレビと協力した「テラスハウス」新作や、又吉直樹による芥川賞受賞作「火花」の映像化などに投資し、独占配信を決定するなど、コンテンツ制作者としての期待や注目度も高い。なぜNetflixは、コンテンツ制作にまで取り組むのだろうか。

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(c) Netflix. All Rights Reserved.

ヘイスティングス:来年度のコンテンツ投資額は、全世界で50億ドル(約6,000億円)。巨額の投資です。なぜ、投資するか? というと、グローバルの配信権を獲得するためには、投資するしか無いからです。これにより、全世界のNetflixで、同じ作品を展開できますし、それの権利を得る唯一の方法なのです。

 最初の大型投資であった、House of Cards(邦題:ハウス・オブ・カード)は、初めてということもあり、グローバルの配信権を取れていない(日本のNetflixに入っていない)のですが……。

 また、Netflixの特徴であるレコメンデーション(おすすめ)とともに、コンテンツ制作においても、データを分析を徹底的に行なうことでも知られている。オリジナル制作作品とその他の作品で、ユーザーの視聴動向に違いはあるのだろうか?

ヘイスティングス:Netflixオリジナルだからといって、特別な傾向はありません。ただ、オンデマンドでは、“イッキ見”(連続ドラマなどを何話も連続再生すること)をしたくなります。夜を徹して見いってしまう、そんなコンテンツが人気です。ですから、次から次へと見たくなる作品の制作は意識しています。

--最近、Netflixでそうした体験をしたコンテンツはありますか?

ヘイスティングス:いまは「ナルコス」ですね。先週はじまったばかりで……。ラテンアメリカのギャングのコカインの歴史、闘争を追いかけたストーリーです。

ナルコス。実在した悪名高き麻薬王をモデルに、コロンビアのドラッグ・カルテルの熾烈な権力抗争を描いたギャング・ドラマ
(c) Netflix. All Rights Reserved.
ナルコス
(c) Netflix. All Rights Reserved.

 またNetflixは、4K/UHDや、HDR(ハイダイナミックレンジ)などの画質や先進的な技術への取り組みも主導している。画質や最新技術への取り組みはどう考えているのだろうか。

ヘイスティングス:最高のクオリティを求めるのは、我々がエンタテインメントを愛しているからです。クリエーターの制作意図やこだわり、思い、情熱が、作品に込められています。素晴らしい作品を最高の状態で伝えたい。だから、最高を目指しています。

 日本でも4K(UHD)配信はスタートした。先行して展開している国での4Kへの反応はどうなのだろうか? そしてこの先の拡大をどう見込んでいるのだろうか。

ヘイスティングス:UHDには新しい対応テレビが必要ですから、比率としては多くありません。いまの利用率は一桁台です。テレビの普及自体が1~2%程度ですから。

 ただし、次の5年の間にUHDの視聴環境は大きく伸びるはずです。いまは先行投資の状態といえますが、こうした先進的な技術をすぐに導入できるのもネット配信の利点です。例えば地上波でしたら、ある程度端末が普及するまで、なかなか移行はできません。配信であれば、少ない数からスタートして、徐々に移行していくことができますから。

“数”というNetflixの強み。日本世帯の1/3を目指す

 Netflixの強みといわれるのが、ユーザーの視聴データ解析を活かしたレコメンデーション(おすすめ)機能。実際に、75%の利用者がこのレコメンド結果から作品を視聴しているとのことで、この革新性をNetflixもアピールしている。しかし、データを使ったレコメンデーションは他社も取り入れ始めている。Netflixが持つ、他社にない強みとはどこにあるのだろうか?

ヘイスティングス:レコメンデーションは、ユーザーの視聴動向を蓄積/分析し、ユーザーごとに反映するものです。データは機械学習(マシーンラーニング)して、パーソナル化しますが、その精度はユーザーの数に依存します。より多くのユーザー/データが入るほど精度が向上します。ですから、(世界最大級の規模を持つ)最高のデータが集まっているのがNetflixなのです。

--今回、短期間試した限りでは、使いやすいけれど、特別レコメンデーションが凄いとも感じなかったのですが……

ヘイスティングス:先に述べたように、レコメンデーションやパーソナライズには、ユーザー数やコンテンツ数が必要です。ただ、気づかない、というのは自然な結果が反映されているからではないでしょうか? 違和感がなく、なにも考えなくても適切な結果が出ている。自然で気づかない技術が、我々の目指すところでもあります。

今後配信予定の作品リスト

--サービスがはじまったばかりですが、日本のユーザーからの意見では、「興味はあるが、Netflixに登録/サインインしないと、どんなコンテンツがあるかわからないのが不便」という意見が多いようです。登録せずに、作品リストなどは見られるといいのですが?

ヘイスティングス:そのために1カ月の無料体験を用意していますので、是非体験してください。メールアドレスとクレジットカードが必要になりますが、そこは我々を信頼して、楽しんでください。

 いよいよ日本参入したNetflix。ヘイスティングス氏も、「1年目は学習期間。できるだけ多くの人に試していただき、日本の市場やユーザーに何が求められているかを知ることがゴール」と語るように、まずは認知拡大に注力していく。しかし、中長期的には収益化が重要になる。日本市場での成功に向け、どのような目標を持っているのだろうか?

ヘイスティングス:日本市場で大きな成功を得るのは、当面先になるでしょう。時期はわかりませんが、「日本のブロードバンド世帯の1/3に普及すること」をひとつの指標にしています。世界中でインターネットテレビは支持されており、従来のテレビから、ネットテレビへという流れが進んでいます。あとは時間の問題です。忍耐強く取り組み、時期を待ちます。

臼田勤哉