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第52回:ケンウッドの圧縮オーディオ補正技術「Supreme」とは?
 ~ 音の違いがわかる人は、音がよくなったと評価 ~


 これまでも、何度か紹介したケンウッドの圧縮オーディオに対する補正技術「Supreme」。TDKのAudio Magicシリーズに搭載されているのでご存知の方も多いと思うが、これを用いることによって、MP3などの音質が改善する。

 以前、Digital Audio Laboratoryでも試してみたことがあるが、原音に戻るとはいえないものの、確かに高域が伸びて聞き心地はよくなる印象を受けた。これは、どのような仕組みで実現しているのか、さらに原音に忠実にさせることは可能なのか?

 この辺を探るため、ケンウッドのホームエロクトロニクス事業部・生産部・第一技術部の服部 裕氏にお話を伺った。


■ Supremeの開発経緯
株式会社ケンウッド ホームエロクトロニクス事業部・生産部・第一技術部 服部 裕氏

藤本:TDKのパッケージソフト、Audio MagicにケンウッドのSupremeが搭載されていますよね。私も何度か使わせていただきましたが、そもそもSupremeを開発されたのは、どんな背景があったんですか?

服部:これをはじめたのは3年ちょっと前です。MP3をはじめとした圧縮オーディオが一般化してきた当時、オーディオ専業メーカーからみて、圧縮オーディオの音は、それなりという認識を持っていました。

 しかし、当然ネットワーク時代になれば、MP3などは相当な勢いで出回ると予測できたので、いかにこれをいい音にできるかということに着眼したのです。

藤本:その「いい音」というものにする手法はどんなものなのですか?

服部:それは音を補間するという方法で、これによって、できるだけ原音に近くしていきます。ただし、MP3などは非可逆圧縮なので、原音を完全に復元するのは無理です。そこで、推定をしながら、なるべく近づけることを研究していったのです。

藤本:そうしてできたのが、TDKのAudio Magicに搭載されたSupremeだったわけですね?

服部:そうなります。最初のTDKのAudio Magicに搭載されたのはSupremeのフェーズ1です。それをベースにさらに開発を進め、現状のバージョンは「Supreme 2」となっており、これは現バージョンのAudio Magicに搭載されています。

藤本:確か、最新版のAudio Magic「MP3 Audio Magic XPサラウンド」はMP3だけでなく、ほかの圧縮オーディオにも対応していますよね?

服部:技術的なところを話すと、MP3とかWMA、AAC、ATRAC3などコーデックによって圧縮方法が違いますから、それによって音も変わってきます。系統的にみれば、MP3とAAC、ATRAC3は親戚のような関係ですね。WMAだけが少し方式が違います。

 特にMP3はサブバンドーコーデックを使っています。帯域を何分割かし、一旦ベースバンドの周波数に落としてからエンコードする方式になっています。それによりエンコードにかかる負担を軽くし、処理速度を上げています。MP3自体が当時のCPUやDSPでうまく利用できるためにした技術なんですが、それが現在でも続いています。圧縮コーデックとして古い形といっていいでしょう。

藤本:Supremeのアルゴリズムは、イコライザでハイを上げるのとは違うのですか?

服部:それは明らかに違います。というのも、無くなったハイを上げようと思っても、ないものはありませんから。

藤本:MP3は周波数分析して見ると、16kHz以上が出ていませんよね。

服部:ええ、ちょうど16kHzあたりまでで止まっています。こうした高い音が、聞くことにどういう影響があるかというのが問題になってきます。

 たとえば人間の耳は16kHzとか20kHz以上は聞こえないとされていますが、自然の音では高い音が大きな影響を与えるといわれています。例えば、オーケストラではかなり高い音、100kHz近い音まで出ています。高い周波数は、音としては聞いていないけど、脳幹に影響を与えるようなのです。このことがいろいろなところで研究されていて、聞こえ方に大きな影響することがわかってきています。

藤本:聞こえ方の違いを簡単に検証する方法はありますか?

服部:まあ、個人差がありますが、比較的多くの人が実感できる手法としては、高い周波数まで出ている音を、ある瞬間から高域をカットしてやる方法があります。すると音の広がりに違いが出てきます。もっとも、これは曲によって異なり、かなりはっきりと感じられるものと、ほとんど感じられないものがあります。とくにアコースティック系の曲では、感じられるものが多いです。

藤本:なるほど、この辺がSupremeの発想の原点になっているのですね。

服部:はい。簡単にいえば高域周波数の補間と抜け落ちた音の補間というのがSupremeです。サブバンドにある情報をそれぞれ比較して行ないます。音というのは基本成分に対する高調波、つまり倍音で構成されています。これによって、次のバンドにどういう音がなくなっているかが見えてくる。これは、あるアルゴリズムで解析できるんです。


■ Supremeはすべての音楽ジャンルにフィットする

藤本:そのアルゴリズムは、どんな音、どんな曲でも共通なんですか?

服部:いいえ、これはジャンルや楽器によって、変わってきます。周波数領域と振幅領域で2つのパラメータをうまく適合させながら、どのジャンルの曲でも効果があるようなパラメータをうまく選び出すのがノウハウになります。

 Supreme 1はパラメータが単純で、アルゴリズムも単純でした。効果はあるけど、楽曲によっては、もう少し効果があってもいいかなと思うのがありますが、それを改良したのが現在のSupreme 2なのです。

藤本:ということは、ジャンルによってパラメータを変更させることによって、さらに効果があがるということですね。

服部:確かに、やろうと思えば、外部からパラメータを変えることは可能です。ポップや、クラシックと、ユーザーが切り替える方法もあります。でも一般ユーザーには煩雑になる。そのため、現在のところパラメータは固定化させています。それによって、これがケンウッドの音なんだという認識を持ってもらうという意図もあります。

藤本:なるほど。でもMP3などはID3 Tagなどにジャンル情報まで埋め込まれていますから、これを自動的に検出して、パラメータを変えるという方法もありそうですね。

服部:それはあるかもしれませんね(笑)。また、アルゴリズムまではいじらないけど、コーデックによってパラメータを変えるという方法もありえます。たとえばMP3用とかAAC用とか。

藤本:でも曲のジャンルによって最適なパラメータが異なるということは、Supremeの設定にはメインターゲットのジャンルというのがあるのですか?

服部:試験をしてほとんどのジャンルにフィットするパラメータを選んでいます。したがって、1種類のジャンルにのみフィットするというわけではありません。。

藤本:また、サンプリングレートが異なると、パラメータも違ってきますか?

服部:はい。これはサンプリングレートコンバートして、すべて44.1kHzで処理するようにしています。

藤本:補間する際にあ、高域だけではなく、低域もなんらかの処理をしているんですか?

服部:実はいじっています。真ん中も歯抜けになったところを埋めています。この方法もいろいろありますが、どう定義するかはなかなか難しいんです。歯抜けのところなのか、本当に抜けているのか。パラメータ上難しい。アルゴリズム上も難しい。まともにやっていると膨大になるので、どこで折り合いをつけるかが難しいところですね。

藤本:確かに、マスタリング時にEQであるバンドを低く抑えたものを、逆に引き上げてしまってはまずいですね。

服部:そうなんです。その辺が難しいところなんですね。


■ 音の違いがわかる人は、音がよくなったと評価

藤本:ところで私はSupremeが搭載された製品としては、Audio Magicしか知らないのですが、ほかの製品に搭載されているのですか?

服部:PCアプリケーションについては、かなり搭載されています。社外では、TDKのAudio Magicで3つのバージョン、ソーテックのAFiNA AVでもGEOBIT/SOUND by KENWOODというソフトをバンドルしており、ここにSupremeが使われています。

 また、飯山電機さんと当社で開発したAVENUE MPX-710という製品にはStage Masterというソフトをバンドルしておりますし、当社ではMulia:ミューリアというソフトをオーディオ機器にバンドルして販売しております。

藤本:Supremeに関しては、ユーザーからの反響はいかがですか?

服部:いくつかのルートからユーザーの声を聞いていますが、大きく2つに分かれます。1つは効果がよくわかるという人。もう1つは、いまひとつわからないという人。やはりジャンルや使われている機材によっても違います。

 特に最近は日本の若い世代は、MDがメインになっています。そのため、MDの音に馴染みすぎているとSupremeの効果はよくわからないのかもしれません。逆にピュアオーディオ時代の人は、かなりの方がわかるといます。

藤本:違いがわかる人の中で、Supremeで音が悪くなったと評価する人はいないんですか?

服部:これはいませんね。程度の差こそあれ、音の違いがわかる人は、みんな音がよくなったとおっしゃいます。

藤本:でも、これは原理的に原音に近いというのとは、ちょっと違いますよね。

服部:おっしゃるとおりです。あくまでも、いい音できくという認識であって、元に戻るというものではありません。高域が欠落した音は表現力が落ちているので、積極的に改善しようというのがSupremeなんです。

藤本:その音の最適化というか、パラメータの設定は自動で行なうものなんですか?

服部:いいえ、パラメータはあくまでも人が決めるものです。実際、人じゃないとわかりません。弊社にはその専門家がいて、彼の耳がケンウッドの音を作っているので、それを基準としています。

 また彼の考え方としてはピュアオーディオがあります。でも元に戻るわけではないので、聞きやすい音になるようにパラメータを決めています。

藤本:ユーザーの評価にせよ、専門家の評価にせよ、音の良し悪しというのは、非常にあいまいな点も多いですよね。これを数値化するとか、客観的に評価する方法というのはないんでしょうか?

服部:実は、これを客観的にテストする方法も導入しています。ある会社が出している音質評価システムというのがそれです。実際に、それを使ってSupremeの音を検証すると、悪い方向にはいかない。極端にいいわけではありませんが、悪いほうにはいきません。。

藤本:その評価システムというのは、人間の耳をシミュレートするソフトなんですか?

服部:IECの測定をパラメータ化したソフトウェアです。IEQの測定というのは簡単にいえば、原音と違った2つの違う音を被験者聞かせて、3つの比較をして、どれが原音に近いかを答えるというものです。

 これをソフトに置き換えたのがこのシステムです。人間の耳の機能をシミュレートしたソフトウェアで、原音を聞かせるとスコアが出る。次に圧縮オーディオを入れて比較すると、スコアが一致していれば、ゼロ。一致していなければ、値が下がる。そういうシステムです。圧縮オーディオを入力した時には、0.5くらいまでは許されるだろうとされています。あるレベルまで下がっていなければ、いい音であるという評価になります。

藤本:でもその音質評価システムが行なっているのは人間の耳のシミュレーションだけですよね。

服部:その通りです。あくまでも人間の耳のシミュレートであって、脳幹は含まれていません。最近の人類は人工的な音を聞き慣らされているけれども、自然界の音には非常に高い周波数成分が含まれています。だから、潮の音や川のせせらぎが気持ちよく感じられるといわれています。リラクゼーションの世界で100kHzの音を出している人もいます。

藤本:Supremeはデコード時での補正・補間ということでしたが、エンコードについては、何かしないんでしょうか?

服部:エンコードの際のパラメータが音に大きく影響することは確かです。実際、研究開発レベルではいろいろやっていますが、ライセンスが複雑にからんで、現状では製品化は難しいですね。

藤本:それから、このSupremeをPCソフトとしてではなく、DSP化して、オーディオ機器に組み込むという可能性はないのですか?

服部:もちろん、DSP化は次のステップとして考えています。


□ケンウッドのホームページ
http://www.kenwood.co.jp/
□関連記事
【2001年12月3日】第37回:KENWOODのSupreme2を搭載したMP3ソフト
~「MP3 Audio Magic XPサラウンド」の実力~
http://av.watch.impress.co.jp/docs/20011203/dal37.htm

(2002年4月23日)

[Text by 藤本健]


= 藤本健 = ライター兼エディター。某大手出版社に勤務しつつ、MIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。最近の著書に「ザ・ベスト・リファレンスブック Cubase VST for Windows」、「サウンドブラスターLive!音楽的活用マニュアル」(いずれもリットーミュージック)などがある。また、All About JapanのDTM・デジタルレコーディング担当ガイドも勤めている。


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ウォッチ編集部内AV Watch担当 av-watch@impress.co.jp

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