「ATRAC3plus」をテスト |
NW-MS70D |
12月10日、ソニーは新スタイルのネットワークウォークマン、NW-MS70Dを発表した。MagicGate対応メモリースティックDuoをサポートしたこのネットワークウォークマンは、非常にコンパクトで、内蔵メモリに長時間の音楽データを収録することができる、というのがセールスポイントだ。
256MBの内蔵メモリにCD約11枚分、約11時間を収録できるというのだが、そのキーを握るのが、NW-MS70Dでポータブデバイスで初めて搭載された「ATRAC3plus」という技術。このATRAC3plusは「Adaptive Transform Acoustic Coding 3 plus」の略で、ATRAC3をさらに発展させたオーディオ圧縮フォーマットである。従来のATRAC3に比べて、より長時間かつ高精度な音声信号の分析を行ない、あらゆる音声信号に対して最適なビット配分と符号化方法を決定する新開発のアルゴリズムを導入しているという。その結果、高音質を保ちながら同時にCDの約1/20という高い圧縮率を実現したとしている。
そのため、ATRAC3plusの48kbpsのモードを利用することで、256MBにCD11枚分という長時間のデータを入れられるというわけなのだが、さすがに48kbpsというと、音質的にどれだけのものなのかちょっと疑問を感じる。また、ATRAC3plusには、48kbpsに加え64kbpsも存在し、ATRAC3plusのビットレートはこの2種類となっている。
ATARC3の場合66kbps、105kbps、132kbpsの3種類あり、ATRAC3plusの64kbpsはATRAC3の66kbpsと非常に近いビットレートということになる。この2つを比較した場合はどれくらいの音質の違いがあるのか、という点も気になるところではある。
ATRAC3とATRAC3plusの関係は、ちょうどMP3とmp3PROのようなものと考えればいいのだろう。ただし、mp3PROはMP3としても利用できるよう互換性を持っていたが、ATRAC3とATRAC3plusの間にはそうした互換性はない。したがって、ATRAC3とATRAC3plusの間には、技術的な関係はあっても基本的に別のフォーマットと考えてもいいようだ。
■ 64kbpsと48kbpsとの音質差は?
では、このATRAC3plusがどんな音なのか、さっそく実験してみることにしよう。
今回の実験に用いたのはソニーの出しているSonicStage Ver.1.5というソフト。バイオをはじめとするソニー製品にバンドルされているのだが、残念ながら単独では発売されていない。そこで、今回はSonicStage Ver.1.5がバンドルされた安価な製品ということでMGメモリースティックリーダ/ライタのMSAC-US20を購入し、使ってみることにした。
実験の方法は、これまでMP3など一連のオーディオ圧縮フォーマットで利用してきたのと同じ方法を用いる。具体的にはTINGARAというミュージシャンの夜間飛行という曲の冒頭部分45秒、20Hzから22.05kHzまで連続的に変化していく120秒のサイン波でできた、-10dBのスイープデータ、そして1kHzのサイン波を-10dBで生成したデータの計3つについて各ビットレートでエンコードし、その結果をスペクトラム分析する。
このスペクトラム分析にはefu氏制作のWaveSpectraを用いるが、これはwavデータしか受け付けることができない。そこで、SonicStageを用い、ATRAC3plusのデータを再生した音をTotal Recorderというソフトでキャプチャし、それをwavファイルとして保存するという手段を用いた。
まずは、一番視覚的にもわかりやすい、夜間飛行の曲データでの結果から見てみよう。CDから直接再生したオリジナルが22.05kHzまで出ているのに対し、ATRAC3plusの64kbpsでは16kHz程度、48kbpsでは14kHz程度の音までしか出ていない。実際、音を聞いてみると明らかで、オリジナルに関してくすんでいるというか、輪郭のハッキリしない音になる。その傾向は64kbpsよりも48kbpsのほうが顕著。やはり高域が出ていないということがこれにつながっているのだろう。
一方、スイープデータを試してみると、ATRAC3plusの64kbps、48kbpsともに、しっかり一番高い周波数まで音が出ていることがわかる。つまり、単純なローパスフィルターなどは使っていないようだ。
そして1kHzで、本来と違う成分がどれだけでているのか見てみると、ともに結構きれいな波形であり、倍音成分は極めて少なく、歪んでもいないようだ。
曲データ比較 | ||
オリジナル | ATRAC3plus 64kbps | ATRAC3plus 48kbps |
スイープデータ比較 | ||
ATRAC3plus 64kbps | ATRAC3plus 48kbps | |
1kHzのサイン波比較 | ||
ATRAC3plus 64kbps | ATRAC3plus 48kbps |
■ ATRAC3とATRAC3plusの音質比較
以上が、ATRAC3plusの結果であるが、気になるのがATRAC3と差。
ここで、お詫びをしなくてはならないことがある。今回ATRAC3plusの実験を行なっている中でで、以前のATRAC3での結果に大きな誤りがあったことがわかった。
以前、ATRAC3の132kbpsで圧縮した結果、オリジナルに非常に近いものとなっており、音的にもそっくりであることをレポートした。しかし、これは「OpenMG Jukebox」の仕様によりATRAC3にコンバートしても、HDDからオリジナルデータを消さない限り、そちらが優先して再生されるようになっていたことが判明した。
今回、SonicStageを用いて、ATRAC3の132kbpsに変換した際、おかしいことに気づき、あらためて、OpenMG Jukeboxでも試したところ、その誤りがハッキリしたのだ。
ここに改めてお詫びするとともに、132kbps、105kbps、66kbpsでの結果を掲載する。また、ATRAC3の132kbpsの音をもう一度聴いてみると、これは以前評価したほどの音ではなかった。確かに、ATRAC3の3つのビットレート、またATARAC3plusの2つのビットレートのすべてを比較した中ではいい音ではあるが、オリジナルとの違いは明らかにわかる。
曲データ比較 | ||
ATRAC3 132kbps | ATRAC3 105kbps | ATRAC3 66kbps |
さて、それではATRAC3とATRAC3plusを比較するとどうなのか。ATRAC3の66kbpsとATRAC3plusの64kbpsをグラフで見比べてみると、ATRAC3plusのほうが高域が出ていていい音のように感じる。が実際に音を聞いてみると、どっちもどっちというように感じた。この辺は好みの問題かもしれないが、個人的には、ATARC3の66kbpsのほうがオリジナルに近いような印象を持った。またATARC3plusの48kbpsは64kbpsよりも音質が落ちていることは間違いないが、思っていたほどの違いはなく、そこそこ健闘している。
ATARC3plus 64kbpsとATRAC3 66kbpsの曲データ比較 | ||
オリジナル | ATRAC3plus 64kbps | ATRAC3 66kbps |
こうしたことを総合的に考えれば、とにかく音質重視ということであれば、ATRAC3plusを用いるのはお勧めできない。とはいえMP3程度の音質はキープしているわけで、通勤途中にポータブル機で聴くというレベルであれば、ATRAC3plusの48kbpsでも十分だろう。
WMAやmp3PROなども含め、最近はより低いビットレートでそこそこのサウンドを出すことを競い合っているようだ。しかし、ブロードバンド化、メモリの大容量化が進む今、こうした流れが本当に必要なのだろうか、と個人的には考えてしまう。ATRAC3plusはNet MDといった、より一般向けのソニー製品に採用されているわけではないので、どこまで普及するのかは未知数。今後も、低ビットレートの音楽フォーマットが、どれだけ支持されるか注視していきたい。
□ソニーのホームページ
http://www.sony.co.jp/
□ニュースリリース(NW-MS70D)
http://www.sony.jp/CorporateCruise/Press/200212/02-1210/
□製品情報(NW-MS70D)
http://www.walkman.sony.co.jp/news/ms70d.html
□製品情報(MSAC-US20)
http://www.sony.co.jp/Products/mssupport/adapter/msac_us20.html
□関連記事
【12月10日】ソニー、メモリースティックDuo対応新ネットワークウォークマン
--圧縮率を向上させた新コーデック「ATRAC3plus」に対応
http://av.watch.impress.co.jp/docs/20021210/sony.htm
【1月28日】【DAL】圧縮音楽フォーマットを比較する
~ その1:ソニーのオーディオ圧縮方式「ATRAC3」 ~
http://av.watch.impress.co.jp/docs/20020128/dal42.htm
(2002年12月16日)
= 藤本健 = | ライター兼エディター。某大手出版社に勤務しつつ、MIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。最近の著書に「ザ・ベスト・リファレンスブック Cubase VST for Windows」、「サウンドブラスターLive!音楽的活用マニュアル」(いずれもリットーミュージック)などがある。また、All About JapanのDTM・デジタルレコーディング担当ガイドも勤めている。 |
[Text by 藤本健]
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