■ 原点にして頂点?
公開は今からちょうど20年前の'84年。公開当時は爆発的なヒットにはならなかったものの、その後のスタジオジブリ・宮崎監督の活躍は、今更説明する必要もないだろう。そういった意味で、まさに「原点」ともいえる作品だ。 確かに、「未来少年コナン」や「カリオストロの城」の時点で宮崎駿の名は知られていたし、ナウシカの制作当時にはスタジオジブリは存在せず「トップクラフト」が制作したという事実もあるが、マニアックな話はひとまず置いておこう。監督だけでなく、原作も自らが手掛け、宮崎駿という名前が前面に押し出された作品としての、記念すべき第1作だ。 「作家のすべては処女作にあり」などという言葉もあるが、空を飛ぶ心地よさ、自然の偉大さ、躍動感に溢れるキャラクター、神秘と空間を感じさせる久石譲の音楽、その後も続く宮崎アニメの魅力がすべて詰まった作品と言っても過言ではない。 DVDは、ソフトケースが付属する「スタンダード版」と、スタンダード版に陶器製のナウシカフィギュアを加えた「DVD ナウシカ・フィギュア セット」、絵柄が巨神兵のソフトケースとフィギュア、オリジナル・アート、王蟲(オーム)のリアル・モデルをセットにした「DVD コレクターズBOX」の計3種類を用意。 ファンならば当然「コレクターズBOXを買うでしょ!」と言いたいところだが、最も気になる「王蟲 リアル・モデル」の詳細が明らかにされておらず、価格も24,800円と高価なこともあり、注文に躊躇してしまった。また、既にお伝えしたように、生産の問題でコレクターズBOXの発売が12月5日に延期されてしまった。コレクターズBOXを注文する人は、おそらく作品の大ファンだと考えられるが、そんな人が通常版・フィギュア版の発売から約2週間待たされるというのも酷な話だ。DVDだけを発売日に送付し、特典グッズは後から送るなどの処置も考えて欲しかった。
そんなわけで、とりあえず通常版を購入するため、発売日前日、18日の午前中に新宿の某量販店に入店。平日の開店直後のため人影もまばらだったが、4階のDVDソフト売り場に行こうとエレベーターに乗り込むと、私以外にも8人ほどが一緒に乗り込んだ。4階のボタンを押すと、他の階を押す人は無し。「もしや……」と思ったが、全員がDVDソフト売り場に直行し、ナウシカの前で足を止めた。20代前半のお洒落なOL風の人から、50代とおぼしき男性サラリーマンまで、根強い人気をあらためて確認してしまった。
■ 自然を征服するか、自然と共に生きるか 物語の舞台は、栄華を誇った産業文明が「火の七日間」と呼ばれる大戦争により崩壊、人間のほとんどが死滅して1,000年後の世界。大地には猛毒を放つ奇怪な植物が根を広げ、人間が吸い込めば肺が腐ってしまう「瘴気(しょうき)」に満ちた森を形成している。そこには巨大化した虫達が住み着いており、人々はその地帯を「腐海(ふかい)」と呼び、恐れ、わずかに残った大地でひっそりと暮らしていた。 主人公のナウシカは、辺境の小国「風の谷」の姫君。人々が忌み嫌う虫と心を通わせ、腐海の植物すら愛でる少女だ。そんな風の谷に、ある日、軍事大国トルメキアの輸送船が墜落。火の七日間で人類を滅亡させた「巨神兵」という怪物が谷に残される。それをキッカケに、ナウシカは大国の思惑と戦乱の渦に巻き込まれていく。 時代や舞台設定が複雑で、登場人物も多いため、短い言葉でストーリーを説明するのは難しい。子供にも人気のあるタイトルだが、内容的には決して子供向きのものではない。 大まかには、「自然と人間との関係を描いた映画」と見ることができる。人間を蹂躙する虫達が描かれているが「人間と自然との戦いを描いた映画」ではない。巨神兵を使って腐海を焼き払い、人間のための国家を作ろうとするトルメキア皇女クシャナと、腐海の本当の姿や存在する意味を知り、自然との共存を訴えるナウシカ、という2本の柱を中心に、「人間がどのように自然と向き合っていくべきか?」が問われている。 それゆえか、「お説教臭くて嫌だ」とか、「原始共産主義的な内容がちょっと……」などの批判も耳にする。このあたりの内容的な話を始めると、原作の漫画版を含めた話に移行したくなってしまうので、今回は割愛しよう。なお、原作の漫画版は、映画よりも遥かにスケールが大きく、複雑で、「人間と自然の関係」などと言っていられない状況になっていく。これを読むとアニメ版は「プロローグ」のように見えてしまうくらいだ。 ただ、当時頭の中にあった広大なストーリーを、映画という枠の中にまとめあげた宮崎駿の手腕は流石である。切り捨てる部分はバッサリと切り捨てていながら、1本の映画として面白い作品に仕上げることは、非常に困難な作業だっただろう。台詞を暗記するほど見ている作品だが、今回あらためて奥深い物語に感心してしまった。 また、作品の代名詞とも言える小型の凧「メーヴェ」や、圧倒的な迫力と威厳を持つ王蟲、観る者に強烈なインパクトを与える巨神兵などのデザインやアイデアの素晴らしさも忘れてはならない。あまりにもメーヴェが気持ち良さそうに絵の中で飛びまわるおかげで、多くの人が「いつか乗ってみたい」と感じたことだろう。 そして、映像表現の面でも、いわゆる子供向けのまんが映画から、大人の鑑賞にも堪えるアニメーション映画へ変化しようという気概が感じられる。特に、巨神兵がオームの群れを薙ぎ払うシーンは、今見てもショッキングだ。公開から20年、迫力のある爆発シーンなど他の映画で飽きるほど見ているはずだが、庵野秀明氏が作りあげたこのシーンはまったく色あせていない。
■ 画質は合格点、音声はもう少し…… DVD Bitrate viewer 1.4で見た本編のビットレートは、7.95Mbps。映像はビスタサイズをスクイーズ収録する。全体的にざらついた質感で、輪郭が甘いと感じる部分もいくつかある。だが、20年前の作品ということを考慮すれば、合格点をあげられる画質だろう。色抜けはまずまずで、色調のおかしな部分もない。ブロックノイズもほとんど見られず、モスキートノイズも皆無ではないが、気になるレベルではない。 また、細かく描き込まれた背景や、暗部の描写もしっかりと見ることができる。特に、巨神兵が王蟲をビームで薙ぎ払うシーン。ビームが掃射された後、大爆発が起こるまでの一瞬のタイムラグに、王蟲が数匹空中に弾き飛ばされている絵があるのだが、テレビ放送では見づらく、DVDを購入して良かったと思えるシーンだった。
音声は、オリジナルをドルビーデジタルモノラルで収録。ビットレートは384Kbps。残念ながら音のレンジは狭く、低音も詰まり気味。S/N比も高いとは言えない。音場も狭くなりがちだが、このあたりは仕方のない部分だろう。個人的にはPCMで収録して欲しかった。 また、オリジナルの音声を収録するのはもちろんだが、迫力のあるシーンが多い映画なので、最新のサラウンド音声も聴いてみたいと思うのがAVファンの心情と言うもの。ハリウッド映画などは、古い作品でも5.1chでDVD化される事例も多くなっているので、音声仕様にはもう少しこだわって欲しかった。
■ ハ、ハウルの城が動いてる!! 特典は豊富に用意されてる。まず、注目したいのは庵野秀明氏と片山一良氏の2人によるオーディオコメンタリーだ。現在ではアニメ界の第一線で活躍している両氏だが、ナウシカでは新人として参加していた。庵野氏は巨神兵のシーンなどの原画を担当、片山氏は演出助手を務めている。 コメンタリーの内容は「マニアック」の1言に尽きる。映画を見ながら2人が当時の思い出やら、作品の舞台裏などを話してくれるのだが、非常に密度が濃い。特に面白かったのは、巨神兵が登場するシーンを見ながら庵野氏が「この8秒のシーン描くのに1週間かかったんだよ」とか、「うわー、クシャナの後ろに隠れた部分もちゃんと描き込んだのに、全然見えない。……あんなに大変だったのに、もう終わっちゃった」などとつぶやくところ。 また、各場面を見ながら演出の意図やテクニックを解説してくれるので、「なるほど」と膝を打つことも多い。ただ、2人はあくまでマイペースにボソボソと喋るので、コメンタリーと言うよりも、「やたらとアニメに詳しい兄ちゃん2人と一緒に映画を見ている」という雰囲気だ。 他にも、アニメの製作過程や業界に詳しいマニアや関係者なら、感心したり、大笑いしてしまう部分がかなりある。ただ、私はかなり楽しませてもらったが「普通の人は半分も理解できないのでは? 」という不安が頭をよぎる。すると、DVDのケースの中から「オーディオコメンタリー 用語解説集」なるものを発見した。中にはアニメ制作の現場で使われる業界用語や、人名解説まで載っている。素敵な配慮だとは思うが、解説書が必要なコメンタリーというのも妙な感じだ。 映像特典にも注目すべきものが含まれている。1つは、2004年春公開予定の押井守監督最新作「イノセンス」のプロモーション映像だ。制作はProduction I.Gだが、スタジオジブリが製作協力し、鈴木敏夫氏もプロデューサーとして参加している。約6分間の映像だが見応えのある内容で、クオリティの高さと映像の斬新さにも圧倒される。画質も素晴らしく、ファンならずとも公開が待ち遠しくなるだろう。 そして、ある意味で最も衝撃的な特典映像は宮崎監督の最新作「ハウルの動く城」の特報だ。といっても、時間にして数秒足らずの短い映像なのだが、与えるインパクトが凄い。城が本当に「動いて」いるのだ。見た瞬間、深夜にも関わらず大笑いしてしまった。詳しく説明するとつまらないので、これは自分の目で確かめて欲しい。きっと「動く城って、こんな動き方かよ!!」と、ツッコミを入れたくなるだろう。
■ 買っておくしかないでしょ ジャケットは、宮崎監督の水彩画「トルメキア戦役」を使った美しいデザインで、所有欲を満たしてくれる。なお、ジャケットを裏返すとノートリミングバージョンが印刷されており、ちょっとしたポスターとしても使えそうだ。また、付属のソフトケースに劇中に登場したタペストリーを描いたセンスも評価したい。 封入特典と言えば、12月5日に延期された「コレクターズBOX」の内容も気になるところ。特に「王蟲のFRP製リアル・モデル」の完成度に期待したい。また、11月19日には、ナウシカや風の谷の人々が使用していた長銃が、モデルガンとして発売されることが明らかになった。もともとはDVDの販促用に作られたものだが、希望者に一丁35万円で販売するという。高価な品だが、本体は無垢の天然木を使用しており、鑑定書やシリアルナンバーも付属する。なお、ショットガンシェルも3個同梱するが、BB弾や発射音などは出ない。
今回のDVD化は、画質や音質の面で、待ち望んでいた人の期待を裏切らない完成度になっていると思う。「テレビで何度も放送されているし、別にDVDを購入しなくても……」と考える人には、サラウンド音声などの目立った特長がないため食指が動きづらいかもしれないが、放送とは一線を画する画質と、豊富な特典に魅力を見出して欲しい。 また、DVDとは直接関係ないが、ナウシカファンとしては、何故か知名度の低い原作の漫画版もお勧めしておきたい。ナウシカが友愛を説いてまわっても、無情に開始される戦争、おびただしい死。アニメ版を超えるスケールで描かれる物語に圧倒されるだろう。ただし、かなり悲惨でおぞましい描写も多数含まれているので、子供が読む時には注意して欲しい。 DVDの発売と合わせて、徳間書店から漫画版全7巻をセットにし、トルメキア戦役デザインのケースに収めたBOXセットも、2,648円で発売されている。DVDと合わせても7,000円程度なので、一風変わったクリスマスプレゼントにもいかがだろうか?
□ブエナ・ビスタのホームページ (2003年11月19日) [AV Watch編集部/yamaza-k@impress.co.jp]
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