■ 光デジタルケーブルを直接接続できるヘッドフォン 「音の純度」を向上させることは、良い音を追求するオーディオの命題の1つ。ソースから音がリスナーの耳に入るまでの間、音楽データは様々な回路を通り、ケーブルを伝って伝送される。その過程で情報を失ったり、余計な雑音を加えられたりしないよう、様々な技術やテクニックが開発されてきた。例えば、スピーカーや各コンポーネントを繋ぐケーブルは、できるだけ短いほうが良い。実際の間隔が1mなのに、買ってきたケーブルが10mだからといって切らずにそのまま繋いでいれば、音は余分な長さだけ劣化していく。ケーブルだけではない。高級オーディオ機器では、基盤回路を徹底的に合理化し、信号伝達路を可能な限り短くする努力も行なわれている。 そんな中、一風変わったアプローチで「音の純度」を追求している製品群がある。オーディオテクニカのデジタルヘッドフォンシリーズだ。中でもUSBオーディオを内蔵した「ATC-HA4USB」は、PC内のデジタル音楽データをUSB経由で外部に取り出し、ヘッドフォンのハウジングに内蔵したDAコンバータで初めてアナログに変換するという斬新なコンセプトが話題となった。このコーナーでも取り上げた新モデル「ATC-HA7USB」では、音の純度に磨きがかかり、ヘッドフォンのアナログ部分もグレードアップするなど、製品としての成熟を予感させるものだった。 しかし、USBヘッドフォンには「PC専用」という欠点がある。ノイズの多いPCの音響を改善するには最適な製品だが、PCで音楽を聴かず、CDプレーヤーなどを常用しているオーディオファンは「面白い製品だけど、関係ないな」と感じただろう。そんな人のために、同社は光デジタル入力を備えたヘッドフォン「ATH-D1000」 を投入してきた。 ハウジングに光デジタル入力端子とDAコンバータ、デジタルアンプを内蔵する。「なるほど、その手があったか」と膝を打つが、冷静に考えれば今まで無かったのが不思議なほど合理的な製品だ。製品の順番としては、むしろ光デジタルヘッドフォンの後にUSBヘッドフォンが出る方が正しい気もする。ともかく、光デジタル出力のある機器ならなんでも利用できるというのは嬉しいこと。さっそく使ってみた。
■ ハイグレードな異色モデル
手にした瞬間に感じるのは作りの良さだ。ハウジング部の手触りや適度な重み、イヤーパッドの材質など、値段相応の質感だ。実売で5万円を超える高価な製品だが、DAコンバータやデジタルアンプを搭載しているため、ヘッドフォン部のみのグレードは価格帯からワンランク下げて考える必要があるだろう。 同社のラインナップから競合機種を挙げると、ハウジングにアサダ桜の無垢削り出し材を使った「ATH-W1000」(オープン:実売5万円前後)、チタンハウジングの「ATH-A1000」(オープン:4万円前後)あたり。 実売が23万円以上の「ATH-L3000」という特別モデルを除けば、同社のハイエンドと呼んでいいモデルだ。 お馴染みの3D方式ウィングサポート部は、W1000やA1000と同じプラスチック製。ハウジング部には光沢塗装が施されており、緑がかったクリーム色のカラーリングと相まって高級感がある。木目が美しいW1000にはかなわないかもしれないが、A1000と比べると所有する満足度はワンランク上だ。
見た目の高級感は、装着すると実感に代わる。イヤーパッドの感触は柔らかで、圧迫感がまったくなく、装着感はHA7USBやA1000を上回る。好みもあるだろうが、パッドがしっとりしているW1000よりも、個人的には肌触りがサラリとしているD1000の方が好ましかった。
電源とボリュームボタンはHA7USBと同じく、左ハウジング側面に設置されている。装着したまま左手を添えると自然にボタンに指があい、押しやすい配置だ。しかし、電源ボタンと音量ボタンが近いため、音量調節しようとして電源を切ってしまうことが何度かあった。誤操作防止用にボリュームアップボタンにのみ突起がついているのだが、いちいち突起を確認しながらボタンを押すのは煩わしい。電源ボタンは頻繁にON/OFFしないので、ハウジングの側面など、離れた位置に設置してほしかった。
最大の特徴である光デジタル入力は、左ハウジングの下部にある。端子は丸型で、本体とコードは分離できる。コード自体は通常の光デジタルケーブルと同じで、本体側は丸型、先端は角型プラグになっている。ケーブル長は3m。 光デジタルケーブルと聞くと「すぐに折れてしまうのではないか?」という強度的な不安が頭をよぎる。しかし、ケーブルを覆うゴムカバーは厚く、安心感がある。また、細い光ケーブルのようにピョンピョンと跳ね回ることもないので、使用上問題を感じることはないだろう。
アナログケーブルでも同じことが言えるのだが、だからといって手荒に扱って良いというわけではない。装着したまま部屋の中を移動するヘッドフォンのケーブルには、椅子の足で踏みつけたり、ドアで挟んだりといった障害はつきものだが、こうした手荒な扱いは避けたほうが良い。 説明書にも「光ファイバーケーブルを小さく曲げたり、重い物を乗せないでください」などの注意が書かれている。面倒だからといって、ケーブルを引っ張ってコネクタを引き抜くなんて使い方はNGだ。もっとも、断線したところで普通の光ケーブルで代用は効くのだが。 電源は単4ニッケル水素電池2本。ウィングサポートの左右アーム部に1本ずつ収納する。連続聴取時間は約8時間。短いと感じるかもしれないが、連続して聴くことはまずないので、帰宅後1、2時間使用して、1週間ごとに充電するというイメージ。なお、入力信号がないとランプが赤く光り、30秒程度で自動的に電源がOFFになる。電源の切り忘れが多い機器なのでありがたい機能だ。
■ 上品で透明度の高い音 それでは、肝心の音を聞いてみよう。使い方は簡単。CDプレーヤーやMDプレーヤーなど、光デジタル出力のある機器と接続し、電源ボタンをONにするだけで音が出る。対応しているフォーマットは32/44.1/48kHzのPCM。内部で96kHzにアップサンプリングして再生している。アンプはPWM方式のデジタルアンプで、最大出力レベルは42mW×2ch(32Ω時)。なお、DVDプレーヤーとも接続できるが、ドルビーデジタルやDTS音声をスルー出力しても、デコーダを内蔵していないので音は出ない。当たり前だが、注意が必要だ。 音はクリアの一言。しかし、聴いていて苦痛を感じるような計測器的な音ではなく、爽やかで見通しが良い。激しい特徴がないため、ぼんやりと聴き流してしまいそうになるが、注意深く聴くと1つ1つの音の粒子が細かく、付帯音の少なさに驚く。シンバルの高音の伸びも申し分ない。 中域も良く整理されており、破綻がない。全体的にしなやかな音だが、歌手の呼吸も掘り起こす精密さも持っており、今まで聴こえなかった音に気付くことも多いだろう。解像度は低域でも失われず、ピアノの左手も細かく描写する。また、ベースの弦の揺れもにじまず、締めるところはしっかりと締める。パツパツとはじけるような低音が心地良い。 逆に、「光デジタルヘッドフォン = 耳が痛いほどの精密さ」という期待を持っていると、フォーカスが甘いと感じるかもしれない。アップサンプリングによる弊害だと思われるが、聴き疲れしない音とも言えるので、このあたりは好みの問題だ。 また、音の芯が軽く、音場が狭いという、デジタルアンプ特有の欠点を感じる部分もあった。音楽を楽しく聴くために重要な要素なので、次期モデルでは内蔵アンプのグレードアップを期待したい。さらに、低音の迫力や、音がグンと低域まで沈み込む感覚も控えめだ。ロックやポップスよりも、ジャズやクラシックに向いた音作りといえるだろう。なお、ケーブルを外した状態で電源を入れると、アンプのホワイトノイズがかすかに認識できる。 アナログ音声入力がないため、光デジタル出力とヘッドフォン出力の音の違いを比べるのは難しい。参考までにW1000やA1000と聴き比べてみると、解像度の面ではD1000が頭1つ抜き出ている。音質的ではA1000よりも破綻が少なく、上品。響きの良さや音楽を楽しく聴かせてくれるという面ではW1000が若干優位だと感じた。
このクラスのヘッドフォンを良質なヘッドフォンアンプでドライブすると、この傾向はさらに強まるだろう。しかし、それ相応のヘッドフォンアンプは10万円以上する高価なコンポーネントなので、D1000の比較対象としては適切ではない。むしろ半額以下で、ヘッドフォン込みでこの音質が手に入ると考えれば、お買い得と言えるだろう。
■ お勧めできるが、誰にお勧めすればいいのか…… 使っていて最も感じたのは利便性の問題だ。据え置き型のCDプレーヤーでは、前面に光デジタル端子を持った機種はまずないので、背面にまわって接続することになる。専用のオーディオルームでプリアンプやCDプレーヤーをユーザーの手元に設置しているような環境ならともかく、一般の家庭ではAVラックを壁際に設置したり、多くの機器を積み重ねているのが現実だろう。ヘッドフォンを聴くためだけに、隙間に手を突っ込み、埃まみれになって繋ぎ換えるというのは不便だ。もっとも、CDトランスポートと外部DACなどを所有せず、CDプレーヤーとプリメインアンプをアナログケーブルで接続している環境では、MDレコーダなどが無い限り光デジタル出力端子は余っていることが多い。そこにD1000をつけっ放しにしておけば、切り替える手間ははぶける。 そう考えると、ベッドサイドなど、室内でポータブルCDプレーヤーを使っている人に最適だろう。変換コネクタや別途ケーブルを用意する必要があるかもしれないが、光デジタル出力を持つ機種ならば、イヤフォン出力にアナログヘッドフォンを接続するよりも大幅な音質向上が期待できる。また、光デジタル出力を装備し、イヤフォン出力の無いゲーム機にも適している。だが、実際問題として2万円前後のポータブルCDプレーヤーやゲーム機に、55,000円のヘッドフォンを接続する人がいるかどうかは微妙なところだ。
ノイズが少ないという点では、PCとの接続も推奨できる。試しに自作PCのサウンドカード(Sound Blaster Audigy 2)や、USB-光デジタル変換ユニット(オンキヨー UD-5)などと繋いでみると、雑音のない良好な結果が得られた。 だが、音の解像度や生々しさ、ノイズレスという面では同社のUSBヘッドフォン(HA7USB)に軍配があがる。USBオーディオはCPUに負荷をかけるという難点もあるが、価格が約半額ということを考えると、HA7USBの優秀さをあらためて感じてしまった。 問題なのは価格だ。ヘッドフォンとしての作りのよさや、DACやアンプを内蔵していることを考えると、55,000円という価格も頷ける。しかし、ハイエンドな価格帯にあるため、ターゲット層が想像しにくい。「お勧めできるが、誰に勧めたらいいのか……」という状況だ。自己完結型製品特有の悩みとも言えるが、自分の使用環境にピッタリと適合し、予算が許せば末永く付き合える製品になるだろう。 光デジタルヘッドフォンの第1弾製品としては非常に完成度が高いので、今後のシリーズ展開に期待したい。個人的には2、3万円の下位モデルが登場した際、同価格帯のアナログヘッドフォンとどのような音質差が出るかが楽しみだ。 なお、光デジタル接続のためか、3月上旬に新宿の量販店をまわった限りでは、試聴機を確認できなかった。価格が価格なだけに、実際に音を聞いてから購入したいところだ。
□オーディオテクニカのホームページ (2004年3月19日) [AV Watch編集部/yamaza-k@impress.co.jp]
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