■ 誰もいないところで観たかった
美麗なCGと質の高い音響で、AVファンからも支持の厚いピクサー作品。6月18日に、ピクサー最大のヒット作「ファインディング・ニモ」が発売された。 全世界での興行収入は、前作「モンスターズインク」の5億3,800万ドルを上回る8億5,000万ドル。国内でも周知の通り大ヒットし、ペットショップでは、主人公のモデルとなったカクレクマノミが飛ぶように売れたという。 私も、子供たちであふれかえった劇場で吹き替え版を鑑賞したことがある。感極まった幼児に背もたれを蹴飛ばされるは、頭にお菓子を投げつけられるはで大変な目にあったが、劇場がそのまま水没したかのような、リアルな水中の描写と音響が印象に残った。その独特の映像と音響を自宅で(1人で)体験できるのならばと、DVD化されたらすぐにでも入手したいタイトルの1つだった。 DVDは2種類が発売されている。まず、特典ディスク1枚が付属する2枚組みの「通常版」(2,940円)。もう1つが、通常版の内容に加え、コンセプト・アート、アートブック、シリアルナンバー付きのリトグラフ、ピクサーとスタジオジブリの対談を収録したDVDが付属する「コレクターズ・ボックス」(15,750円)だ。初回出荷数は合わせて300万枚で、これは「千と千尋の神隠し」に並ぶ、国内歴代1位の数字だという。 今回は素直に通常版を入手した。パッケージは、アマレーダブルのトールケース。ケース内にはDVDメニューのツリー構造を解説したメニューガイドが封入されている。メニューガイドはすべての漢字にルビ付きだ。改めて子供向けの作品だということに気づく。そのほか、ディズニーがらみのパンフレット2通と、幼児向け英会話教材の申し込みはがきなどが詰め込まれていた。
■ 対象はヤングパパさんだ
オーストラリアの北東海岸、グレートバリアリーフで父親・マーリンと仲良く暮らすニモは、元気いっぱい、カクレクマノミの男の子。今日は初めて学校へ行く日だ。初めて見る外の世界と、新しい友達との出会いにニモは大喜び。しかし、心配性のマーリンが止めるのもきかず、サンゴ礁の外に出たところをダイバーにとらわれてしまう。ニモが人間に連れ去られた! ニモを追うため、初めてサンゴ礁の外に出たマーリンは、物忘れのひどいナンヨウハギ・ドリーと出会う。何を教えてもすぐに忘れるドリーに振り回されながら、マーリンはニモを探す旅を続ける。目指すは南東海岸の大都市、シドニーだ。 かわいいキャラクターと毒のないストーリーから、子供に見せたい作品なのは間違いない。しかし、相変わらず大人がハッとしてしまうストーリーでもある。特に今回は「若いお父さん向け」という印象だ。息子を心配するあまり、1人立ちさせることを恐れるマーリン。そんなマーリンが、旅を通じて「本当の父親の役割」に気づく。息子共々成長した姿を見せるラストでは、(独身だが)思わずうるっときてしまった。 このあたりは監督のアンドリュー・スタントン(トイ・ストーリー原作・脚本、バグズ・ライフ監督脚本、トイ・ストーリー2脚本、モンスターズ・インク脚本・製作総指揮)もメイキングで言及しており、「せっかくの休みなのに、ついつい子供に注意ばかりしていた」という、自身の反省を活かしたという。「ジョン・ラセター率いる若き秀才集団」といったイメージだったピクサーのスタッフたちも、すでに子供を持つ年になっているのだ。ちなみにラセターは今回、製作総指揮を務めている。DVDにもちょこっと登場するが、ちょっと太ったように見える。 また、「ニモを追うマーリン」と「水槽に捕らえられたニモ」の2つのストーリーが交互に進み、前者はロードムービーのワクワク感、後者は水槽内のメンバーによる群像劇のような面白さを味わえる。親子が出会えそうでなかなか出会えないところもお約束だ。ストーリー運びの面白さはさすがピクサーといったところで、モンスターズ・インクに続き、満足できる内容といえる。 登場キャラクターもペリカン、カニ、カモメ、ヒトデなど多彩で、何かしら共感を覚えてしまうイイヤツばかり(人間以外は)。大人が見て郷愁を覚えるキャラクターも多く、特にウィレム・デフォーが声を当てたギルは、子供の目から見た「何をやっているのか不明、でも格好良い近所のおじさん」といった風情。世間的には近所の怪しいアウトローだけど、男の子はこういう謎のおじさんにあこがれるものだ。 声といえば、「ブラックホーク・ダウン」、「ハルク」、「トロイ」と引っ張りだこのエリック・バナが、端役で出演しているのも聴き所だろう。自己啓発が好きなサメ3匹組みの1匹で、リーダーを支える子分役といったところ。彼がまだ有名になる前、「オーストラリアなまりが話せる俳優」という理由でキャスティングされたそうで、今ではイメージできないほど弾けた演技だ。悩める二枚目俳優が板に付いた現在、貴重な音源になるかもしれない。 一方、吹き替え版は、マーリンを木梨憲武、ドリーを室井滋が演じている。どちらも元の俳優(アルバート・ブルックス、エレン・デジェネレス)と声質が良く似ており、演技もすばらしい。個人的にはまったく違和感を感じない。モンスターズ・インクの田中裕二と石塚英彦も良かったが、こちらも引けを取らないクオリティだ。
■ AQUAZONEはもういらない
「リアルな水中CG」が注目された本作だが、DVD版の画質はどうだろうか。今回は「DVD-A11」と「LP-Z2」をDVI接続し、16:9の100型スクリーンに投写したほか、DVD-A11とW32-PD2100のコンポーネント接続でも視聴している。さらに、ノートパソコンやポータブルDVDプレーヤーの液晶画面でも試してみた。 作品の大半を占める水中シーンを分類すると、マーリンが主役の「海中」と、ニモが主役の「水槽の中」に分けられる。海上から差し込む光がやさしく回り込む、ローコントラストな海中に対し、クリアでハイコントラストな水槽、といった対比だ。 もう少し詳しく書くと、海中は照り返しによる青や緑といった水の色がキャラクターに付いており、また透明度が低いためか輪郭もにじんでいる。シーンによっては、漂うチリも大きく多い。また、海上からの光は屈折により拡散され、波に合わせて常にゆらゆらと揺れている。砂地に移る波の影も本物っぽく、これらがすべてCGで作成されていると思うとちょっとショックすら受ける。輪郭がにじんでいるため精細感は今ひとつだが、良く観るとアップになったクマノミやサメの体表、潜水艦の隔壁などにものすごい量の描き込みが認められる。 もちろんストーリーに合わせて、海中の様子も変化していく。明るく極彩色のグレートバリアリーフから、グレーっぽさが強い外洋へ、平均輝度が極端に低い海溝、白いモヤが覆う都市近海など次々と変化。ロードムービーらしく飽きさせない。 一方、水槽は水の透明度も高く、水流もエアポンプ付近など一部を除いて静止している。鋭い光は指向性が強く、若干紫っぽく見えることも(メタルハライドランプ?)。海中とは別の「作られた世界」を演出しているようだ。夜間を除き、キャラクターへの色かぶりは感じられず、彩度や精細感も高い。しかし、強いコントラストは水槽の狭さをイメージさせるし、彩度の高い人工物にも空々しさを感じる。海に帰りたいと願う、ニモの郷愁が画調からも伝わる。 水槽で特筆すべきは、ガラスの屈折表現のリアルさ。人間の目から見た水槽はもちろん、「外の世界は水槽の中から外の世界はどう見えるのか」という疑問に答えてくれる。同様に、水の入ったビニール袋やクラゲなど、透明、あるいは半透明の表現が秀逸だ。 MPEGノイズは冒頭を除き、ほとんど感じなかった。全体的にピクサー作品らしい美しい画が得られており、よほど画質にうるさい人でなければ満足できる品質だろう。常に背景が波で動いていることを考えると、エンコード技術の高さに感心する。 ただし、白いモヤが一面を覆うシーンや、海溝の暗がりを高速でパンする場面などで、表示機器の限界を感じるかもしれない。LP-Z2ではわからなかったが、旧型のW32-PD2100では擬似輪郭が目だった。DVD BitRate Viewer 1.4でみた平均ビットレートは7.32Mbps。
音声は、オリジナル(英語)がドルビーデジタルEX、日本語吹き替えがドルビーデジタルEXとDTS-ESの2種類を選べる。前作モンスターズ・インクはドルビーデジタルとDTS-ES(発売当初の表記はDTS)だったので、ドルビー系が強化されたことになる。ドルビーデジタルEXとDTS-ESを一緒に収録しているディスクはまだ少なく、機器の動作チェックなどで利用できそうだ。ビットレートは、ドルビーデジタルEXが448kbps(英語)、384kbps(日本語)、DTS-ESが768kbps。 ただし、DTS-ESが日本語吹き替えのみという点に疑問を感じるかも知れない。ファミリー向けの作品なので、どちらかといえば吹き替えの方に注力したのだろう。逆に、吹き替えにDTS、それもDTS-ESは珍しいので、吹き替え派にとっては魅力的なディスクといえる。 吹き替えのドルビーデジタルEXとDTS-ESを交互に聴いてみたが、私の環境ではあまり違いを感じられなかった。強いていえば、DTS-ESの方が、ハープやベルツリーの高音や、サメの歯がかみ合う音などに鋭さを感じる。セリフの鮮度も高い。逆に、低音はドルビーデジタルEXの方が強調されており、ダイナミックレンジも広く聴こえる。とはいえ、DTS-ESもベースマネジメントを調整すれば低音が増すので、あまり大きな違いはない。 この作品で特徴的なのは、水中シーンで終始鳴っている包囲音だろう。この音だけで、本当に水中にいるような錯覚を覚える。この包囲音も海中と水槽では低音の重さが異なり、水槽はいかにも軽い雰囲気になる。水槽から海中にシーンが変わると、なぜかホッとするほどだ。 前後や左右の移動音も比較的多い。特に、ニモが「学校だ、学校だ」と騒ぎながらグルグル回る、序盤のシーケンスがリファレンスに向いている。そのほか、誘爆する水雷、真後ろから迫る潜水艦、前後左右にくねる海流など、迫力ある効果音を楽しめる。 ■ 充実の特典。ただし悪ノリが過ぎるコンテンツも
前作モンスターズ・インクは、1日で観れないほど盛りだくさんな特典が特徴だったが、今回は多少整理され、数が減った。それでも収録量は比較的多い部類に入る。 まず、本編ディスクにはスタントン監督、リー・アンクリッチ(共同監督)、ボブ・ピーターソン(共同脚本)によるコメンタリーを収録。ただの音声解説ではなく、コメンタリーの途中にメイキング映像の入る「ビジュアルコメンタリー」という体裁をとる。コメンタリーの途中で内容に則したメイキング映像に自動的に入り、終わるとコメンタリーに戻るという仕組みだ。また、メニューに設けられた「インデックス」から個別に参照することもできる。 ビジュアルコメンタリーのメイキングには未公開シーンも多いので見逃せない(ただしストーリーボードやアニマトロニクスで再現)。また、「グミ効果」と呼ぶ魚などの半透明表現や、魚群のシミュレーション手法など、CGにまつわる解説も多い。全部で42のメイキング映像を鑑賞できる。 また、「バーチャル水族館」も本作らしい仕掛けだ。要するに作品中に出てきた背景動画をループさせ、それを延々と眺めるというもの。テレビを水族館の水槽にするという趣向だ。5.1ch音声も入っており、例の水中包囲音も好きなだけ楽しめる。内容は「サンゴ礁」、「テーブルサンゴ」、「魚の群れ」、「ドロップオフ」、「イソギンチャク」、「クラゲ」、「海底の砂地」から選択できる。水族館というよりは海の中にいるような気がして、結構癒されるかも。 さらに特典ディスクにも同様のコンテンツが入っており、こちらは劇中にニモがいた水槽を外から眺めるというもの。「火山(昼間)」、「火山(夜)」、「沈没船」、「ティキ像」を収録している。 特典ディスクでボリュームを占めるのは「メイキング・オブ・ファインディング・ニモ」だ。製作過程を紹介する「メイキングニモ」、ニモ役のアレクサンダー・グールド少年がホストを務める「ピクサースタジオツアー」、静止画コンテンツの「デザインギャラリー」などで構成。メイキングニモでは、ラセターが関係者全員に「スキューバの免許を取るように」と命じた話をはじめ、独特の照明技法などにまつわる逸話を披露する。本編のビジュアルコメンタリーとあわせれば、かなりの情報量になる。 そのほか、ドキュメンタリーの「すばらしきサンゴ礁」(実写とニモたちの融合が面白い)、本編の前に上映していた短編アニメーション「ニックナック」、キャラクターのモデルを実写で紹介する「エイ先生のおさかな図鑑」、魚群による「シルエットクイズ」、その後のキャラクターたちを描いたと思われる「ストーリータイム」、「メイキング・オブ・ファインディング・ニモ」などを収録する。 こうした特典の半分以上が子供を意識したものと思われ、特にドキュメンタリーや図鑑は、驚くほど内容が薄い。しかし、構成や見た目のクオリティは高く、小さな子供の興味を引く内容となっている。自然界に興味を持つきっかけになってくれればと思う。 ■ 今回も「ピクサークオリティ」は健在だ
今回のディスクも映像と音響のクオリティは高く、大画面でじっくり視聴するのにふさわしい作品。ほほえましい内容にも関わらず、機器の再生品質を問う場面もあるなど、なかなか奥深く楽しめる作品だった。何よりも、誰にも邪魔されずゆっくり視聴できたのがうれしい。AVファンにとって、通常版で2,940円というのはお買い得だ。 しかも8月31日までなら、ファインディング・ニモとディズニー/ピクサーの5作品(トイ・ストーリー、トイ・ストーリー2、バグズ・ライフ、モンスターズ・インク、スペース・レンジャー バズ・ラストイヤー/帝王ザーグを倒せ!)の1枚を購入すると、もう1枚ディズニー/ピクサー作品をプレゼントする「DVDを1枚ただでプレゼント」キャンペーンも実施中。ディズニー/ピクサー5作品も各1,800円で再販中なので、1本あたり1,580円で購入できる。 小さなお子さんのいる家庭なら、これを機に家族でゆったりと観るも良いだろう。ただし、お父さんはラストで泣かないように注意して。
□ブエナ・ビスタのホームページ
(2004年6月22日) [AV Watch編集部/orimoto@impress.co.jp]
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