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第155回:ソニーに聞く次世代MD「Hi-MD」の魅力
~HDDオーディオに対抗するMDの今後~



7月10日に発売されたHi-MDウォークマン「MZ-NH1」

 2004年1月にMDの新規格「Hi-MD」が発表されてから半年、ようやく7月10日に製品としてHi-MDウォークマンが発売された。Hi-MDの登場で、よりATRAC3plusが注目される一方、従来のMDディスクをHi-MD形式でフォーマットすると容量が倍になったり、1GBのメディアが登場するなど、Hi-MDには面白いアイディアが詰め込まれている。また、非圧縮リニアPCMでのレコーディングができる点にも注目が集まってる。

 Hi-MDは、いつ、どんなコンセプトで規格されたのか、また従来のMDとの互換性をどう考えているのか、Hi-MDを担当する、ソニーマーケティング株式会社のモバイルネットワークプロダクツマーケティング部PAVMK課のシニアマーケティングマネジャー・久保田篤氏と、マーケティングマネジャー・久我徳明氏のお二人にお伺いした。(以下、敬称略)


■ 世界でも広く普及しているMD

右からシニアマーケティングマネジャーの久保田氏、マーケティングマネジャーの久我氏

藤本:ようやく発売されましたね、「Hi-MD」。もともと6月末発売というアナウンスだったとは思いますが、発表したのが正月明け。あの発表のインパクトは非常に大きかったのですが、これだけ期間が空くとそのインパクトが薄れてしまい、その間にもソニーからも他社からも、ずいぶんいろいろな製品が登場してしまいした。

 とくに同じソニーのHDDタイプのネットワークウォークマン(NW-HD1)などは新聞に大きく取り上げられて、Hi-MDが影に隠れてしまった印象もありますよね。なんでそんなに早く発表したんでしょうか?

久保田:Net MDの発表の時も、フォーマット発表から商品発売まで6カ月のタイムラグがありました。ただ、Net MDでは規格の発表だけで、製品発表を別途行なったので、今回はどうしても規格発表と製品発表を同時に行ないたかったというのがあります。

 また、1月に米国で開催されるCESにあわせたのも、早く発表した理由になります。そのせいもあって、製品発表から実際の発売まで6カ月もかかってしまいました。発売自体は、日本よりもアメリカが少し先行しました。

藤本:MDなのにアメリカが先なんですか? よく「MDは国内では非常に普及しているけれど、海外では全然」という話を耳にしますが。Hi-MDで海外での巻き返しを図ろうということなんでしょうか?

久保田:アメリカで先行発売されたものは、日本で発売したものとはちょっと違うモデルで、乾電池で駆動するタイプなんです。やはりアメリカでのMD普及に力を入れたいと思っていますが、Net MD以降はアメリカ市場でもMD人気に火がついてきています。

 実際、2003年で80万台が出荷されています。同年のHDDプレイヤーの市場は140万台、フラッシュメモリータイプのプレイヤーが220万台といいますから、まあそれなりの規模になってきているのではないでしょうか。

藤本:アメリカでも普及しはじめているんですね。数年前、アメリカ在住の日本人の友達と話をしたらMDそのものを知らなくて驚いたのを覚えていますが……。ちなみにヨーロッパは?

久我:ヨーロッパのほうがアメリカよりも普及は進んでいます。2003年だとMDで120万台出ています。とくにイギリスでは日本と変わらないほどMDは広まっています。反対に、ヨーロッパでのHDDプレイヤー市場は40万台といいますから、MDがかなり普及していることがおわかりいただけると思います。

藤本:よく新聞や雑誌の記事で、MDとHDDプレイヤーのシェア争いのようなことが書かれていますが、日本だけがMDが普及した特殊な市場というわけではないんですね。

久保田:まあ、日本の2003年の出荷台数は317万台にも上るので、確かに特殊ではあるかもしれませんが……。でも海外でもどんどん普及し出していることも事実なんです。


■ 同じディスクを使っていながら、進化し続ける

藤本:そんな中で、Hi-MDという新たな規格を出されたわけですが、この規格は社内的にはいつごろから検討されていたんでしょうか?

久我:2001年末頃からフォーマット策定をスタートさせました。Net MDが登場し、ちょうどMDの10周年を迎えるタイミングだったので、そろそろ次のものを考えようという時期だったんです。我々としては常にお客様の幅広いニーズに応えるべく、さらに使い勝手のよい優れた商品を提供するために技術の向上を図っているわけですが、次の規格というコンセプトは、ちょっと話し合っただけでも明確になってきていました。

藤本:つまり、Hi-MDの骨子はその時点で決まっていた、と。

従来のMDフォーマット(左)と、Hi-MDフォーマット(右)の比較。データ領域にFATを採用した

久我:そうですね。ポイントとしては、もっと大容量で、長時間の録音ができるということ。また、リニアPCMで音質向上を図ったり、圧縮性能をさらに向上させたものを使うということです。そして、やはりPCとの互換性を向上させるというのも大きなポイントで、そのためには記録をFAT形式で行なうというのも必須の課題としてあげていました。

藤本:なるほど、Hi-MDはまさにそのコンセプトをすべて実現したものになっていますよね。では、Hi-MD規格と、ATRAC3plusの登場はどんな関係にあったんでしょうか?

久我:ATRAC3plusの登場は2002年の初旬だったので、2001年にHi-MDの企画がスタートした時点では、まだ公表されていませんでした。しかし当然、開発は進んでおり、ほぼ最終段階に入っていました。

 ATRAC3plusは、周波数分解能をさらに高めながら、より高能率符号化が可能なアルゴリズムを採用しており、より高圧縮で高音質を実現するものです。

 実際、LP4と同等のビットレートでより高音質に、256kbpsというハイビットレートならばCDとほぼ遜色のない音にするというのがコンセプトでした。そのため、Hi-MDを企画する時点では、最初からこのATRAC3plusを採用することを前提としていました。

藤本:その一方で、PCの外部デバイスでも使えるようにしたというのは、ユーザーとしてはうれしいですね。

久保田:やはり音楽配信が普及してきたり、Net MDなどが登場し、音楽をPCとやりとりするのが普通となった今、MDに直接PCからアクセスできるというほうが自然です。それをなんとか実現させたというわけです。

藤本:ただ、ここで疑問に思うのは、過去にあったMD DATAとの関係です。この規格自体がなくなったわけではないと思いますが、ソニーではだいぶ以前から外部デバイスとして利用可能なMD DATAを出されていますよね。そことの整合性はどうなっているのでしょうか?

Hi-MDメディア

久保田:確かに同じソニーのものですが、部署も技術も時代背景もかなり違うものなんです。もともと、MDとMD DATAは確かに大きさ形は同じでしたが、フォーマット自体が別ものでして、互換性のないものでした。MD DATAは音楽とはまったく関係のない、PC用の記憶メディアという位置づけだったのです。

 それに対し、今回のHi-MDは音楽用MDの延長線上にあるもので、実際同じメディアを使用しています。結局開発に2年近くを要しましたが、ユーザーにとっても非常に使い勝手のいいものができたと自負しております。

藤本:でも、どうやって約2倍の容量のというのものを実現しているのですか?

DWDDの原理イメージ図

久保田:新たな信号処理技術を採用しています。具体的には変調方式を「EFM」から「1-7RLL」に変更したほか、エラー訂正方式もフォーマット効率の高いものにしています。さらにデータ検出方式、SECTOR構造を改良したことで、従来のディスクでも約2倍の高容量化を実現しました。

 また、Hi-MD専用ディスクには、DWDD(Domain Wall Displacement Detection)技術も使っています。DWDDとは、磁壁移動型の磁気的超解像(MSR)技術の応用で、レーザーをディスクに照射することによって生じる温度差を用い、実際にはレーザービームよりも小さい記録マークを一時的に拡大して読み出す技術です。これにより1GB容量を実現しています。

藤本:DDはDouble Densityのことかと勝手に思っていました(笑)。3年くらい前にソニーでDDCDって規格を出されていたので、その延長線上の技術なのかな、って。まったく関係ないわけですね。

久保田:そうですね、あれとはまったく別の技術を用いています。

藤本:まったく新しい構造や技術を用いて倍の容量を実現しているので、同じメディアを使えても、Hi-MDフォーマットしたメディアを従来のデッキで読み取らせるというのは完全に不可能なんですね。もしファームウェアのアップデートができたとしても、それで対応できるものではまったくない、と。

久我:その通りです。ピックアップ自体まったく違うものを使っているので、ファームウェアのアップデートで対応できるものではありません。

藤本:とはいえ、10年以上前から売っているMDメディアを圧縮技術によってMDLPを実現したり、DWDDで容量を増やすとともにATRAC3plusでさらに長時間録音ができるようになるなど、互換性を保たせながら進化させるMDはすごいと思います。でも、そのすべての関係を理解できている人はほとんどいないのではないでしょうか?

久保田:仰る通りです。なるべく何も意識せずに使えるよう技術でカバーしていますが、わかりにくいという点は確かです。この辺については、われわれも技術だけでなく、広報手段なども用いてなるべく混乱なく普及させるよう努力していきたいと考えています。


■ 現時点で生録したデータは編集できず

藤本:もうひとつ、ユーザーとして注目しているのはリニアPCMですよね。DAT以来、久しぶりのリニアPCMのポータブル製品だと思いますが、ユーザーとしてどう利用できるのかちょっとわかりにくい面もあります。先日、「MZ-NH1」をお借りした時に、この辺の実験はしなかったのですが、PCとの連携はどうなっているのでしょうか?

久我:Hi-MDはNetMDと違い、ポータブル機で録音したデータをPCに吸い上げることが可能となりました。これが大きな売りのひとつですが、吸い上げたものは拡張子omgのセキュアなファイルとなってしまうため、編集できないというのがネックではあります。

藤本:え? できないんですか。デジタル録音したものや、ATRAC3とかATRAC3plusのデータがダメというのはわかるのですが、アナログで録音したPCMの音くらい、素のままで取り込めるようにしてもらえるとよかったのですが……。

 実際の利用シーンを考えると、コンサート会場で録音した音をPCに取り込んでCDに焼くとか、スタジオで練習して演奏した曲を取り込んだ後に、波形編集をかけてCDに焼くといったことが思いつきます。そうしたことが一切できない、と。

久保田:残念ながら、現状の仕様では、そういうことになります。

【各SonicStageの対応状況の違い】
(1)出荷時にSonicStage Ver2.0以降がインストールされているバイオ (2)ATRAC CD対応機器に付属のSonicStage Ver2.0以降をインストールしたPC (2)以外の機器に付属のSonicStage Ver2.0以降をインストールしたPC
ATRAC CD作成
音楽CD/MP3 CDの作成××
音楽CDのバックアップ××
CD TEXTの情報読み込み×
  • 音楽CDを作成する場合は、Hi-MD機器、または録音に対応した一部のメモリースティック対応機器で録音し、SonicStageに取り込んだ曲は書き込めない。
  • インターネット上の音楽配信サービスからダウンロードした曲は、曲の配信者により、CDを作成できるかどうかが設定されている。
  • 藤本:ただ、SonicStage Ver2.0以降がインストールされているバイオだと、ATRAC3からCD-R/RWに音楽CDが作成可能です。バイオ以外のPCにSonicStageをインストールしても、ATRAC3から音楽CDは作成できないのでしょうか?

    久我:はい。バイオ以外のPCでは無理です。バイオでも、Hi-MDで録音してSonicStageに取り込んだものは、音楽CDとしては書き込めません。

    藤本:そんな制限があるんですね。でも、ぜひ、この辺は改良していただけると嬉しいですね。Net MDでイマイチと感じていた部分がすべてHi-MDでフォローされているので、ぜひリニアPCMの扱いについては、再考してみてください。ちなみに、Hi-MDが登場したということは、今後Net MDは消えることを意味しているのでしょうか?

    久保田:Hi-MDはNet MD機能をすべて包含しているため、最終的にはNetMDはHi-MDに統合されていくことになると思いますが、当面は並列で販売されていく予定です。

    藤本:最後に、このHi-MDという規格、今後他社から製品が発売される可能性という面ではどうなっているのでしょうか? やはりソニー1社の規格だとしたら、なかなか普及しないようにも思いますが。

    久保田:他社さんの新商品の発売時期に、私がコメントする立場にはありませんが、ソニーとしては従来通りライセンスしていく予定です。

     つまり、他社から声がかかれば、技術などを公開していく予定です。ぜひ、多くのメーカーから対応製品が登場してくれることを願っています。

    藤本:本日はありがとうございました。


    □ソニーのホームページ
    http://www.sony.co.jp/
    □「Hi-MD」のページ
    http://www.sony.co.jp/Products/Hi-MD/
    □関連記事
    【8月2日】リニアPCMに対応したHi-MD録再機を使う(PC Watch)
    http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2004/0802/kai36.htm
    【6月28日】【DAL】1GB容量の新MD「Hi-MD」の実力を探る
    ~ ATRAC3plus 256kbpsの高音質を確認 ~
    http://av.watch.impress.co.jp/docs/20040628/dal151.htm
    【1月8日】ソニー、1GB記録が可能なMD新規格「Hi-MD」
    -従来のMDディスクは305MBに拡張。ATRAC3plusとPCMに対応
    http://av.watch.impress.co.jp/docs/20040108/sony1.htm
    【1月8日】ソニー、「Hi-MD」対応MDウォークマンとサウンドゲート
    -PC用Hi-MDドライブとしても利用可能
    http://av.watch.impress.co.jp/docs/20040108/sony2.htm


    (2004年8月2日)


    = 藤本健 = ライター兼エディター。某大手出版社に勤務しつつ、MIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。最近の著書に「ザ・ベスト・リファレンスブック Cubase SX/SL」(リットーミュージック)、「MASTER OF REASON」(BNN新社)などがある。また、All About JapanのDTM・デジタルレコーディング担当ガイドも勤めている。

    [Text by 藤本健]


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