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第163回:この映像の中で暮らしたい!?
新海監督最新作「雲のむこう、約束の場所」

怒涛のように発売されつづけるDVDタイトル。本当に購入価値のあるDVDはどれなのか? 「週刊 買っとけDVD!!」では、編集スタッフ各自が実際に購入したDVDタイトルを、思い入れたっぷりに紹介します。ご購入の参考にされるも良し、無駄遣いの反面教師とするも良し。「DVD発売日一覧」とともに、皆様のAVライフの一助となれば幸いです。


■ 新海監督って誰ですか
雲のむこう、約束の場所

(c)Makoto Shinkai / CoMix Wave
価格:4,935円
発売日:2004年2月17日
品番:MZDV-0005
仕様:片面2層1枚
収録時間:本編約91分
       特典約51分
画面サイズ:ビスタサイズ(スクイーズ)
音声:1.日本語(ドルビーデジタル5.1ch)
    2.日本語(ドルビーデジタルステレオ)
字幕:日本語
発売元:コミックス・ウェーブ

 劇場用アニメ「雲のむこう、約束の場所」は、個人で製作した約25分の短編アニメーション「ほしのこえ」が、インディーズDVDとしては異例の6万5,000枚を超えるセールスを記録し、第6回文化庁メディア芸術祭の特別賞をはじめとする、多数の賞を受賞した映像作家・新海誠氏の最新作だ。

 前作「ほしのこえ」はDVDで発売されたが、いわゆる「同人誌」のアニメ版で、「同人アニメ」と呼ばれるジャンルの作品だ。もちろんテレビなどで放送しているアニメと違うので、一般のDVDショップには陳列されず、販売開始当初は通信販売や一部のPC系ショップ、漫画専門店などで入手する必要があった(現在は一般的なDVDショップでも比較的容易に入手できるようになっている)。

 そんな、限られた人しか視聴できなかった作品にも関わらず、光と影を印象的に使った独特の映像センスと、PCを駆使して作品のほとんどすべてを自分1人で作ってしまったという意外性から、アニメファンの間で話題が高まり、注目された。NHKで特集まで組まれたので、アニメに詳しくなくても「名前だけは知っている」という人は多いだろう。

 そんな新海氏の最新作が「雲のむこう、約束の場所」だ。今回は同人アニメとは異なり、製作開始当初から商業作品として作られた劇場用のアニメ。つまり、映画監督・新海誠のデビュー作ということになる。

 同人時代との最も大きな違いは、個人製作ではなくなったということ。キャラクターデザインと作画監督に田澤潮氏、美術に丹治匠氏が参加。キャラクターの動画を描くためにアニメーターも多く参加している。なお、音楽は天門氏が担当しているが、こちらは「ほしのこえ」の時と同じで、新海作品ではお馴染みのタッグと言える。

 「スタッフの話なんてどうでもいい」と思われる人もいるかもしれないが、これが意外と重要。と言うのも、前作「ほしのこえ」は、背景美術などを含めた映像の美しさが素晴らしく、まさに“見惚れる”アニメだった。しかし、風景・背景以外のキャラクターの絵のクオリティはお世辞にも高くなく、動きもぎこちなかった。また、ストーリーも真新しい点は無く、設定として美しい話ではあるが、物語そのもので魅せる力は不足していた。

 つまり、すばらしい作品だと認めるが、それはあくまで「同人アニメ」として、「全部個人で作り上げた功績」を含めて、という贔屓目の前提が付いた話だった。一般の映画のDVDと比較するのは的確ではないが、「ほしのこえ」のDVDは、25分という短い作品ながら6,090円と高価だ。こうした「前提」を取っ払った状態で、「アニメファン以外にもお勧めできるか?」と聞かれた場合、返答に困る作品であった。

 しかし、今回の劇場用では普通のアニメ映画と遜色ない91分という尺になり、ちゃんとしたストーリーを展開するキャパシティは充分。さらに、キャラクターデザインと人物の作画を田澤氏が担当することで、キャラクターの描写という弱点も克服されている。「すべて個人で作り上げた」というアピールポイントはなくなってしまったが、すばらしい作品が出来ればそれに越したことはない。

 それを証明するように、映画公開前にWebで公開されたパイロット版ムービーは「面白そうなストーリー」、「しっかりとしたキャラクターデザインと動き」を獲得。アニメファンの話題を一気にさらっただけでなく、「普通のアニメ映画の注目作」としても、広く一般の注目を集めたわけだ。

 しかし、一般の大作アニメと比べると規模が小さいため、周囲に「劇場で観た」という人はあまりいないかもしれない。前作よりも低価格になったとは言え、4,935円という価格は洋画DVDに慣れた目からは高価に感じられる(アニメDVDとしては破格だが)。アニメファン以外でもはたして購入する価値はあるのか? そのあたりを考えながらレビューしてみたい。


■ 記憶色アニメ

 物語の舞台は、「ユニオン」という国家と米軍により、日本が南北に分断・統治された、もう一つの戦後の世界。米軍統治下の青森で暮らす中学生の藤沢ヒロキと白川タクヤは、同級生の沢渡サユリに密かな憧れを抱いていた。彼らの夢は、自作の小型飛行機で、ユニオンが占領下に置く北海道に建設された謎の巨大な塔まで行くことだった。

 他愛のない交流の中で絆を深めていく3人。ヒロキとタクヤは自分達の飛行機でサユリを塔まで連れて行くという約束もする。だが、中学3年の夏にサユリは突然東京に転校してしまう。虚脱感を覚えたヒロキとタクヤは飛行機作りを投げ出し、別々の道を歩き始めてしまう。

 だが、それから3年後。ヒロキは偶然、サユリが中3の夏からずっと原因不明の病により、眠り続けたままだということを知る。だが、その病の謎に迫るうち、彼らは北海道の塔に隠された秘密に近づいていくことになる。

 新海作品を既に観たことがある人は驚かないかもしれないが、初めて観る人は、描き出される映像の美しさに言葉を失うだろう。夕焼けや朝焼けなど、色が移り変わり、空や雲がグラデーションを帯びる時間帯を描かせたら、右に出る者はいないのではと思えるほど美しい。田舎の駅、夏の雲、夕日が差し込む教室。どうということはないシーンも、ハッとするほど水々しく、叙情的だ。

 新海氏の背景美術の特徴はコントラストが激しいことで、ほぼすべてのカットに強烈な光源を逆光気味に配置。暗部のディティールを削り、暗い部分は暗く、明るい部分は目を細めるほど明るい。光が飽和したような演出も随所に取り入れられており、個性的な映像を作り出している。色彩は限りなく鮮やかで、現実的にはありえない光景かもしれないが、夕暮れの美しさに感動した心をそのまま絵にしたような、記憶色的な色使いも印象に残るだろう。

 映像が美しいだけでは映画としては失格かもしれないが、この映画の魅力の大半はそこにあると言っても過言ではない。鑑賞しながら思わず、「美しいものには美しいだけで価値があるんだなぁ」と、つぶやいてしまった。また、随所に使われている3DCGと2Dのアニメとの融合も違和感が少なく見事。田澤氏の描くキャラクターは新海氏のタッチを継承しながら、動きを含めて非常に高いレベルに達しており、背景ともマッチしている。褒め言葉になるかどうかわからないが「ちゃんとした劇場用アニメ」になっていた。

 物語は、主人公のヒロキによる、独白を交えた回想をメインに展開する。彼の声を演じているのは、俳優の吉岡秀隆。アニメ的な声質ではなく、あまりに狙ったキャスティングなので最初は若干違和感を感じたが、流石は独白のスペシャリスト。静かな中にも一本芯が通った演技で映画の中に引き込んでくれる。

 動よりも静を感じさせる演出で中盤までは過ぎる。他愛のない学生生活の描写など、普通の映画ならばダレてしまう展開だが、ふと主人公が見上げる空がどうしようもないくらい綺麗だったりして眼が離せない。それが良い事なのか悪いことなのはかわからないが、ある意味で凄い作品だ。ただ、後半からクライマックスにかけては、もう少しテンポ良く、グイグイと引っ張る演出が欲しかったところ。

 SF的な設定で若干難解な部分はあるが、基本的なストーリーはシンプルなので、誰でもすんなり楽しめるだろう。逆の意味で意外性は少なく、どんでん返しもないため、感の良い人ならば終盤に差し掛かる前に話の先が読めてしまうかもしれない。どちらかというと物語の面白さよりも、登場人物に感情移入し、叙情的な映像を味わいながら、彼らが感じている感情に思いをはせるのが正しい観かたのような気もする。登場人物達の青臭く、不器用なほど一途な思いを真正面から描く姿勢は、萌えとエロに毒された昨今のアニメとは違う、さわやかな後味を残してくれる。

 ただ、個人的な感想としては、さわやか過ぎるのが逆に気になった。蒸留水を飲んだ後のように、何も残らない気がしなくもない。美しい映像に美しい物語。素晴らしいクオリティ、万人に勧められる物語だとは思うのだが、胸を打つようなメッセージや、頭を思い切り叩かれるような主張が感じられない。監督は観客に何が言いたいのか、何を伝えたいのか。もしかしたら、美しい映像に心を奪われたのは、監督の主張したいことがメッセージではなく、映像美そのものに向いているのではないか? などと考えてしまった。


■ これぞ高画質

 DVD Bit Rate Viewerでみた平均ビットレートは8.26Mbps。作品が長くなっているため「ほしのこえ」の9.41Mbpsと比べると若干低いビットレートだ。しかし、驚くほど高画質だった前作と比べても、勝るとも劣らないクオリティを確保している。

 通常の劇場アニメは、それがデジタルで作られたものだとしても(あるいはそれだからこそ)、質感を出すためにわざとフィルムのようなノイズを入れることがある。この作品でもそういった場面もわずかに見受けられるが、総じてノイズレス・クリアネスという言葉がピッタリの高画質が味わえる。

 ブロックノイズやモスキートノイズは皆無で、輪郭もクッキリと鮮やか。拡大再生機能の付いたDVDプレーヤーを使って、画面に目をくっつけでもないかぎり粗らしいものは見当たらない。所有している再生装置や表示装置が1、2ランク上のものになったような錯覚を覚えるだろう。妙な例えだが、新海氏の自宅のPCで書き出したMPEG-2ファイルをそのまま手渡しされたような、「鮮度の良い画質」という印象だ。PCなどでもその高画質は体感できるだろうが、前述したように風景が美しい作品なので、ぜひとも大画面で体感して欲しい。

 音質も特に不満はない。全体的に控えめなトーンで、硬質な音の鋭さが印象的。音場は広く、寒さを感じさせるサウンドデザインだ。物語の主要な舞台である青森の風土に合った音と言えるだろう。また、上下の定位が秀逸。特に上空をジェット戦闘機が飛んでいく際の広がり、移動感が良い。ホームシアターの音響で高さを出すのは難しいが、スピーカースタンドの高さや向きなどを微調整して、セッティングを追い込んでみるのも楽しいだろう。

DVD Bit Rate Viewerでみた平均ビットレート

 特典映像は、ヒロキ役の吉岡秀隆、タクヤ役の萩原聖人、サユリ役の南里侑香、そして新海監督のインタビューで構成されている。製作体制が特殊な作品だけに、メイキングコンテンツを見たいところだが、それは付属のブックレットの方で細かく解説されている。

 製作に使われたソフトウェアは、Photoshop、LightWave、AfterEffectsなど、お馴染みのツールばかり。「ほしのこえ」の時も聞かれた話だが、普通の人でも入手できるソフトウェアとPCで、情熱と実力さえあれば、これだけの作品が作れるという証明でもある。PCの進化を実感すると同時に、映像作家を目指す人のお手本になり、同時に妬ましい作品と言えるかもしれない。

 インタビューでは、スタッフの役割や物語で苦労した点などを、1つ1つ丁寧に話す新海監督の姿が好印象だ。彼の説明に合わせて背景画の元となったロケ写真と、実際の背景絵の比較も表示されるので、話の内容だけでなく、映像的にも見逃せないコンテンツと言えるだろう。

 吉岡氏と萩原氏のインタビューでは、両氏とも声優初挑戦ということで、苦労話が面白い。吉岡氏は「収録現場でスタッフの人から“それじゃあ、ガヤをお願いします”とか専門用語を言われて、何をしていいかわからずドキドキして、そのドキドキが収まらないまま“セリフお願いします”とか言われて、モニターではどんどん絵が進行して……」と、相当緊張した様子。「ここは僕のいる場所じゃない、なんでこんなところにいるんだろうとか、混乱した頭で考えてました」と笑う。

 萩原氏は「俳優として長年仕事をしてきましたが、声の仕事はやったことがなくて、ずっとやってみたかった。話が来た時は“ついにこの時が来たか!!”って、凄く嬉しかった」という。しかし、いざ収録が始まると「声を出した後、ガラスの向こうで監督とスタッフが何か相談してて……それを見てると“今の声じゃダメなんだ”とかどんどん不安になって、ビビッてしまって」と、吉岡氏同様に苦労した模様。素人が考えると全身を使って演じるのも声だけで演じるのも大きな違いはないように思えてしまうが、やはりまったく違う世界のものなのだろう。

 だが、面白いのは声優の南里さんのインタビュー。彼女にとってはいつものアニメの収録と同じはずだが、「有名な俳優さん2人と一緒にアフレコをするということで、物凄くドキドキしちゃいました」と笑う。立場の異なるプロ同士が、それぞれの理由でドキドキしたというのが面白かった。

 ちなみに、アニメにはそれほど詳しくない萩原氏は、新海さんの作品に出ると決まって以来、周囲の人々から「新海さんの作品に出るんだって?」と、声をかけられたという。「私が知らなかっただけで、自分のまわりにこんなに新海ファンがいたのかと驚いた」という。

 なお、DVDにはインタビューに加え、前述したパイロットムービーや、劇場予告編も収録されている。内容は映画の公式サイトや新海氏のホームページで公開されているものと同じだが、画質はDVDの方が上なので、ちょっと得した気分になれる。


■ 今後の新海作品は?

 同人誌など、個人、あるいは少人数で作る作品は、ややもすると独善的で、内輪受けなものになってしまう。「ほしのこえ」ではマニアックなSF、および兵器設定などが作品の前面にチラチラ顔を出し、また、既存のアニメを連想させるシーンも多く使われるなど、どちらかというと「マニア受け」しそうな作品だった。

 「雲のむこう、約束の場所」でも、「このシーンは某ロボットアニメの指令所に似ているなぁ」とか、この「ドッグファイトはあれみたいだなぁ」などと勘ぐってしまう部分がある。設定もマニアックと言えばマニアック。しかし、本編を通して見るとエグさは感じられず、あくまで設定は世界観に厚みを持たせることに使われている。そういった意味で、アニメファン以外の人にもすんなり楽しめる作品になっているだろう。

 4,935円という価格はネックだが、心が疲れた時にゆっくりと鑑賞したくなる、手元に置いておきたい1枚だ。また、AVファンにとっては秀逸な画質・音質を楽しむ意味でも、購入を検討して欲しい作品だ。

 インタビューの中で新海監督は、「チームを組んでアニメを作るという作業は未経験だったので手探り状態だった」と苦労を語りながらも、「この作品でそのノウハウを得ることができた。次に作る時は、もっと上手くやれるという自信もつきました」と語っている。自分の映像の特色を伸ばし、同時に弱点を克服し、「ほしのこえ」から約2年半でこれだけの劇場用アニメを作り出した手腕は高く評価できる。この作品を経て、新海監督が次にどんな進化を見せてくれるのか。今から楽しみだ。

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□コミックス・ウェーブのホームページ
http://www.cwfilms.jp/
□製品情報
http://www.cwfilms.jp/kumo/index.htm
□映画の公式サイト
http://www.kumonomukou.com/
□新海誠監督のサイト
http://www2.odn.ne.jp/~ccs50140/
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-インタビューなどを収めた45分の特典映像を収録
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(2005年2月22日)

[AV Watch編集部/yamaza-k@impress.co.jp]


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