■ 今度の大友作品はファミリー向け?
大友克洋と聞くと「童夢」や、AKIRAはAKIRAでもコミック版が思い浮ぶという、漫画家・大友克洋ファンも多いだろうが、劇場アニメのAKIRA以降、ジャパニメーションをしょって立つ映像作家のキーパーソンとして世間には知られている。 しかし、彼が参加した映像作品を冷静に振り返ってみると、それほど世間受けしそうなものは見当たらない。AKIRA以外の有名どころでは「老人Z」や「MEMORIES」などがあるが、どちらもクセのある作品だし、MEMORIESに至っては実験映画的な側面もある。だいたい代表作のAKIRAも、映像のインパクトは凄いが、内容もかなりぶっ飛んだもので、どう見ても一般層よりマニア受けする作品だ。 近いところでは‘98年に総監修と構成を担当した「スプリガン」がある。少年サンデーの人気コミックを原作としたアクション映画でなかなか爽快な作品だったが、ストーリーが少々ご都合主義的なためか、大ヒットには至らなかった。ただ、銃器の描写があまりにもマニアックで、私を含む一部のマニアには大ウケした。ということは、やはり一般的ではないのだろうか。 だが、今回取り上げる「スチームボーイ」はどうやら違いそうだ。劇場に足を運んでいない人でも一度や二度、CMを目にした記憶があるだろう。蒸気に煙る産業革命真っ只中19世紀ロンドンを舞台に、1人の少年が悪漢相手にアクションを繰り広げ、「僕は未来をあきらめない」というキャッチコピーで終わるアレだ。 大友監督うんぬんを抜きにして、素直に「面白そうだな」と感じた記憶がある。また、「スタジオジブリの最新作のCMだと思っていた」という人もいたらしい。確かに、物語の設定や主人公のキャラクターなど、パッと見た印象はジブリに近いものがある。 公開前には特集番組なども多く組まれ、作品の全体像もわかってきた。「製作に10年を費やした娯楽大作」、「冒険活劇」、「アニメーションの原点的な面白さ」だという。昨今では難解でドロドロしたアニメも多いが、やはり「絵が動く」というアニメが最も魅力を発揮できるのは冒険活劇だ。ともあれ、話題性満点、知名度満点、コマーシャルOKと、大ヒットしそうな要素をばっちり取り揃えきたのが印象的だった。 しかし、いざ公開されると爆発的なヒットには結びつかなかったように感じる。日本映画製作者連盟の2004年度の興行収入を見ても11億6,000万円で18位。やはりあまりパッとしなかったイノセンス(10億円)と同程度だ。「CASSHERN」の15億3,000万円にも届いていない。ちなみに1位は「ハウルの動く城」の200億円だ。なお、スチームボーイの総製作費は24億円とも言われている。
公開当時のそんな状況を思い出しながら、DVDの発売日(4月14日)後の休日である16日の土曜日に、新宿の家電量販店に向かった。だが、ヨドバシカメラの特設販売ブースは空っぽ。メモリアルボックスはおろか通常版も見当たらない。慌ててビッグカメラに向かったが、通常版はあるもののメモリアルボックスは無し。「どうせなら特別版を買おう」と思っていたので方々探しまわり、ソフマップでようやく発見・確保した。「思ってたより人気あるなぁ」というのが正直な感想。劇場公開時に気になってはいたが観ておらず、DVDの発売を待っていたという人が多い証拠なのかもしれない。
なお、メモリアルボックスには本編ディスクに加え、「アーカイブズ」、「メイキング」、「サウンド」の計3枚の特典ディスクを収録している。通常版にも初回限定で特典ディスクを1枚付属しているが、これは「アーカイブズ」のダイジェスト版となっている。価格はメモリアルボックスが10,290円、通常版が3,990円。メモリアルボックスは2006年4月13日までの期間限定生産となっている。
■ 「ありきたりな物語にしたくなかった」 時は19世紀のイギリス。蒸気機関の開発により産業革命が起こり、科学が人々の生活が急速に変化させつつあった。発明家の家系であるスチム家に生まれたレイは、父親のエディや祖父ロイドの血を引き継ぐ大の発明好き。独自の発明をしながら、研究のために渡米している父と祖父の帰りを待つ日々を過ごしていた。 そんな折、スチム家に謎の金属ボールが送られてくる。そのボールには「誰にも渡してはならない」という祖父の手紙が添えられていた。その直後、謎の男達がスチム家を訪れる。キナ臭いものを感じ、ボールを持って逃げ出すレイ。案の定、蒸気で動く機械を駆使して血眼になって追いかけてくる男達。そのボールこそ、人類の未来さえ左右しかねない、超高圧力の蒸気を高密度に封じ込めた球体「スチームボール」であり、謎の「スチーム城」を起動させるための鍵だった。 未見の読者は恐らく「面白そうな話だなぁ」と思うだろう。自分であらすじを書いていてもそう思う。人によっては「ベタな展開だなぁ」と感じるかもしれない。ただ、先が気になる展開として、冒険活劇アニメとしては合格点をあげても良いのではないだろうか。 DVDを再生してすぐに驚愕するのは背景美術の素晴らしさ。「実写と見まごうばかりの精密さ」ばかりでなく、筆のタッチを残した絵としての味もしっかり残しており、「細部まで凄まじく精密に描かれた絵画が動いている」といった印象だ。 主な舞台がロンドンということもあり、色調は暗めなのでパッと見は地味に感じるだろう。だが、暗部に隠された街並みに目を凝らすと、レンガの1個1個まで精密に描かれていることがわかる。また、3DCGで再現された蒸気機械や戦艦、建造物と、2Dの背景美術との質感の統一させ、違和感のない融合を実現しているのも見事だ。 映像に関しては間違いなくアニメ映画のトップレベル。見ているだけでも楽しい。しかし、ストーリー面では、スチームボールをめぐる争奪戦が、開始されてすぐ、盛り上がる前に決着がついてしまい、雲行きが怪しくなる。片時も目が離せない冒険活劇を期待していたのだが、展開のテンポの遅さが気になる。散発的にアクションシーンもあるのだが、一気にたたみかけるような演出がないため映画に入り込みづらい。「ノリの悪い映画だなぁ」というのが素直な感想だ。 また、その印象に追い討ちをかけているのが登場人物の描写だ。生い立ちや思想、性格などの描写が不足しており、全員の行動原理があやふや。特に顕著なのはスチム親子で、なぜその発明に命をかけるのか、なぜそれを阻止するのか、なぜそうまでして計画を進めなくてはならないのか、などの動機が希薄。そのため、意見の違いにより争うシーンになっても、「本気でそう思っているのかな?」と、緊迫感にかけてしまう。 一応、「科学は誰のためのものなのか」、「科学は人を幸せにするのか」、「兵器を作るのも科学ではないか」というようなメッセージも込められている。いや、正しくは登場人物がそういう台詞を喋っているのだが、そう考える理由があやふやなので、どれも白々しく聞こえてしまう。ハラハラドキドキするだけで何も残らない薄っぺらなアニメにしたくなかったのかもしれないが、突然とってつけたような主張を加えられても呆然とするだけだ。 最大の違和感はヒロインのスカーレット。科学を金儲けの道具としか考えないオハラ財団会長の孫娘で、主人公のレイにとっては敵側の人間だ。世間知らずでワガママで、何かというとレイに反発する。そんなキャラクターなので、「行動を共にするうちに彼女に心境の変化が……」というような展開を想像していたのだが、彼女は最後までワガママを通すだけ。にもかかわらず、レイに助けられるヒロイン的役割を担ってみたり、急に彼を慕っているような描写も出てくる。2人が仲良くなる過程も理由もほとんど描かれていないので、観客は「いつからこんなキャラクターになったんだ?」と置いてけぼり。リモコンを誤って押してしまい、重要なチャプターを2、3個飛ばしたのかと確認したくらいだ。 なお、ストーリーに関するこうした疑問は、後述する特典ディスクの大友監督のインタビューを聞くと氷解する。大友氏はこの作品で「主人公が努力して成長し、困難に立ち向かって勝利して……というような良くあるものとは別なストーリーの流れを作りたかった」と話している。なるほど、確かにCMから連想する「世界を支配しようとする悪者に立ち向かう少年」という勧善懲悪、ストレートな物語とはまったく異なっている。
先入観を捨てて観ると、悪人はおらず、対立は自らの信念によるもののみだ。お互い、自分が正しい信じて進む人たちが争う物語になっているので、深みと現実味のある設定になっている。だが、それはストーリーやキャラクターがしっかりと成立した上で初めて狙える高みではないだろうか。王道を拒否して新境地を目指すのも素晴らしいことだが、王道は面白いから王道になっているわけで、拒否するならば、それよりも面白いものを見せてくれなければ説得力がないと思うのだが。
■ 蒸気も演技をするキャラクター DVD Bit Rate Viewerでみた本編ディスクの平均ビットレートは8.5Mbps。126分という収録時間を考えると高めだ。フィルムのような粒状感を加えられた映像は色調と良くあっており、フルデジタルで作られた最新のアニメながら、どこか懐かしさを感じさせる。暗部の階調は豊かで、精密に描かれた街並みも潰れていない。スカーレットの真っ赤なドレスで偽色が若干見られ、輪郭が甘く感じる部分もあるが、それ以外では特に問題なし。ブロックノイズはなく、モスキートノイズも抑えている。 音声はドルビーデジタル5.1chのみで、ビットレートは448kbps。蒸気により重い鉄の機械が動く重厚感を、地鳴りのような低音で再現してくれる。音による蒸気の表現も多彩で、激しく吹き出したり、ある時はゆっくりと漂うなど、音場を演出してくれる。また、レイが蒸気の力で空を飛ぶシーンでは、蒸気が吹き出る方向により、5.1chの各チャンネルがプシュー!、ブシュー!! と音を出して面白い。移動感も秀逸だ。
メイキングディスクは映像に関する裏話がメイン。10年間に作品にたずさわったアニメーターは大勢いるようで、各アニメーターが得意とする絵を、完成した動画とともに作画監督が解説してくれる。また、インタビューでは美術監督の木村真二氏が「いつもは時間に追われて絵を完成させなければならないが、この作品は納得するまで質を高められた。有能なアニメーターを誘う時は“こんな仕事は10年に1度しかないぞ”という殺し文句を使った」というエピソードが面白い。 時間や予算よりも質にこだわる姿勢は蒸気のエフェクトにまで及んでおり、「ヤカンの湯気などをひたすら観察して様々な湯気の動きを絵にしていった」という。作られた蒸気エフェクトはバンクと呼ばれる共有ライブラリに登録され、動きに別に分類。スタッフ全員で共有し、透明度をかえたり、拡大縮小などを行ない、様々な場面で利用したという。蒸気の動きはキャラクターの心情に合わせた変化がつけら、まさに1人のキャラクターと言っても良い扱い。その動きに注意しながら観返してみるのも面白そうだ。 「サウンド」は音響に関するメイキングを収録している。1枚まるごと音響に割いた特典ディスクも珍しいだろう。メインで解説をしてくれるのは音響監督の百瀬慶一氏。これ1枚を見れば、映画音響の作り方が理解できてしまうほど情報量が多い。 具体的には「レコーディング&エディット」、「プリ・ダビング」、「ファイナル・ダビング」、「プリント・マスター」を経て最終的な5.1chサウンドが完成するまでを段階を追って解説してくれる。最初の段階では環境音や金属音、乗り物の音、衣擦れ、足音、爆発音など、900ch近い音素材があるのだが、2回のダビングを経て368ch、36chとなり、5.1chにまとめられる。ちなみに、全音素材のデータ総量は98GB、種類は20万種類にのぼるという。 1つのシーンを例にとって、BGMを抜いた状態と、効果音を抜いた状態を見せて(聞かせて)くれるのが面白い。BGMを抜くと、埋もれていた細かい音が明瞭になり、風切り音や巻き上がった石や砂粒の細かく高い音が良く聞き取れる。音場が広くなり、臨場感が増したようだ。しかしBGMが気持ちを盛り上げてくれないため、「手に汗握るシーン」が「単なる大変そうなシーン」に変わってしまう。 逆に効果音を抜くと、音場は一気に狭くなり、BGMと台詞だけがセンタースピーカーとフロントチャンネルの間に貼り付いて、サラウンド感が不足する。絵コンテと完成映像を見比べる特典は多いが、こうして音の効果を細かく教えてくれる作品は珍しいだろう。ためになるコンテンツだ。 なお、公開時に話題となったキャスティングだが、百瀬氏は「声優なのか俳優なのかを気にせず、ナチュラルな演技のできる人を選んだ」という。理由は「アニメはアニメでもCGでキッチリと作られた作品は、普通のアニメ声が逆に馴染まないから」だという。レイを演じた鈴木杏は「リズム感の良さや声の質が気に入った」という。 鈴木杏や小西真奈美ら、出演声優は「アーカイブズ」ディスクで多く見れる。舞台挨拶の模様や記者会見の模様を収めているのだが、ディスク1枚が割り当てられていることもあり、抜粋で済まさず、各キャストの入場からコメントまで、じっくり収録しているのが特徴。中には司会の自己紹介まで入っているものもあり、まるで全ての発表会や舞台挨拶に参加したような気分になれる。鈴木杏や小西真奈美らが写っている時間も長いのでファンには嬉しいディスクだろう。なお、BS-iで放送されたアニメトーク番組「アニクリ」に、美術監督の木村氏が登場した回もまるまる収録されている。
■ 特典ディスクも含めると満足度は高い 登場する蒸気機械は、戦車型、人型兵器、飛行機械とバラエティとオリジナリティに富み、それらがガシュガシュと蒸気を吐き出しながら動く様は壮観だ。設定的には過去の物語だが、SF要素を取り入れることで独創的な映像に仕上がっている。ストーリーには不満が残るが、基本的には子供から大人まで、家族で楽しめる作品と言えるだろう。 また、特典ディスクの内容の充実具合は特筆すべきものがある。映像と音声に関するこだわりをここまで詳細に見せてくれる作品は珍しい。特典ディスクをじっくりと見た後で本編を観ると、鑑賞ポイントが変わり、印象も違ってくるだろう。そういう意味ではメモリアルボックスを購入したことに悔いはない。 AV的には、CMにも登場する蒸気で動く巨大な城「スチーム城」のシークエンスが見所だ。背景の書き込み、蒸気の量が頂点を極めた場面で、大画面の醍醐味が味わえるだろう。細かな情報を味わうためには再生装置のクオリティも要求される。 やはり、心残りなのはストーリー。昨今の映像重視の映画で散々繰り返されたことだが、ストーリーが面白くなくては、どんなに映像が素晴らしかろうが映画の魅力は半減してしまう。この絵を作り出す労力の10分の1、いや100分の1でもいい。物語をより面白くする作業にまわして欲しかった。個々の設定には光るものがあるので、残念でならない。 科学という巨大な力を手に入れた人類が幸か不幸かという疑問を観客に投げかける前に、巨大な制作費、長大な制作期間、優秀なスタッフを手に入れた監督が、それを面白い作品にまとめられるか否かが重要だ。
なお、作品のエンドクレジットでは、「その後のスチームボーイの活躍」をイメージした静止画が背景として何枚も表示される。アイデアはまだまだ尽きないようで、公開初日の舞台挨拶では続編の製作も発表されている。この静止画の内容はそのまま続編に生かされるのかはわからないが、今回の作品を踏まえ、次の飛躍に期待したいところだ。
□バンダイビジュアルのホームページ
(2005年4月19日) [AV Watch編集部/yamaza-k@impress.co.jp]
AV Watch編集部 av-watch@impress.co.jp Copyright (c) 2005 Impress Corporation, an Impress Group company. All rights reserved. |
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