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第202回:iPodに最適なMP3を作る その3
~ エンコード前の高域ブーストで音質向上? ~



 前回、イコライザを用いて高域だけを残したソースをMP3にエンコードした結果、それなりに高域成分を含むMP3ファイルを生成できることを実験した。その結果、高域をある程度ブーストした上で、MP3にエンコードすると音質が多少補正されるのではないかという仮説が考えられる。実際、そうしたことを試みているマスタリングエンジニアもいるようだが、どのようなことになるのか試してみた。



■ エンコード前段の高域ブーストに意味はあるか?

 第200回の記事では、CakewalkのSonitus EqualizerというパラメトリックEQをハイパスフィルタとして用い、低域をバッサリ落とした音をMP3にエンコードした結果、面白い結果が見えた。固定ビットレートで試した場合、128kbpsでは、どうしても16kHz以上の音が消えてしまうが、192kbps、256kbpsの場合、それなりによい結果となり、イコライザ処理をしないものと比較して、高域の再現性が高くなった。

 以前、サウンド&レコーディングマガジン(2005年1月号)でも、あらかじめ圧縮用にマスタリングしておくと、良好な結果になるという記事が特集で掲載されていたが、一般ユーザーでも同様のことができるのだろうか? この記事では、AACやMP3用にエンコードする前にいったんアナログ化した上で、アナログEQを用いて30Hzや80Hzあたりの低域を数dB、また17kHzあたりの高域を0.5~2dB程度上げることで、原音に近くなるといったことが書かれている。

 とはいえ一般ユーザーが途中にアナログを介在させるというのはあまり現実的ではなく、単に音質を劣化させる要因を増やすだけのように思える。そのため、ここではすべてソフトウェア上の処理でどこまでできるかを試してみた。

【サンプル音声】(WAV)
オリジナル
sample1.wav
(2.02MB)

 まず用意したのが実験用の素材となる音。一般にハイハットの音が非可逆圧縮によって変質することが知られているので、ハイハットをフィーチャーした5小節の簡単な曲を作ってみた。聴いてみるとわかるとおり、1小節目はカウント、2小節目は主にハイハットのみ、3小節目にはそのハイハットにベースを加え、4小節目、5小節目ではスネアやバスドラムを加えた動きのある音にしてある。


 まず、これをFraunhofer-IISのエンコーダを用い、128kbps、192kbpsに単純にエンコードしてみたのでその音を聴いてみてほしい。


【サンプル音声】(MP3)
128kbps 192kbps
sample2.mp3
(189KB)
sample3.mp3
(284KB)

 特に128kbpsではハイハットの音が妙な音になってしまっているのがハッキリとわかるだろう。とくにベースとミックスされる3小節目で妙な感じがより目立つ。192kbpsにするとある程度緩和するが、それでもそのニュアンスは残っている。ただ、ベース音についていうと、それほど違いは感じられない。この3つの音を例によってWaveSpectraで表示させると、視覚的にもその違いが見えてくるだろう。

128kbps 192kbps WAV

 とはいえ、どれを聴いても音の差なんてわからないと思う人も少なくないだろう。ここでいう音の違いは小さなものなので、気にならない人はあまり神経質になることもない。またオーディオ環境によっても、音の違いがハッキリ出たり、出なかったりする。

 実際、モニタヘッドフォンとして定番の「MDR-CD900ST」と、DJ用として比較的安く入手した「MDR-Z500」を、EMU 1820mのヘッドフォン出力に接続して聴き比べると、MDR-CD900STではよく聴き取れる音の違いが、MDR-Z500ではそれほど顕著な違いに感じない。もちろん、音に対する慣れの問題や、聴感の個人差も関係してくるだろう。とにかくその程度の違いではある。



■ 3dB程度のブーストが無難

Sonitus Equalizer

 さて、ここからが本題。エンコード前の音にEQを使って加工してから、エンコードするとどうなるか試した。ここではSonitus Equalizerを用い、低域はいじらず、高域だけを持ち上げてみることにする。

 本来は高域を上げるなら、全体を若干下げた上で行なうのが正しいのだろうが、元々ピークぎりぎりに作った音ではないし、下手にいじって音を劣化させるのもどうかと思い、高域を持ち上げるだけにした。

 実は、当初17kHzを0.5dB、1dBと持ち上げてみたものの、ほとんど差が感じられなかった。そこでハイシェルブを用い思い切って3dB、6dB、12dBと上げた上でエンコードした結果が下表の通り。


【サンプル音声】(MP3)
ブースト幅
3dB
6dB
12dB
ビットレート 128kbps 192kbps 128kbps 192kbps 128kbps 192kbps
サンプル sample4.mp3
(189KB)
sample5.mp3
(283KB)
sample6.mp3
(189KB)
sample7.mp3
(283KB)
sample8.mp3
(189KB)
sample9.mp3
(283KB)

 さすがに12dBも上げるとやりすぎという感じだが、3dB、6dBでは、それなりに効果がある。6dBでもハイハットの原音が変わってしまうのがわかるが、3小節目のMP3による劣化が少なくなっている。どの辺の設定を選ぶかはユーザー次第だが、3dB程度が無難な感じではある。

 では、この設定で万能なのだろうか? 以前、エイベックスでパネルディスカッションを行なった際、楽屋裏でそんな話題が上ったのだが、そこで出てきたのは「曲によって、ある程度の調整は必要だが、オーディオ圧縮形式やビットレートによって設定すべき値はだいたい固定されそう」という話だ。先ほどの設定がベストかどうかはわからないが、一応合格ということにして、他の楽曲でも試してみた。

 利用した曲では、曲の冒頭で、ピアノがメインに流れている一方、コロコロという音が比較的高い音で出ており、圧縮によってこのコロコロという音の音色が結構変わる。

 さきほどのようなイコライザ処理をあらかじめ掛けておくことの効果を試した。 楽曲の冒頭4秒ちょっとを切り出した上で、通常の設定で固定ビットレート192kbpsでエンコード。またそれと同時に高域を3dB、6dB、12dBとアップした後でエンコードした結果をWebSpectraで表示した。

 聴いた感じでは12dB上げても、あまり変化が無いように感じた。試しに、オリジナルと通常エンコード、12dBブーストしてのエンコード結果をそれぞれWaveSpctraで見てみると、やはり16kHz以上がバッサリと切られてしまっている。

オリジナル 通常エンコード 12dBブーストしてエンコード

ビットレートを320kbpsまで上げても、状況は変わらなかった

 高域だけが問題ではないかもしれないが、イコライザではあまり補正されない。試しに、先ほどのイコライザで低域を上げたり、中域を下げたりと試してみたが、あまり改善はされなかった。さらに、ビットレートを320kbpsまで上げても、状況は変わらない。この辺がMP3の限界なのかもしれない。



■ 3dBブーストした「午後のこ~だ」が最優秀?

 前回、午後のこ~だを192kbpsで使うとエイリアス現象が起こるため、いったん除外するという旨のことを書いたが、それに対し多くの読者から最新のLAMEでは音質が改善されているという指摘のメールをいただいた。LAMEでは16~17kHzのローパスフィルタを強制的にかけているので、午後のこ~だのような現象は起こらないはず。実際に192kbpsでのエンコード結果を見てみると、確かに19kHz以上の高域は出ないこともあり、問題は起こっていない。

最新のLAMEで192kbpsエンコードを行なうと問題は起こらなかった

 せっかくなので、先ほどのハイハットをフィーチャーした音を固定ビットレートの128kbps、192kbpsでエンコードしてみた。すると128kbpsではいわゆるプリエコー現象が激しく起きてしまい、ちょっと使えない状況だった。(ちなみにプリエコー現象というのは、突然の衝撃音を圧縮すると、その前にノイズが出るという現象)


【サンプル音声】(MP3)
128kbps 192kbps
sample15.mp3
(192KB)
sample16.mp3
(282KB)

 この場合、ハイハットの実際の音の前にノイズが出て、それがハイハットのように聴こえるため、ビビってリズムがおかしくなっているように感じる。オリジナル音とLAMEで圧縮した音を波形で比較すると、プリエコーを確認できるだろう。LAMEで固定ビットレートを使う人は少ないだろうし、192kbpsやHydrogen Audioフォーラム推奨の設定を用いたら、プリエコー現象はなくなったので、とくに問題はないわけだが……。

オリジナル LAMEで圧縮した音

 ここで改めて先ほどの楽曲の冒頭部分を192kbpsでエンコードしてみた結果、結構オリジナルに近い感じになった。さらに3dBアップしたものをエンコードすると心持ち音が改善されているようにも思う。

 試しにWaveSpectraで見ていると、かなり高域まで音が出ている。一度は切り捨ててしまった午後のこ~だだが、この曲での結果を見る限りでは3dBブーストした午後のこ~だが最優秀という状況である。


192kbps 256kbps

 次回は、アップサンプリングや、24bitに変換などについて、音質変化を検証してみる。


□アップルコンピュータのホームページ
http://www.apple.com/jp/
□「午後のこ~だ」ダウンロードページ
http://www.marinecat.net/free/windows/mct_free.htm
□関連記事
【8月1日】【DAL】第200回:iPodに最適なMP3を作る その2
~ 128kbpsでは表現しきれない「16kHzの壁」 ~
http://av.watch.impress.co.jp/docs/20050801/dal200.htm
【7月11日】【DAL】第198回:iPodに最適なMP3を作る その1
~ MP3エンコーダにまつわる噂を検証 ~
http://av.watch.impress.co.jp/docs/20050711/dal198.htm
【2003年11月10日】【DAL】第121回:ポータブルHDDオーディオの音質をチェックする
~ その3:iPodとiTunesの音質を検証 ~
http://av.watch.impress.co.jp/docs/20031110/dal121.htm
【2002年4月8日】【DAL】第50回:圧縮音楽フォーマットを比較する
~ その9:「午後のこ~だ」の最新版を試す ~
http://av.watch.impress.co.jp/docs/20020408/dal50.htm

(2005年8月22日)


= 藤本健 = リクルートに15年勤務した後、2004年に有限会社フラクタル・デザインを設立。リクルート在籍時代からMIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。
最近の著書に「ザ・ベスト・リファレンスブック Cubase SX/SL 2.X」(リットーミュージック)、「音楽・映像デジタル化Professionalテクニック 」(インプレス)、「サウンド圧縮テクニカルガイド 」(BNN新社)などがある。また、All About JapanのDTM・デジタルレコーディング担当ガイドも勤めている。

[Text by 藤本健]


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