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大河原克行のデジタル家電 -最前線-
~ ハイビジョンハンディカムの成功を支えるCMOSセンサー~



HDR-HC1

 ソニーのハイビジョンハンディカム「HDR-HC1」が好調な売れ行きを見せている。

 ソニーの発表によると、7月7日の発売以来、累計出荷台数はすでに5万台に達したという。10万円以下が主流となっているビデオカメラ市場において、実売価格が178,000円(最安値でも12万円台)でありながらも、発売直後からトップシェアを維持。現在でも、売れ筋の一角を占める人気製品となっている。

 HDR-HC1が高い人気を誇っている背景には、垂直方向で1,080画素というフルハイビジョンでの撮影が、片手で手軽に行えるという製品コンセプトが見逃せない。そして、手を伸ばせば届く価格帯にまで、フルハイビジョンビデオカメラの価格が下がってきたことも追い風となっている。では、フルハイビジョンを、このサイズ、そして、この価格で実現するために、ソニーはどんなハードルに挑んだのか。



■ CMOSセンサーの開発に挑む

 その最大の壁は、CMOSセンサーの開発だったといっていい。

ソニーの中村信男氏

 ソニーは、HDR-HC1の開発にあわせて、CMOSセンサーの「IMX010」を開発。これが、HDR-HC1の製品化を実現したとも言える。ソニー株式会社セミコンダクタソリューションズネットワークカンパニーイメージングデバイス事業本部イメージセンサ事業部第2商品設計部3課・中村信男プロダクトマネジャーは、「IMX010の完成をなくして、HDR-HC1の完成はなかっただろう」と断言する。

 ソニーは、昨年秋に、民生用としては世界初となるフルハイビジョンビデオカメラ「HDR-FX1」を発売したが、ここでは、CMOSセンサーではなく、CCDセンサーを採用していた。そのため、センサー自体が大きく、さらに消費電力が大きくなり、どうしても筐体そのものに、一定の大きさが必要となったのだ。言い換えれば、片手で撮影できるサイズに落とし込むためには、どうしてもCMOSセンサーを採用する必要があった。

 だが、CMOSセンサーを搭載したビデオカメラは、特殊用途での利用はあっても、民生用DVカメラで採用した例は、同じソニーの「DCR-PC1000」のみ。ハイビジョン対応機種ではいままで存在しなかった。携帯電話などでは、CMOSセンサーを利用して、動画撮影を可能とした機種も多いが、フルハイビジョンといった高性能画質を撮影するという用途で量産した際に、求められる品質のハードルが高く、CMOSセンサーの性能にバラつきが目立つことになるという問題があったからだ。

 だが、ソニーは、この壁に挑んだ。半導体を担当するセミコンダクタソリューションズネットワークカンパニーと、セットを担当するカンパニーが持つ「Enhanced Imaging Processor」技術との融合によって、縦筋のリアルタイム補正処理を実現するといった取り組みをはじめ、独自技術を背景として開発した各種の画像処理技術を採用。そして、生産拠点である九州・長崎のソニーセミコンダクタ九州での量産技術の確立も、これに大きな威力を発揮している。



■ ハイビジョン化に最適なCMOSセンサー

IMX010(左)とIMX009(右)

 ソニーが開発したCMOSセンサー「IMX010」には、いくつかの特徴がある。ひとつは、高速読み出しを可能とした点だ。

 IMX010では、1秒間に60フレーム、1,920×1,080ピクセルのプログレッシブ出力を可能としているが、そのために、これまでは2チャンネルの出力だったものを、6チャンネルの複数チャンネル出力へと進化させ、高速読み出しを実現した。

 さらに、ベイヤー配列で、色ごとに分離して、多チャンネルで出力することでの高速化の実現とともに、色再現性を高めることにも成功した。また、色ごとに分離するため、あとの信号処理が簡単になることから、回路設計の小型化にも寄与することになる。

 この多チャンネル出力ととともに、パラレル処理によって、膨大な画素情報を高速処理する「Enhanced Imaging Processor」との組み合わせも、ハイビジョン撮影の実現に不可欠な、高速読み出しを下支えしている。

 2つめは、低消費電力を実現した点だ。CCDセンサーでは、1W以上の消費電力を必要とするが、CMOSセンサーでは、消費電力を大幅に削減できるというメリットがある。結果として、熱発生量が少ない分、デザインの小型化へと反映させることができる。

 IMX010では、CCDセンサーに比べて、約3分の1となる400mW以下の消費電力を実現しており、長時間連続駆動の実現とともに、発熱量の削減により、冷却のためのスペースを最低限に抑えるなど、小型化にも大きな威力を発揮している。

 3つめの特徴が、動画を撮影する際に発生する様々な課題に対応できることだ。同社では、IMX010の開発にあたって、ランダムノイズの削減のための改良や、縦筋のリアルタイム補正処理技術、ワイドダイナミックレンジ技術を採用。これによって、ノイズの少ない動画の撮影を実現している。

 「CCDセンサーでは、太陽の光や、室内のライトが縦の線となって現れるスミアノイズが問題となっているが、CMOSセンサーでは、転送路におけるノイズの影響を受けにくいという特性から、スミアレスという特徴がある。それを生かしたノイズ削減のほか、CMOSセンサーで弱いとされている暗い部分に発生する暗時ランダムノイズを削減する技術を採用している」(中村プロダクトマネジャー)。

 また、「ダイナミックレンジを広げることで、夜間や室内での撮影、誕生会のローソクのシーンなどの暗時撮影でも威力を発揮するようにした。独自のアルゴリズムによって、絵柄と明るさを分けて処理し、明るい部分をそのままにして暗い部分の明るさ成分をアップし、奥行き感のあるリアルな映像を再現した」(中村氏)という。

 そして、CMOSセンサーの微細化技術の進展も見逃せない。微細化技術では、CCDの方が進んでいるといわれるが、「ここ数年で、CCDと遜色がない微細化画素開発が進んでいる」と中村プロダクトマネジャーは語る。

 また、CCDセンサーでは、3CCD方式を採用している例が目立つが、これに比べて単板のCMOSセンサーは小型化できること、さらに3CCDでは、3つのCCDを高い精度で組み合わせる技術が求められるのに対して、そうした必要がないことから組み立て精度のバラつきがないといったメリットもある。

 「こうした小型化、高速読み出し技術、スミアレスをはじめとするノイズ削減技術が、ハイビジョンカムコーダーを実現した」というわけだ。



■ レンズカンパニーとの一体開発も鍵に

 今回の製品化でもうひとつ見逃せない技術が、マイクロレンズが捉えた光信号を、いかにCMOSセンサーに的確に投影させるかという、レンズとセンサーとのマッチング部分であろう。

「センサーとレンズのチームの協力が、品質改良と開発の短期化を可能にした」と中村氏

 微細化の進展によって、配線にあたらないように光信号が進入する回路の工夫は、大変な苦労を要するようになってきた。しかも、レンズの開発チームも最後の最後までレンズに修正を加えるため、そのレンズにあわせた回路設計に与えられた時間には、決して余裕があるわけではない。

 そこで、中村プロダクトマネジャーは、レンズチームがいる品川テックに3カ月間通い詰め、ギリギリまでシミュレーションを行い、回路に修正を加えた。

 「センサーとレンズのチームが、一緒の場所に同居する形で開発に取り組むことは過去になかった。だが、この仕組みを取らなければ、納得のいく品質のものが、これだけ短期間にはできなかっただろう。センサーのチームと、レンズのチームがそれぞれに考えていること、苦労していることを、お互いに理解し、その上で改良を加えることができたことは、より品質の高い製品化を追求する上で、大きなプラスとなった」と中村プロダクトマネジャーは語る。

 この開発体制は、ソニーのハワード・ストリンガーCEOが、「サイロ」という言葉で表現する「部門間の壁」を取り払う、ソニーが抱えた課題解決を具現化したものともいえるだろう。



■ 加速するハンディカムへのCMOS搭載

 ソニーでは、今後、ハンディカムへのCMOSセンサー搭載を加速させることになりそうだ。現在、ソニーにおける生産規模は、CMOSで月産200万個、CCDで月産950万個と、数の上ではCCDが多い。だが、CCDは、多画素のデジタルカメラなどには採用するものの、今後のハイビジョンハンディカムには、基本的にはCMOSを採用していく姿勢を示す。

 CMOSセンサーの微細化技術の進展などによって、ますますハイビジョンハンディカムは、小型化と低価格化が進んでいくことになるだろう。CMOSセンサーの進化が、ハイビジョンハンディカムの進化に及ぼす影響は、今後も少なくないといえる。


□ソニーのホームページ
http://www.sony.co.jp/
□製品情報
http://www.sony.jp/products/Consumer/handycam/PRODUCTS/HDR-HC1/index.html
□関連記事
【8月9日】ソニーのHDVカメラ「HDR-HC1」が1カ月で3万台出荷
-当初目標の1.5倍を達成
http://av.watch.impress.co.jp/docs/20050809/sony.htm
【7月26日】ソニー、「ハイビジョンハンディカム」で同社製テープの利用を推奨
-テープによっては、まれに0.5秒映像が停止
http://av.watch.impress.co.jp/docs/20050726/sony.htm
【6月15日】【EZ】早くも登場! 普及型HDVカメラ ソニー「HDR-HC1」
~ 単板CMOS採用でHDカメラが18万円以下とは! ~
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【5月17日】ソニー、実売18万円の民生用HDVカムを発売
-500mlボトル並みのサイズ。「HD撮影を身近に」
http://av.watch.impress.co.jp/docs/20050517/sony1.htm

(2005年9月29日)


= 大河原克行 =
 (おおかわら かつゆき) 
'65年、東京都出身。IT業界の専門紙である「週刊BCN(ビジネスコンピュータニュース)」の編集長を勤め、2001年10月からフリーランスジャーナリストとして独立。BCN記者、編集長時代を通じて、15年以上に渡り、IT産業を中心に幅広く取材、執筆活動を続ける。

現在、ビジネス誌、パソコン誌、ウェブ媒体などで活躍中。PC Watchの「パソコン業界東奔西走」をはじめ、Enterprise Watch、ケータイWatch(以上、インプレス)、nikkeibp.jp(日経BP社)、PCfan(以上、毎日コミュニケーションズ)、月刊宝島、ウルトラONE(以上、宝島社)、月刊アスキー(アスキー)などで定期的に記事を執筆。著書に、「ソニースピリットはよみがえるか」(日経BP社)、「松下電器 変革への挑戦」(宝島社)、「パソコンウォーズ最前線」(オーム社)など。

[Reported by 大河原克行]


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