~ 松下が50型以下にフルHDは不要と断言する理由 ~ |
森田研上席副社長 |
「すべての薄型テレビを、フルHD化する必要はないと考えている」。松下電器パナソニックAVCネットワークス社の森田研上席副社長は、こう切り出した。
シャープが、37インチ以上の液晶テレビのラインアップを、今年度中にすべてフルHD化すると発表。ソニーも、薄型テレビとビデオカメラ戦略を軸としたハイビジョンクオリティ戦略のなかで、フルHD化へのこだわりを見せる。また、日立製作所も、プラズマテレビにおいてHD戦略を加速すると発表し、フルHD戦略にも意欲的だ。
このように薄型テレビメーカー各社に共通した方向が、フルHD化なのである。それにも関わらず、松下電器は、各社とは一線を画す戦略を打ち出してきたのだ。
■ 液晶との比較で「フルHDが全てではない」
とはいえ、松下電器はフルHD戦略を完全に捨てたわけではない。65インチ、103インチといった大型パネルの製品は、フルHD化しているのに加え、昨年11月に試作品を発表した50インチのフルHDパネルも、「年度内に製品化するという方針は変わっていない」(森田氏)と語る。では、なぜこんな発言をするのか。 森田氏は、「フルHDには、フルHDを生かす画面サイズがある。わかりやすく例えれば、携帯電話の画面でフルHDやHDの画質が必要なのか。それと同じように、ある一定サイズ以上ではフルHD化が必要だが、それ以下の画面サイズでは、すべてをフルHD化しなければならないとは言い難い」と語る。
5月30日、尼崎工場で開催した報道関係者向けの説明会で、松下電器は、様々な画面サイズのプラズマテレビと他社の液晶テレビを会場に持ち込み、画質を比較してみせた。
照明の明るさを落とし気味にしたプレゼンテーションは、プラズマテレビに優位とは言えたが、松下電器が、このプレゼンテーションで訴えようとしたのは、プラズマテレビと液晶テレビの画質の差というよりも、森田氏が断言した、「フルHD化が全てではない」という点を実証することだったといえる。
会場には、65インチのプラズマテレビと、同じく65インチの他社の液晶テレビを展示し、プラズマテレビの応答速度や色再現性の高さを訴えたほか、37インチのブラズマテレビと他社の液晶テレビを持ち込み、1万5,000時間(約2年半)を経過した段階での輝度の劣化が、プラズマテレビの方が少なかったという事実を見せつけた。
また、同じく37インチ同士のプラズマと他社液晶との比較では、自発光式のプラズマの方が、明るい部分だけを光らせるために、映像を映し出している際の消費電力が低いことを訴えて見せた。
「寿命が短い、あるいは消費電力で劣るというプラズマテレビの常識を覆した」と松下電器では胸を張る。
こうした比較展示は、これまでの比較方法としても、よく見られたものである。だが、今回のプレゼンテーションでは、少し趣向を変えていた。一つは、58インチの通常のHDプラズマテレビと、他社の58インチのフルHD液晶との比較をして見せたことである。当然、高解像度のフルHDの液晶テレビの方が有利な条件だが、ここでは、一定の距離を離れた場合には、それほど差がないということを訴えたのだ。
その一定距離とは、1.8メートルから2メートル以上離れた位置から視聴した場合。4畳半や6畳という部屋が多い日本の家屋では一般的ともいえる距離だ。しかも、10畳を超えるような大型のリビングを持った物件が人気という、今の住宅事情を考えると、さらに視聴する人とテレビの距離は広がるといえる。つまり、リビングが大きければ大きいほど、フルHDと一般のHDとの差は少なく見えるというわけだ。
松下電器はフルHDは50インチで威力を発揮すると訴える | 松下電器が考えるフルHDの必要性 |
プラズマならば、フルHDの液晶テレビよりも高画質だという |
また、「一般的なフルHD液晶テレビでは、256階調」(松下)となっており、松下電器がHDテレビであるPX600シリーズで実現しているような3,072階調という色表現に比べるとそれが劣るのは明らか。「液晶テレビでは、フルHDを生かし切る緻密な色表現ができていない」と、パナソニックAVCネットワークス社PDPデバイスビジネスユニット・辻原進グループマネージャーは言い切る。
視聴の環境によっては、フルHDの液晶テレビに比べても、一般的なHDプラズマテレビでも十分対抗できるというのが松下電器の見解なのだ。
■ 次期製品よりも現行製品を評価?
そして、驚いたのはここからだ。なんと、松下電器は、試作品である50インチフルHDプラズマテレビと、最新モデルの松下電器製の50インチのHDプラズマテレビを比較してみせ、「フルHDばかりがいいとは限らない」とまで言い切った。ここに持ち込んだのは、昨年11月に発表した技術。この技術を量産化できる形へと完成度を高め、プラズマテレビの新製品として年度内の発売を予定しているものだ。見方を変えれば、年度内に満を持してまで投入する予定の50インチフルHDプラズマテレビを、否定するとも受け取れかねないプレゼンテーションである。
なぜ、次期戦略製品を否定しかねないプレゼンテーションをしたのだろうか。
森田上席副社長は、前提として、「利用者に対して、大画面、薄型テレビでなにを見たいかという質問をしたところ、最も多いのが映画。次いでスポーツ。ここでは、黒の再現性が高く、画面応答性が高いプラズマテレビが優」とし、それを受けて、パナソニックAVCネットワークス社の辻原グループマージャーは、次のように説明した。
「映画を見るような映画館並の臨場感をもたらすには、45度の画角がいいといわれる。日本の住環境を考えると1.8メートルの距離で見ることが求められるが、それらを実現するには、65インチのブラズマテレビで2H(画面の高さの2倍)という距離になる。2Hという距離では、フルHDでないと画素とノイズが見えてしまう」。
「一方、スポーツを見る際の臨場感を再現するには、30~35度の画角が最適。これを1.8メートルという距離で逆算すると、3Hとなる50型が最も臨場感を堪能できる画面サイズとなる。だが、3Hの距離があれば、一般のHDでも、画素やノイズは、ほとんど気にならない」とする。
辻原グループマージャー |
また、辻原氏は「65インチで映画館の臨場感を楽しみたいという人にはフルHDが最適だが、50インチのプラズマテレビでスポーツや音楽といった動きのある映像を楽しみたいのであれば、フルHDだけが選択肢の全てということにはならない。すべてのユーザーにコスト負担を求め、フルHDを購入していただく必要はないといえる。フルHDの威力が発揮できるのは、50インチ以上に限る」と述べた。
さらに、辻原氏は「静止画であれば、画素数は大変重要。しかし、動画を映し出すテレビの場合は、画素数だけがポイントではない。画素数と動画再現性によって表される解像度、斜めから見ても色変化がない色再現性、そして、高解像度に見合った高い階調性を実現するといったパランスが必要」と補足した。こうした点での優位性を加えることで、初めて、50インチ以下にはフルHDが不要という議論が成り立つと強調する。
■ シャープを強く牽制?
もちろん、37インチ以上のラインアップすべてをフルHD化で推進すると宣言したシャープのように、液晶テレビ陣営が比較的小型サイズまでフルHD化を図りやすいのに対して、プラズマテレビは、小型化すればするほどフルHD化を実現しにくいという、プラズマが置かれた技術的な壁を背景にした、松下電器ならではの発言である、とも受け取れなくもない。シャープは液晶テレビで37インチまで、フルHD化した製品を投入しているが、これに対して、プラズマテレビでは、富士通日立プラズマディスプレイズが42インチの技術を発表したのが、フルHDでは最も小さいサイズだ。日立によると、同パネルを搭載した製品の発売は来年春の見込みである。
また、そのまま高解像度を意味する「フルHD」は、店頭でのセールストークとしては、大きな威力を発揮するのは間違いない。それを踏まえて、今回の発言は、松下電器がシャープを強く牽制したマーケティング戦略のひとつと捉えることもできるだろう。
だが、実際にプレゼンテーションを見て、あながち松下電器の言っていることは外れていないという感想を持ったのも事実だ。
フルHDの画質は確かに優れている。資金的余力があるのならば、断然、フルHDがお勧めだ。だが、松下電器がいうように3H以上の空間で見るのであれば、フルではないHDの画質で十分だというのもひとつの考え方だといえる。
■ メッセージは消費者に伝わるのか
一歩引いて、俯瞰する形で、このマーケティング施策を捉えてみよう。松下電器の言い分はわかるが、消費者に対して、ストレートにこのメッセージが伝わるかというと、それはやや疑問だ。「画角」や、「2H」あるいは「3H」といった聞き慣れない言葉を、消費者に浸透させるには時間がかかるだろう。しかも、その効果がかけ算で導き出されるというように、メッセージに「数式」が介在するようだと、消費者側は、それを理解するのに少しの思考が必要になる。
それならば、フルHDというメッセージの方が伝わりやすい。さらに、販売店が、少しでも単価が高いものを販売したいということを考えるのであれば、当然、フルHDを勧めるという販売の仕方をするだろう。
松下電器が発する、「50インチよりも小さいサイズでは、フルHDは必要ない」というメッセージは、消費者に伝わるのだろうか? そのメッセージを的確に消費者に伝えることができるかどうかが、この施策の成否を左右する。これからの松下電器のマーケティング施策に注目したい。
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(2006年6月1日)
= 大河原克行 = (おおかわら かつゆき) |
'65年、東京都出身。IT業界の専門紙である「週刊BCN(ビジネスコンピュータニュース)」の編集長を勤め、2001年10月からフリーランスジャーナリストとして独立。BCN記者、編集長時代を通じて、15年以上に渡り、IT産業を中心に幅広く取材、執筆活動を続ける。 現在、ビジネス誌、パソコン誌、ウェブ媒体などで活躍中。PC Watchの「パソコン業界東奔西走」をはじめ、Enterprise Watch、ケータイWatch(以上、インプレス)、nikkeibp.jp(日経BP社)、PCfan(以上、毎日コミュニケーションズ)、月刊宝島、ウルトラONE(以上、宝島社)、月刊アスキー(アスキー)などで定期的に記事を執筆。著書に、「ソニースピリットはよみがえるか」(日経BP社)、「松下電器 変革への挑戦」(宝島社)、「パソコンウォーズ最前線」(オーム社)など。 |
[Reported by 大河原克行]
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