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第289回:アナログ感覚を活かしたデジタルミキサー
~ 「ヤマハ n12」。Cubaseとの強力な連携が魅力 ~




n12

 先日紹介したYAMAHAのFireWire接続のデジタルミキサー兼オーディオインターフェイス「n12」が発売された。短期間ではあったが、週末にYAMAHAから借りることができたので、さっそく試してみた。

 メーカー希望小売価格168,000円と、それなりに高価な製品であるが、これはスゴイ! というのが第一印象。とくにCubaseユーザーにとっては、かなり便利でよくできた機材だ。



■ 単独のミキサーとしても、優れた使い勝手

 n12については、先日の発表会や、製品担当者である石川氏へのインタビューで、製品コンセプトやその仕様についていろいろ説明を受けてきたので、それなりに理解していたつもりだが、やはり実物に触れてみないと実感として分からないこともいっぱいだった。


ノートPCと並べたところ

 まずは、その大きさにビックリ。自宅の仕事場にモノが届いたのだが、やはりスタジオで見たのよりも一回り大きい感じ。デスクの空いているスペースに置けるようなものではないので、床の上に置いて使ったが、最初の難関は“置き場所をどう確保するか”かもしれない。

 インタビューなどから、n12はCubaseとセットで使う製品というイメージが強く残っていたが、PCがない状態で単独のミキサーとしても使える。そこで、まずは単純に電源を入れ、コンデンサマイクとヘッドフォンを接続するだけで使いはじめてみた。

 さすがに、これだけいっぱいパラメーターも並んでいるので、全体像を捉えるのにしばらくかかったが、5分程度で音が出るようになり、徐々になかなか面白い機材だと分かってきた。

 まず、ヘッドフォンを使ったモニタリングをする場合や、3系統あるモニター出力を利用する場合のキーとなるのが、「CONTROL ROOM」というセクションであること。ここにはST、AUX、2ST、DAW、5.1という5つの切り替えボタンがあり、どのバスの信号をヘッドフォンおよび3系統あるモニタ出力端子から出すかを選択するのだ。

 ここでST(=STEREO)バスを選択するとヘッドフォンにはメイン出力と同様の信号が聴こえるようになる。これによって、1chに入力したマイクからの入力がヘッドフォンでも聴こえるようになった。

 ちなみにAUXはAUXバスで、各ストリップからAUXセンドしたものなど通常はモニタ用として用いる信号、2STはリアパネルの2ST INというステレオ2chの入力信号を選択する。DAWはPCと接続した際のステレオ2chをモニタし、5.1はDAWから入力された5.1chサラウンド信号をモニターするようになる。


CONTROL ROOM 背面端子類

 ここでようやく、1chのチャンネルストリップを触りはじめたが、これがなかなかすごい。ヘッドアンプはYAMAHAが自慢するだけあって、クリアで非常にいい感じの音で、ヘッドアンプを通った音はその後、各チャンネルに内蔵されているコンプレッサ、EQを通っていく。EQもなかなか効きがよく使いやすいが、とくに面白いのがコンプレッサだ。

 「Sweet Spot Morphing Compressor」というもので、MORPHノブとDRIVEノブの2つだけでコンプレッサが使えるのがミソ。THRESHOLDとRATIOというお決まりのパラメータはなく、この2つを適当に動かすと、なかなかいいコンプレッサ効果が出るのだ。MORPHノブは、A~Eの5つのポイントをつなぐものだそうだが、使い方としては、回して気持ちのいいところで止めるといった感じで、感覚的。

 一方のDRIVEノブはその効き具合を調整するものだから、右に回すほどよく強くかかる。コンプレッサというと、初心者はもちろん、それなりに経験を持っている人でも、なかなか使うのが難しいエフェクトだが、これなら誰でも簡単に使えそうだ。


EQノブ Sweet Spot Morphing Compressor

 EQの下にはREVERB、AUXがあるが、それぞれREVERB用のバス、AUXバスにセンドするためのパラメータになっている。そのリバーブは右のほうにあり、HALL、ROOM、PLATEの3タイプから選ぶことができ、リバーブタイムとそのレベルを調整できるようになっている。その出力の戻しはAUXバス、RECバス、STバスのそれぞれへ戻すことができるようになっている。どのバスをどう使うか考えておく必要があるが、結構自由度高く使うことができる。


REVERBとAUXのノブ リバーブタイムなどが調整できる



■ アナログ感を活かした使い勝手

 n12の内部はすべてデジタル化されている完全なデジタルミキサーではあるが、使っている感覚はあくまでも昔ながらのアナログミキサー。とくに1ノブ1機能に絞っているだけあって、1度触ればすぐに覚えられるのが大きなメリット。そもそもこのn12、デジタルミキサーといっても液晶ディスプレイもないし、VGAの出力もないから、バスについて理解すれば、すぐに使えてしまう。

 しかし、n12が面白いのはやはりここから。PCと接続すると、n12の世界が大きく広がり、ミキサー、オーディオインターフェイス、フィジカルコントローラーの機能を持つとともに、そこに留まらないユニークな機能を持った機材へと変身するのだ。

 まずドライバをインストールしてみておや? と感じるのはmLANの表記だ。先日の説明だと、n12はあくまでもFireWire接続でmLANではないとのことだったが、ドライバの設定画面にはmLANとある。またマニュアルにもmLANドライバが入っている場合は一度アンインストールしてからインストールせよ、との記述がある。

 詳細はわからないが、同じFireWireを使っているだけに、mLANと共通部分がかなりあるため、一部を流用しているのかもしれない。ただし、n12にはmLAN機能は装備していないようで、mLAN機材として使えるわけではない。ちなみに、このドライバの設定画面を見ると、最高で24bit/96kHzにまで対応していることがわかる。


mLANドライバのセットアップ画面が表示される 最高24bit/96kHzのサンプルレートに対応

 Cubaseを使う前に、Windowsのコントロールパネルから見たところ、サウンドとオーディオデバイスのプロパティには「mLAN Audio Out」というデバイスが見える。これを選択して、Windows Media Playerで再生してみたところ、n12のDAWバスから音が出るのを確認できた。ただし、録音デバイスのほうにはmLAN Audio Inといった表記は見つからず、録音はできないようだ。

 マニュアルを調べてみたが、やはりASIOであればn12とPCの双方向でのやり取りが可能だが、MME、WDM/KSの場合はPCからn12への一方通行とのことだ。

 このことからも分かるとおり、MMEでの入力がサポートされていないので、いつも行なっている音質チェックはできない。そもそも入力もヘッドアンプ、コンプレッサ、EQを経由してくるので、単なるオーディオインターフェイスとして評価することも難しく、今回は評価を見送った。


■ Cubase AI4との連携で機能拡張。VSTプラグインも利用可能に

 次にCubaseを使っての連携についてだが、以前紹介したとおり、このn12には「Cubase AI4」というソフトがバンドルされている。これは「Cubase 4」の機能制限版でユーザーインターフェイスもCubase 4ベース。YAMAHA製品にのみバンドルされているソフトだが、バンドルソフトとは思えないほど、高性能なソフトとなっている。

 詳細はまた後日紹介したいと思うが、n12にはこのCubase AI4を拡張するための「Extentions for Steinberg DAW」というソフトも入っている。正確にいうと、Cubase AI4およびCubase 4、「Cubase Studio 4」の3つのソフトに対応した機能拡張ソフトで、n12と有機的連携を可能にするものだ。


オーディオプロパティでは「mLAN Audio Out」として認識される バンドルソフトの「Cubase AI4」

 さっそくインストールして、Cubase AI4を起動してみると、n12のCubase Readyのランプが点灯する。この状態で各ストリップの入力切替スイッチをA.INからDAWに切り替えると、Cubaseの出力が、このストリップへと入ってくるのだ。VSTコネクションで出力構成を見てみると、あらかじめn12の各チャンネルへ割り振られていることが分かる。こうした設定もExtentionsによる拡張のひとつだ。


PC側でCubase AI4を起動すると「Cubase Ready」ランプが点灯 Cubaseの出力を割り当てられる Cubase上の「VSTコネクション」出力構成

 n12の入力切替で各チャンネルの入力をDAWにするとともに、Cubaseの各トラックの出力先を、n12の各チャンネルにバラしておけば、n12でのミキシングができるようになるのだ。これはフィジカルコントローラでの操作とはまったく異なり、あくまでもn12自体でミキシングしているのだ。一方、各アナログチャンネルに入力された音は、それぞれ独立したオーディオインターフェイスの入力チャンネルとしてCubase側へレコーディングすることができる。慣れないとやや不思議な感じもするが、結構便利に使える。

 しかも、この各チャンネルの切り替えを一気に行なうボタンも用意されている。それがDAW REMOTE CONTROLセクションにあるWORK MODEというもの。ここにはST MIX、HARDWARE MIX、5.1MIXという3つのモードがあり、ST MIXにすると、すべてがアナログ入力になり、HARDWARE MIXにするとDAW入力になる。またST MIXを選んだ場合でもDAW TO STというパラメータを使ってCubaseで2chステレオミックスされた音をモニタすることは可能になっているから、レコーディング時はST MIXを、再生時はHARDWARE MIXを選択するといった使い方ができる。

 さらに面白い機能が、VSTプラグインとの連携。前述したとおり、n12には各チャンネルストリップにコンプレッサとEQ、センドエフェクトとしてリバーブが用意されているが、それ以外は装備していない。しかし、MONITOR REMOTEという機能を利用することで、各チャンネルにVSTプラグインを噛ませて使うことができる。また各チャンネルで、そのVSTプラグインのエフェクトをWETでモニタするか/DRYでモニタするかの選択も可能となっている。

 まさに、ハードウェアとソフトウェアの連携プレイの象徴的なものといえるだろう。入力した音にVSTプラグインのエフェクトをかけてモニターする機能は、Cubaseがもともと持っている機能だが、その設定をn12側から行うことで、“エフェクト機能搭載のミキサー”として利用できるという発想はなかなか面白い。


「WORK MODE」の操作により、各chの切替が一斉に行なえる VSTプラグインを各chに噛ませて使える「MONITOR REMOTE」機能

 そのほかのフィジカルコントロール機能としては、トランスポート関連が使えるほか、トラックの選択などができる。さらに結構便利なのが、クリックのオン/オフがここから行なえ、クリック音の調整もn12のノブでできてしまうことだ。フィジカルコントローラの延長線上にある機能ではあるが、従来のフィジカルコントローラようりもよりDAWと密接につながっているという印象を受ける。

 当初、せっかくならモーターフェーダーにすればよかったのに、と思ったが、概念的にn12のフェーダーはCubaseのミキサーをコントロールするのではなく、あくまでもそれとは独立したn12のミキサーのフェーダーだから、モーターフェーダーだとかえっておかしいなことになってしまう。

 Cubase内部のミキサーとどう切り分けて使うといいのか、多少頭の整理が必要にはなるが、n12はこれまでになかった新たなデジタルミキサーといえるだろう。


□ヤマハのホームページ
http://www.yamaha.co.jp/
□製品情報
http://www.yamaha.co.jp/product/syndtm/p/n8n12/index.html
□関連記事
【6月4日】【DAL】音質にこだわったデジタルミキサー「ヤマハ nシリーズ」
~ Cubase AI 4をバンドル。入門機「MWシリーズ」も ~
http://av.watch.impress.co.jp/docs/20070604/dal284.htm

(2007年7月9日)


= 藤本健 = リクルートに15年勤務した後、2004年に有限会社フラクタル・デザインを設立。リクルート在籍時代からMIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。
最近の著書に「ザ・ベスト・リファレンスブック Cubase SX/SL 2.X」(リットーミュージック)、「音楽・映像デジタル化Professionalテクニック 」(インプレス)、「サウンド圧縮テクニカルガイド 」(BNN新社)などがある。また、All About JapanのDTM・デジタルレコーディング担当ガイドも勤めている。

[Text by 藤本健]


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