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本田雅一のAVTrends

Blu-rayとHD DVDを巡る新展開
~ 誰がためのフォーマット戦争維持なのか? ~




 先日、新型HD DVDレコーダが発表され、HD DVDとBlu-ray Discに関連する話題で再び盛り上がっている。レコーダの動向に関しては、普及型HD DVDレコーダ発売後、数週分のPOSデータからの集計が上がってきているが、松下が安定して60%ほどのシェアを維持。一方、東芝は発売直後の初週、ソニーを上回ったが、その後はシェアを落として現在は約10%(Gfk調べ)。速報値のため修正が入る可能性はあるが、HD DVDレコーダは苦戦しているようだ。

 もちろん、国内レコーダの市況に関しては、まだ年末の商戦期を迎えておらず、結論を出すのは早すぎるが、普及型HD DVD発売後の第1ラウンドは東芝の健闘及ばずという状況に見える。だが、本当に動きが出ているのは日本のレコーダ市場ではなく、北米のBDビデオソフトを取り巻く状況である。このところ、続けざまにHD DVDにとっては不利なデータが出てきた。



■ ワーナーがHD DVDとBDの売り上げ内訳を公表

 HD DVDとBDの両方を販売してきたワーナーブラザースとパラマウントピクチャーズだが、これまで各タイトルがどの程度の割合で売れたかを示すデータは示していなかった。その中で、これまでややHD DVD寄りの態度を取っていたワーナーが、最新作「300」において、BDの占める割合が非常に高いことを公表したのだ。

300
BDビデオ版 HD DVDビデオ版

 ワーナーが発売したHD DVD/BDの中で、これまでもっともよく売れたのは「ディパーテッド」。発売第1週に10万枚(HD DVDとBDの合計)を売り上げた。これに対して「300」は発売第1週に25万枚と、これまでの2.5倍となる数字を叩きだしている。

 とここまでは普通の発表だが、今回はプレスリリースにおいて「BDの占める割合は65%」と明記された点が新しい。「300」は、言わばゲームの「無双シリーズ」を映像化したような映画で、大量の敵をバッタバッタとなぎ倒す爽快なアクションが売りの映画であり、ゲーム世代からの支持が強いと想像される。65%という数字も、PS3ユーザーがBDの売り上げに大いに貢献したからで、フォーマットの実力を示す値ではないという主張をする向きもある。

 とはいえ、全く同じタイトルでの売り上げ差は、各フォーマット対応プレーヤーのユーザーが示す購買力差と読み取れるわけで、HD DVDにとってはあまり都合の良い数字とは言えないだろう。

 東芝は既にIntel製チップを使わないローコスト版HD DVDプレーヤーを発表しており、多くのアナリストが指摘する普及ラインの「200ドルプレーヤー」に近付いて来ている。松下製プレーヤーが599ドル、ソニー製プレーヤーが499ドルに設定されている中で、299ドル(実際にはさらに安価になっている店もあるようだ)の東芝製HD DVDプレーヤーで戦って、同じタイトルでの比較でBDソフトの方が多く売れている事実は軽くない。なぜなら、これ以上はプレーヤーの値下げ効果での普及を促進できるかどうか厳しいポイントにまでさしかかっているからだ。

 後述するがプレーヤーのコスト逆ザヤ状況は限界近くまで来ており、今後、本当に普及を目指すならばこれ以上は下げられない。価格を下げすぎ、本当に大量に売れてしまうと供給できくなる。さらに、ブロックバスターのBDソフトレンタル開始、ターゲット(米大手流通)で販売する高解像度対応プレーヤーの公開入札でソニー製BDプレーヤーが選ばれたことなど、最近のいくつかのニュースも考えると、好調と言われた北米市場でも、HD DVDと東芝にとってはかなり厳しい状況になってきていると言わざるを得ない。

 加えて身内からも、HD DVDビジネスが非常に難しい状況に陥っているとの声が出始めている。


■ ユニバーサルはHD DVD支持を年内も堅持。その理由は?

 ハリウッドにおけるHD DVD/BD関連ニュースを集めたWebサイト「HOLLYWOOD in Hi-Def」にユニバーサルホームエンターテイメント社長のクレイグ・コンブロー氏のインタビューを元にした記事が掲載され、その中でコンブロー氏が「フォーマット戦争を続けることを望んでいる」と発言しているのだ。また、その記事にもあるとおり、実はユニバーサルは年内にもBDでのパッケージソフト発売を計画していた。

 コンブロー氏には、直接話を伺ったことがあるが、熱心なコンボフォーマット(両面でHD DVDとDVDをサポートするディスクフォーマット)支持者であり、これまでもユニバーサルは、多くのコンボフォーマットディスクを発売してきた。DVDから高解像度の世界には、徐々に移行していく必要があり、そのためにはコンボディスクが必要と話してきた。

 しかし昨年末以降、BDのソフト売り上げが急伸したことで態度が軟化。関係者によると、年末向けにA級タイトル2作(「ボーン・アルティメイタム」と「キングダム」)を含むユニバーサル作品をBDでも発売する方向で調整が行なわれていた。オーサリングサービスを松下電器の下部組織であるパナソニック・ハリウッド研究所が提供し、ソニーがディスク製造を行ない、2社がユニバーサルがBD市場への参入を果たすために必要な道筋を作り、それに乗ってBD市場参入というシナリオがほぼ決まっていた。

 ところが、この話が急にご破算になった。松下とソニーの関係者は上記のディールに関して否定も肯定もしなかったが、どうやら家電業界以外からの外的要因が作用したようだ。

 前述したインタビューにおいて、コンブロー氏はフォーマット戦争を継続したい理由を「2つのフォーマットが併存していた方が、機器メーカーによる競争で価格が下がり、消費者、映画スタジオ、流通の3者にとって都合が良いからだ」と話している。つまり、あえてユニバーサルがHD DVDを支持し続け、フォーマット戦争を維持した方が、プレーヤーが安くなり、それによって普及が加速され、機器メーカー以外にとってはハッピーであるというのである。

 もっとも、コンブロー氏の発言は東芝にとっても良い話ではない。なぜなら、コンブロー氏は「現在、HD DVD市場は危機的な状況であり、ユニバーサルが両フォーマットをサポートすれば、HD DVD市場は維持できなくなる。だからこそ、HD DVD単独サポートを続けることでフォーマット戦争を継続させなければならない」と考えているからだ。

 この発言の意味するところを整理すると、コンブロー氏は高解像度ビデオパッケージソフトの商機がまだ先であるため、今は両規格を煽ってプレーヤーの低価格化を誘導。200ドルを切って普及が始まるまで、フォーマット戦争を維持させたい。さらには、今のHD DVDは、自分たちの支えがないと維持できない状況と見ているわけだ。


■ フォーマット戦争維持に消費者の利益はない

 しかし、本当にコンブロー氏が言うように、フォーマット戦争の維持が消費者にとっての利益につながるのだろうか? そうは思えない。

 HD DVDおよびBDのプレーヤーは、システムLSIの統合が進められており、プレーヤーを構築するためのシステムLSIコストは両フォーマットでほぼ同じと考えていい。搭載メモリはHDiの処理が必要なHD DVDの方がやや多く必要だが、ドライブの価格はおおむね同等と見られており、同程度の仕上がりの外観、同程度の映像出力、音声出力回路を持たせれば、どちらも同じようなコストが必要だ(松下製BDプレーヤーは第1世代の設計であるため、やや高コスト)。

 このため、松下製の599ドルプレーヤーは若干の足が出ているハズだが、ソニーの499ドルプレーヤーがコスト的にイーブン。さらに年末に向けて発売されるさらに低コスト版のプレーヤーでは499ドルでも利益が出る(コストイーブンなら399ドル程度だろう)ようだ。

 これに対して東芝製プレーヤーの第2世代は299ドルで販売されており、100~200ドル程度の逆ザヤ(製造コストが販売価格を上回っている状況)が出る計算になる。細かな原価計算はきちんと行なわなければわからないが、概算でも299ドル以下で販売して(さらにバンドルソフトを付けて)利益が出る構造ではない。

 松下やソニーの利益が出ない価格設定というのもビジネス的には問題だろうが(戦略的にはアリだろうが)、逆ザヤが出てしまうと数10万、あるいは100万台以上といった数はとても出せない。

 機器メーカーが正常な利益を取れない状況が長期化してしまうと、性能や機能、品質を維持、改善することができないため、結局はそのツケが消費者に回ってくる。価格が安くなって購入しやすくなるのは消費者にとって良いことだが、それはあくまでも正常なエコシステムが回りながら自然にコストが落ちていくからであり、逆ザヤを出して価格が下がるのとは全く別の話だ。ゲーム機はどうなんだ? という話もあるだろうが、ゲーム機は全く同じ仕様の製品を独占的に5から10年販売し続けることで利益を出すビジネスであり、通常の家電品とは本質的に異なる。

 まだ発売されてから1年、本格的にビジネスが立ち上げ始めてから9~10カ月という状況下で普及とコストダウンを語るのは早すぎる。歴史上、もっとも成功したコンシューマエレクトロニクス製品と言われるDVDでさえ、'96年の立ち上げから2000年の普及開始まで4~5年を要しているのだ。あまりにも性急に市場を動かそうとしても、消費者を含め誰も得をしない。

 また、フォーマット戦争はなくとも価格競争が起きることは、すでにDVDが証明している。また、日本市場におけるレコーダの状況を見ても、そのことは理解できる。

 冒頭でも述べたように、ハイビジョンをそのまま光ディスクに残せるレコーダは、90%がBDレコーダである。そしてそのBDレコーダ市場では、松下が70%近くを占有し、残りの30%をソニーが取っている。しかし、これは表面上のことだ。

 DVDドライブ搭載ハイビジョンレコーダ市場を見ると、ここでのトップはシャープ。当然、シャープはBDレコーダ市場でもトップを狙っており、将来的には松下、ソニーに牙を剥いてくるだろう。年末に向け、BDレコーダ市場の中で見えない競争が始まっているのである。これは北米でのプレーヤー市場に置き換えても同じである。

 ならばなぜ、ホームビデオ部門のトップという立場のコンブロー氏が、あのような発言をしたのだろうか? フォーマット戦争を維持した方がユニバーサルにとって得なのだろうか? それも考えにくい。

 製品は作り続けなければノウハウが蓄積されず、外注業者との関係も構築できない。つまり、BDの市場が立ち上がったとしても急にBDビジネスを立ち上げることはできない。だからこそ、年末にBDソフトを発売するプランを持っていたのではないか。実際、タイムリーに消費者が望むタイトルを発売すれば発売1週間で25万枚が売れ、その大半がBDというのだから、意味のないフォーマット戦争維持をユニバーサルが担うメリットはない。

 加えて機器メーカーの利益を無視していることから、東芝がユニバーサルの引き留め工作を行なったという見方も否定される。となれば、残るのはマイクロソフトということになるだろうか。

 とはいえ、マイクロソフトが執拗にHD DVDを支持し、BDを忌み嫌う本当の理由は、まだ誰も聞いたことがない。確かなのは、HD DVDの市場維持が難しくなってきているという意見が陣営内から出たこと。そして、フォーマット戦争は(何らかの強い意志により)継続されそう、ということである。

□関連記事
【6月13日ユニバーサルに聞く「HD DVD支持」の理由
-ネットワーク活用で「次」の段階へ
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【8月3日】映画「300(スリーハンドレッド)」がBD/HD DVD/DVD/UMD化
-BD/HD DVDはゲーム収録。ヘルメット付き限定版DVDも
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【6月19日】米Blockbuster、1,700店舗でBlu-rayのレンタルを実施
http://av.watch.impress.co.jp/docs/20070619/block.htm


■ 今回のおすすめコンテンツ

 やや発売日が過ぎてはいるものの、今年見たDVDの中では一番お気に入りの「世界最速のインディアン」を取り上げようかと考えたが、個人的には仕事以外ではDVDを見なくなってきている。ほとんどがBD、HD DVD、それにハイビジョン放送の録画だ。そんなわけで、今回もBD/HD DVDの両規格対応のタイトルを紹介しよう。

ブラッド・ダイヤモンド
BDビデオ版 HD DVDビデオ版

 発売日は9月7日とまだ先だが、ワーナーの「ブラッド・ダイヤモンド」は今年前半に公開された映画の中でも出色のデキだ。これまでワーナーの作品はHD DVDではTrue HD、BDはドルビーデジタルのみという構成が多かったが、「硫黄島からの手紙」ではBD版にもTrueHDのトラックを収録。今回はHD DVD版がTrue HD、BD版がリニアPCMでの収録となった。いずれも2層ディスクとなる。

 ブラッド・ダイヤモンドに関しては、実はまだDVDのプルーフも出ておらず、圧縮後の品質やマスターのデキなどはチェックしていない。しかし内容がひじょうにイイ。これならばお金を払って所有する価値がある。

 ストーリーはアフリカの紛争地域でダイヤモンドの密売を行なう主人公アーチャーが、巨大なピンクダイヤの原石を持つ男ソロモンにコンタクト。一方、武器購入資金確保のためにダイヤモンドを密売人に売りさばくブラッド・ダイヤモンドの全貌を明かそうとする女性ジャーナリスト・マディーの三人を描いたもの。ひとつのダイヤモンドを巡り、三人三様の物語が展開する。

 アフリカにおけるダイヤモンドの不法取引は現在でも続けられており、アフリカ内戦が終わらない原因のひとつとされている。その全貌を明かし、問題提起する社会派ドラマが映画の根底にあるのだが、一方でアクション映画としても上質で、143分の長編を一気に見せるエンターテイメント性も備えているところがミソ。

 アーチャー役のディカプリオは、今まで演技派として脱皮しようとしながらも、なかなか殻を破れない印象があったが、今回の映画では今までとは異なる新しいディカプリオとして見事な演技を見せている。正直、映画館で目にするまでは、全く興味を持っていなかった作品だが、意外にもすばらしい仕上がりに驚かされた。

□関連記事
【Blu-ray/HD DVD発売日一覧】
http://av.watch.impress.co.jp/docs/bdhdship/
【6月20日】ディカプリオ主演「ブラッド・ダイヤモンド」がBD/HD DVD化
-「ラブソングができるまで」も同日にBD/HD DVDで発売
http://av.watch.impress.co.jp/docs/20070620/whv1.htm

(2007年8月10日)


= 本田雅一 =
 (ほんだ まさかず) 
 PCハードウェアのトレンドから企業向けネットワーク製品、アプリケーションソフトウェア、Web関連サービスなど、テクノロジ関連の取材記事・コラムを執筆するほか、デジタルカメラ関連のコラムやインタビュー、経済誌への市場分析記事などを担当している。
 AV関係では次世代光ディスク関連の動向や映像圧縮技術、製品評論をインターネット、専門誌で展開。日本で発売されているテレビ、プロジェクタ、AVアンプ、レコーダなどの主要製品は、そのほとんどを試聴している。
 仕事がら映像機器やソフトを解析的に見る事が多いが、本人曰く「根っからのオーディオ機器好き」。ディスプレイは映像エンターテイメントは投写型、情報系は直視型と使い分け、SACDやDVD-Audioを愛しつつも、ポピュラー系は携帯型デジタルオーディオで楽しむなど、その場に応じて幅広くAVコンテンツを楽しんでいる。

[Reported by 本田雅一]


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