今回のE3における、PLAYSTATION 3(PS3)に対する評価は厳しいものに見える。マイクロソフトのカンファレンスで、欧米におけるXbox 360版「ファイナル・ファンタジーXIII」」(FF13)の発売が発表されたこともあり、「勢い」でいえばマイクロソフトに分がある印象だ。 SCEはどのように戦うのか? 同社のトップである平井一夫社長に単独インタビューを行なった。 ■ FF13は「みんながいうほど影響しない」。一喜一憂せず「10年目」を見据える
-まず、「FF13」に関して伺います。日本に関してはPS3限定ですが、欧米のユーザーにとってはインパクトのあるニュースでした。そもそも、FF7が初代プレイステーションに登場して以降、“FF=プレイステーション”、というイメージが強い。地域限定ではありますが、PS3独占タイトルがそうでなくなったことは、今後のプラットフォーム運営にどのような影響があると考えていますか? 平井:日本はPS3オンリーですから、あまり影響はありません。海外においてはマルチ展開になったのは、おっしゃるとおりです。 もちろん、全く影響がない、とはいいません。影響はまちがいなくあります。しかしそれも、ご心配いただいているほどではないかもしれない、と思います。 この世代のハードでは、いままでにも「独占であったものがマルチプラットフォームに」というタイトルがいくつかありますよね。プレイステーションでエクスクルーシブだったものは、その後マルチになってもPS向けが強い、という傾向があります。そういう経験値は得ていますから、今回も「PS3向けが多くなるのでは」と期待しています。FFといえばプレイステーション、という1対1のリンクみたいなものがありますから、他から出るとしても、PS3バージョンをご支援いただけるのではないか、と期待しています。もちろん、実際どうなるかはわかりませんが。 -スクウェアエニックス、そしてFFブランドに対するサポート体制に変化はない、と? 平井:もちろん、これまでもずっと全面的にサポートさせていただいてきましたし、これからも変わることはありません。 -現在の北米市場をどう分析していますか? 平井:非常に好調だと思っています。この6月までの状況では、狙った通りの数字が出ています。去年は「ソフトはどうなっているんだ」というお話をいただきましたが、かなり充実してきました。 それに、PS2とPSPも非常にいいビジネスができています。この3つがバランスよく進行できているな、という印象です。 -しかし、他のプラットフォームを抜き去るような「爆発力」をもったソフトウエアやサービスに欠けているのでは? 昨日のプレゼンテーションからはむしろ、「きっちり積み上げていく」という印象を受けましたが。 平井:プレイステーションのビジネスというのは、10年のサイクルで考えています。そのうちの2年が終わったところです。短期的な爆発というか、サプライズのようなものでどうこうするようなビジネスはしてきていませんし、今後も、ちゃんとした基礎を築いてその上にビジネスを組み立てる、という形でいきます。 特に私は、ロジックでくみたてて、一つずつ着実にやっていく方がいいと思っています。右行って左行って、サプライズでどうこうする、という形のビジネスよりは、最終的に積み上がったものをみるとより強いものができているんじゃないでしょうか。一年たったところで一喜一憂するのではなく、10年のライフサイクルの中でなにをすべきなのかを見極め、着実に実行し、SCEなり平井なりが「ああ、ちゃんとやってるね」とユーザーの皆様からご信頼をいただくということが、一番大切なことなのではないか、と思っています。 -そういう意味では、2年目の結果としてはスケジュール通りである、と? 平井:そう思います。 というのは、いくつかのポイントがあります。2006年に(日本のSCEへ)戻ってきた段階にあった、「PS3ってなんですか?」という疑問については、私なりの回答を出せたと思っています。 それは「ゲーム機だ」ということ。これはこれまで何度も申し上げたと思うのですが。ゲーム機だとすれば「ゲーム」が必要ですよね、それを用意することが急務だ、ということで一生懸命やってきました。現在は、ワールドワイドで、ディスクベースのものだけをカウントしても475タイトルとなっています。 次に、今年になってからお話させていただいているのが、「でも、PS3はゲーム機で始まって“ゲーム機だけ”で終わるようなものではないよね」ということです。 ゲームビジネスをきちんと行なうのはもちろんなのですが、その上で、最近私が言っている「ノンゲーム」のサービス、コンテンツを充実させないといけないですよ、ということです。
これにより、ゲームからPS3に入っていただくお客様、ノンゲームからPS3に入ってくるお客様それぞれを、ダブルで満足させなければいけない、ということになります。 映像配信は昨日、アメリカ向けに始めました。またこれはB2Bですが、新たな収益源として動的広告の導入を始めます。それに、「Life With PLAYSTATION」(地球の映像を画面に表示し、東京、上海、ローマなどの都市を選択すると、その場所の雲の動きや天気、ニュースなどの情報を確認できるサービス)。これは今年始めます。また、これはゲームとノンゲーム両方またがりますが「Home」。秋口からオープンβを始めます。 もちろん、これで終わるわけではないですよ。色々と考えていますから、それぞれをユーザーのみなさんにご提供して、ご評価いただこうと思います。そういった施策をスタートするのが今年、と位置づけているんです。 ■ 映像配信はすでに「ソニーユナイテッド」。日本でのサービスも検討中
-ノンゲームのスタートとして、映像配信をスタートしました。北米においては、我々が予想した以上のコンテンツ数が用意されていて驚いたのですが、ビジネス規模はどのくらいになると予想していますか? 平井:いくらになる、という見積もりではなく、別の観点でご回答させていただきます。 ビデオダウンロードサービスは、「今日から始めました。お客様ゼロからスタートします」というわけではないんです。PSNは、2006年11月からスタートし、現在ですでに全世界で1,000万アカウント、ハードのインストールベースに対し43%から44%が接続済み。すでに、1億8,000万アイテムがダウンロードされているんです。 ネットワークにつなぐ、有償・無償のコンテンツをダウンロードして楽しむ、というサイクルが「できあがっている土壌」に対して、映像配信を開始する、というところが大きいんです。 -すなわち、PSNのユーザーに対し、「新たにビデオサービスを追加する」という形である、ということが大切だ、と。 平井:そうです。新しいバリューを提供するということ。それが入り口です。 -他社のゲーム機も映像配信は行なっています。ですが、他社と違う独自の良さとしては、ポータブルがあること、すなわち、PSPへの転送も行なえる、ということが挙げられます。PSPビジネスへの波及効果もかなり期待していらっしゃるのでしょうか? 平井:もちろんそうです。PSPの方もロジックとしては、「ポータブルですばらしいゲーム機です」というところでスタートして、それが確立してきた段階で、日本で言えばワンセグ、ヨーロッパでいえば「Go View」「Go Exploror」といった、ゲームでないコンテンツも展開させていただいています。PSNからの映像チェックアウトも、その一環です。
-先日の、ソニーの中期経営方針説明会の中では、「インターネットを使った映像配信は、ソニー全体で取り組むテーマになる」というお話がありました。その中で、PSNでの配信サービスは、どのような役割を果たすのでしょうか? PSNがそのままソニー全体に広がっていくことになるのか、それとも、他のサービスと融合していくことになるのか。現状で、なにか方針は決まっていますか? 平井:それは今後、ソニー内で井原(井原勝美 代表執行役 副社長、コンスーマープロダクツグループ担当)のグループと議論しなくてはいけない、と思っています。 ただ基本的な戦略としては、今の段階で1,000万アカウントあるPSNは、ゲーム以外のコンテンツも提供できる素地の整ったものですから、「プレイステーションだけで閉じた世界です」というものではなく、大きなグループ戦略の一環として、そこにソニーの機器を接続することで、広げていけるようにしたいと思います。いきなり、BDプレーヤーにゲームをダウンロード、ということはないでしょうが、他のコンテンツについては、積極的に他のソニー製品に対し配信、デリバリーするのは当然、というか自然なことだと思っています。なにも決まっているわけではありませんが、Life with PLAYSTATIONだって、配信できるかも知れません。 ここまでソニーグループとして時間とお金をかけてきたPSNですから、「グループ全体で使いましょう」ということになるのは当然のことだと思います。 -ということは、PSP以外の、ウォークマンであるとか携帯電話であるとかといったポータブル機器に、PSNで購入した映像をダウンロードできるようになる可能性は高いわけですね? 平井:はい、まさしくそうです。対応は、ソニーエリクソン側が考えることですが、グループ内のリソースですから、それを使いたい、PSNの映像を見たい、と思ったら、対応することになるでしょう。 ただ、「ソニエリの携帯にプレステのゲームをダウンロードできないか」ともいわれるのですが、それはさすがに、すぐにはできません。携帯電話のUIではおもしろくないんじゃないかな、と思いますし……。 -というこうとは、PSNは「SCE」というサイロの中にあるわけではないんですね。 平井:もちろん。映像配信だって、「ソニー・メディア・ソフトウエアアンドサービス」という会社が、いろんなスタジオとの交渉を、前面にたって行なってくれました。ソニー・アメリカが協力してくれたところもあります。もちろん、SCEAとSCEIも力を尽くしました。みんながいっしょに集まり、力をあわせて実現したものです。 ですから、すでに「ソニー・ユナイテッド」なサービスなんです。プレイステーションの世界だけにクローズにする必要なんてないんじゃないですか、ということです。 -日本のユーザーにとって気になるのは、いかに映像配信を日本で始められるか、ということです。日本でも近日中に始まる、という理解でよろしいのでしょうか? 平井:はい。ただ、配信の内容については、各マーケット・地域においてビジネス状況が異なりますから、同じではありません。 私からしてみますと、ビデオデリバリーにしても、Homeにしても、Life with PLAYSTATIONにしても、PS3のさらなる飛躍のための重要な戦略の一つです。どこかの地域だけで行なえばヨシ、ということではまったくなくて、世界で展開するのが、プラットフォームとしてやらなければいけないことだと思っています。 ではいつなのか、ということですが、とりあえずは北米、それもアメリカだけでの開始となります。カナダ、ヨーロッパ、それにアジア、日本などは、どのようなタイミングでやるかは今まさに検討しているところです。詳細が決まった段階で、あらためてご案内させていただきたいと思います。
■ 「PS3の値下げ」は当面行なわない! -PS3の低コスト化について伺います。RSXのシュリンクはかなり大きなインパクトをもつものになりますか? ユーザーとしては、低価格化ができるか、より低消費電力化がはかれるかどうか、という点に興味がわくところですが。 平井:シュリンクができるということは、電源やファンのコストが下げられますから、色々とメリットがでてきます。 「じゃあ値下げするんですか」というお話になるかと思いますが、以前からお話させていただいている通り、とりあえず今は値下げを考えていません。そうではなくて、機能をいかに充実するか、に集中しないといけない、と考えています。 これは社内で話していることなのですが……。この業界は、「ハードを安くして、いかに台数を出していくか」にこだわってきました。どんどん値下げして、どんどん売っていく。この点に、そろそろ疑問を呈したいところです。 そこまで値下げにこだわるのって、この業界しかないじゃないですか。金輪際ハードの値段を変えない、ということはありませんが、そろそろ根本的な考え方をいじらないといけない時期にきているのではないか、と思います。 他の業界の例でいえば、iPod。ゲーム業界の勢いで値段を下げていくなら、60GBとか80GBの商品が5,900円くらいになっていないとおかしいよね、という話になるじゃないですか。 そうじゃなくて、値段を維持して機能を上げたり、楽しんでいただけるサービスやコンテンツというものを充実していく。そういうやり方も考えなくてはいけないんじゃないか、ということを、私は感じています。 -台数を追いかけない=プラットフォームとしてのトップレースから降りる、と理解される可能性があります。そういうことではないですよね? 平井:決してそうではないです。 それぞれの年で、なにかにトッププライオリティをおいてやらなければいけないね、ということです。毎年のように値段を下げていくことに注力するのが、毎年の戦略であっていいのですか、ということを私は言いたいのです。 例えば去年は、「なにをしても台数を確保しにいこう」ということで、積極的な値段戦略を実行させていただきました。今年については、いかにソフトを充実させるかであるとか、ゲーム以外のコンテンツを楽しんでいただくか、ということ、すなわち、サービスとコンテンツの充実にプライオリティをおいているわけです。 もちろん、まったく台数を追わないわけではないです。台数も追いたいですけれど、どこに優先度を置くかといえば「ソフト・サービス。コンテンツ」です。 台数レースというお話がありますが、PS2も、9年目で1億3,000万台が売れました。そこで見て、ゲームメーカーやリテーラーさん、ソニーグループに対し、どのようなビジネスで貢献できたかをみて分析できるのです。PS3も、2年目に台数を追うだ追わないだ、という話ではなく、10年のスパンの中で、いまなにをしないと、10年目に自分たちが思い描いているところにPS3が向かわないか、それを考えることが、私にとって大切なことです。 もちろん、単年度の実績も大事ですよ。このあたりは白黒じゃなくバランスの問題だと考えます。 ややもするとですよ、値段だけ下げて、台数だけ伸ばせばなんでもいいんだ、5年たって新しいプラットフォームに行けばいいんだ、という考え方もあるかもしれません。しかし最終的に、それではお客様に申し訳がたたない。そういうビジネスはしたくないし、うちはやったことがないですよね? ■ 「朝」でも使うPS3に? 狙うは「LIFE with PLAYSTATION」 -ノンゲームの中で、これからユーザーの支持を得るだろうと思われるのはどんなジャンルですか?
平井:それぞれやってみなけれなわからないです。まずはご評価いただくのが大事です。 さらに、もうちょっと概念的なお話になって申し訳ないんですけれど……。 今のPS3というのは、基本的にはゲーム機です。そうあるべきだし、重要なことなんですけれど、それであるがゆえに、「朝」はあんまりつかいませんよね。仕事から、学校から、アルバイトから帰ってきて、リラックスする時間に使うものです。ゲーム機だからそれは当然です。 もちろん、その体験はもっと大きくしていきたいんですけれど、みなさん、朝、なにか「メディア」に触れますよね。テレビでも、新聞でもPCでもいいんですが。 その忙しい、限られた時間の中で「なにを見るか、なにを楽しむか」という時に、PS3を介して、簡単に情報をとれるようにしたい。 ゲームは朝いそがしい時になかなかできませんが、「もうあと10分で出なきゃいけない」という時でも、PS3でニュースを見てもらうとか、天気を見てもらうとか……。なんでもいいんですけれど、「情報を取りに行くならPS3」と思っていただけるようなものに育てたい、と思っているんです。 それをするためには、いろいろなサービスを広げていかねばならないと思いますが、最終的には、まさしく「LIFE is PLAYTSTAION 3」という世界を実現したいんです。 -そのための一つのアプリケーションが、「LIFE with PLAYSTATION」だと? 平井:そうです。 ただ、いまはベーシック中のベーシックです。「ニュースがみれて雲がみれるだけじゃないか」と思われるかもしれませんが、あれはあくまでスタートです。 平井が言っている「ノンゲームの世界」というのがどんなものかご理解いただけるよう、どんどんどんどんアップグレードしていきますから。そうして、ノンゲームの世界を広げたいと思っています。
平井氏が最後に言ったことは、なにも「PS3をニューススタンドにしたい」という話ではない、と理解している。PS3を様々なコンテンツを届ける端末として見た場合、これまでは、ゲームにしろBDの映画にしろ、「能動的に余暇を楽しむための端末」という意味合いが強かった。ノンゲーム・コンテンツは、そういったものだけではない。ニュースや天気といった情報は、「受け身で楽しみたい、得たい情報」の一例である。そういった、従来PS3が入っていけなかったところへ、様々なコンテンツやソフトウエアの力を借りてアプローチすることで、PS3の可能性を広げていきたい、というのが、「LIFE with PLAYSTATION」の真意だろう。 PS3は、前社長の久夛良木健氏をはじめとした、SCE技術陣の「新しい汎用コンピュータ」への夢から始まっている製品だ。平井氏の言う「LIFE with PLAYSTATION」は、平井氏流の「PS3・汎用コンピュータ化計画」のカタチ、といったら、言い過ぎだろうか。 □Electronic Entertainment Expoのホームページ(英文) (2008年7月17日)
[Reported by 西田宗千佳]
AV Watch編集部 |
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