BDレコーダメーカー・インタビューの2回目はシャープ。BD関連商品およびオーディオ商品を担当する、AVシステム事業本部・デジタルメディア事業部長の喜多村和洋氏のインタビューをお届けする。 BDレコーダメーカーの中でも、独特のポリシーを持った製品作りを行なっているシャープ。「レコーダで目指すところ」、そして「今後のBD市場」について聞いた。(インタビューは7月10日に行なった)。 ■ 新製品で「AQUOS」越え達成? トランスコーダの画質が高評価
シャープといえば、やはり「AQUOS」の液晶テレビ事業の印象が強い。レコーダ事業も、液晶テレビとのセット販売が強い、というイメージを持つ人も多いだろう。喜多村氏も、「現在ご支持をいただいているのは、やはり、AQUOSのおかげだと思います」とそれを認める。ただし他方で、単純な「顧客囲い込み」だけが目的でない、ともいう。 「我々は、お客様に“安心”をもってお使いいただきたい、ということを重要視しています。ですから、リモコンのレスポンスであるとか、テレビ番組表の表示スピードであるとか、お客様にストレスの少ない商品であることを第一に考えています。その中で、テレビと一緒に安心してお使いいただきたい、という要素もあります」。 「安心して使っていただけるために、お買いいただいたAQUOSのテレビと組み合わせると、より便利であるとか、よりきれいに見られる。言い換えると、テレビとの連携であったり、一頃言われた“囲い込み”という言葉になっていくのかも知れませんが。それはもう、ユーザーがベースにあり、お客様の使い勝手をいかに良くするか、ということがベースにあります。これはもう、ずっと我々が追い求めているものです」と話す。
他方で、新しい傾向も見え始めた。7月1日に発売した新機種、「BD-HDW30/25/22」の3機種の販売が好調であるということだ。 「今回のモデルについては、テレビと関係なく、単品での手応えが非常に大きいんです。ハイビジョンレコーダについては、3割くらいのシェアをとり続けてきた中で、それをひっぱってきてくれたのはAQUOSブランドだったとは思います。ですが、今回はちょっと違います。AQUOSブルーレイという名前はついてますが、“AQUOS”という名前を小さくしても、お客様には買っていただけるような商品ができたと思います。単品での指名買いが増えています。やはり、トランスコーダや様々な独自機能が評価されての結果だと思います」。 BD-HDWシリーズは、シャープ製レコーダとしては初めて、AVCによる画像圧縮を行ない、HDDやBDへ長時間録画するモードが搭載されている。他社に比べ1シーズン遅れた格好だが、その分、内容は充実している。 他社の場合、再圧縮に使われるのは「エンコーダ」である。映像を一度完全に展開し、その後に再び圧縮作業を行なうという手順をとる。それに対しBD-HDWシリーズに搭載されているのは「トランスコーダ」。映像データを完全に展開してしまわず、動きベクトルの検出データやフレーム単位でのビットレート変化傾向といったデータはそのまま利用し、MPEG-2とAVCの間で変換が必要な部分だけを書き換えながら、変換を行なう。 「完全にデコードして、またそれからエンコードするということは、本来は、放送局にある巨大な設備がそのまま必要、ということです。MPEGの動きベクトルの算出であるとか、時間的に変化するビットレートの調整であるとかは、本来は業務用機器でなければ理想的に再現することはできません。他社さんはそれを(レコーダの中で)やられているわけですが、画質に影響します。我々の5倍モードを観てもらえばわかるのですが、他社の3倍モードなどと見比べても、きれいです。我々は、放送局にある巨大な動きベクトル算出機で作られた動きベクトルはそのままに、最終的なエンコードをもう一度するわけですから、映像がきれいになるわけです」。喜多村氏はそう説明する。 確かに、BD-HDWシリーズのAVC圧縮の評判は良い。今回は短時間のデモでチェックしたのみだが、喜多村氏のいう「他社の3倍モードよりシャープの5倍モードの方が美しい」という表現は、あながち大げさなものではない、と思っている。 (エンコードでなく)AVCへのトランスコードという点でも、すでに東芝がRD-A301以降の機種で手がけており、業界初、というわけではない。しかし、画質については東芝のトランスコーダより、シャープの方がまちがいなく上と感じる。 「お肉にたとえたら、冷凍のお肉を完全に解凍すると、肉汁が出てしまってうまみがなくなりますよね? だったら、半解凍のまま扱った方がよっぽどおいしいお肉が食べられる、ということです」と喜多村氏は笑う。
□関連記事 ■ 「放送局を家の中に」が設計思想。データ放送に独特のこだわりを シャープがBD-HDWシリーズでトランスコーダを搭載したのには訳がある。画質的に有利である、ということももちろんだが、むしろ、同社のレコーダに共通する「設計思想」に由来する、という。 「トランスコーダを搭載したのは、“出来るだけ素のデータをそのままお客様に届けよう”ということが、設計思想になっているからです」。喜多村氏はそう話す。 「シャープは、高画質=ハイビジョンを、すべてお客様に伝えないといけないと考えています。元々のレコーダの作り方が、“家庭の中の放送局”という作り方なんです。放送ストリームを全部蓄え、好きな時にそれを取り出して観る。すなわち、放送波をそのまま残す、という発想です。TS記録、というのはシャープが初めてやったわけです。他のフォーマットに変えず、ダイレクトにそのまま残す。あとは、楽しむ時に好きなように楽しんでもらえばいい。ストレージに持ってくる時には、なにも削ってはいけない、ということです」。 喜多村氏のいう通り、HDDへデジタルハイビジョン番組を記録していく「ハイビジョンレコーダ」を、最初に商品化したのはシャープだ。2002年12月に発売した、BS/110度CSデジタル対応のレコーダ「DV-HRD1」がそれである。以来シャープは、放送データをそのまま蓄積する「デジタルレコーダ」にこだわってきた。 そのこだわりの一端は、「データ放送」の扱いから見えてくる。多くのデジタル放送対応レコーダでは、データ放送を重視していない。録画時に切り捨てたり、同時記録しても再生時には無視したり、といった形で処理を行なう場合が多い。 だが、シャープのレコーダは、一貫してデータ放送を大切にしてきた。そのまま蓄積するのはもちろんだが、再生時にも、本放送時と同じ感覚でデータ放送を体験することができるようになっている。BD-HDWシリーズでも、その伝統は受け継がれている。AVCの録画モードでも5倍モード以外では、データ放送をそのまま記録し、再生可能としている。 データ放送同様、音声ストリームも出来る限り手は加えず、そのまま記録するのが基本方針だ。「録画している、というよりは、“放送局からタイムシフト・プレースシフトして、自宅にきた”と思っていただいた方がいいです。そこには、余すことのない元データがあるわけです。データ放送もありますし、5.1chの音声データもあります。好きなように使ってください、ということですよ。音声についてもできるだけ変えない、というのも同じ思想です」(喜多村氏) 他方で、映像を長時間記録したい、というユーザーがいるのも事実。他社製品で、データ放送を切ったりオーディオを再ミックスしたりして帯域を稼いでいるのはそのためだ。 「なので、今回はトランスコーダをつけたんです。長時間モードでもデータ放送や音声データを残しつつ、新しい手法でカバーしていく。絵はきれいなまま、付随した情報をカバーできます。今回の機種というのは、我々は非常に強力だと思っています。他社に比べると、AVCの投入が一期遅れた形になりましたが、追いついただけでなく、独自のアドバンテージを持っていると思います」と喜多村氏は説明する。 ■ 市場はHDDだけじゃない?! BD-REのみのモデルは今後も継続 放送をそのまま残すことにこだわる理由を、喜多村氏は「観ないともったいない」というシンプルな言葉で説明する。 「スポーツイベントはもちろんですが、ドラマなどでも、最近はデータ放送がすごく充実しているんです。登場人物の人間関係がひと目でわかったりしますし。例えば、『コード・ブルー』(編注:コード・ブルー -ドクターヘリ緊急救命- フジテレビ系列放送)の場合、そのシーンに登場しているキャストの方が着ている服が、私服なのか、スタイリストさんの持ち込みなのか、どこのメーカーのどこのものなのか、といったことがわかったりします。同じように釣りの番組では、仕掛けの作り方などが細かく開示されていて、それをボタンひとつで楽しめるんです。そういったものを楽しむためには、放送されたデータをそのまま記録して、そのままだしてあげることが重要なんです」。 ビデオレコーダの商品企画に関わる人々には映像フリークが多いのだが、喜多村氏も例外ではない。自身を「ドラママニア」、「ドラマフリーク」といってはばからない。 「もう、寝ないで観ています。新ドラマはとにかく全部録画して、第1話、第2話までは見ます。で、その後、みたいモノだけを毎週残していって、最後には2つか3つだけを最後まで見る、という形にするんですが」 テレビ好きならではのこだわりが、データ放送や音声放送の記録仕様にも現れている、ということなのだろう。他方で、次のようなことも語る。 「HDDしか使わない人もいるし、“全部のメディアがついていないと心配”というお客様もいる。“いままでのビデオをどうしよう”と考えておられるお客様もいる。ターゲットをしっかり狙って商品は作りますが、ターゲットはいくつも作ります。それがシャープの商品企画です。合わせ技で、市場での位置をしっかり確保していきたいと考えています」。
その思想を表しているのが、HDDを搭載せず、BD-REのみを搭載した「BD-AV1/AV10」シリーズだ。レコーダといえばHDD搭載、という流れに逆行する形の製品であることから、昨年秋の発表時には、その存在価値や狙いを疑問視する声も少なくなかった。 「おそらく、HDDに慣れた方は、もうHDDから戻れない。それは間違いないです。ですが、お客様というのはそういう方ばかりではない。これはマーケティング調査からはっきり見えています。“なぜ直接ディスクにとれないの? ディスクに録って簡単に持ち出せる商品がないの?”というお客様が非常に多いんです。AV1/AV10の“AV”とは“AQUOSビデオ”なんです。Blu-rayなんだけど、ビデオチックに使ってよ、ということです」。 「HDDがないといけないお客様と、HDDに垣根を感じておられるお客様、両方にいかないといけません。元々ビデオの時代には、年間の出荷台数が600万台から700万台、ありました。ですが、今のDVDレコーダの市場は年間400万台。あと数百万台の潜在需要があるわけです。そこに商品提案をやっていかなければいけない」 「ただし、シャープの狙いは必ずしも当たったとはいえない。市場は、やはりHDD搭載型を基本に動いているのが現状だ。時期の問題はあったと思います。今後オリンピックをきっかけとして、年末に向けて普及の時期にはいってきます。そうすると、我々が1年前に投入した商品の良さがご理解いただけるユーザーの方が増えてくるだろう、と思っています。投入時期は明かせませんが、普及が爆発するタイミングにあわせて、BD-REのみのモデルの決定打を入れていきたいと思っています」と喜多村氏は話す。 現時点では、BDを買っているのはまだ先進層に近い。かなり広がってはきたものの、それなりに「AV機器に関心がある層」だといえる。シャープがBD-REのみを搭載するモデルで狙うのは、その次に来るより広い層、ということなのだろう。 BD-REのみのモデルが、喜多村氏の狙い通り支持を得ることになるかどうか、それを予想するのは難しい。だが、その可能性を思わせる出来事が、過去にあったのも事実である。 DVDレコーダが登場したばかりの頃、業界を驚かせる出来事があった。多くのメーカーが「HDD搭載モデルが中心」と考える中、VHSとDVDのみを搭載したモデルが売れたのだ。 そこでシェアをとっていたのは、松下とシャープの2社。その後、東芝なども追いかけ、HDD搭載型とは別に市場を構成していった。BD-REのみを搭載したモデルが、同じようなヒットにつながる、と喜多村氏は観ているのだ。 「実はああいったタイプのものは、我々が最初に手がけたんです。我々の目線は、マスで、よりユーザーターゲットをとらえた商品を、ということです。今回については、それは少し早く、アーリーアダプターの時期だったかもしれませんが。このあたりは、我々のマーケティングが、競合他社と違うところだと思いますね」と喜多村氏は説明する。 BD-REのみのものがどこまで売れると考えているのか? 喜多村氏は、「時期はわからないですよ。でも、(全BDレコーダの)半分ぐらいはいくというイメージを持っています」と自信のほどを語る。
【2007年10月30日】「VHSをブルーレイで置き換える」 ■ オリンピックは「二段目のロケット」。開発体制もBDに一本化 では、BDの市場そのものを、シャープはどう見ているのだろうか。 「昨年末、ソニー・松下・シャープの3社がCMを打って、かなり認知が進みました。普及のための“ロケットの二段目”がオリンピックだと思っています。今度のオリンピックは中国で開催されるということで、水泳などの決勝競技が、アメリカのゴールデンタイムにあわせて開催されます。そこで我々は、タイムシフトで見よう、という伝え方をしています。 また、HD DVDとの競合からBDに一本化されたことで、今から買うのであればBDが、安心のBDが、という進め方ができるようになりました。作る方のメーカーとしても、流通の販促も、お客様が安心する形で、一枚岩で押していけるいいチャンス。液晶テレビも、Blu-rayとのセット販売で、販売店でも単価が確保できるということで積極的に拡販していただいています」 そう喜多村氏は話す。開発体制も、完全に「ブルー・シフト」を敷く。 「(DVD搭載の製品も)ニーズがある限りはやっていきたいと思いますが、開発はほぼ、Blu-rayだけに絞ります。100%とはいいませんが、ブルーに注力していきます。 Blu-rayはどんどん新しいチップが出てきますし、機能提案も行なっていきます。DVDについては、新たな開発費をかけるようなアイテムではない、という認識です。現行のシステムをいかにシェイプアップしていくか、という話になると思います。もちろんニーズがある限り、今後も継続はしていくつもりですが、事業の中心になることはありません」 これまで開発面で、シャープは色々と問題を抱えていた。例えば昨年は、いくつかの機種がなんども発売延期を繰り返し、悪いイメージを植え付けていた。その一因も「Blu-rayとDVDタイプが共存していたこと」にあったという。 「前回のモデルまでは、この“両方を手がけている”というところが、大きな負担となっていたのは事実です。ですが、今後シャープは、もう、ブルーに集中していきます。この7月1日の商品から。これまで大変だった部分が無くなっていきますので、スムーズに商品投入ができるものと考えています。事実、今モデル(BD-HDWシリーズ)は7月1日の発売日よりも、10日前くらいに店頭に並べることができました。我々は、体制をしっかり見直して臨んでいます」 ■ AQUOS純モードは「大切に育てる」。「2日に一度は使う」機能を シャープが「生みの苦しみ」を味わっていたのは、特に「ソフトの面」であった。シャープはレコーダやテレビのソフトウエアを出来る限り内製する、という方針を採っている。LSIこそ他社から供給を受けているものの、それを動かすためのソフトは自社で開発する、という体制を貫いている。 「利点は、フレキシビリティが高まる、ということです。例えば、レコーダとテレビで、まったく同じEPGが使えるわけです。そういったことも、すべて自社内で調整できるからできるんです。ソフト部隊をすべて自社内で抱えていますから、非常に融通が利きます。 水平分業の“組み立て屋”じゃなく、コンセプトを最終製品まで強みを最大限生かした商品展開ができます。それだけ人を抱えているわけですから、重いといえるのかも知れませんけれど、それだけ自由度が高いということでもあり、すりあわせができる、ということでもあります」 そう喜多村氏は説明する。 その利点を最大に生かしたのが、今回の新製品から投入された「AQUOS純モード」という機能だ。この機能は、AQUOSにHDMIで接続された際、レコーダが「相手がAQUOSである」と認識、最適な画質に調整して映像・音声を出力する、というものである。現状では、「最新のAQUOSにあわせた映像出力に特化している」(喜多村氏)とのことだが、今後は対応機種も増やし、機能も強化していくつもりだという。 「AQUOS純モードの展開というのは、戦略的に行なっているところです。カラーテーブルの拡張とか、いろいろな展開がありうる。また、HDMIで相互に通信できるので、AQUOS側がどういう状態かを知ることもできるわけですから、さまざまな展開が考えられますよね。まあ、これ以上はご勘弁ください。ユーザビリティから先の、おもしろいところに一歩踏み出した。大切に育てていかないといけないと思っています」 他方、ビデオレコーダに対する「機能追加」については、多少慎重に見ているとことがあるようだ。モバイルデバイスへの持ち出しなどについては、 「基本的にはノーコメント。ですが、正直私は、慎重に考えています。個人的には好きですよ。ザウルスユーザーですし、iPodであるとか、ウォークマンに転送とか大好きなんです。ですが、“行為”で終わってしまいたくない。“転送する”ことそのものを楽しんでしまい、観るところまでいかないんです。だから、他社さんの動向を含め、慎重に観ています」 喜多村氏には、商品企画上、譲れないコンセプトがある。 「これは、常々部下にも話しているんですが……。“行為”とか“機能”とかどうでもいいんです。お客様がほんとうにそれをやるの? 楽しいの? 長続きするの? というところまで考えないと。10%のお客様はつくかもしれないですが、マスにはならない。 結局、つけたけれど高い商品になり、使われない商品になってしまう。変な言い方ですが、“エコ”ではないですよね。いいな、と思って買っていただいたけれど使わなかったのならば、それはいいことではないと思います。ですから、商品企画的な立場としては、少なくとも2日に一度は使う機能を搭載していきたい、と考えます」 そんな中、有望と考えているのが「写真」の機能。写真をビデオレコーダに蓄積していく機能は、「私自身もやるし、今後広がっていくものだと思います。こちらは、間違いない」と自信を見せる。 喜多村氏の担当範囲は国内だけではない。現在、国外向けのBDプレーヤーなどのビジネスも進行中だ。ただこちらについては、 「シュアにやっていきたいと思います。海外では、液晶テレビとのバンドリングのビジネスを中心に考えていますので。ビデオレコーダについても、具体的には申し上げられる段階にないです。市場はあるんです。あとは、日本のように、繰り返しみたいと思うようなコンテンツがあるかどうかも含め、綿密なマーケティングを行なわないといけないでしょう」 とのみ語る。当面、シャープのレコーダ/プレーヤー市場は、日本をコアとして展開していくことになるようだ。 □シャープのホームページ (2008年8月7日)
[Reported by 西田宗千佳]
AV Watch編集部 |
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