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本田雅一のAVTrends

3D実用化に本気で取り組む松下の新技術
プラズマの特性を生かし、BDプレーヤーの互換性も確保


 9月30日から開催されるCEATEC JAPAN 2008にて、松下電器が公開する予定のプラズマパネルを用いた3D映像システムの背景を、米ハリウッドに設置されたPanasonic Hollywood Laboratory(PHL)および国内で取材した。今回のコラムでは展示に先立って、その見所や背景となっている技術、コンテンツの状況などについて紹介する。


■ 来年以降、急速に増加が見込まれる3Dコンテンツ

 これまで家庭向けの3Dディスプレイシステムは、挑戦しては敗北を繰り返す存在だった。40歳以上の読者なら、青と赤のカラーフィルムを貼っためがねで立体視を一度は楽しんだことがあるだろうし、パソコン世代なら液晶シャッターを用いた3Dゲームを経験した人もいるかもしれない。

 しかし、これまで3Dは家庭向けデバイスとしては、LDやDVDなどでも実現されていたが、マイナーな存在でしかなかった。なぜなら、フリッカーや画質などの問題に加え、圧倒的に3Dコンテンツが少なかったからだ。3Dゲームなら容易に立体視システムと組み合わせることが可能だが、それでゲームがしやすいか?と言えば疑問が残る。

 一方、劇場に目を向けると、昨年ぐらいからにわかに3D映画が注目を浴び始めている。劇場でお金を払って映画を観るのは、家庭で楽しむ以上の付加価値を得られると考えているからだ。それは大画面だったり高画質だったり、あるいはサラウンドの音響システムだったりするかもしれない。

 しかしBlu-ray Discが登場すると、最新の映画シアター並のクオリティを持つ市販ディスクをユーザーが購入可能になる。シアター機材への投資は必要だが、投資の多寡に応じて、相応の映画を観る環境を家庭で整えることができる。

2005年のチキンリトル3D上映に利用されたクリスティのDLPプロジェクタ チキンリトル3D上映時の専用メガネ

 このため、映画産業が発達している北米において、劇場へのプラスワンの付加価値をどのように加えるか? が議論されてきた。その一つは4Kシステムなど高画質化だが、こちらは数1,000万円単位の投資がスクリーンごとに必要になるため、普及が難しい。

 そこで増加してきているのが3D対応シアターだ。日本でも数年前にチキンリトルの3D上映が話題になったことがあったが、北米ではその後、実験的に3D制作されるCGアニメが増え、中には実写映画で3D化を行なった例もある。いずれにしろ、これら黎明期の3D映画は、付加価値を求める北米の観客に受け入れられ、映画会社は3Dコンテンツの制作に力を入れている。

 ドリームワークスはアニメ作品のすべてを3D制作にすると明言しているし、実写映画でもジェームズ・キャメロンが監督する20世紀フォックスの「アバター」など、本格的な超大作が3D撮影で制作されている。数多くの娯楽作品を持つディズニーも、当然ながら3Dには積極的だ。一通り実験作で経験を積み、そのノウハウをもっていよいよ3D作品が本格的に増えていく、その端緒に来ているのだ。

 このあたりは、3Dシアターがあまり普及していない日本では感じ取りにくいはずだ。しかし北米を中心に、3Dシアターは確実に増え続け、劇場へと足を運ぶ新しい付加価値として認知されてきている。シアターの3D化は4K化よりもはるかに安く、方式によってケースバイケースだが、スクリーンあたり数100万円で対応可能という点も普及を後押ししている理由だろう。

 過去の例を見ると、映画で導入された技術は、そのまま家庭向けにも展開されている。サラウンドサウンド技術などはその典型的な例だろう。映画は劇場向けにサラウンドで編集する。ならば、そのまま同じマスターを使って家庭向けにも付加価値として売ればいいという考え方だ。

 つまり、せっかく劇場用に3Dコンテンツを作るのであれば、それをパッケージソフト化してしまおうというのが、ハリウッド的な考え方なのだ。しかし、現状では3Dのコンテンツは生まれてくる予定があるのに、家庭でそれを楽しむ有力な方法はない。3Dシアターで使われている立体視のシステムは、いずれも光学フィルタをプロジェクタに装着するもので、直視型のテレビには応用できないからだ。

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【2005年12月16日】映画「チキン・リトル」が新3D上映システムで日本初試写
-1台のDLPプロジェクタで144fps投写。岡本真夜も感激
http://av.watch.impress.co.jp/docs/20051216/buena.htm


■ プラズマの高速応答性を活かして3D化

CEATECに出展する「3D フルHD プラズマ・シアターシステム」

 映像を3D化する原理は、決して複雑なものではない。左右の目それぞれに、異なる視点からの映像を見せればいい。劇場用の3Dシステムとして広く使われているReal Dのシステムでは右方向、左方向にそれぞれ円偏光させた映像を交互に投影し、それを円偏光めがねを通して観る。

 松下が展示するのは家庭向けとしては伝統的に使われている液晶シャッターを用いるもので、ディスプレイ側に左右の映像を切り替えるタイミングと同期させた赤外線信号の発信器を取り付けておき、その信号をメガネが受信して左右の液晶シャッターをオン/オフさせるアクティブ型メガネを用いる。

 従来と異なるのは書き換えの速度だ。120Hzの倍速でフレームを書き換え、左右の映像を交互に表示する。つまり片眼だけで言えば60Hz。ちなみに劇場用は144Hz表示。実際に立体視用に開発された103インチプラズマパネルで3D映像を見ると、若干のフリッカーを感じるものの、かなり自然に鑑賞することができた。おそらく同様のアクティブ型メガネを用いたシステムを体感したことがあるなら、目への負担が大きく下がっていることに驚くだろう。メガネそのものも小型・軽量化され、かけ心地はさほど悪くない。

3D フルHD プラズマ・シアターシステム用BDプレーヤー液晶シャッターを備えた3Dメガネと赤外線送信部

 しかし、原理は簡単だが実現は難しい。120Hzの高速レートに、ディスプレイがきちんと応答しなければ左右の映像がクロストーク(混ざり合うこと)し、3D感を損ねてしまう。現状の液晶テレビは、いずれも120Hzの3D表示には堪えられない。1/120秒単位での映像の切り替えに対し、十分な応答ができないからだ。高速応答性に優れたプラズマテレビにしても、蛍光体の残光時間が長ければ、液晶パネルほどではないにしろクロストークは発生する。また、プラズマの場合はフレームレートが上がることでサブフィールド数が減り、階調表現が損なわれる可能性もある。

103型プラズマに新蛍光体を採用し、3D化を実現

 そこで松下は、今回3D向けに短残光の蛍光体を使用し、画素を両端駆動することで高速化した新たなパネルを開発した。

 残光時間が短くなると、1発光あたりの光量は少なくなる。このため残光長を短くすると原理的には画面が暗くなるが、実際に観た印象では短残光化による悪影響は感じなかった。階調表現に関しても十分な検討がされているようで、実際には階調数が減っているのかもしれないが、左右分の映像が合成された映像は、当然だが立体的で頭に入ってくる情報が多く、階調数が減じているという印象も受けない。トータルでの体験レベルは確実に上がって感じられた。

 その成果は従来の家庭向け立体視システムのいずれよりも良好な結果であり、理屈うんぬんよりも、3D化による臨場感の増加が観る者を圧倒し、他の細かな懸念を打ち消すのに十分な説得力がある。もちろん、完全なものであるとはまだ言えないが、十分に近い将来の実用化を意識させる仕上がりだ。



■ 左右映像を1枚のBDに収録。3D非対応プレーヤーとの互換性も

 さて、デモンストレーションに使用した3D映像だが、実はBlu-ray Discのフォーマットを独自に拡張し、既存の松下電器製BDプレーヤーのファームウェアを改造し、3Dコンテンツの再生を行なっている。

 ここで疑問が4つ生まれた。どのような映像ストリームで収録されているのか? 従来のBDプレーヤーで再生した場合、どのような振る舞いになるのか? 3Dプレーヤー化する場合に、コストが大きくなりすぎるのではないか?そして、ディスプレイとプレーヤーはどのように接続しているのか?だ。

 まず映像ストリームの形式は、MPEG-4 AVC/H.264で定義されている規格の範囲内で左右分の映像が記録されている。これについては後述したい。

 次に従来のBDプレーヤーで再生した場合だが、H.264の規格範囲内で映像ストリームを作っているため、既存プレーヤーで再生させても、問題なく再生が可能だ。ただし、この場合は当然ながら3D映像とはならず通常の2D映像となる。

 またBDプレーヤーのBD-Live対応プロファイル2.0では、メインのフルHD映像+フルHDのサブストリーム映像を同時再生できる能力がオプション規格ながら求められている。たとえば、松下のUniPhierを搭載したレコーダやプレーヤーがそうだ。つまり、最新のBDプレーヤーならば、もともとフルHD映像2本分のデコード能力は持っているので、ファームウェア側で対処さえすれば、既存のプラットフォーム上でも3Dプレーヤーを開発することは可能かもしれない。実際、今回のデモで使うプレーヤーも、市販品と同じUniPhierを用いたプレーヤーのファームウェアを入れ替えて実現している。

 最後にディスプレイとプレーヤーの接続方法だが、これもHDMIケーブル1本で接続されている。現時点では3D映像の伝送フォーマットは定義されていないため、今回のデモでは1080/60iのビデオ素材や、2-3プルダウンされた映画(1080/60iになる)を2つ同時に1本のケーブルでHDMIで転送していた。元々、HDMIは1080/60pを伝送できるため、インターレスならば2本分の映像を通すことができる。受け取ったディスプレイ側では、2つの1080/60i映像を並列処理すれば120Hzの3D映像として表示が可能だ。

 これは当然、将来的にはHDMIで定義されている1080/120iのプロトコルを応用し60i×2として送信したり、1080/48pのプロトコルを使って1080/24pを2本同時送信するといった規格へと発展させるなど、規格上の整備は必要となるだろう。しかし、そこには技術的なハードルはすでにない。


■ 同等画質を1.5倍のビットレートで3D化

 実は今回のCEATEC向け3Dプラズマテレビのデモに先立って、8月に渡米した際、米ハリウッドのPanasonic Hollywood Laboratory(PHL)にて、3Dのエンコード技術について現地でのデモを受けていた。

パナソニックハリウッド研究所

 PHLで見せてもらった方式では、メインの映像(左右のうち2D映像としても使う側)を通常通りにエンコードし、反対側の眼に見せる映像はメイン映像の差分として記録しているとのことだ。つまり、メインではない側の映像には、前後相関なしに圧縮されているIフレームは存在しない。左右の映像は、同じタイミングの視点が異なる映像であるため、当然ながら相関が非常に強くメイン映像に対する差分情報だけで十分に高画質な像を生成できる。

 このため、2倍のフレーム数を記録する必要があるにも関わらず、1.5倍のビットレートを与えれば画質を全く落とさずに3D化できる。しかも、前述したようにH.264の規格には、メイン映像から分岐して生まれる別の映像を記録するフォーマットが最初から定義されているので、非対応プレーヤーでもメイン映像だけが問題なく再生できるというわけだ。

 3D映像の記録方法には様々な手法があるが、もっとも一般的なのはサイドバイサイドという方式だ。これは画面を2分割し、左右にそれぞれの映像を配置。再生時は縦横比を補正した上で表示する。このため原理的に解像度は半分になる。その上、60Hzで表示するために走査線を奇数と偶数に分け、それぞれに左右の映像を割り当てるテレビが多いため、トータルで縦横ともに半分の解像度しか得られないというのが、従来方式の問題だった。

 しかし松下の方式では、フルHDの映像がそのまま3D化される。その実力を体感するため、PHLに設置されている380インチスクリーンを用い、ドルビーラボラトリーズの3Dシステムを組み込んだ業務用映写機で、PHLが作成した3D映像をH.264 High Profileでエンコードし、BDに収録したものを再生した場合と、非圧縮のオリジナル3D映像をHDDから再生した場合とを比較した。使用したコンテンツは、いくつかの劇場公開用映画とコンサート映像だ。

 いずれも原画との差は非常に小さい。若干、原画の方が3Dの飛び出しが大きく見えるが、むしろ圧縮した映像の方が3D感がマイルドで疲れにくい。精細感に関しては全く変化はなく、フルHDの市販ソフトそのままのクオリティが3D化する。

 CEATECでは独自に撮影したビデオをデモに使うようだが、今後多く制作される予定がある3D映画を、そのまま品質を大きく落とさずにパッケージ化でき、しかも2Dシステムとの互換性もあるとなれば、対応コンテンツの登場も難しくはないだろう。

 なお、松下電器は、3D対応コーデック方式やBD-Javaなどでの3Dインタラクティブ操作などを含め、今後はBlu-ray Disc Associationなどで3D映像をパッケージ化するためのフォーマット策定へとフェーズを移していくことになる。


■ 3Dに対する松下の本気度を示したデモ

 CEATECでのデモでは、103インチプラズマテレビの3D化バージョンを、専用シアターにて入れ替え制で来場者に見せる予定だという。あくまでも“参考展示”であり、具体的な製品計画が示されているわけではない。

 注目したいのは、純粋にデモのためだけに用意した“展示用スペシャル”ではな く、3DコンテンツをBDソフトとしてパッケージ化するための技術開発、市販プ レーヤーを改造しての再生、HDMIを1本だけ使った接続、3D非対応BDプレーヤー との再生互換など、実用化に向けた要素技術を一通り揃えての“参考展示”という 点だ。すでに外堀を十分に埋めてからの満を持した上での披露というところに、 松下の3D映像に対する本気度が現れている。

 実際に劇場公開された3D映画を使って3D H.264エンコーダを開発していることなどから考えれば、当然、映画会社とも連携して開発・戦略立案を進めてきたのだろう。

 日本では3D対応劇場がまだ少なく、今ひとつピンと来ない読者も多いだろうが、ハリウッド映画スタジオの3D映像に対する力の入れ方は決して半端な一過性のものではない。そうした動きと同期して、ここまで周辺の技術を固めているということは、それほど遠くない未来に3D VIERAを投入するということなのかもしれない。

 会場に行くことができるのであれば、まずはCEATECにて、現時点での完成度を確認してみてはいかがだろう。


□松下電器産業のホームページ
http://panasonic.co.jp/index3.html
□関連記事
【9月11日】【AVT】高画質エンコードを支える
パナソニックBDATのサムライたち
http://av.watch.impress.co.jp/docs/20080911/avt030.htm

(2008年9月24日)


本田雅一
 (ほんだ まさかず) 
 PCハードウェアのトレンドから企業向けネットワーク製品、アプリケーションソフトウェア、Web関連サービスなど、テクノロジ関連の取材記事・コラムを執筆するほか、デジタルカメラ関連のコラムやインタビュー、経済誌への市場分析記事などを担当している。
 AV関係では次世代光ディスク関連の動向や映像圧縮技術、製品評論をインターネット、専門誌で展開。日本で発売されているテレビ、プロジェクタ、AVアンプ、レコーダなどの主要製品は、そのほとんどを試聴している。
 仕事がら映像機器やソフトを解析的に見る事が多いが、本人曰く「根っからのオーディオ機器好き」。ディスプレイは映像エンターテイメントは投写型、情報系は直視型と使い分け、SACDやDVD-Audioを愛しつつも、ポピュラー系は携帯型デジタルオーディオで楽しむなど、その場に応じて幅広くAVコンテンツを楽しんでいる。

[Reported by 本田雅一]


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AV Watch編集部

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