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本田雅一のAVTrends

iTunes 8の新機能「Genius」への期待
適度な天然ボケが心地よい自動プレイリスト


iTunes 8

 新型iPodの発表と共にリリースされたiTunes 8.0には、Genius(ジーニアス)という機能が追加された。この機能は特定の曲と関連する曲を集めたプレイリストを自動生成するというもの。新しいiPodとも連動しており、新型iPod nanoやiPod touchからもGeniusを呼び出すことができる。

 こうした「自動プレイリスト」機能は、古くはMoodlogic、近年であればMusic IPやソニーの12音解析などの技術が、Geniusと似た機能を提供してきたが、これらとGeniusはどう違うのだろう?ということで、短時間ながらいくつか実験をしてみた。

 結論から言えば、Geniusはまだヨチヨチ歩きの状態に思える。しかし、それでも従来に比べればずっと音楽を簡単に楽しめる。そしてこれから先、名前の通り天才的な才能を発揮し始めるかもしれない。



■ ユーザーの行動分析から関連する曲を検索

右下のGeniusボタンをクリックする

 Geniusの使い方は簡単。自分のライブラリから好きな曲を選び、ウィンドウ右下に配置されているGeniusボタンをクリックするだけだ。するとプレイリスト中のGeniusというリストに、選んでいた曲と似た、あるいは関連性の高い曲を自動的に選んで登録してくれる。

 気に入った結果が得られたなら、それを保存しておくことも可能だ。保存されたプレイリストは他のプレイリストとは異なる形式で、いつでも「更新」ボタンを押すことで内容をアップデートできる。

 iPodとの同期対象に、Geniusで生成したリストを指定することもできるので、あらかじめいくつかのパターンを登録しておけば、Genius非対応のiPodを使っているユーザーでも、Genius気分は味わうことができるだろう。

 今のところGeniusに対応しているのは新型のiPod nanoとiPod touch(従来機でもiPhoneソフトウェア2.1にアップデートすると使えるようになる)、それにiPhoneソフトウェア2.1をインストールしたiPhoneで利用可能になる。


Geniusでプレイリストを作成 ユーザーによる更新も可能

 機能的には至ってシンプルだが、気になるのは“どのようにして関連曲を探してくるのか?”ではないだろうか。たとえばMusic IPは音楽の特徴を解析し、それをIDのようなタグに変換。IDを比較することで関連性を検出している。どこまで、どのような特徴を抽出して、といった細かい情報は公開されていないが、実際に使ってみるとなかなかの使い心地だ。Music IPは生成するプレイリストの長さが制限された無償版もあるので、興味があるなら試してみるといい。生成したリストはiTunesにも送信できる。

 もっと分析的なのがソニーの12音解析だ。音楽の中身を分析し、テンポやコード進行を読み取って、曲の雰囲気を判別する。人間が音楽をどのように聴き、感じるかをデジタル解析で行なうわけだ。

 これに対してGeniusは、統計学的なアプローチから曲同士の関係を分析する。

 Genius機能をオンにすると、ユーザの持っている曲、プレイリスト、再生回数、レーティングなどの情報がインターネットを通じてiTunes Storeに送信される。この時、情報を送ったユーザーが、どんな曲を購入しているか? などの履歴情報も参照されるという。

 これだけでは、今ひとつ意味がありそうでないような、よく分からない情報だが、同様の情報が世界中のiTunes 8ユーザーから集まってくることで、ある曲と別の曲の関連性が「なんとなく」見えてくる。

 Genius技術のキモの部分は、ユーザーから集まってくる情報から行動を分析し、どれだけ同じタイミングで聴くことが多いのか? をランク付けしていくようだ。“ようだ”というのは、集めた情報をどのように処理しているのか、また曲に付けられたタグをどのように判断しているのかが判らないためだ。ここはアップルとしては明かしたくない部分なのだろう。



■ 似た曲ではなく、関連性の強い曲が選ばれる

 どういうわけか、GeniusはiTunes Storeに強く依存した機能になっている。iTunes 8の機能というよりも、むしろiTunes Storeの新機能と言いたくなるほどだ。

 どうやらこれには理由があるようで、GeniusはiTunes Storeで使われている「お勧め曲」を紹介するアルゴリズムを発展させたものだからと言われている。こんな曲を聴いているあなたは、きっとこの曲が好きなはず……というアレである。

 このため、似た曲を探すのではなく、関連性の強い曲。ジャンルは全く違うけど、きっとこんな曲もイイカンジだよね、といった曲が選ばれる。このあたりはMusic IPなどと比べると振る舞い方が全く違う。もっと緩い感じで関連した曲が出てくるのだ。

 しかし一方で、情報が充分に集まっていない曲の場合は、関連した曲が出てこない。曲の特徴を抽出するMusic IPや12音解析との違いが明確なところだ。

 しかし、こんな緩い機能で本当に役立つのか?という疑問はあるだろう。まぁ、タダなんだから一度やってみなよ、ということなのだが、やってみると実に面白い結果が出る。アップルには申し訳ないが、現状、レビューしている段階では、かなりオバカな結果が出てくるのだ。

 たとえば、SealのKiss in the Roseという曲を起点にGeniusを呼び出してみると、なんと2曲目はEarth, Wind & FireのThat's The Way Of The World。メロディアスなポップスの後に、ややスローめの曲とはいえ、ディスコ調の曲が来た。その次がさらに驚きで、なぜかFrank SinatraのスタンダードナンバーFor Once In My Life。

 実はこの曲は企画モノのデュエットアルバムに入っているもので、Gladys KnightとStevie WonderがSinatraと一緒に歌っている。そんなわけで、おそらくだが黒人アーティスト繋がりでリストに入ってきたのだろう。

 もちろん、妥当と思える選曲も多い。Sadeの曲なんかはブラックコンテンポラリではないが、メロディアスでソウルフルな感じだし、Ben KingのStand by meなんかも雰囲気的にはシックリくる。

 ジャンルやアーティストの肌の色、時代を超えて、なんとなくイイカンジで、それほど違和感はないという、実に緩やかに関連した心地よいランダムプレイリストだ。

 何がいいって、最初に選んだ曲とは全然似ていない曲が出てくるのに、違和感がないことである。たとえばMatt BiancoのSunshine Dayなんていう超脳天気なラテン系を元にプレイリストを作っているのに、The CallingのWherever You Will Goなんていうバラード系が入ってくる。予想も付かないし、プレイリストに起伏があって、似た曲ばかりを抽出した場合よりも、ずっと楽しいのである。


■ 適度に天然ボケな自動プレイリストであれ

 筆者はこれまでMusic IPを個人的に重用してきた。何しろ便利だし、その生成結果にはいつも感心するほど納得のいく曲が並ぶからだ。Music IPは簡易サーバー機能を内蔵しており、他の対応機器、たとえば以前に紹介したSlimDeviceのTransporterやSqueeze Boxなどから呼び出し、今聴いている曲と似たものを次々に再生させるなどの拡がりもある。

 ただ、BGMとして流していくだけならいいのだが、そのリストには意外性があまりなく面白みに欠けるとは思う。どちらかというと秀才タイプで、シャレが効かないのである。

 しかしGeniusは天然ボケを、イイカンジで連発してくれるので、聴いていて起伏を感じるし、かといって大外ししない”ゆる~い”信頼感もなんとなくある。

 iTunes 8はまだリリースされたばかりで、ユーザーが増えてくるのはこれからだ。どんどんデータが集まってくることで、徐々に賢くなっていくことだろう。しかし、いくら賢くなってもGeniusはGenius。天才肌の天然ボケを繰り返してくれるに違いない。適度な天然ボケの存在があってこその楽しさが失われないことを望みたい。

 ところで最後に、iTunes 8のStoreメニューに「Geniusをアップデート」という項目があるのに気付いているだろうか? この項目を選ぶと、最新の分析データの中から自分の持っている曲の情報をダウンロードしてくる。分析データは同期時にiPodへと送られ、iPodはそれを元にプレーヤ内部でGeniusを動かしている。たまにアップデートしてやると、少しはボケ方が変化しているかもしれない。


■ 将来はiTunes Storeのマーケティングツールにも?

右側のGeniusサイドバーにお勧め楽曲などが表示される

 Geniusにはプレイリストを生成するだけでなく、再生している曲と関連する音楽情報を表示する機能もある。これまでも再生中のアーティストに関連づけ、よく売れているがライブラリには見あたらないアルバムや曲を紹介する機能があったが、加えて「おすすめ」も抽出されるようになった。iTunes Storeへのリンクが張られるだけでなく、購入ボタンや試聴ボタンまで配置され、その場で聴いてすぐに購入できてしまう。

 こうしたお勧めツール。もちろん、オンラインショッピングサイトではよくある機能なのだが、自分の持っている音楽ライブラリの情報。どの曲、どのアーティストなどの情報だけでなく、レートの付け方や再生頻度なども把握した上でのお勧めであり、また世界中の音楽ファンからの情報も集まってくることを考えれば、ちょっとひと味違うものに成長していく可能性はある。

 たとえばGeniusのプレイリスト生成機能を“自分が所有していないiTunes Store内の楽曲”に対して適用できたらどうだろうか? できることなら、1曲だけでなく複数の好みの曲を指定した上で、お勧めプレイリストを作ってもらえばさらにいいだろう。

 もくろみ通りにGeniusが動作すれば、自分が持っていない“なんとなくイイカンジ”の曲が並ぶことになる。見知らぬアーティスト発掘に使えるだろうし、もちろん、アップル側からすればマーケティングツールとして使える。

 Geniusのようなアプローチが広まり、当たり前になってくると、あまり良いことではないが、音楽レーベルはiTunes Storeにお金を払って、お勧めのプレイリストに入れてもらいやすくする、なんて商売が生まれてしまうかもしれない。


□アップルのホームページ
http://www.apple.com/jp/
□製品情報
http://www.apple.com/jp/ipodnano/
□関連記事
【9月12日】【新レ】音楽との出会いを演出。新iPod nano
~ Geniusと加速度センサーで着実に進化 ~
http://av.watch.impress.co.jp/docs/20080912/np043.htm
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-nanoは「いい所取り」。Geniusで音楽の再発見を
http://av.watch.impress.co.jp/docs/20080910/apple6.htm
【9月10日】アップル、自動プレイリスト「Genius」搭載のiTunes 8
-新nanoなどGenius対応。レコメンド機能も強化
http://av.watch.impress.co.jp/docs/20080910/apple5.htm

(2008年9月16日)


本田雅一
 (ほんだ まさかず) 
 PCハードウェアのトレンドから企業向けネットワーク製品、アプリケーションソフトウェア、Web関連サービスなど、テクノロジ関連の取材記事・コラムを執筆するほか、デジタルカメラ関連のコラムやインタビュー、経済誌への市場分析記事などを担当している。
 AV関係では次世代光ディスク関連の動向や映像圧縮技術、製品評論をインターネット、専門誌で展開。日本で発売されているテレビ、プロジェクタ、AVアンプ、レコーダなどの主要製品は、そのほとんどを試聴している。
 仕事がら映像機器やソフトを解析的に見る事が多いが、本人曰く「根っからのオーディオ機器好き」。ディスプレイは映像エンターテイメントは投写型、情報系は直視型と使い分け、SACDやDVD-Audioを愛しつつも、ポピュラー系は携帯型デジタルオーディオで楽しむなど、その場に応じて幅広くAVコンテンツを楽しんでいる。

[Reported by 本田雅一]


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