【バックナンバーインデックス】



第203回:iPodに最適なMP3を作る その4
~ 24bit/96kHz変換で音質は上がるか? ~



 前回、エンコードする前に、若干イコライザで高域を持ち上げてからMP3にすると、効果的という例を紹介した。今回はこのシリーズ最終回として、あらかじめ24bit/96kHzに変換してからエンコードすると音質が向上するのかという可能性について検証し、iPod向けという意味でAACへのエンコードについても紹介する。



■ 24bit/96kHz変換で音が良くなる可能性は?

 以前HD Soundの件でエイベックスに取材した際、24bit/96kHzから直接エンコードすることで、より高音質になるという話があった。また先日の北村氏のインタビューの際にも、そうした話題が出ていた。これはWMAやAACへのエンコーディングに関しての話であったが、MP3でも同様の効果があるだろうか?

 単純に考えると、もともと24bit/96kHzでレコーディングし、24bit/96kHzのままミックスダウンしたデータを16bit/44.1kHzのCDフォーマットにマスタリングせずに、そのままWMAやAACに圧縮すれば、CDフォーマット化にともなうロスを防ぐことができるので、いい音になるという可能性はありそうだ。

 もっとも一般ユーザーは24bit/96kHzの音源を入手するのは難しいので、関係ない話のように思える。しかし、波形編集ソフトなどを用いれば、リサンプリングによって96kHzに変換することは可能であり、24bitにすることもできる。

 厳密にいえば44.1kHzと96kHzは倍数の関係にないため、若干の音質劣化はある。気になる人は24bit/88.2kHzというフォーマットを使った方がいいかもしれないが、とにかくハイビット、ハイサンプリングのデータへコンバートすることは可能だ。

 もちろん、素材そのものの音質が向上するわけではない。ただ、24bit/96kHzや24bit/88.2kHzから直接エンコードしたほうが音がよくなるのだとしたら、ひとつの手段として利用できる。

 また、前回のようにイコライザ処理をかけたり、その他のエディット作業をするのであれば、16bit/44.1kHzのまま処理するよりも、一旦24bit/96kHzなどに変換しておくことで、処理における劣化を少なくすることができ、結果として音質が向上する可能性はある。

午後のこ~だでは、24bit/96kHzのWAVファイルをエンコードできなかった

 ただ、ここで疑問に思うのは、本当に24bit/96kHzから直接MP3を生成することができるのか、ということだ。まず、前回優秀だった、午後のこ~だを使い、24bit/96kHzのWAVファイルをエンコードしようとしたところ、エラーではじかれてしまった。どうも16bit/44.1kHzのWAVデータであるかどうかをあらかじめチェックしているようで、それ以外のフォーマットは受け付けないようだ。

 一方、Windows Media Player 10はそもそもWAVファイルからの直接変換はサポートしておらず、24bit/96kHzの音楽CDは存在していないので、ダメ。またWindows Media EncoderはVersion 9までしかないためMP3はサポートされていない。

Exact Audio CopyでLAMEによるMP3化も試したがエラーとなった

 また前回LAMEについてはExact Audio Copyを利用してエンコードしていたので、同じ環境で試してみたが、やはり16bit/44.1kHzでないということではじかれてしまった。

 24bit/96kHzのダイレクト・エンコーディング自体の実現が不可能なのかと思ったが、実現できたのは、いつも使っている波形編集ソフトSound Forgeからのエンコード。24bit/96kHzのファイルを保存する際に、MP3を指定したらあっさりできてしまった。



■ MP3では24bit/96kHzのメリットはなし

 Sound Forgeが、Fraunhofer-IISのエンコーダを使っていることはわかるが、設定項目が少なく本当にダイレクト・エンコードを行なっているのか、Sound Forgeが一旦16bit/44.1kHzに変換してからエンコードしているのかは不明。しかし、動作を見ている限りは、直接行なっているようだ。

オリジナル 24bit/96kHzの高域を3dB上げてからMP3化。オリジナルと離れた波形となった

 前回のセオリー通りに、24bit/96kHzのサウンドの高域を3dB上げてからエンコードしてみた。聞いた感じでは、あまり音質が向上した感じはなく、波形で見るとオリジナルからは遠くなってしまった。やれるだけのことはやったという自己満足はあるものの、どうやら無駄手間だったようだ。


【サンプル音声】(MP3)
16bit/44.1kHz 24bit/96kHz
sample1.mp3
(282KB)
sample2.mp3
(283KB)

コマンドラインで動かして見ると、エンコードできた

 ここでちょっと気になったのがLAME。Excat Audio Copyを使ったのが問題で、24bit/96kHzをエンコードできなかったのではないか、という疑問だ。LAMEはdllファイルのライブラリとしても提供されている一方、コマンドラインで動作するexeファイルも存在する。これまでコマンドラインで使ったことはなかったが、試しに動かしてみたところ、あっさりとエンコードできてしまった。

 せっかくなので、コマンドラインで使うオプションを見てみると、たくさんある。ビットレートの変更はもちろん、クオリティーの設定やノイズシェイピングの設定、ID3-Tagに関する設定などなど。また、例のローパスフィルタを切る設定もある。

 そこで、-kというローパスフィルタを切った上で192kbpsの固定ビットレートでエンコードした結果はどうだろうか? 同じオプションで16bit/44.1kHzからのエンコードをしてみたが、やはりこちらも同様に16bit/44.1kHzでエンコードした結果のほうがいいようだ。MP3に限ってということかもしれないが、試してみたエンコーダにおいては24bit/96kHzからエンコードするメリットはなさそうである。

 ついでに前回扱った、音の変化の違いが捉えられる楽曲サンプルを-kオプションを用いて試してみた。その結果、高域まで出るようにはなったが、波形を見るとやや妙な感じだし、聴いた感じでも午後のこ~だのほうがオリジナルに近い感じだった。

ローパスフィルタを切り、192kbpsの固定ビットレートでエンコードした結果 16bit/44.1kHzでエンコードしたほうが結果が上 前回扱ったサンプルでは、高域は出たがオリジナルとは遠くなった



■ iTunesのAACエンコーダは向上

 最後に、iPod用というならMP3ではなくAACを使うべきだろうという意見が多数寄せられているので、これについても触れておこう。MP3にこだわっていたのは個人的な趣味だが、AACにしてしまうと、転送可能なプレーヤーがiPodに限定されてしまうのが嫌だった。そこで、汎用性の高いMP3にしていた。

 AACへのエンコードはiTunesで行うのが一般的だが、iTunesのAACエンコーダの性能チェックは2003年にやったきり。その後エンコーダが性能アップした可能性もあるので、改めて現行のiTunes 4.9を使いMP3と同様128kbpsと192kbpsでテストを行なってみた。

128kbps 192kbps


【サンプル音声】(AAC)
128kbps 192kbps
sample3.m4a
(237KB)
sample4.m4a
(332KB)

 本来いろいろなデータで試してみないとわからないが、このサンプルにおいていうとハイハットの音だけに注目するとMP3との違いがある程度見えてくる。例えばFraunhofer-IISの128kbpsとiTunes AACの128kbpsを比較すると、圧倒的にAACのほうが原音に近い。また同じMP3の192kbpsと比較してもAACの128kbpsのほうが原音に近い。MP3におけるフランジャーを掛けたようなひずみがないのだ。

 さらに、AACを192kbpsまで持っていくと、さらに原音に近づいた感じで、普通に聴く分には原音との差をほとんど感じないほどだ。これは波形を見てもある程度わかる。波形上は、かなり上まで出ているが、実際の動きを見ると128kbpsでは18kHzまでがしっかり出ていて、それ以上はかなりあいまいな音だ。さらに192kbpsでは19kHzまでが出ているという感じである。

 こうした点を見ても、音質だけに着目するならMP3よりAACのほうがいいというのが実情のようだ。また、2003年当時のiTunesより明らかにAACエンコーダの性能は向上しているようである。



■ AACならiTunesに軍配

SD-Jukebox Ver.4

 では、iPodで利用可能なAACへのエンコーダはこのiTunes搭載のものしか選択肢はないのだろうか? AACエンコーダとして国内で著名なものとしてパナソニックのSD-Jukeboxがある。現行バージョンは5となっているが、手元にバージョン4があったので、これで試してみた。

 エンコードの結果、拡張子saacというファイルが作り出されるが、このままではiTunesで読み込むことができず、拡張子をm4aなどに変更してみたがダメだった。

 そこで調べてみると、使えそうなエンコーダがいくつか見つかった。そのひとつがCDライティングソフトとして有名なNero。これのデモ版がダウンロード可能で、試用期間の制限はあるものの、AACエンコードができた。出来上がったファイルを、iTunesで読み込ませてみると、無事再生することができた。こちらもビットレートの設定ができるので、比較しやすいように固定ビットレートの128kbpsと192kbpsで試してみた。やはりハイハットにおけるMP3のようなひずみはないながら、イコライザをかけて音色を変えたような感じで原音とは明らかに違う。

Nero 固定ビットレートの128kbpsと192kbpsでテストした


【サンプル音声】(AAC)
128kbps 192kbps
sample5.mp4
(192KB)
sample6.mp4
(287KB)

 iTunesのAACのほうが原音に近い。192kbpsのほうがよくはなるのだが、これでも音色の違いを感じる。試しに波形を見ていると、傾向としてはMP3のように16kHz、18kHzあたりでバッサリとカットされているが、音の違いは高域成分以外のところからもいろいろ出ているようだった。

128kbps 192kbps

拡張子「.m4a」のファイルが生成され、iTunesで再生できた

 もうひとつ見つかったエンコーダが、オープンソースのFAACというツール。Linux版やMac版があるほかに、Windows用にコンパイルされたバイナリが見つかったので、これを試してみた。LAMEと同様にコマンドラインの操作となるが、デフォルトの設定でエンコードしてみた結果ではiTunesで読み込むことができなかった。しかし、オプションを調べてみると-wというMPEG4コンテナにラップするというものがあったので、これを試したところ拡張子m4aのファイルが生成され、そのままiTunesで再生できた。

 ただ、このエンコーダは固定ビットレートというものがなく、可変ビットレート(VBR)および平均ビットレート(ABR)であり、かつ最高でABR152kbpsということだったので、これを使ってみた。

オリジナルとは波形が変わってしまった

 ヘルプを見ても16kHzでのローパスフィルタをかけているとのことだったが、そうなっていることは波形からも確認できる。その音を聴いてみると、ニュアンス的にはNeroのAACの128kbpsに近い感じ。やはり音色がオリジナルとちょっと異なるのだ。


【サンプル音声】(MP3)
ABR152kbp
sample7.mp4
(227KB)

 というわけで、MP3のエンコーダではダメという判定だったiTunesだが、AACのエンコーダにおいては現状ではベストのようである。以上のような結果から考えて、AACを選ぶか、音質補正をかけたMP3を使ってみるかユーザーによって考え方は違うと思うが、ひとつの判断材料になるだろう。


□アップルコンピュータのホームページ
http://www.apple.com/jp/
□「午後のこ~だ」ダウンロードページ
http://www.marinecat.net/free/windows/mct_free.htm
□Neroのホームページ
http://www.nero.com/jp/index.html
□AudioCording.com(FAAC)
http://www.audiocoding.com/
□関連記事
【8月22日】【DAL】第202回:iPodに最適なMP3を作る その3
~ エンコード前の高域ブーストで音質向上? ~
http://av.watch.impress.co.jp/docs/20050822/dal202.htm
【8月1日】【DAL】第200回:iPodに最適なMP3を作る その2
~ 128kbpsでは表現しきれない「16kHzの壁」 ~
http://av.watch.impress.co.jp/docs/20050801/dal200.htm
【7月11日】【DAL】第198回:iPodに最適なMP3を作る その1
~ MP3エンコーダにまつわる噂を検証 ~
http://av.watch.impress.co.jp/docs/20050711/dal198.htm
【2003年11月10日】【DAL】第121回:ポータブルHDDオーディオの音質をチェックする
~ その3:iPodとiTunesの音質を検証 ~
http://av.watch.impress.co.jp/docs/20031110/dal121.htm
【2002年4月8日】【DAL】第50回:圧縮音楽フォーマットを比較する
~ その9:「午後のこ~だ」の最新版を試す ~
http://av.watch.impress.co.jp/docs/20020408/dal50.htm

(2005年8月29日)


= 藤本健 = リクルートに15年勤務した後、2004年に有限会社フラクタル・デザインを設立。リクルート在籍時代からMIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。
最近の著書に「ザ・ベスト・リファレンスブック Cubase SX/SL 2.X」(リットーミュージック)、「音楽・映像デジタル化Professionalテクニック 」(インプレス)、「サウンド圧縮テクニカルガイド 」(BNN新社)などがある。また、All About JapanのDTM・デジタルレコーディング担当ガイドも勤めている。

[Text by 藤本健]


00
00  AV Watchホームページ  00
00

AV Watch編集部av-watch@impress.co.jp
Copyright (c) 2005 Impress Corporation, an Impress Group company. All rights reserved.