■ キヤノンのHDV初号機登場 '95年にDVカメラが登場したわけだが、それがプロの現場で認められるようになるまでには、数年を要した。だがいったん使われるようになると、それはもう堤防の決壊のように急速な広がりを見せ、改めてプロ用ハイエンドモデルが登場するという現象が起きた。一方HDVカメラの場合は、DVカメラでの下地があったぶん、スタート時からプロの期待も大きかった。HDVカメラ1号機(当時はHDVという規格はなかったが)ビクターの「GR-HD1」は720pで日本の放送フォーマットには合わなかったが、続くソニーの「HDR-FX1」は1080iであったため、飛びついた業界人も多かった。 そこで注目されたのが、キヤノンの動向だ。2004年にはDVフォーマットの最高峰「XL2」をリリースし、いやそれよりHDVはどうした、と言われたものだが、2005年11月末に同社初のHDVカメラ「XL H1」(20倍ズームレンズ付きで100万円)を発売した。 実は昨年末に一度実機をお借りしていたのだが、残念ながら年内の掲載日がなくなってしまった。しかしHDVカメラとして、これは外せない製品だ。今回は改めて実機をお借りし、その実力を検証してみた。
■ 独特のXLフォルムを継承 まずフォルムだが、XLシリーズの名の通り、ベーシックなデザインや要素は従来のXLシリーズを継承している。特徴的なヒップアップスタイルもそのままだが、カラーはブラックに変更されている。
XLシリーズ最大の特徴は、なんと言ってもレンズ交換可能なところである。専用EFアダプタを介して同社製EFレンズが使用可能だが、専用レンズならアダプタなしでマウントできる。
今回セットになっている専用レンズは光学20倍ズームレンズで、16:9画角では38.9~778mm、4:3では47.7~954mm(いずれも35mm換算)となっている。若干ワイド端が狭いように思うが、キヤノンもこれは認識しており、2006年の下期にはさらに広角の専用レンズを投入するという。ちなみにEFレンズを使用したとしても、付属レンズ以上には広角にはならない。
撮像素子は1/3インチ3CCDで、水平画素ずらしを行ない総画素数約167万画素を実現している。HDVの有効画素数は約156万画素というが、1,440×1,080=1,555,200なので、まあ当たり前である。 本体側面には、HDVとSD-16:9、SD-4:3の切り替えスイッチがある。その下はフレームレートの切り替えで、60i、30p、24pが選択できる。
またホワイトバランスも若干拡張されており、従来のオート×1、プリセット×2、ユーザー×2に加え、新たに100K(ケルビン)単位で色温度を設定できるようになった。このあたりはVシネマを意識したということだろうか。 オーディオに関しても、かなり力が入っている。付属のカメラマイクはモノとステレオに切り替え可能となっており、マウントもゴムラバーで浮かせるなど、カメラ本体の衝撃音を拾わないよう工夫されている。
また外部音声入力として、背面にXLR端子が2系統ある。さらにHDV撮影においても、4ch収録が可能。以前から規格としてはHDVでも4ch収録が可能なように拡張されているという話は聞いていたが、実際に4ch収録が可能なHDVカメラは始めてではないだろうか。 HDV記録時のオーディオフォーマットは、2chも4chもMPEG-2 Layer2、16bit/48kHz/384kbpsとなっている。DVでは従来どおりリニアPCMだ。 映像出力端子としては、背面にD3端子がある。これは民生用モニタなどを使って映像を確認するときに便利だろう。プロ用出力としては、HD-SDI出力を備えている。HDVは規格的には1,440×1,080だが、HD-SDIからの出力は1,920×1,080であるため、ほかのプロ用機と親和性が高い。
また本機には、静止画撮影機能も付いている。これまでのXLシリーズにはなかった機能だが、最高で1,920×1,080の静止画がSD/MMCカードに撮影できるようになった。
■ 能力を引き出すにはコツが必要 XL H1に期待されているのは、なんといってもその画質だろう。特にハイビジョンの場合、レンズの出来が画面に画質としてダイレクトに現われてしまうため、大型専用レンズの出来はもっとも気になるところだ。実際に撮影してみたところ、光学20倍の付属ズームレンズはかなり上質だ。特にレンズ中央部の解像感が非常に高く、ディテールの表現はあまりカッチリせず柔らかめで、レンズの質の高さを感じさせる。
エンコーダの出来という意味では、水面などランダムな部分に若干の荒れを感じるものの、映像全体としては破綻なく、うまく丸め込んでいる。いわゆるMPEGくさいノイズはかなり押さえられており、その点では安心できる仕上がりだ。 ただテレ側で少しフォーカスが外れた部分は、ぼけているというより滲んでいるような感じになる。これにはレンズの特性、画像処理の特性などいろいろ原因が考えられるが、もしかしたらCCDの画素ずらしに起因する現象かもしれない。
とりあえず深度を深く取るか浅く取るかして、中途半端なボケを作らないよう気をつけた方が良さそうだ。 レンズ周りの調整では、今回フランジバック調整機能が付いた。これは後ダマとCCDの距離を調整する機能で、この調整がズレていると、ズーム途中でフォーカスが外れたりする。調整方法はAF(オート)とMF(マニュアル)の2種類があり、本体にはレンズ10本ぶんまでのデータが保存できる。 XL2で好評だったのが、カスタムプリセットである。今回もカスタムプリセットで調整できるパラメータは、動画で23項目にも及ぶ。さすがに全部の項目を比較するわけにも行かないので、ここは代表的なパラメータとして、ガンマカーブの違いを見てみよう。
これらのプリセットは、本体に6セット保存できるほか、メモリーカードに20セットまで保存可能。メモリーカードを挿したままにしておけば、合計で26セットにアクセスできるというわけだ。 またこのカスタムプリセットは、静止画の記録と同時にその設定をメモリーカードに記録することもできる。つまりプリセットの象徴的な絵を撮影しておけば、次回カスタムプリセットをカメラ本体にロードするときに、静止画を見ながら選ぶことができるというわけだ。これまでのように、単にファイル名だけで管理するよりも実用的であり、このクラスのカメラに静止画機能を乗せた意味も十分ある。 カスタムプリセットには含まれていないが、肌の部分を柔らかく表現する「スキンディテール」も、ハイ、ミドル、ローの3段階で調整できる。肌色の検出は、色相、クロマ、エリア、Yレベルを使って調整する。
■ 多彩なフレームレート表現 XL H1のもう一つの特徴は、60i、30p、24pの3段階にフレームレートが変更できるという点だ。ハイビジョンカメラというくくりで見れば、フレームレート変更可能なビデオカメラは沢山存在するのだが、HDVカメラでフレームレートが変更できるのは、筆者の知る限りビクターの「GY-HD100」と、このXL H1だけである。ビデオ用途としては60iでの撮影が基本だが、テレビ用のフィルムテイストという意味では30pが、フィルムへのキネコなどの用途では24pが使えるというのは魅力だ。各フレームレートの切り替えは約1秒程度だが、24pに切り替えるときだけは3秒ほどかかる。 ここでは各フレームレートの動き感を比較してみよう。
現時点での問題は、HDVの30pや24pに対応できる編集アプリケーションがあまりないということだろう。60iにしか対応していないアプリケーションでは、これらのフレームレートの映像はエラーとなって、キャプチャすらできない。 これらのフレームレートで撮影できるカメラはほぼプロユースしかないので、編集環境も必然的にそのクラスのシステムとなってしまうようだ。今のところ、これらのフレームレートに対応したリーズナブルな編集ソフトは、CanopusのEDIUS PRO 3ぐらいだろう。今回のサンプルも、EDIUS PRO 3で作成している。 ただEDIUS PRO 3も実際に使ってみると、「フレームレートに対応している」というより、「フレームレートを気にしてない」というふうに見受けられ、厳密な正確さが求められるプロツールとしては、いささか心許ない。 今回撮影していて若干気になったのが、液晶モニタの反応速度の遅さだ。速い動きを撮影した時に、若干残像を感じる。実際に撮影された映像には残像はないのだが、ついNRやスキンディテールの設定がおかしいのかと訝かってしまう。 また増感によるノイズも、このファインダではよく見えない。結構増感してもわかんないなーと思って撮影したのだが、実際にハイビジョンモニタで見ると、やはりそれなりにノイズがある。 まあ当たり前と言えば当たり前なのだが、HD解像度だとSDの時よりも気になってしまう。特に室内撮影でGAINをオートにしていると、思わぬところで増感していることもあるだろう。GAINが0dB以外の時は、ファインダ下のGAINランプが点灯するのだが、それを見逃さないよう注意する必要がある。 最後に静止画のサンプルもいくつか掲載しておこう。
■ 総論 昨年11月に発売されたXL H1だが、プロ~業務ユーザーには相当人気が高いようだ。付属レンズでは若干ワイド端が足りない感じはあるが、それでも20倍ズームなので、仕事のカバーエリアは広そうだ。30pや24pといったシネマスタイルの撮影では、カスタムプリセットなどでかなり絵が作れることもあって、面白いカメラとなっている。またテレ側なら、専用EFアダプタを介してEFレンズを装着すれば35mm判換算で2,000mm以上も可能なので、動物もののドキュメンタリーなどでは特殊カメラとしてのニーズも満たすだろう。バッテリ駆動時間も、付属バッテリで実働約2時間35分と、相当頑張っている。この省電力設計を、コンシューマ機にも期待したいところだ。 プロ用途で便利なのは、モニタ出力が充実しているところだろう。例えばロケの場合、HDの撮影であってもバッテリ駆動の小型HDモニタまでは予算が出ないこともある。だがSDにダウンコンバートしたアナログ出力が出せるので、とりあえずSDのモニタを繋いで画角だけでも確認できるのはありがたいハズだ。 映像コンテンツ制作を考えた場合、じっくり腰を落ち着けて制作するようなものは、大抵予算が厳しい。そういう現場では、廉価で時間をかけて絵作りが可能なXL H1は、重宝することだろう。 現在HDVカメラは、720pと1080iの二派に陣営が分かれてしまった感じもあるが、少なくとも日本国内で放送を意識するならば、1080iのサポートは必須だ。その上でさらに30p、24pを押さえたXL H1は、リーズナブルなHDコンテンツ制作には欠かせない1台となるだろう。
□キヤノンのホームページ (2006年2月8日)
[Reported by 小寺信良]
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