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本田雅一のAVTrends

専用プレーヤーを超える「PS3」アプコンの秘密
「“Air”BD版と同レベルを目指した」




 PLAYSTATION 3のファームウェアに先週、大規模な改修が施されたのはすでに伝えられている通り。修正点に関しては、一通りの内容がすでにレビューされているが、例によってソニー・コンピュータ・エンターテイメントは、修正内容をひとつひとつ細かく解説はしていない。

 そこで今回は、最新バージョン1.80におけるAV機能、特に映像と音の品質向上に伴う部分を、取材からの情報と実際に視聴した結果を交えながらレポートすることにしたい。



■ トップクラスのアップコンバート品質

 PS3のバージョン1.80で最も注目されているのは、SD映像のアップコンバート機能だろう。SD映像を高品質に最大1,920×1,080ピクセルまで拡大出力することが可能になった。

 なお、新搭載のアップコンバート機能は、BD/DVD再生機能(BD/DVD Player)専用のもの。PS3のHDDやネットワーク上のMPEGファイルなどもアップコンバート出力できるが、これらは単純なスケーラー処理のみとなっている。

 固定画素での拡大出力品質を上げる処理は、実はかなり難しい。バイリニアやトライリニアなどの、通常の補完処理ではボケ感が強くなり、良い印象を得ることはできない。ではどのように処理するのか? そこが開発者にとっての腕の見せ所だ。

DVDビデオのアップコンバート出力設定

 結果から言えば、バージョン1.80のアップコンバート機能は、たいていのDVD専用プレーヤーよりも良い結果が得られるだろう。

 輪郭描写は自然でジャギーが目立たず、リンギングも少なく細い線で描かれる。加えてそのまま拡大処理しただけでは目立ちやすいノイズが、アップコンバートにより成長するといったことがなくS/N感にも優れている。加えて輝度の振幅が鈍るような振る舞いがないため、陰影が深く立体感のある絵だ。

 特にビルなどの構造物の描写はシャープで解像感が高い。人物のアップにおける、肌の質感、ディテールも深みがある。動きのある被写体に対しては、スッと解像感が下がる印象もあるが、無償のソフトウェアアップデートだけで、ここまでの描写が出来るならば文句はあまり出ないだろう。

 アップコンバート品質に関しては、シリコンオプティクスの「HQV」、アンカーベイテクノロジの「DVDO」などの技術を採用したチップが高画質と評判だが、それらと比べて詳細に比較したくなるレベルになった。

 アップコンバートは「切」、「2倍」、「ノーマル」、「フル」の4種類の設定があり、通常はノーマルにしておくことで、アスペクト比を維持したまま、接続されているディスプレイの最大解像度に拡大表示されるようになる。従来は映像ソースの解像度そのままでしか出力していなかった。

 設定のうち、もっとも高品質になるのは整数倍となる「2倍」モード時。横方向の解像度は映像のアスペクト比に依存するが、縦方向は常時2倍に拡大する。つまりDVDの場合で言えば、有効走査線数が960ピクセルとなるように拡大される。アップコンバート品質「ノーマル」でやや気になった、ズームやパン時にわずかに感じるざわつきが、「2倍」ではなくなり、さらにS/N感が向上する。

左がPS3でアップスケールしたもの。右はテレビ側で引き伸ばした画像。どちらもテレビ画面を直接デジタルカメラで撮影し、サイズ変更せずに切り出したもの。左側は解像感が向上しており、ベールを剥いだようにクッキリ文字が読める
(c)CREATIVECAST Professional


■ ほとんどの処理をCELLのみで実装

 さて、実際のアップコンバート品質に関しては、すでに100万台が出荷されているPS3なので、近くにユーザーがいれば、どこでも効果は確認できるはずだ。だが、アップコンバートのフィルタ処理を最適化するには、ある程度、元となる映像ソースの特徴を想定しておく必要があるので、すべての映像に対して100%すばらしい映像が出るわけではない。

『AIR』Blu-ray Disc BOX

 今回のフィルタに関しては、どうやら最近の比較的、高精細なDVDソフトに合わせて作り込んでいるように、個人的には感じている。つまり、元からS/Nが悪く、精細度も低いソースをアップコンバートしても、メリットは少ない。このあたりは、アニメソースなどでは振る舞いが異なる可能性もあるので、気になるならば、どこかで再生を試してみるというのがいいだろう。

 アニメファンではないので、確認できるソースを所有していないのだが、SCEの開発チームでは「“Air”のBD版(SDからのアップコンバート)とDVD版を見比べて、同レベルと言ってもらえるように」と、“Air”のアップコンバート評価を担当する専任者を開発チームに設け、アニメのアップコンバート品質に対して特に配慮したという。

 PS3のユーザー層に合わせて開発のターゲットを絞り込んだのだろうが、線画に色をベタ塗りする、あるいはグラデーションで埋める、日本のアニメは、アップコンバートがやりにくいソースでもある。そのアニメがキレイに見えるよう作り込んだことが、良い結果をもたらしたのかもしれない。

 さて、そのアップコンバート機能に関して、気になった部分を、SCEの開発チームにいくつか質問してみた。

 まずアナログコンポーネット(D端子)でのアップコンバート出力可否について。DVDの運用ルールでは、著作権保護されているコンテンツのアップコンバート出力はHDMIのみにしか許されていない。著作権保護には市販ビデオに使うCSS、録画コンテンツに使うCPRMがある。以下はそのまとめだ。

 【DVD-ROMはすべてNG】

 オープニングなどだけCSSがかかっておらず、本編のみCSSがかかっているコンテンツも存在するが、その場合に途中で再生を止めたり、解像度を切り替えることの弊害が出るため、メディアIDを見てDVD-ROMの場合はアナログへのアップコンバートを行なわない。そのため、CSSが全編でかかっていない映像もアップコンバートできない。

 【DVD±R/RWで、CPRM/CSSのかかっていないものはアプコン可能】

 ただし、上記の場合でも、DVD+RのROM化をされた場合には、ドライブがディスクをROMと認識するため、アップコンバート出力できない。

 次に、以前のバージョンよりもI/P変換処理が改善されたように見えた。試しに様々なI/Pパターンの映像を見たり、ベンチマークテスト用ディスクを見たが、I/P変換のミスと思われる画質低下はほとんど顔を出さなくなった。この件に関しては、「I/P変換の品質を向上させなければ、アップコンバートの効果が出ないため、手を加えている」とのこと。

 また初期のファームウェアとは異なり、DVD-ROMビデオ再生時にはノイズリダクションがオフになるようデフォルトが変更されているが、ノイズリダクションがオフになったにもかかわらず、アップコンバート時のノイズが減ったように見える。

 これはアップコンバート時に映像解析と分類を行なった上で、映像の各部ごとに要素抽出を行ない、抽出されたデータを元に、好ましいスケーリング処理をしたためだという。要素抽出時にノイズを認識しておき、ノイズと判断した部分に関して鮮鋭度を引き上げる処理を抑え、ノイズが成長しないようにしているという。このあたりが、S/N感の良さを引き出しているのだろう。

 最後に処理はCELL側で行なっているのか、それともGPUとの分業なのかについても聞いてみた。一部にGPUのシェーダも利用しているとのことだが、ほとんどはCELL側で行なっているという。

 ちなみにアルゴリズムは、ソニー社内で研究開発されていたものを元に、ソニーとSCEの開発チームの共同開発で作られたものだという。なお、「単純な参照タップ数の比較は無意味なため」、タップ数は非公開とのこと。

 今後の課題としては、BDの1080iソース(放送録画やインターレス収録収録のBDソフト)のI/P変換も話題としてはあるが、こちらに関しては「今後の課題としたい」とのこと。アップデートによる対応を期待したいところだ。



■ SACD再生も改善、さらなる展開も?

 一方、SACDの再生品質に関しても、大幅なアップデートがはかられている。

SACDの出力で「タイプ1」が選べるようになった

 実はSACD再生に関しては、1.60へのバージョンアップ時に精度が1ビット分改善されていた。これは再生コーデックのバグで精度が落ちていたものを改善したもので、1.50と1.60では、明らかに分解能が異なっていた。

 1.80ではさらに、24ビットよりも多くの情報を詰め込むビットマッピング処理を加えており、標準装備された「タイプ1」は64ビット浮動小数点精度でDSDをPCMに変換した後、ソニーのオーディオ事業部が持っている独自のディザ処理で24ビットに畳み込むフィルタである。

 この処理は「設定」→「ミュージック設定」→「ビットマッピング(Super Audio CD)」を「タイプ1」から「切」に変更することで無効にできるため、PS3を所有しているのであれば、簡単に以前のバージョンとの聞き比べを行なうことが可能だ。

 実は昨年末、PS3のSACD再生ソフトに関して、いくつかのバージョンを聴いていたのだが、そのときに聴いていた(AV誌のHiViにおいて、久夛良木氏とPS3のSACD試聴をした時の音)のが、このビットマッピングの試作版の音だった。

 時系列に印象を述べると、1.50から1.60へのバージョンアップでは分解能が上がり、音数も明確に増えてくる。たとえばマルチチャンネルSACDなどでは、サラウンドとメインスピーカーの間に音の薄いエリアがあったのが、しっかりと音が詰まってくる。演奏やボーカルの細かなニュアンスも描かれるようになった。全体に空気感が充満して、密度の濃い音になる。

 これが1.70になると、今度は単なる空気感(ある音声パートに付随して周囲にフワッとした音場が現れる感覚)が、むしろスッキリとしてくる。これは音が消えて無くなったのではなく、歪み感が減ったことで個々の音源ごとに分離してくるからだ。

 欧州のクラシックSACD専門レーベルPENTATONEの発売している合唱曲のSACD(6曲目)では、ひとつの団子のように中央部少し右から聞こえていた女声パートが、実は3人により歌われていることがわかるようになったのだ。このSACDは音質チェックで聞き慣れているのだが、こんな体験は初めてのことだ。

 最近、好んで試聴に使っている、録音品質にこだわったジャズレーベルとして知られる、チェスキーレコード発売の「Ink」では、1曲目、冒頭の口笛が実に不安定で微妙なうねりと表情を持った音(口笛なのだから当然なのだが)であることが、改めて見えてきた。

 元々、PS3のSACD再生音は、パンチや芯の強さ、強いアタック感などはないものの、歪み感が少なくクリアで見通しが良い音がしていたが、バージョンアップによりその傾向がさらに強まったという印象だ。さほど高級ではないオーディオ機器の場合、S/N感が良い、あるいは良いように感じる方向にチューニングされると、かえって情報量の不足による空虚さが目立ってしまい、むしろある程度、付帯音が付いていた方がマシに聞こえるなんてこともある。

 しかし、PS3のバージョンアップでは、歪み感やS/N感が良くなった上で、しっかりと音源ごとに細かく音が分離して聞こえてくるため、情報量の不足を感じさせない。しかも固さがなく、滑らかで角張った印象が消えてしまう。個人的にはもう少し、音の芯や腰の強さが欲しいところだが、これらはHDMIインターフェイスあるいは電源やシャシーなどの改善がなければ直らないかもしれない。もうそんなレベルにまで達しているのだ。

 もちろん、HDMIでのみでしか実力を発揮できないこと、HDMIからの音声をアナログ化する機器(レシーバ側)の品質がまだまだ不安定なことなどを考えれば、まだまだその能力を誰もが享受できる環境にはないことに変わりはないが、ソフトウェアだけで音質が良くなる、音が変わるというおもしろさは味わえるハズだ。

 ちなみに、「タイプ1」があるということは、当然、「タイプ2」あるいはそれ以降も登場することを示している。来月ぐらいには「PLAYSTATION Store」で、ノイズシェイピング処理を施したバージョンのビットマッピングフィルタが販売されるとか。カートリッジを交換する感覚で、音の変化を楽しめるというのは面白い。

 さて、ここまでドップリと、決してメジャーではない音の世界に浸ってしまったSCEのオーディオコーデック開発者が、まさかCDの音質改善に取り組まないわけがない、と予想するのは筆者だけではないだろう。すでに、何種類かCD再生用のアップサンプリングフィルタを開発しているとか? ……あくまでも噂だが、きっと近いうちに現実になるに違いない。

□SCEのホームページ
http://www.scei.co.jp/
□アップデート情報
http://www.jp.playstation.com/ps3/update/
□関連記事
【5月24日】アップスケール対応のPS3「1.8」ファームを検証する
−DVD画質は大幅向上。強力なマルチプレーヤーに
http://av.watch.impress.co.jp/docs/20070524/sce2.htm
【5月24日】SCE、PS3のアップスケール対応ファームを日本公開
−BDビデオの1080/24p再生対応。ネットワーク再生も
http://av.watch.impress.co.jp/docs/20070524/sce1.htm

(2007年5月28日)


= 本田雅一 =
 (ほんだ まさかず) 
 PCハードウェアのトレンドから企業向けネットワーク製品、アプリケーションソフトウェア、Web関連サービスなど、テクノロジ関連の取材記事・コラムを執筆するほか、デジタルカメラ関連のコラムやインタビュー、経済誌への市場分析記事などを担当している。
 AV関係では次世代光ディスク関連の動向や映像圧縮技術、製品評論をインターネット、専門誌で展開。日本で発売されているテレビ、プロジェクタ、AVアンプ、レコーダなどの主要製品は、そのほとんどを試聴している。
 仕事がら映像機器やソフトを解析的に見る事が多いが、本人曰く「根っからのオーディオ機器好き」。ディスプレイは映像エンターテイメントは投写型、情報系は直視型と使い分け、SACDやDVD-Audioを愛しつつも、ポピュラー系は携帯型デジタルオーディオで楽しむなど、その場に応じて幅広くAVコンテンツを楽しんでいる。

[Reported by 本田雅一]


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