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大河原克行のデジタル家電 -最前線-
東芝のデジタルメディア戦略を語る【前編】
-東芝DM社・藤井美英社長インタビュー





東芝DM社 藤井美英社長

 「HD DVD事業終息の経験を踏まえ、消費者に喜んでいただける商品、他社と差異化した商品の形として、お客様にお返ししたい」―東芝デジタルメディアネットワーク社(DM社)の藤井美英社長は、今後の東芝のデジタルメディア事業に対する姿勢をこう語る。

 今年2月19日に、HD DVD事業の終息を発表して以降、藤井DM社社長が単独インタビューに応じたのは、今回が初めてとなる。藤井DM社社長は、HD DVD事業の終息をどんな想いで決断したのか? そして、今後の東芝のデジタルメディア事業の方向性はどうなるのか。本誌独占インタビューとして、前後編2回に渡ってお届けする。(以下、敬称略)


■ HD DVD終息を決定した最大の要因とは?

―まず、HD DVD事業の終息に関する話からお伺いしたいと思います。2月19日にHD DVD事業の終息を発表しました。これを社内で決定したのはいつですか。

藤井:私自身が最終的に事業終息でやむをえないと判断したのは、2月に入ってからです。HD DVD事業の終息については、経営のインパクトや消費者への影響の大きさから19日の臨時取締役会によって決議され、会見での発表に至りました。取締役会の決定を受けてから、DM社の社員に対して、初めて事業終息を発表しました。これだけの短期間に、大きな損失を覚悟しながらも事業終息を決定したという点では、我ながら、東芝の行動力、決断力はすごいと思いましたよ。しかも、人員も東芝グループ内で配転することができた。HD DVD事業に携わっていた社員には、優秀な人材が多いですし、新たな仕事でもがんばってくれている。これは経営の立場としては、大変うれしく思っています。

―終息を決定した最大の要因はなんですか。

藤井:いろいろと要素はありますが、ひとつだけ要因をあげろと言われれば、やはりワーナーということになります。ワーナーとは話し合いを行なっていたが、BDに一本化すると直接的に言われたことは直前まで一度もなかった。また、米国市場で、ワーナーがHD DVDとBDの両方で販売した作品において、BDの方が圧倒的に勝っていたという報道がありますが、これも間違いです。

 「ハリー・ポッター」を例に挙げれば、HD DVDとBDの出荷比率はほぼ同値でした。確かに、「300」は、パッケージ単体での販売数量ではBDの方が多かった。しかし、それは、HD DVDでは、「300」をプレーヤー本体にバンドルしたことが影響したのです。バンドルソフトは通常、販売実績には含めないので、これを含めた出荷本数でいえば50対50ですよ。また、10~12月までの状況を見ても、HD DVDプレーヤーは50%以上のシェアがあった。だが、ワーナーの突然の発表で、流れが大きく傾いた。過剰な報道もあって、量販店の反応が変わり、一気に窮地に立たされました。

 これを打開するには価格戦略しかない、と判断して、1月中旬から価格の引き下げを行なったわけです。今年第3四半期には、199ドルモデルの投入を予定していましたから、この窮地を切り抜ければ、そこから先、HD DVDに加速がつくだろうという読みもありました。年末までのハードの売り上げ、PCの売り上げ、技術という点では、BDにはなんら負けるところはないと自負していましたから。

 ところが、1月の最終週のシェアは3割。これだけの価格戦略を打ち出しながら、この程度のシェアしか取れないとなると、先行きは厳しいと判断せざるを得ない。我々の予想以上にワーナーの影響力が大きかったといえます。この数字を見てから、事業終息という選択肢を視野に入れて考えざるを得なくなった。終息した場合にはどうするのか、お客様にはどう影響するのか、HD DVDに代わる戦略はどうするのか、BDはやるのか、いま発注している部材はどうするのか、といった様々なシミュレーションを行ないました。いずれにしろ、「終息」、「撤退」という言葉が出てきたのは、1月最終週の実売結果が出た、2月に入る前後からです。事業責任者として、社内で決定する前に、まず、私自身がこれを決めなくてはならない。この判断は、私にとって、最大の試練でした。

―もし、ここでもう少し高いシェアが獲得できていれば、終息の決定はなかったと。

藤井:40、50%のシェアが取れていれば、そうだったかもしれません。夏に199ドルを投入するまでの、あと半年間をどう我慢するか、そのためには何をするか、ということを検討していた可能性がありますね。ただ、これはすでに終わったことですから。「勝ち」か、「負け」かということであれば、我々は「負けた」という事実は認めざるを得ない。ハリウッドにHD DVDの良さを説得しきれなかった反省もあります。

―中国市場向けには、HD DVD陣営が積極的な働きかけをしていましたね。この市場を梃子に巻き返しを図ることは考えませんでしたか。

藤井:確かに中国は大きな市場ではありますが、次世代光ディスクの価格帯の製品よりも、さらに低価格なものが求められていた。中国市場向けには、HD DVD規格がベースとはいえ、中国独自の規格になりますから、ここに、中国のメーカーがフォーカスしてやっていけばいいと考えていました。HD DVD陣営にとっては、出荷台数を引き上げるという点でのサポートにはなるが、ここを梃子に巻き返しを図るというようなことは考えられなかった。そんな位置づけで見ていましたよ。

―終息に関して、社員には、どんな言葉で説明しましたか。

藤井:この決定は、大変悔しい。そして、責任を痛感している―。そう話しました。しかし、私は、役員に就任した時から、社員に対して「災い転じて福となす」という言葉を示してきましたから、いまこそ、この言葉通りにやっていくべきだとも話しました。東芝は、過去にメインフレームから撤退するという決断をしています。しかし、その一方で、この撤退をバネに、PC事業では成功を収めた経験がある。また、DRAMからの撤退を決定したものの、その経験が現在のフラッシュメモリー事業の成功につながっているともいえます。東芝社内には、こういうことがいくつもあるのです。ひとつの事業を終息しても、次につなげることができればいい。とくにデジタルプロダクツ関連は、デジタルコンバージェンスが進展するなかで、東芝がリーダーシップを取れる可能性がある分野です。単に事業を終息するだけでなく、次につなげていければいい。そう考えています。


■ HD DVD終息から得たもの

―終息決定において、最大の課題はなんでしたか。

藤井:なんといっても、消費者への影響があげられます。HD DVDレコーダやプレーヤーをご購入していただいた方には、終息という形になったことで大変ご迷惑をおかけした。これはお詫びを申し上げたい。私自身も、この決定が、消費者にどれだけご理解いただけるかという点では大きな不安がありました。ただ、経営として見た場合、これだけ早い時期に終息を決定したことが、消費者、株主、パートナー、そして当社にとって、最善の判断であったと考えています。当社の判断を、消費者不在と指摘する声もありますが、消費者のことを真剣に考えた結果の判断だという点をご理解いただきたい。

―HD DVDレコーダを購入した消費者と、HD DVDプレーヤーを購入した消費者への影響力は違いますね。

藤井:日本では約3万台のHD DVD製品を出荷しましたが、その大半がレコーダです。もちろん、将来に渡って、HD DVDのコンテンツを楽しみたいということで、HD DVDを選択していただいた点は理解しています。調査を見ると、その使い方の大半がテレビの録画であり、そのうち、アーカイブで利用するという人は4~5割です。アーカイブとして利用したい消費者の方々には、当社のデジタル商品販売サイト「Shop1048」を通じて、HD DVDメディアを引き続きご提供しています。

 もしも、テレビを録画するという使い方であれば、HDDを利用すれば、そのまま使っていただくことができます。一方で、プレーヤーとして購入された方は、HD DVDで提供されるタイトルが少なくなる、あるいはなくなるという問題があります。ただ、これも、DVDコンテンツの再生はでき、しかも、アップコンバート機能により、より高画質でDVDコンテンツをお楽しみいただける。次世代光ディスクによるハイデフのコンテンツ比率は、北米でもまだわずかです。依然として、DVDが圧倒的比率を占めているだけに、東芝のプレーヤーを活用していただき、DVDコンテンツをより高画質で楽しんでいただきたい。いずれにしろ、HD DVDをご購入いただいた方々に対して、次の製品、将来の製品において、満足していただける製品を提供することによってお返ししたいと考えています。私は、今回の終息を、そうした形で生かしたい。そういう気概があります。

 振り返れば、今回の事態を招いた原因として、まず2つの規格が林立したこと自体があげられる。これは、私自身、片方の規格を推進してきた者として申し訳ないと思っている。ただ、この点について、マスコミはなんら言及していないのがおかしい、と私は何度も言ってきたのです。なぜ、BDが生まれたのか。なぜDVDフォーラムのなかで多数決で決めたHD DVDと別の規格ができてしまったのか。マスコミやジャーナリストが批判するべき論点が違うのではないかと言いたいのです。

 DVDフォーラムは、最初のDVD規格をめぐる激しい戦いを踏まえ、次世代光ディスクの規格を含め、DVDの普及や新規格の策定を目的とし、CEメーカー、ITメーカー、コンテンツメーカーなどが集まった業界の総意として創設されたわけです。それにも関わらず、DVDフォーラムが設立されて2、3年も経たないうちに、DVDフォーラムの幹事メンバーを続けながら別の団体を作り、新たな規格を立ち上げるというのは、理解しづらいことです。また、東芝は、先々規格統一の気がないのに独占禁止法という法律を「盾」にして、規格統一を断り、戦争に踏み切ったという言い方をされていますが、これは間違いです。

 消費者の利益にならない規格統一は独占禁止法違反というリスクがあり、その点で、合理的な説明がBD側からは得られなかったのが、規格統一に踏み出せなかった理由です。私は、BDが本当に消費者の利益になるのならHD DVD規格にこだわらないという気持ちで交渉に臨んでいました。コスト面、技術面など、いろいろな形で、BD陣営に質問をしましたが、その当時の回答では、納得できる内容ではありませんでした。HD DVD規格を推進するという決断をしたことについては、恥じることはないとは思っていますが、結果として規格が林立したことについては、消費者にとっていいことではなかったという気持ちは強く持っています。

―HD DVD事業を終息したことによって、東芝が得たメリットとはなんですか。

藤井:東芝が得意とするフラッシュメモリやHDDを活用した新たな記録メディアの展開にリソースを割くことができるようになる。人、モノ、金という点でリソースが集中できる点は、メリットだといえます。もうひとつは、社内に危機感が生まれている。私は、「まだ危機感が足りない」と社内には言っていますが、終息に追い込まれた悔しさをバネにして、新しい分野でやってやる、という気構えができている。HD DVDの教訓を生かしてやっていこうというコンセンサスは取れています。いろいろな教訓を生かし、次の製品に生かしていきたい。日本の業界として、消費者にベストな製品を提供できるようにがんばれ、ということを社内にも言っています。そこで戦っていきたい。

 戦いですから、勝敗がある。次世代光ディスクを巡る規格の争いは、確かに終わりました。これからは新しい分野で、フェアプレイで、松下、ソニーに今度は勝とうと。東芝は伝統的にラグビーが強い。そのラグビーの言葉を使えば、「ノーサイド」。戦いが終われば、敵味方なく、業界発展に向けて協力していかなくてはならないというわけです。

(後編に続く)

□東芝のホームページ
http://www.toshiba.co.jp/index_j3.htm
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http://av.watch.impress.co.jp/docs/20080219/avt019.htm

(2008年7月4日)


= 大河原克行 =
 (おおかわら かつゆき) 
'65年、東京都出身。IT業界の専門紙である「週刊BCN(ビジネスコンピュータニュース)」の編集長を勤め、2001年10月からフリーランスジャーナリストとして独立。BCN記者、編集長時代を通じて、15年以上に渡り、IT産業を中心に幅広く取材、執筆活動を続ける。

現在、ビジネス誌、パソコン誌、ウェブ媒体などで活躍中。PC Watchの「パソコン業界東奔西走」をはじめ、Enterprise Watch、ケータイWatch(以上、インプレス)、nikkeibp.jp(日経BP社)、PCfan(毎日コミュニケーションズ)、月刊宝島(宝島社)、月刊アスキー(アスキー)などで定期的に記事を執筆。著書に、「ソニースピリットはよみがえるか」(日経BP社)、「松下電器 変革への挑戦」(宝島社)、「パソコンウォーズ最前線」(オーム社)など。

[Reported by 大河原克行]


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