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本田雅一のAVTrends

次世代光ディスクフォーマット戦争の軌跡
【後編】東芝の意図とハリウッドの選択




 さて、今回は次世代光ディスクフォーマット戦争の軌跡の後編を書き進めていきたいが、その前に読者からメールやブログへのリンクといった形で、意見や感想をいただいた。その中でいくつか気になった点があるので、前編の補足を行なうところからコラムを始めたい。



■ 前編への追記

 まず、フォーマット統一交渉において、0.1mm保護層ディスクの製造が不可能と強く主張し続けた人物を、東芝上席常務待遇デジタルメディアネットワーク社(DM社)首席技監の山田尚志氏だと考えている方が多いようだが、これは別の人物だ。

 この交渉では物理記録技術、信号処理技術、アプリケーション技術、ディスク複製技術など、各分野において、Blu-ray DiscとHD DVDのどちらが優れているか、相互に評価し合いながら、統合できる部分は統合していくプロセスがあった。その中でBDのディスク複製技術に関して評価を行なったのはDM社HD DVD推進室・室長の佐藤裕治氏(役職は当時)だ。

 佐藤氏は光ディスク事業にCDの時代から取り組んでおり、青紫レーザーダイオード(青紫LD)を用いた光ディスク開発の黎明期にも、0.1mm保護層のディスク複製技術がいかに難しいかを体感していた。その経験から「0.1mm保護層のディスクは歩留まりを上げることはできない」と、繰り返し断言していたのをよく憶えている。

 統一交渉後、数カ月後には松下電器が米国カリフォルニア州トーランスに安価にBDを複製できるスピンコート型BD複製装置の実験ラインを構築しており、そこを2度ほど訪れたことがある。2度目の訪問時には検査装置のデータも見た上、スピンコート方式の欠点と言われる各要素を解決していることが数値として確認できるレベルに達していたが、そのことを佐藤氏にぶつけても「できるといいですね」と、スピンコート方式のBD複製技術に興味も示さなかった。

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【2005年5月25日】松下、米トーレンスのBD-ROM試作ラインを初公開
−ハリウッド向けデモンストレーションを実施へ
http://av.watch.impress.co.jp/docs/20050525/pana.htm

19日、HD DVD事業終息を宣言した東芝の西田社長

 では山田氏はその頃、何をしていたのか。統一交渉を進める上で、交渉の前面に立つのはDM社・社長の藤井美英氏、技術評価を行なうチームのリーダーを佐藤氏が担当し、山田氏は統一交渉を進める間も、DVD Forum幹事会でHD DVD関連規格の議案を通すことに専念していたのである。

 藤井氏は規格統一反対で一貫している山田氏を、ひとまずは交渉の場から遠ざけ(山田氏が統一交渉に参加したのは、まだ松下が交渉に参加していない最初の一回だけだった)、冷静に交渉を行なう意図があったようだ。加えて、ソニーと松下電器も、統一交渉のメンバーに山田氏を加えないことを要求していた。しかし、山田氏と佐藤氏は師弟関係のように強いつながりがあり、統一会議の詳しい内容は山田氏に報告されていた。

 実はこの頃、山田氏と非公式に話をしたことがあったのだが、山田氏は「BDはディスク複製でまだたくさん穴があり、技術的にアンバランスなところも指摘できる。藤井さんだけの意志で簡単に0.1mmに決まるわけではない。ちゃんと作戦は考えてあるんだよ。本田さんはBDの方が有利と考えているかもしれないけれど、0.6o以外では統一はないよ」と話していた。

2006年3月31日、初代HD DVDプレーヤー「HD-XA1」を発表した東芝上席常務 デジタルメディアネットワーク社 藤井美英社長 東芝上席常務待遇DM社首席技監の山田尚志氏(2007年7月のDVDフォーラムセミナーにて)

 なお、現在の東芝本社社長の西田厚聡氏は当時、統一に関して何らかの決断に関与したのか? という質問も多くいただいたが、おそらく積極的には関与はしていなかったと思う。

 統一案を蹴る方針を固めた際、議論の場にいたのは西室泰三会長、岡村正社長、藤井氏(急な早朝会議のため、やや遅れて参加した)、山田氏、佐藤氏など数名のHD DVD推進室関係者、それに6月からの社長就任が決まっていた西田氏だったという。

 西田氏はPC社出身で、マイクロソフトと協業しながらリビングルームのデジタル化戦略を共同で進めようとしていたので、HD DVD路線を継続することには反対はしなかったとは思う。しかし、繊細な統一交渉、しかも技術的にも高度な判断が要求される中において、積極的に統一案を蹴る方向に誘導したとは思わない。

 こうした話題では、どうしても「誰の責任だ」と戦犯を捜したがるものだが、技術的な判断の正しかったか否か。あるいは開発の方向が正しかったのかどうかといった評価軸だけでは、こうした大きな決断を必要とする物事は評価できないと思う。

 交渉の結果、収斂しようとしている統一案、先方の出した技術データ、自社技術者によるデータの評価、それにもちろん市場の動向や事業性など、あらゆることを総合的に判断するのは経営者だ。

 そうした意味では、統一交渉の山場が訪れたのが、岡村政権から西田政権へと移り変わるちょうど谷間の時期だったこと。それに自身が社長の時代に生まれたDVDを大切に思う西室氏が会長だったことなど、様々な細かい事情が絡んで統一案を蹴る方向に向かったのではないか? と個人的には“想像”している。だが、本当のことは現場にいた人たちが口を開かない限りは分からないだろう。

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■ 次世代光ディスク for Hollywood

 さて、前編ではBDの複製が十分に高い歩留まりで可能なのであれば、HD DVDよりも容量が大きいBDの方が優れている面が多いと書いた。しかし、このことはフォーマット戦争が始まる前から、東芝もわかっていたことだ。何しろBlu-ray Disc Founders(BDF。現在のBDAの前身)が立ち上がった後に、DVD Forumにおける青紫LDを用いた光ディスクの作業部会が開始しているのだから、東芝は容量が少なくとも十分に支持が得られると考えていたことになる。

 この東芝の判断は、ある一面においては正しい。DVDの状況を見ると、一番大きなビジネスになっているのがDVDビデオ。記録型DVDもPC用途に加え、想定外の出来事だがDVDビデオのコピー用途があるため予想以上に使われている。一方、DVD-Audioは失敗に終わった。

2004年8月に公開されたメモリーテックのHD DVD生産ライン

 これが高密度な青紫LD世代になると、パッケージビデオ用途はHDTVの普及に応じて増えてくることが予想されるが、記録型DVDを用いた録画用は日本以外ではほとんど使われておらず、その日本もダビングの世代管理が厳しいため、爆発的に枚数が増えるかどうかは不透明である。一方、PC用途に関してはデジタルメディアの普及や映像データの高解像度化、デジタルカメラの高画素化など、ユーザーが扱うデータ量が増える傾向はしばらく続くため、DVDでは使い勝手が悪い用途が今後は増えてくると考えられる。家庭向けビデオのHD化というのも視野にいれなければならない。

 このような状況の中で、東芝は次世代光ディスクの用途を、ROMはビデオパッケージ販売用途。記録型はPC用途が中心と見定めて、光ディスクへの録画はあまり重視していなかった。

 BDは記録型を先行させ、後からハリウッドを取り込む作戦だったのに対して、東芝は最初からハリウッドの映画会社と組んで、HDビデオパッケージ市場を速やかに採算ベースに乗せられる技術として、HD DVDを選んだと言う方がわかりやすいだろうか。

 よく知られてるように、HD DVDはDVDと物理的な構造が非常に近い(記録ピット長と層間ピッチ、厚み偏差などの規格値が異なる)ため、十分に品質が上がっていた2層DVDの複製技術、ノウハウを活かすことができる。

 HD DVD規格が要求する精度を出せる装置であれば、ピットを形成するスタンパを交換するだけで、HD DVDとDVDを同じ装置で製造することも可能だ。DVDとHD DVDが混在する市場環境となった時、それぞれのニーズに応じて効率よく作り分けることができる。実際、HD DVD-ROMの歩留まりは急速に高まっていったと聞く。

 よく「実際に売られているパッケージの価格は、どちらも同じじゃないか」という意見も耳にするが、ここで東芝がアピールしたかったのは消費者ではない。映画会社がHDビデオパッケージを商品化する際に、ビジネスとして成立しやすい規格にすることが重要だったのだ。

 現在ではBDの歩留まりも上がり、複製コストは大きく下がったが、それでもまだBDの方が若干高い。同じ会社が製造しているわけではないため、必ずしも製造コストの比較ではないが、ある日本の販売会社が発注しているディスク複製、ケース、各種印刷物などのパッケージのトータルコストは、HD DVDが380円、BDが480円程度だという。少ロットでの発注のため絶対的な金額が高めということもある(ハリウッドの大手スタジオの場合、両規格のコスト差はもっと少ないようだ)が、数年前の段階ではもっと大きな差があっただろう。映画会社がHDビデオパッケージ市場に参入するためのハードルは、HD DVDの方が低かったことは確かだ。

2006年10月に公開された公開された、ソニー・ミュージックマニュファクチャリング社のBD量産ライン 同BD量産ラインのスピンコート法による、カバー層構成を行なう行程

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【2004年8月18日】メモリーテック、DVD互換のHD DVD製造ラインを公開
−約5分でHD DVD/DVDを切替。第2世代では2.5秒/枚を実現
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【2006年9月1日】ソニー、2層BD-ROM生産ラインをプレス向けに公開
−歩留まりは「1層で85%、2層で80%程度」
http://av.watch.impress.co.jp/docs/20060901/sony2.htm



■ 半導体技術の進歩と容量増加のバランスで成り立っていたHD DVD

 では、映画会社は自社の作品をHDで販売する上で、2層30GBという容量に不満は抱かなかったのだろうか?

 東芝にはもちろん、ここでも成算があった。DVDのSD品質と、BDやHD DVDに収録されるHD品質では、画素数で6倍近い違いがある。たとえば、DVDビデオの2層で作っていた作品なら、50GBぐらいは容量がないと釣り合わない。

 しかし、東芝は映像圧縮技術の進歩と、新しい映像圧縮技術を実現するだけの半導体技術の進歩に着目。圧縮効率を高めることで、容量の少なさを十分にカバーできると考えた。映画会社は映画1本を1枚のディスクに収めて販売する。言い換えれば映画が1本入れば記録容量は十分であり、何も難しいディスク複製技術に頼る必要はなくなる。

 BDがレコーダの製品化で先行する中、後から追いかけていた強みで最新技術を盛り込み、映画会社とともにコンテンツビジネス先行型で市場を制覇しようと考えたわけだ。東芝と映画会社最大手のワーナーは良好な協力関係を築いており、特に共に協力して勝利したDVDにおける「勝ち組」として、HDビデオパッケージビジネスを牽引しようと考えた。

デジタル家電とPC分野の技術協力を発表したMicrosoftビル・ゲイツ会長兼CSAと東芝西田社長

 この頃はBDの規格にMPEG-2に代わる新しい映像圧縮技術は盛り込まれていなかったため、HD DVDにはMPEG-4 AVC/H.264とVC-1(マイクロソフトのWindows Media Videoを基礎にした圧縮技術)を採用することにした。

 日本の消費者から見ると「1層15GBでは録画時間が足りない」と思うかもしれないが、その頃の東芝のインタビューを読み返せば分かるとおり、東芝は放送録画に関して全くといっていいほど重視していなかった。技術が進歩すれば、そのうちハイビジョン放送をH.264で再エンコードできるようになるのは明白だったから、将来的にはそれで対処すればいい。それよりも、映画会社がきちんとオーサリングした高画質ディスクが安価かつ大量に供給される世界を作った方がいいと考えたわけだ。

 このコンセプトは、その後のフォーマット戦争の中で、如実に数字となって表れている。HD DVDプレーヤーの累積販売台数は今年1月に抜かれるまで、BDプレーヤの累積販売台数を上回っていた。これに対してレコーダ中心の日本市場では、97%をBDが占めるという状況である。必ずしもフォーマットの企画コンセプトだけが影響しているわけではないが、HD DVDはやはり、HDビデオパッケージを見ることを最重視して開発された規格だったのだ。


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【2005年4月18日】米Warner、HD DVDソフトにWMV9(VC-1)を採用
−発売は2005年の第4四半期から
http://av.watch.impress.co.jp/docs/20050418/warner.htm
【2005年9月27日】MicrosoftとIntelがHD DVD支持を表明
−東芝やNECなど幹事会社は歓迎のコメント
http://av.watch.impress.co.jp/docs/20050927/hddvd.htm
【2005年6月27日】Microsoftと東芝、HD DVDプレーヤーの共同開発を検討
−デジタル家電とPCの両分野で協調を強化
http://av.watch.impress.co.jp/docs/20050627/mstoshi.htm



■ DVD前と後で変化した映画会社の意識

 一方、映画会社はHDパッケージビジネスをどのように考え、行動したのだろうか。今回のフォーマット戦争は、過去の例とは全く異なる。過去のフォーマット戦争において、戦っているのは主に家電メーカーで映画会社のようなコンテンツベンダーは、自社が推進する規格を優位に導くための駒だった。

2007年1月のCESにおけるBDAの会見 2007年1月のCES HD DVD会見登壇者

 後にDVDとなるMMCDとSDの戦いにおいては、ワーナーが強力な旗振りとしてSD陣営にいたが、そうした特殊な例を除くと、映画会社に限らずコンテンツベンダー側の考え方は実にドライで「ビジネスをできるプラットフォームができてから言ってこい」、あるいは「まだビジネスにならないなら、製作コストや宣伝などの面で便宜を図れ」といった考えのところが多かったようだ。

 ところがDVDが大成功して映画会社が潤うようになったことで、状況は一変した。映画会社はDVDでの収益を当て込んで超大作を作ったり、あるいはDVDでの売り上げを伸ばしやすい企画を優先して製作するなど、DVD戦略は映画会社の経営にとって重要なポイントとなってきたのである。

 つまり、これまでならフォーマット戦争に乗じて目の前の利益を取り、最後は勝ち馬に乗るという手法でも良かったが、ビデオパッケージビジネスが“アルバイト”ではなく“もうひとつの本業”になったことで、真剣に経営戦略の中でどのように位置付け、フォーマット策定への積極的な関与、フォーマットの立ち上げや普及戦略などに取り組むようになってきた。

 おそらく主要な映画会社で、DVDの次世代ビジネスに関して確たるポリシーを示さなかったのはパラマウントピクチャーぐらいのものだ。特にワーナー、ユニバーサル、ディズニーの信念は固かった。

 ユニバーサルは東芝がHD DVD撤退を表明するまで、一貫してHD DVDを支持してきた。本稿で述べてきたように、映画スタジオにとって安価かつ大量にコンテンツを供給する上で、HD DVDの方が良いと考えていたからだ。

Universal Home Entertainmentクレイグ・コンブロー社長

 Universal Home Entertainment社長のクレイグ・コンブロー氏には、過去にインタビュー、あるいは業界関連のパーティでお会いしたことがあるが、彼の考えは常に一貫していた。「DVDのビジネスは非常に強固なもので、HD化するだけではビジネスは成功しない。HDビデオパッケージの世界へと導くには、DVDとのコンボフォーマットを作れるHD DVDを用い、ソフトランディングさせていく方がいい。加えてインタラクティブ機能によって“これは新しいエンターテイメントなんだ”と分かり易い形で利点を訴求しないと理解されない」

 このため、ユニバーサルは非常に多くのタイトルをコンボフォーマットで、主に米国でリリースしたし、HDiを用いたソフトも発売。そして一貫してHD DVDタイトルのみを発売してきた。実際には昨年、BDのソフトウェア売り上げが大きく伸び始めたことを受け、両対応することで売り上げの傾向を調査することも検討したようだ。しかし、決意が揺らいだ時期はあったものの、最終的には一貫してポリシーを曲げなかった。

 ディズニーの決意はさらに固かった。実はディズニーは現場レベル(ウォルトディズニーカンパニー内の映画部門)では、最初からBDで行くと決めていた。実際、一度は2004年初頭にもBDFに参加するという話があったほどだ。ディズニーが望む次世代フォーマットは、映画とともにキャラクターを引き立たせる各種のコンテンツを大量に入れて楽しませたり、簡単なゲームを入れて遊んでもらうなど、子供向けのエンターテイメントディスクとして優れたものにすることだった。そのためには大容量が必要不可欠だと最初から主張しており、50GBでさえ「そのうち足りなくなる」と数年前から話していたほどだ。

ディズニーホームエンターテイメント ボブ・チェイペック社長

 特に現在、ディズニーホームエンターテイメント社長であるボブ・チェイペックは「自分がBD規格を立ち上げてやる!」とばかりに、率先してBDの宣伝をかけていた。全米のショッピングモールツアーを繰り広げ、“Blu-rayはきれい”、“Blu-rayはたのしい”と映画会社自らフォーマットの宣伝を買って出た。家電ベンダーに金を出させてプロモーションするといった考えはなく、自分たち自身で、自分たちが稼ぐための畑を耕そうとしていたのを見て、ディズニーだけは絶対に動かないと思ったものだ。

 20世紀フォックスは、もっとクールで理知的だ。彼らの興味は自分たちが投資してきた資産(映画コンテンツ)を安全に管理することを最優先していた。つまり、違法コピー対策、特に組織的に大量の複製が作られ、ロシア、東欧、ドイツで販売される状況に終止符を打ちたかったのだ。ところが20世紀フォックスは次世代光ディスクのコンテンツ管理に関するポリシー、規格を決めるAACSという団体に入っておらず、自分たちの考えるコンテンツ保護の枠組みがAACSには入らなかった。

 20世紀フォックスが求めたのはディスクの真性を証明する技術や、暗号化の鍵が盗まれた際に、後から鍵を盗まれる原因になったプラットフォームを排除するなど、万が一、コンテンツ保護のメカニズムが機能しなくなった後でも対策が施せるようにする技術だった。20世紀フォックスがBDAに参加したのは、そうしたことを自ら訴えるためだった。結果、BD+やBD Markといった技術としてBD規格の中に組み込まれ、以降はBDを支持し続けた。


□関連記事
【2004年11月29日】HD DVD陣営、ハリウッド4社から支持を獲得
−東芝は2006年に10万以下のHD DVD/HDDレコーダを発売
http://av.watch.impress.co.jp/docs/20041129/hddvd.htm
【2004年12月9日】Disneyがブルーレイディスクを支持。北米/日本でタイトル発売
http://av.watch.impress.co.jp/docs/20041209/disney.htm
【2004年10月4日】Blu-ray Disc AssociationにFOXが参加。HDパッケージ推進へ
−ブルーレイの本格立ち上げに向けBDAを本日立ち上げ
http://av.watch.impress.co.jp/docs/20041004/bda.htm


■ ワーナー、変心の理由

2003年1月のCESで、東芝がDVD-ROMにMPEG-4 AVC/H.264記録する「HD-DVD9」を披露

 ワーナーブラザーズのホームビデオ部門は、HD DVDがまだAODと呼ばれていた頃から、東芝と共にHDビデオパッケージビジネスの可能性を探っていた。いや、さらに遡れば、東芝の研究所が開発していたH.264を用いて、一度はDVD-ROMにHD映像を収めたディスクを発売しようと話を進めていたこともある(表記がややこしくなるが、こちらはHD-DVDとしてCESの東芝ブースで展示されていたことがあった)。

 東芝がHD DVD事業にここまで踏み込むことができたのも、ワーナーホームビデオと綿密な連絡を取り合い、映画会社向けの光ディスク規格として自信を持っていたことも理由にあったと思う。

 ワーナーという会社は、とても“数字”にうるさい会社であり、人事面ではその結果によってしばしば大ナタが振るわれる。何かの決断、何か別の道へと向かう時には、徹底的にそうした判断を下すための理由を、きちんとした数字で証明することを望む。なぜなら、判断を下す理由が明確で、周囲がその判断を当然であると納得する状況になければ、大きな判断を下したことで自分の立場が追い込まれる可能性があるからだ。

 そうしたある種、合理的なワーナーの企業文化とHD DVDはかなりマッチしていたと思う。今年1月、ワーナーはBDへの一本化を発表したが、その直前まで一貫して、現場はHD DVDが自分たちのビジネスの最適なフォーマットだと考えていたと思う。

 一人だけ違ったのは、ワーナーホームエンターテイメントグループ代表のケビン・ツジハラ氏だった。ツジハラ氏はHDビデオパッケージのビジネスを市場で展開するに当たって、根拠なくHD DVDの方が自分たちにとって優れていると判断することを避けた。

 実際に市場に両方のソフトを供給し、どのようなタイトルが、それぞれどれだけ売れるのかを見極めることにしたのだ。中国メーカーにも積極的に技術移転を進め、早期に低価格プレーヤを市場に投入することも意識しているHD DVDの方がプレーヤー戦略では上回ると考えていたようだが、一方でBDにはPLAYSTATION 3という未知のデバイスもあった。

 ツジハラ氏はワーナーホームビデオ社長と次世代光ディスク担当の副社長を降ろし、HD DVD一本で行くはずだったところを、BDとHD DVDの両対応とした。ただし、ツジハラ氏はPS3ユーザーはあくまでもゲームを楽しむ人のデバイスであり、映画を購入する人はHD DVDを選ぶことが多いと思っていたようだ。

 実際、2007年1月に行われたTotal HD(BDとHD DVDのハイブリッドディスク)の発表でツジハラ氏は、2007年中の両フォーマットの販売比率を6対4でHD DVDの方が多いと読んでいたが、市場は逆の反応を示した。

 今年1月にワーナーホームビデオに取材したところ、2007年の北米におけるHDビデオパッケージの販売比率は6:4でBDの方が多かった。加えて累積販売台数ではHD DVDプレーヤーの方がまだ多かったのだが、12月の販売だけに注目するとBDプレーヤーがHD DVDプレーヤーの2倍売れた。

 このことをBD一本化の理由として挙げていたが、さらに細かくワーナーが持っているデータを見ていくと、「300」というギリシアのスパルタを舞台にした戦史ものが大ヒット。BD版がHD DVD版の2倍以上売れた。しかし、日本でもNHKが放送したBBC製作の「プラネットアース」は、HD DVD版の方がよく売れたという。

 こうした数字を受けて、大人向けタイトルはHD DVDの方がいいのでは? 300はゲーム世代を中心に売れたからPS3の存在が効いたのではないか? など、様々な議論があったという。このため大人から子供、一般の映画ファンからゲーム世代まで幅広いファンがいる「ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団」の売り上げに注目が集まった。この戦いは初週売り上げにおいて僅差でBDが勝っているが、HD DVDもかなり肉薄していた。

 とはいえ、ツジハラ氏は昨年の夏ぐらいまでには、BDへの一本化へと気持ちが傾いていたと言われている。上記の“数字合わせ”は、むしろBDへの一本化を正当化するための数字を集めた結果と言えるかもしれない。

 もちろん、BD陣営、特にソニーはワーナーをその気にさせるため、戦略的な値付けや膨大な数の映画タイトルバンドルで数字を作る東芝に対抗して、相当、宣伝や流通への投資を行なった。特に「PS3でBDを再生できる」ことを、かなり真剣にプロモーションしたようだ。PS3を購入したユーザーの中には、意外にもBDの再生機能を知らない人も多かったという。

 加えてワーナーはPS3ではなく、通常のBDプレーヤーの売り上げについても注意深くHD DVDとの差をウォッチしていたようだ。ワーナーが持つ膨大な映画カタログも、映画ファンが食い付いてこなければ意味を持たない。この面でも、12月にソニーが展開した販売戦略が功を奏した。この時期、まだ他の多くのBDプレーヤーは高価だったが、ソニーは最廉価モデルを2週間限定で299ドルまで下げた。この期間にメキメキと売り上げを伸ばし、HD DVDに対して2倍というBDプレーヤーの売り上げを達成した。

 いずれにしろ、ツジハラ氏がBD一本化の判断を下せるだけの理由(市場における確たる数字)が出たことで、1月の発表へと繋がった。ツジハラ氏は12月、BD一本化決定の直前に二人のHD DVD派幹部を降ろしており、ここでハリウッド周辺では「BDに一本化するのでは?」との噂が出始めていた。

 とはいえ、昨年末数カ月に出た数字が、もう少しHD DVDに有利なものであったなら、結果は変わっていた可能性がある。タイトル数が増えるにつれ、両フォーマットをサポートし続けるというワーナーの戦略を継続するのは難しくなってきていただけに、一本化は行なっただろう。しかし、それは粛正人事を伴うようなものではなく、社内的なコンセンサスを得られやすいHD DVDだったかもしれない。そうした意味では、BDの圧勝に終わったように思われる次世代光ディスクのフォーマット戦争も、実は薄氷を踏みながらの勝利だったのかもしれない。

 ワーナーと共にHD DVDを育ててきた東芝が撤退を決めたのも、ハリウッドと共同で新しいフォーマットを立ち上げるという戦略を明確に絶たれたのが理由であることは間違いない。

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【1月5日】米WarnerがBlu-rayに一本化。6月以降BDのみ発売
−「消費者は明確にBDを選択した」
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【2007年1月10日】Warner、HD DVD/Blu-rayを1枚にした「Total Hi Def」
−各面に2層HD DVD、2層BDを記録
http://av.watch.impress.co.jp/docs/20070110/warner.htm
【2005年10月21日】WarnerがBlu-rayでのタイトル投入を表明
−BDAに加入。ハリウッド大手各社がBD発売へ
http://av.watch.impress.co.jp/docs/20051021/warner.htm
【2003年1月9日】2003 International CES開幕前日レポート
東芝、DVDにハイビジョン収録可能な「HD-DVD」をデモ
http://av.watch.impress.co.jp/docs/20030109/ces03.htm



■ まとめ

 東芝の撤退以降、数人の関係者に話を伺ったが、東芝は1月中からHD DVD撤退に向けて、ごく一部に動いていたという。2月に発表、発売するはずだった新製品の発売を延期(実際には中止だが、当時はバグの発生による延期が理由だった)、HD DVD関連広告やタイアップ記事の引き上げ、3月以降のHD DVDソフト製作支援予算凍結、HD DVDソフト紹介サイトを2月いっぱいでクローズなど、今から情報を拾っていくと、いずれも撤退への準備だったのかもしれない。

 東芝DM社でHD DVD関連事業に携わっていた社員の多く、HD DVDの規格策定やマーケティング戦略に直接関わっていた社員以外の多くは、西田氏の記者会見が社内に放送(本社ビル内に会見は同時放送されていた)された時、初めて撤退という言葉を聞いたという。

 今回の2回のコラムの中で、撤退後の東芝の対応や今後の光ディスクビジネスについても書きたいと考えていたが、過去の取材内容を整理していると、あまりにも情報が膨大で、歴史を振り返るだけで終わってしまった。

 撤退後、HD DVDレコーダを購入したユーザーのサポート、特に今はコピーワンスの時代だ。HD DVDに録画した番組の再生を、どのようにサポートしていくかという話はある。

 そうした購入者への支援も必要だろうが、むしろ心配しているのは、HD DVD、それを用いたレコーダ、プレーヤの開発などに携わってきた技術者たちの行方だ。現時点で東芝はBD関連機器を開発する予定はないと述べており、このままだと独自のブランドを構築してきたRD(VARDIA)シリーズも、今後は市場の緩やかな縮小が進むと思われるDVD世代で終わることになる。HD DVDに搭載されたインタラクティブ機能「HDi」を、実際に家電の上で動作するよう実装を行なってきたのも東芝の技術者たちだ。

 東芝はフォーマット戦争には負けたかもしれないが、その間に何も生み出さなかったわけではない。その間に生み出した技術やノウハウを活かし、製品へと還元するには、HD DVDに関わった多くの技術者たちを活かすことだ。

 実際にはここでは書ききれなかった、数多くのことがこの数年にあった。マイクロソフトがなぜ、どのようにして光ディスク事業に関わろうとしていたのか。なぜ東芝やワーナー、マイクロソフトは、容量の少ないHD DVDでもフォーマット戦争に勝てると考えたのか。もっといろいろな理由、判断材料、それにフォーマット戦争の影の部分で動いていたコンサルタントたちもいる。

 またBD陣営としてひとまとめにされてきたソニーと松下だが、両者がBDに取り組むモチベーションは全く異なるものだ。規格統一に対するアプローチの方法も違う。

 これらについて、またどこかで機会があれば、ひとつの話にまとめることにしたい。


□関連記事
【2月19日】【AVT】次世代光ディスクフォーマット戦争の軌跡
【前編】なぜ2つの規格が生まれたのか
http://av.watch.impress.co.jp/docs/20080219/avt019.htm
【2月19日】東芝、HD DVD事業から撤退。3月末で終息に
−DVDレコーダは継続も「BDの予定はない」
http://av.watch.impress.co.jp/docs/20080219/toshiba2.htm

(2008年2月22日)


= 本田雅一 =
 (ほんだ まさかず) 
 PCハードウェアのトレンドから企業向けネットワーク製品、アプリケーションソフトウェア、Web関連サービスなど、テクノロジ関連の取材記事・コラムを執筆するほか、デジタルカメラ関連のコラムやインタビュー、経済誌への市場分析記事などを担当している。
 AV関係では次世代光ディスク関連の動向や映像圧縮技術、製品評論をインターネット、専門誌で展開。日本で発売されているテレビ、プロジェクタ、AVアンプ、レコーダなどの主要製品は、そのほとんどを試聴している。
 仕事がら映像機器やソフトを解析的に見る事が多いが、本人曰く「根っからのオーディオ機器好き」。ディスプレイは映像エンターテイメントは投写型、情報系は直視型と使い分け、SACDやDVD-Audioを愛しつつも、ポピュラー系は携帯型デジタルオーディオで楽しむなど、その場に応じて幅広くAVコンテンツを楽しんでいる。

[Reported by 本田雅一]


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