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本田雅一のAVTrends

次世代光ディスクフォーマット戦争の軌跡
【前編】なぜ2つの規格が生まれたのか




 先週末から東芝HD DVD撤退のリーク記事が多数出ているが、これに関連して多数の電話とメールが入った。先日もある新聞社の産業部記者からの取材を受けたが、大手報道機関は異動サイクルが比較的短く、過去の経緯に関してあまり多くの情報が引き継がれていないことが多い。急に大きなニュースとなったことで、対応し切れていなかったというのが現実なのかもしれない。

 それぞれに応じていたが、そこで答えていた内容をコラムとして、ここに残しておきたい。すべてを書ききることはできないが、過去の分裂の経緯と、統一交渉の決裂、それにBDへと一気に形勢が傾いた昨年12月からの流れ、それに今後のことについても、いくつかのポイントを押さえて前後編に分けて紹介する。



■ なぜ二つの規格が生まれたのか?

2002年2月に開催されたBlu-ray Discの発表会

 Blu-ray規格が誕生した大きな理由は、ソニーと松下電器という、光ディスクの技術を数多く持つ企業が手を結んだからだ。両者はそれぞれ独自に青紫レーザーダイオード(青紫LD)を用いた光ディスク技術を開発していたが、ソニーがある程度、市販できるレベルの技術を完成させた段階で、実用化へと大きく踏みだそうとしていた。2001年末のことだ。

 当時はまだDVDレコーダが出たばかりだったが、ソニーはDVDレコーダをスキップして一気にハイビジョンの世界へと進もうとしていた。松下がソニーの提案に乗ったのは、ソニーを中心とするグループが、そのまま規格化へと突き進むのを眺めているよりも、自分たちもそこに参加して、性急に規格化しようとする流れに対してきちんと意見を言うためだったという。

 こうして2002年2月19日にBDAの前身である、BDF(Blu-ray Disc Founders)が誕生した。このとき、東芝は前日夜中まで続いた説得に応じず、BDFへの参加を見送った。理由はDVD Forumで議論すべき事柄だからと、後に東芝上席常務待遇 DM社首席技監の山田尚志氏は話している。

 ただ、実際には当時、DVD Forumで青紫LDを用いた光ディスクについて、議論することはできなかった。なぜなら、当時は実験用に用いる青紫LDを入手するために、日亜化学とNDA(守秘義務契約)を結ぶ必要があったからだ。このため、オープンな会議の場であるDVD Forumとしては扱うことが難しかった。


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【2002年2月19日】ソニーや松下など9社が、光ディスクレコーダ規格「Blu-ray Disc」を策定
―青紫レーザーを使用し最大容量27GB、来春にライセンス開始予定
http://av.watch.impress.co.jp/docs/20020219/blu_ray.htm

2003年のInternational CESで展示されたAODプレーヤー

 また、(これは専門記者でも間違って認識していることが多いのだが)DVD Forumは光ディスクの技術検討を行なうオープンな会議であって、光ディスク全般の国際標準化を行なう団体ではない。NDAを結ぶ必要性を考えると、当時は必須技術を持つ企業がクローズドな場で話を進めるしか無かったと、当時のBDF関係者は話していた。

 その後HD DVDとなるAOD(Advanced Optical Disc)が登場したのは、BDF発足後にDVD Forumにおいて青紫LDの技術検討を行なう作業部会を0.1mm保護層、0.6mm保護層それぞれに設け、その中から0.6mm保護層案としてNECが開発していた技術を元に提案が行なわれてからだ。

 その頃はDVD Forum内でも、青紫LDを用いた光ディスク技術の扱いについて決めていなかったため、NECと東芝がAODとして展示会などでのプロモーションを行なっていた。なお、NECはBlu-ray発足直前にソニーと提携を組んでこの事業に取り組もうとしたが、特許などの問題もあってソニーに提携を断られ、その後、東芝とAODとして発表したと、NECの関係者は話していた。


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【2002年8月29日】東芝とNEC、DVDフォーラムに次世代DVDを共同提案
―再生専用と書き換え型を用意、書き換え型は2層で40GB
http://av.watch.impress.co.jp/docs/20020829/tosnec.htm
【2002年1月9日】2003 International CES開幕前日レポート
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http://av.watch.impress.co.jp/docs/20030109/ces03.htm
【2003年11月27日】次世代光ディスク「HD DVD」がDVDフォーラムで承認
-再生専用規格のHD DVD-ROM Ver.0.9のみ
http://av.watch.impress.co.jp/docs/20031127/hddvd.htm


■ 統一交渉不調の経緯

初のBDレコーダ「BDZ-S77」。BDビデオの再生はできない

 その後、ソニーから初のBlu-rayレコーダが2003年に発売され(ソニー規格と言われるが、実際にはBDFが発足した後、各社のアイディアを持ち寄って技術が固められた。ソニーの特許シェアは多いものの、ソニー規格というほどではない)たが、次の大きな山場は2005年2月から5月初旬にかけて行なわれた、ソニー、松下電器、東芝の三者による統一交渉だ。

 2003年にDM社・社長に就任した藤井美英氏は、法務畑の経歴を持ち、東芝セミコン社からの異動でDM社に来た人物である。交渉ごと、企業提携などで実績を挙げ、本人も「話をまとめるのが得意」と話していた。藤井氏は東芝本社から、規格統一へと導いて東芝の利益を確保せよとの命が下っていたと言われている。

 藤井氏が当時ソニーの副社長だった久多良木健氏に規格統一の打診を行ない、それを受けてレコーダを担当していたソニー常務の西谷清氏が東芝に連絡。「0.1mm保護層を前提とした技術統一」という意図を確認した上で、松下にも連絡を取り、規格統一のための交渉が行なわれた。なお、藤井氏は後に「保護層の厚みには拘らないと話しただけで、0.1mm前提との話は無かった」と話している。

 藤井氏は統一にかなり熱心だったこと。ソニーと松下は、フォーマット戦争による混乱を避けたいという意志が固まっており、可能な限り東芝に歩み寄る姿勢を見せていたことなどもあり、交渉はすぐに終わると考えられていた。ところが、実際には予想以上に長引いてしまった。

 長引いた原因はいくつかあるが、主に以下の点で意見がまとまらなかったからだ。

  • 東芝の技術がもっと多く入ると思っていたが、さほど多くはなかった
    (藤井氏談。標準規格は優秀な技術を採用しなければ独禁法違反となるため、無理に特定企業の技術を入れることはできない)
  • BD側の提示した技術データを評価する東芝技術者が、0.1mm保護層のディスクを量産不可能と強く主張した
  • 統一に意欲を見せる藤井氏と、0.1mm保護層技術に否定的意見しか述べない東芝技術者代表の意見の方向があまりに異なるため、ソニー・松下側が東芝側の意図を図りかねて混乱した

 それでも、(詳しい内容はともかく)統一案はかなり東芝に有利な条件でまとまりつつあった。それが一転したのは4月下旬のことだ。新聞で2回目の規格統一記事が掲載され「近くソニー規格で統一」と報道されたことで、東芝が態度を硬化させた。

 実はこの記事、その前に報道された件も含め、経済産業省から情報が漏れていたとされる。統一交渉の場に、第三者として経済産業省の担当者が立ち会い、それが漏れたというのが有力だ。しかし、そうしたことが判ってきたのはその後のことで、藤井氏は「ソニーがリークしたのではないか」と疑っていたと、その頃のインタビューで話していた。

 この報道で藤井氏に全権を委譲し、規格統一を指示していた東芝本社が判断を翻すことになる。細かな経緯については、いずれ記事にすることもあるかもしれないが、山田氏のHD DVD継続の訴えなど各種の理由により東芝は、まとまりかけていた統一案を蹴るという判断を下す。ソニー、松下両者に渡された東芝側の意見書には、主な理由として契約上のリスク(HD DVD事業に関連した各種の契約など)や独禁法上のリスクなどが書かれていたが、いずれも本心とは思えない。今もって本当の理由はよくわからないままだ。

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【2005年4月21日】ソニーや東芝、「次世代DVD規格統一」に向けて交渉か
-ブルーレイとHD DVDを融合させた新規格の可能性
http://av.watch.impress.co.jp/docs/20050421/bdhddvd.htm
【2005年5月10日】次世代DVD規格の0.1mm統一報道を各社が否定
-ソニー、松下と東芝の交渉は認める
http://av.watch.impress.co.jp/docs/20050510/bdhddvd.htm



■ 東芝はなぜフォーマット戦争に勝てると思ったのか

 今回のフォーマット戦争に関して、議論の争点は多数あるが、それらをまとめていくと、行き着くところはひとつしかない。光ディスクのスペックとして最も重要な記録容量はBDの方が大きい。保護層の薄さを危惧する声や、指紋などによる読み取りエラーの問題なども、統一交渉が行なわれる頃までにはすでに解決策が見つかっていた。

 それら0.1mm保護層特有の弱点が解決されているなら、原理的に0.6mm保護層よりも容量が大きくなるのは当然だ。それでも東芝がHD DVDの方が優位と主張していたのは、0.1mm保護層のディスクは量産化が行なえないと考えていたからだ。実際、DVDと同じ構造のHD DVDの方が、ディスクの複製行程は技術的に簡単だ。

 しかし、一度量産を始めてしまえば、研究開発の段階では想像していなかったようなノウハウが溜まり、どんどん歩留まりが改善されていくのが製造業というものだ。そのことは、すでに世界中でBDビデオが販売され、PS3用ソフトの配布メディアとして流通していることからも証明されている。ノウハウが蓄積されて歩留まりが上がり、流通量が増えてくれば、最終的にはディスク複製コストは材料費によって決まる。これは両規格とも大差はない。

 つまり、最終的にBDの複製が安定して行なわれるようになれば、BDの方が容量が多い分だけ将来性が高い。東芝はBDメディアの量産が不可能と判断し、それ以外の大手家電メーカーは可能だと判断した。

初代HD DVDプレーヤー「HD-XA1」

 とはいえ、実際にHD DVDプレーヤーを発売して以降というのは、技術的な優劣よりもマーケティング戦略的なテクニックの争いになっていったように思う。

 HD DVDを支持していた東芝とマイクロソフトは、まずヒューレット・パッカードの取り込みを狙った。同時にデル・コンピュータも標的となったが、デルは東芝の誘いを断った。とはいえ、PCにおいて世界最大シェアのHPを取り込み、そこに東芝とマイクロソフト、それにインテルの賛同も取り付けた。光ディスクドライブの消費量は、家電向けよりもPC向けの方が圧倒的に多い。PCにおいて優位性を確保できれば、量産効果が期待でき、BDに対して優位に立てる。

 また東芝はCH-DVD規格をDVD Forumで通した。これは中国専用のHD DVDと言えるもので、一部に中国の技術を取り入れている。中国の技術を盛り込むことで中国中央政府の支持を受け、将来的に大量の消費が見込まれる中国版プレーヤでスケールメリットを出そうと考えたわけだ。さらにHD DVDの技術移転を進め、中国メーカーにHD DVDプレーヤー、CH-DVDプレーヤーの生産を委託することで中国との関係強化を図り、最終的に製造業というよりも、ライセンシーとして利益を挙げようとしたようだ。

 また中国を押さえることができれば、その市場規模を活かしてCH-DVDの近似規格であるHD DVDプレーヤーのコストも抑えることができ、対BDプレーヤーで価格の優位性をアピールできる。

 ただ、この戦略は後に東芝自身がプレーヤー価格を下げすぎてしまい、中国メーカーであっても利益が出せない価格帯まで下がったことで暗礁に乗り上げてしまった。フォーマット戦争の煽りがあって価格が下がりすぎているが、HD DVDプレーヤーは99ドルや199ドルといった価格で販売できる製品ではない。東芝自身が値段を下げてしまったことで、中国メーカーの入る余地は完全になくなってしまった。

 もうひとつ。映画スタジオに関しても、東芝はHD DVDへの鞍替えに自信を持っていた節がある。特にDVD時代からの盟友でもあったワーナーにはDVD時代に活躍した東芝OBも副社長に名を連ねていた。

 昨年はパラマウントがHD DVD陣営に一本化するというニュースがあったが、おそらくワーナーがHD DVDで一本化すれば、事態は逆方向に動いていただろう。ディズニーは一切、HD DVDへと与する姿勢を見せていなかったが、20世紀フォックスは(可能性はほとんどないと考えていたようだが)もしワーナーがHD DVD支持に回れば、HD DVDでのビジネスを行なうと話していたという。

 もしそうなっていれば世紀の大逆転となったハズだが、実際にはそうはならなかった。そのあたり、最近の動きに関しては後編でお伝えしたい。


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【2007年8月21日】Paramount/DreamWorksが“HD DVDのみ”サポートへ
-「トランスフォーマー」や「シュレック3」を独占供給
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【2月17日】東芝、HD DVD撤退報道について声明
-「事業方針を検討中だが、決定した事実は無い」
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【2月16日】米Wal-Martも、次世代DVD規格をBlu-rayに決定
-HD DVDは在庫を販売継続。6月にはBlu-rayのみに
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【2月12日】米Best Buy、Blu-rayを推奨フォーマットに決定
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【1月5日】米WarnerがBlu-rayに一本化。6月以降BDのみ発売
-「消費者は明確にBDを選択した」
http://av.watch.impress.co.jp/docs/20080105/warner.htm

(2008年2月19日)


= 本田雅一 =
 (ほんだ まさかず) 
 PCハードウェアのトレンドから企業向けネットワーク製品、アプリケーションソフトウェア、Web関連サービスなど、テクノロジ関連の取材記事・コラムを執筆するほか、デジタルカメラ関連のコラムやインタビュー、経済誌への市場分析記事などを担当している。
 AV関係では次世代光ディスク関連の動向や映像圧縮技術、製品評論をインターネット、専門誌で展開。日本で発売されているテレビ、プロジェクタ、AVアンプ、レコーダなどの主要製品は、そのほとんどを試聴している。
 仕事がら映像機器やソフトを解析的に見る事が多いが、本人曰く「根っからのオーディオ機器好き」。ディスプレイは映像エンターテイメントは投写型、情報系は直視型と使い分け、SACDやDVD-Audioを愛しつつも、ポピュラー系は携帯型デジタルオーディオで楽しむなど、その場に応じて幅広くAVコンテンツを楽しんでいる。

[Reported by 本田雅一]


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AV Watch編集部

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