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本田雅一のAVTrends

リアリティ追求のために3Dを
〜3Dカメラを手掛ける米Pace訪問記〜


ペース社3代目で3Dカメラ開発に情熱を傾けるヴィンス・ペース氏。気難しそうだが、気が合うと思えば何でも親切に教えてくれる

 一般には全く知られていない、しかしハリウッド映画業界では広く知られた企業のひとつに「Pace(ペース)」という会社がある。同社は金属加工を専門とする会社だ。この会社の社長ヴィンス・ペース氏は、いかにも町工場のオヤジさんという雰囲気の職人気質の人物である。

 ガンコに見えるのは見た目だけではない。商売の相手と言えども、営業とプレゼンテーションばかりに長けて、技術面での取り組みが甘いと見るや、ロクに相手にもしない。我々のようなジャーナリストの取材も、まったく受けようとしない。

 しかし同じ夢を共有する仲間だと思ったら、フレンドリーに何でも話し合うガードの低さも見せる。頭の中はこの10年、ひとつの夢でいっぱいなのだ。

 その夢とは世の中のあらゆる場面を3Dで記録する最高の道具を創るという夢である。ペース社は現在、もっとも経験豊富で優れた3Dカメラを開発するメーカーとして、実写の3D映画製作が注目されているハリウッドで注目を浴びているのである。

 そんなペース社をペース氏の案内で取材した。



■ 金属加工の家業を継ぎながら、特殊カメラの開発に没頭

いかにもLA郊外にある町工場といった雰囲気のペース社に置かれたトレーラ。このトレーラで各所の3D撮影に向かう

 おそらく読者の中には、昨年のCEATEC以降、あまりに多くなった3Dテレビ関連の記事に食傷気味という人も少なくないと思う。家庭向けの3Dディスプレイなんて、きっとチープなものに違いない。疲れてしまって長い時間見る事なんてできないよ。誰もが最初に思うことだ。

 これは世界中どこでも同じで、3D映画の製作を加速させているハリウッドでも家庭向けに展開するなんて、まだまだという認識だった。それはペース氏も同じ。民生用にも3D技術が投入されるようになれば、ペース社の事業にプラスになるはずだが、中途半端に体験レベルも画質も低い3Dディスプレイを展開されて、3D映像の世界がおもちゃ的に見えるのを嫌っていた。

 そのペース氏の考えを変えたのは、パナソニックの103インチ3Dプラズマディスプレイだった。ジェームズ・キャメロン監督とそのチームが、新作3D映画の「アバター」に関連してパナソニックの3Dディスプレイのデモを見に来た時、キャメロン氏に3Dカメラを提供してきたペース氏が同行し、その質の高さに驚いたのがきっかけだという。

 ペース氏は金属加工の家業を継ぎながら、地理的に近いハリウッドの映画産業に自社の技術を活かせないかと業界に飛び込んでいった。その結果得たのが、35ミリフィルムカメラをスッポリと収める水中撮影用ハウジングの開発だった。

 最初の水中ハウジングや水中ライティング機材は映画「アビス(1989年)」のために開発された。残念ながら映画の興行成績は振るわなかったが、海の中を幻想的に描いた映像は高く評価される。キャメロン氏と共に新しい撮影技術に取り組むようになったのは、この頃からだ。その後も、たとえば映画「タイタニック(1997年)」で北極海に沈むタイタニック号の撮影などに、ペース社の水中ハウジングが使われている。

 このタイタニックの撮影以降、キャメロン氏がユニバーサルスタジオのアトラクションT2 3D製作をきっかけに興味を持ち始めた3D撮影のために、3Dカメラの開発をも共にすることになった。


Abyssの撮影時に開発された水中ライティング機能を持つ水中マスク 3D中継を行なったNBAファイナルとNBAオールスターの記念ボールやチケット。出場者のサインが入っている ペース社の3D水中カメラで撮影された2本のドキュメンタリ映画


■ 10年にわたってキャメロン氏と3Dカメラを共同開発

 そんなキャメロン氏とペース氏の努力が本格的な劇場映画の形になるのが、今年公開の「アバター」だが、その間、様々な形でペース社の3Dカメラは成果を挙げている。

 たとえばキャメロン氏が海底に沈むタイタニック号に迫ったドキュメンタリー映画「ジェームズ・キャメロンのタイタニックの秘密(Ghost of the Abyss)」もそのひとつ。この映画のためには大きな3Dカメラを収めるための巨大な水中ハウジングが作られている。同じくキャメロンが製作を担当したAliens of the Deepでも、さらに改良された3Dカメラと水中ハウジングを使った。

    【ペース社の3Dカメラが使われた3D映画、3Dビデオの一覧】(未公開のものも含む)
  • Ghosts of the Abyss
  • Spy Kids 3D
  • Expedition Bismark
  • Aliens of the Deep
  • Shark Boy and Lava Girl
  • U2(PACE had five of the seven cameras involved in the production)
  • LIVE NBA All Star Game
  • Journey to the Center of the Earth 3D
  • LIVE NBA Finals Game
  • Hannah Montana 3D Concert Film
  • LIVE NBA Mavericks vs. Clippers Game
  • Gwen Stephanie Music Video
  • Missy Elliot Music Video
  • Final Destination 4
  • AVATAR
  • Jonas Brothers Concert Film
  • TRON

 なお、ここで“ペース社の3Dカメラ”と表記しているが、カメラの撮影部そのものは、パナビジョンやソニー・シネアルタ、パナソニック・バリカムなどの動画用カメラを使う。ペース社が開発しているのは、同じカメラを2つ組み合わせて1つの3Dカメラとするベースと、取り付けたカメラの向きなどを微調整する制御の部分だ。

用途ごとに多様な形態の3Dカメラを開発。必要機材やスタッフとともにレンタルしている

カメラをマウントするベース。横長の長方形の窓の部分にハーフミラーがある。パーツ類はすべてワンオフのアルミ削りだし

 3Dカメラの基本的な仕組みは、それほど難しいものではない。入射する光をハーフミラーで2つに分け、左右方向に視差を設けて撮影するだけだ。しかし、そこには多くのノウハウがある。

 たとえば近くの被写体を映す場合と、遠くの被写体を映す場合では、視差の作り方を変えなければ自然な3D映像にはならない。自分の指を見つめながら、遠くから近くへと指を動かしてみると目が寄ってくるのと同じように、距離に応じた最適制御が必要だ。

 3D映像の前後への展開を画面より奥に展開させるのか、それとも手前に展開させるかといった制御や、対象となるディスプレイに合わせて3D感の強さを微調整するといった制御も必要になってくる。

 こうした制御をメカ的に実現するようベースを開発し、専用の3D撮影コントローラで3D撮影のパラメータを動的に動かすようになっている。

 映画のように立ち位置や動きが決められている場合は、あらかじめ撮影に合わせて3D撮影制御をプログラムするのだが、U2やハンナ・モンタナなどのライブ撮影やNBA中継などのスポーツ撮影では、すべてはリアルタイムに制御する必要がある。

フジノンレンズを3D用にしたもの。双眼鏡のように見えるタイプは水中撮影のコンパクトタイプ こちらは同タイプでキヤノンレンズを用いたもの ソニー・シネアルタ用の3Dカメラセット全景。上下L字型にカメラを配置しているのがわかる。このタイプの縦配置3Dカメラは、特にキャメロン監督の要望で開発したものだとか
シネアルタ用の3Dカメラを真横から見たところ。丸いノブが二つ付いた液晶表示付きコントローラで、カメラの調整を行なう こちらはハンディタイプ(!)の3Dカメラ。スポーツ放送でベンチ周辺などを撮影する場合に使われるビューファインダーにはメインとなる(2D放送などで使われる)方の映像が映し出されている 3Dコントローラ。カメラマンは主に3Dではなく、カメラ自身の制御をここで行なうと2台のカメラが同期して動く。3Dパラメータの微調整は別のオペレータがリモートで行なうことも可能
ハーフミラー部を覗くと二つのカメラレンズが見える 工場内にあった森精機のマシニングセンター。森精機のマシニングセンターを導入することは、お父さんの代からの夢だったのだとか

 こうしたライブの3D撮影を実現するため、ペース社は必要機材を積み込んだ3D撮影専用トレーラを製作し、スタッフが中継映像を見ながら、各カメラの制御をコントローラから行なっている。

 ちなみに余談ではあるが、3Dメガネをかけて作業をしているのかと思いきや「被写体の像が左右にどれぐらいズレているのかを見れば、どのような感じかわかるのでメガネを使わずに作業する」のだとか。

 その制御手法はこの10年、3Dに取り組んできたノウハウの塊だ。

3D撮影用トレーラの中にあるスクリーニングルーム。ここで3D映像を映しながらカメラのリモート制御やカメラマンへの指示を行なう


■ 「2Dではリアリティは追求できない」とペース氏

トレーラ内の機材室で「3D撮影の技術をもっともっと上げて、みんなにリアリティがあると言ってもらえる映像を作りたい」と話すペース氏

 詳しい内容の紹介は控えたいが、取材の間、普段はほとんどくわしい説明をしないというペース氏が、ノウハウの核心とも言えるような話を次々にしてくれた。とにかく商売っ気を見せない同氏は、ビジネスの事よりも、より優れた3D撮影はどうするべきか、現時点での3D撮影技術に対してどんな印象を受けたか、情報を交換する方が楽しいといった雰囲気だ。

 ライブ撮影用のトレーラや山のような試作カメラなどの投資も考え合わせれば、相当な情熱をもって取り組まなければ、単純なビジネスだけでは割り切れない気持ちの入れ方である。なぜ、そこまで3Dにこだわるのだろう。

「どんなに高画質な撮影をして、どんなに高画質なプロジェクタやディスプレイを使っても、2Dでは“その場”のリアリティを伝えることはできない。しかし3Dなら、体験したそのままを記録し、再生することができる。沈没したタイタニック号や深海の様子など、自分がその場に行くことができないような場所がどんなところなのか、3D映像で体験してその素晴らしさやりがいを見つけた」(ペース氏)

 しかし可能性は大きく広がっている分、まだ進歩できるところがたくさんある。そこに魅力を感じるのだという。たとえば筆者が現在の3D映像に対して持つ疑問を投げかけると「その通り、そこはこれからの課題だ」と筆者の話を繋いで語り始めた。

 たとえば絞り込んで撮影した被写界深度の深い映像を3D化している場合、注目している被写体よりもかなり奥にある物体までピントが合う。すると薄っぺらい書き割りが並べてあるかのような違和感を感じる。

ペース社内のスクリーニングルームで、過去に録り溜めた3D映像の数々を披露してもらった

「人間は注目した被写体に自然にフォーカスを合わせ、他の部分はボケている。ところが被写界深度が深い絵の場合、画面のどこに着目していても、スクリーン(画面)全体にピントが合ってしまう。これはとても難しい問題で、違和感が少なくなるよう画面の構図と注目させようとする被写体と背景の関係、それに被写界深度を上手にコントロールしなければならない」(ペース氏)

 ということは、撮影監督にも従来とは異なり、3D撮影を意識した絵作りをする能力が求められるということなのだろうか?

「実際の撮影を通じて、様々な手法をトライしている。どんな映像を撮りたい時、3Dの空間をどのように表現するのか、構図の決め方や俳優の立ち位置や背景との関係などを工夫している。でも撮影監督の多くは、そうしたセンスも持っていて、3D撮影に関してもどん欲なので、3D映画がさらに増えてくれば、すぐにマスターしていくはずだ」(ペース氏)

 このように3D撮影には様々な試行錯誤があるため、家庭向けのカムコーダが3D化するというのは、まだ先のことになるだろう。しかし、映画撮影で培われたノウハウは「もしチャンスがあるならば、将来は民生用カムコーダにも活かしたい」とペース氏は意欲的だ。

 3Dディスプレイが今後、様々な創意工夫で見やすさのさらなる向上、低価格化などを進めていかなければならないことを考えれば、3Dカムコーダが一般的になるにはかなりの時間を要するだろう。

 米国でも3Dスポーツ放送は家庭で楽しむのではなく、大きな試合のある日、近くの劇場に足を運んで見るといったスタイルが当面は一般的な方法になると考えているようだ。3Dというアプリケーションは体感してみなければ、スペックだけではその良さは理解できない。この記事を読んでも、何バカなことをと思う人はたくさんいると思う。まずは、地道に3D映像の面白さを知ってもらう活動が必要だ。

 だが、筆者はすっかりペース氏の熱意に当てられてしまった。こんな人がやっているのなら、映像技術はさらなる高解像度への道を進む前に、いったん3Dという方向へと舵が切られていくのではないか。そう実感させられた。



□PACEのホームページ(英文)
http://www.pacehd.com/
□関連記事
【1月22日】【RT】パナソニック/PHL関係者が語る「3Dに行く理由」
http://av.watch.impress.co.jp/docs/20090122/rt078.htm
【1月8日】パナソニック、3D版Blu-rayソフトの制作センターを開設
−ハリウッドのPHL内に設置。3D版BDの試作開始
http://av.watch.impress.co.jp/docs/20090108/pana2.htm
【2008年9月24日】【AVT】3D実用化に本気で取り組む松下の新技術
プラズマの特性を生かし、BDプレーヤーの互換性も確保
http://av.watch.impress.co.jp/docs/20080924/avt032.htm
【2008年9月24日】松下、Blu-rayとPDPを使ったフルHD 3D
−劇場の3D対応にあわせ、規格化へ。CEATECに出展
http://av.watch.impress.co.jp/docs/20080924/pana.htm

(2009年2月6日)


本田雅一
 (ほんだ まさかず) 
 PCハードウェアのトレンドから企業向けネットワーク製品、アプリケーションソフトウェア、Web関連サービスなど、テクノロジ関連の取材記事・コラムを執筆するほか、デジタルカメラ関連のコラムやインタビュー、経済誌への市場分析記事などを担当している。
 AV関係では次世代光ディスク関連の動向や映像圧縮技術、製品評論をインターネット、専門誌で展開。日本で発売されているテレビ、プロジェクタ、AVアンプ、レコーダなどの主要製品は、そのほとんどを試聴している。
 仕事がら映像機器やソフトを解析的に見る事が多いが、本人曰く「根っからのオーディオ機器好き」。ディスプレイは映像エンターテイメントは投写型、情報系は直視型と使い分け、SACDやDVD-Audioを愛しつつも、ポピュラー系は携帯型デジタルオーディオで楽しむなど、その場に応じて幅広くAVコンテンツを楽しんでいる。

[Reported by 本田雅一]


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