小寺・西田の「金曜ランチビュッフェ」

本稿はメールマガジン「小寺・西田の『金曜ランチビュッフェ』」からの転載です。金曜ランチビュッフェの購読はこちら(協力:夜間飛行)

なぜ若者がパソコンを使う必要があるのか

今年2月、NECパーソナルコンピュータが2017年春モデルの発表のおり、学生のパソコン離れを逆に商機と捉え、学生向けにパソコンを売り込むとした。

若者のパソコン離れを商機に、NECは学生向け新製品をどう売るか

ネットではこの記事に対し、反感とも取れる反応を数多く見かけた。曰く「スマホで十分なのを知らんのか」「パソコン勧めてくるのは老害」「パソコンなんてキモオタしか使わん」云々。

これに対して、個人的な反論はない。本人が使わないで済むというのなら、どうぞご自由に。だがそれに対して使わないと就職に困るとか、社会人はまだまだワード・エクセルだからという回答を返すのは、何か違うように思うのだ。

パソコンが使えないと、というかコンピューティングがわからないと何が困るのか。ここではもうちょっと大きな視点で考えてみよう。

管理目線で考える

これは普段、パソコンを使えない人たちと接してきて日々感じていることで、あまりおおっぴらに言うことではないかもしれないが、パソコンが使えると有利なこと。

それはもう端的に言えば、「搾取する側に回れる」ことである。

いやいや、はっきり言いすぎてしまったので反感もあるだろうが、落ち着いて話を聞いて欲しい。労働とは多くの場合、組織化している。組織とは手足を動かして働く人の上に管理者がいて、その管理者を束ねて経営者がいるという構造になっている。

管理職になれば、当然いろんなデータを扱うことになる。出勤状況や残業時間、シフト編成、原価計算、売上集計、在庫管理、発注などなど。こうした管理を昔ながらの紙の伝票でやっているわけはなく、パソコンの管理ソフト、あるいはクラウドサービスを使って管理している。

現場はできるがスマホしか使えませんという人間が、管理者になるのは無理だ。せいぜいバイトリーダーとして頑張るしかない。個人経営者になる? けっこうだろう。そのかわり人を使うようになれば、その管理をお金を払って誰かにやってもらうしかない。汗水垂らして働いたお金を、せっせと自分で雇った管理者につぎこみ続けるわけだ。

時代が進めば、こうした管理ツールもスマホで使えるようになるかもしれない。もしかしたら筆者が知らないだけで、もうあるのかもしれない。では数十人規模の雇用データを、毎日毎日スマホの画面拡大とフリック入力で頑張って、埒があくだろうか。

スマホで十分こなせるキャパシティ以上の仕事を割り当てられたことがなければ、それに気づけない。スマホにしてもパソコンにしても、しょせんはただの道具であり、手段である。だがそれは、手挽きのノコギリしか使えない人と、チェーンソーが使える人の差でもある。チェーンソーが使える人は、ノコギリももちろん使えるだろう。どっちの人が多様な仕事を効率的にこなせるか、経営者が管理者として雇うならどっちか、考えればわかることである。

これはワード、エクセルが使えないと困るというレベルの、簡単な問題ではない。

クリエイティブ目線で考える

スマホアプリには、簡単にアートが作れるものがたくさんある。写真を撮って加工して、アートとしてSNSにアップする等というのは、多くの人が実践している。

だがその加工というのは、自分でやっていると言えるだろうか。大半のスマホアプリが提供するのは、単なる「選択肢」である。このエフェクトのパラメータを上げるとこうなります、好きなものを選んでください、というわけだ。

それは自分の才能というよりも、誰かがセットしてくれた選択肢の中から、選んでいるだけにしか過ぎない。選択肢以上のことはできないのだ。それを、クリエイティブというのだろうか。

むしろその選択肢を用意できる側の人間のほうが、クリエイティブではないのか。画像処理を行なうにしても、それを理解するためにはデジタルデータに対するコンピューティングの知識が不可欠だ。自分の目的に合うソフトウェアやエフェクトがないのであれば、自分で作ればいい。こうした「作るためのツール」は、まずパソコン向けに提供される。

それは、スマホをいじっているだけの側にいる人間には、決して触れることができない世界だ。

それでも、「やがてそれもスマホでできるようになる」と主張する人はいるだろう。だが実際スマートフォンもコンピューティングの一種であり、コンピューティング自身はすでにこなれた技術だ。教材も多い。また教えてくれる人も多い。スマホだパソコンだという議論は、実は意味がないのである。

根本は、このようなこなれた技術をわざわざ避けて通ろうとするのは、どう考えてももったいない話じゃないのか、ということなのだ。「将来自動運転の世界がくるから免許取らない」と考えるのは自由だ。だが運転技術を身につけて免許を取れば、いろんな乗り物を運転できる可能性が増える。

人とは違う乗り物に乗れるのは、こなれた技術を学んだものだけだ。それが、答えなんじゃないだろうか。

小寺・西田の「金曜ランチビュッフェ」

本稿はメールマガジン「小寺・西田の『金曜ランチビュッフェ』」からの転載です。

コラムニスト小寺信良と、ジャーナリスト西田宗千佳がお送りする、業界俯瞰型メールマガジン。

家電、ガジェット、通信、放送、映像、オーディオ、IT教育など、2人が興味関心のおもむくまま縦横無尽に駆け巡り、「普通そんなこと知らないよね」という情報をお届けします。毎週金曜日12時丁度にお届け。1週ごとにメインパーソナリティを交代。

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2017年3月24日 Vol.120 <「便利」とは何か号> 目次

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01 論壇【西田】
改めて考える「テレビのリモコン」問題
02 余談【小寺】
なぜ若者がパソコンを使う必要があるのか
03 対談【西田】
ドワンゴ・岩城進之介さんに聞く「リアルとデジタル」のぼかし方(4)
04 過去記事【西田】
なぜドコモは「混雑で止まった」のか
05 ニュースクリップ
06 今週のおたより
07 今週のおしごと

小寺 信良

テレビ番組、CM、プロモーションビデオのテクニカルディレクターとして10数年のキャリアを持ち、「難しい話を簡単に、簡単な話を難しく」をモットーに、ビデオ・オーディオとコンテンツのフィールドで幅広く執筆を行なう。メールマガジン「金曜ランチビュッフェ」(http://yakan-hiko.com/kodera.html)も好評配信中。