小寺・西田の「金曜ランチビュッフェ」

本稿はメールマガジン「小寺・西田の『金曜ランチビュッフェ』」からの転載です。金曜ランチビュッフェの購読はこちら(協力:夜間飛行)

誰がiPodを殺したのか

7月28日、アップルはiPod nanoとiPod shuffleを製品ラインナップからはずしたと公表した。これで、iPod touchをのぞき、音楽プレイヤーとしての「iPod」は現行製品から姿を消すことになる。

第7世代iPod nano

数ヶ月前、Netflixで配信が始まったオリジナルドラマ「アイアンフィスト」を見て驚いた。アイアンフィストでは、飛行機事故で15年間行方不明だった主人公がニューヨークへ舞い戻るところからスタートするのだが、その時間経過の演出が「初代(もしかすると第2世代かも知れないが)iPodで音楽を聴きながら帰ってくる」ことだった。40も半ばになるおっさんのイメージからすれば「ちょっと前の製品」なのだが、ドラマの主人公達、そしてこのドラマのターゲットとなるミレニアル世代後半の人々にとっては、まさに「過去の象徴」なのだろう。

第4世代iPod shuffle

iPod nanoとshuffleが販売終了。touchは値下げし、「ラインナップをシンプルに」

純粋な音楽プレイヤーとしてのiPodが消えたのは、スマートフォン的な機器に需要を奪われたためだ。だから「iPhoneがiPodを殺した」とも言える。

だが、筆者は「iPhoneがiPodを殺した」という表現には異論がある。本当にiPodを殺したのはハードウエアではなくサービスだ、と思うからだ。

現在欧米では、音楽をSpotifyなどのストリーミング・ミュージック経由で聞くのが基本になっている。アップルもそれを追いかけてApple Musicをスタートしているのはご存じの通り。その前には、YouTubeでミュージッククリップを探して視聴する行為が定着していた。

これらと過去のiPodでの視聴との大きな差は、「デバイスの中に音楽を転送しておく必要がない」ということにある。好きな音楽は好きな時に、好きなように探して聞くもの。自分が持っている音楽を「Syncして」聞くのは、CDやダウンロード販売が中心だった時代の行動であり、現在のスマートフォンを軸にした音楽の聴き方では、「自分がその曲を持っているかどうかは大きな意味を持たない」形になっている。それはスマートスピーカーでも変わらない。スマートスピーカーには音楽を転送して聞くことはなく、直接サービスにアクセスして再生するものだ。

iPod世代と現在の音楽機器では、「コンテンツの蓄積のあり方」が大きく変わっている。それはハードウエアがなければ起きなかった変化なのだが、変化の本質はサービス側にある。iPhoneは重要なプラットフォームだったが、真にiPodを殺したのはその上で動くサービスである「YouTube」であり「Spotify」だったのである。結局、アップルは今のところ、そこに追いつくための手を打っている状況で、フォロワーといっていい。

バグルズは「ビデオ(MTV)がラジオスターを殺した」と歌ったが、個人の音楽視聴においては、レコードをウォークマンが殺し、ウォークマンをiPodが殺し、いままたストリーミング・ミュージックがiPodを殺した。こうやって並べてみると、結局「殺す」ための武器は音楽そのものの流通の変化であり、今回起きたのもそこが本質だ。ストリーミング・ミュージックは、何年後にどんなサービスに殺されることになるのだろうか。それとも、もうこれで最後の劇的な変化になるのだろうか。

小寺・西田の「金曜ランチビュッフェ」

本稿はメールマガジン「小寺・西田の『金曜ランチビュッフェ』」からの転載です。

コラムニスト小寺信良と、ジャーナリスト西田宗千佳がお送りする、業界俯瞰型メールマガジン。

家電、ガジェット、通信、放送、映像、オーディオ、IT教育など、2人が興味関心のおもむくまま縦横無尽に駆け巡り、「普通そんなこと知らないよね」という情報をお届けします。毎週金曜日12時丁度にお届け。1週ごとにメインパーソナリティを交代。

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2017年8月4日 Vol.137 <備えあれば憂いなし号>

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01 論壇【小寺】
 いつかは起業。その時のために
02 余談【西田】
 誰がiPodを殺したのか
03 対談【小寺】
 新人研修の秘密 (2)
04 過去記事【小寺】
 洗濯はなぜ非効率なのか
05 ニュースクリップ
06 今週のおたより
07 今週のおしごと

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
 メールマガジン「小寺・西田の『金曜ランチビュッフェ』」を小寺信良氏と共同で配信中。 Twitterは@mnishi41