ビクターのモニターヘッドフォン「HA-MX10-B」を体験
-ビクタースタジオと同じ音を再現!? 生歌でチェック
「HA-MX10-B」。写真はハウジングのロゴが「VICTOR STUDIO」となっているが、これはビクタースタジオ専用モデルであるためで、実際の製品は「STUDIO MONITOR」という表記になる |
日本ビクターは7日、スタジオモニターヘッドフォン「HA-MX10-B」の発表会を、開発に協力したビクタースタジオで開催した。製品の仕様は既報の通りだが、ここではより細かな製品の情報や、発表会のデモを通じての簡単な音質のインプレッションをお届けしたい。
「HA-MX10-B」の発売は2月上旬で、価格はオープンプライス。店頭予想価格は2万円前後だ。モニターヘッドフォンの代名詞的な存在である、ソニー「MDR-CD900ST」(ソニー・ミュージックエンタテインメントとの共同開発)の価格は18,900円であるため、直接的なライバルモデルと言って良い。
なお、発表会では、ハウジングのロゴが「VICTOR STUDIO」のビクタースタジオ専用モデルでデモされたため、記事内の写真は全てビクタースタジオ専用モデルとなっている。実際の製品は「STUDIO MONITOR」という表記になる。
ハウジングは薄め。左右を見分けるカラーリングがデザインされている | ケーブルを除いた重量は約260gと軽い | ソニー「MDR-CD900ST」 |
■スタジオモニターヘッドフォンに求められること
最大の特徴は、スタジオに設置されている“モニタースピーカーの表現力をヘッドフォンで再現する事”を開発意図としている事。それを実現するため、グループ会社であるビクタースタジオのレコーディングエンジニアが協力。実際にヘッドフォンの開発者がビクタースタジオに通い、試作と試聴を繰り返し、エンジニアだけでなくアーティスト達の意見も取り入れながら開発していったという。
ビクタースタジオの高田英男スタジオ長によれば、「録音現場でヘッドフォンは極めて重要なもの」だという。それは、レコーディング時の演奏モニタリングの環境を見ると、よくわかる。
スタジオでは、歌を歌ったり、楽器を演奏するアーティストがヘッドフォンを装着し、自分の歌声や演奏した音を耳で聴きつつ、演奏をしている。一方、レコーディングエンジニアは、ヘッドフォンで音のバランスなどを軽くチェックした後、スタジオに設置されたモニタースピーカーや、エンジニアが持参したコンパクトなニアフィールドモニターで音を出しながら音を調整していく。同時に、その後ろに座るディレクターは、ヘッドフォンとモニタースピーカーの両方で音をチェックしていく。このように、ヘッドフォンとモニタースピーカーが入り乱れて使われている。
ビクタースタジオの高田英男スタジオ長 | 録音の現場ではヘッドフォンとモニタースピーカーが入り乱れて使われているため、音質や音色の統一が重要となる |
それゆえ、ヘッドフォンとスピーカーの音色・音質が統一されていないと問題が起こる。スピーカーの音で判断してエンジニアやディレクターがアーティストに「もう少し柔らかく歌って」などの改善ポイントを指示しても、アーティストがヘッドフォンで聴いている音色・音質が異なると、指示がうまく伝わらないばかりか、改善とは逆方向に進んでしまうこともあるという。
また、「アーティストの中には、自分の音色感を持っている人も多く、ヘッドフォンを通した音が自分の持っているイメージと違うと演奏そのものがやりにくくなる事もある。そのため、“良い演奏をしてもらう”ためにも、音質の良いモニターヘッドフォンは重要になる」(高田氏)という。
そこで、モニタースピーカーの音を再現するヘッドフォンとして「HA-MX10-B」の開発が、約3年前からスタートしたという。
ハウジングの角度は柔軟に変えられる。頭頂部と側頭部に、シッカリとホールドされている事を感じる装着感だが、ホールドされる力はソフトで、長時間の使用も苦にならなそうだ | ヘッドアームの長さ調節も可能 |
ヘッドパッド部分 | ケーブルは約2.5mのOFCで、入力はステレオミニ。ケーブルの着脱はできない | 40mm径のユニットを採用している |
■モニタースピーカーの音を再現するために
技術部の三浦拓二シニアエンジニアリングスペシャリスト |
上記のような経緯から、開発を担当した、技術部の三浦拓二シニアエンジニアリングスペシャリストは、ビクタースタジオに通い、実際にモニタースピーカーの音を試聴。「我々も耳で、そして体で音を覚えてから開発をスタートしました」という。
「HA-MX10-B」の基本的な構成は密閉型ハウジングのダイナミック型で、ユニット口径は40mm径。このユニットは新開発の「モニタードライバーユニット」と名付けられたもので、振動板のドーム高やエッジ幅など、細かい各パラメータについてシミュレーションを繰り返し、試作と試聴を繰り返し、煮詰めていったという。
ビクタースタジオ | このスタジオで、ヘッドフォンの音が実際に作りこまれていったという | スタジオに設置されたラージモニタースピーカー(GENELEC製) |
なお、他社では振動板に独自の素材などを使うものもあるが、「HA-MX10-B」は通常のPETフィルムを使っている。しかし、三浦氏によれば「23μmという、“厚さ”にこだわりがある」という。「厚くしていくと、PETフィルムそのものの、素材の音が出てきてしまう。逆に薄くし過ぎると、モニターヘッドフォンとしての強度や耐久性の問題が出てくる。その一番良いバランスが23μm」とのこと。
また、ユニットの前には新開発のサウンドディフューザーを配置。振動板を保護すると共に、高域の音圧を向上させる役割があり、ディフィユーザーの形状や穴の大きさ、数量配置などをシミュレーションと試聴を繰り返して決定。「あえて14kHz~20kHzの、可聴範囲の高域をしっかり出す事にした。数値としては小さいが、聴感上はかなり高域の解像度が向上し、高域の頭打ち感もなくなった」(三浦氏)という。
40mm径ユニットとバッフル面 | 中央が振動板を露出させたところ。素材は23μmのPETフィルム |
内部構成 |
具体的には、ハウジング内に穴の開いた透明のチューブのようなものがあり、イヤーカップを支えるアーム付け根の脇に開いた小さな穴に繋がっている。背圧の空気がここから抜けることで、背圧を調整しているという。「ベースの迫力や、ドラムのキックなど、50Hzあたりの低域を出そうとすると、どうしても100Hzや200Hzの中低域も上がってしまい、音の“こもり”に繋がってしまう。今回の構造を採用する事で、欲しい低音の量感は得られつつ、こもりを生む帯域は下げたままという、明瞭で歯切れの良い低音が再現できた」(三浦氏)とのこと。
イヤーカップの内部。透明の、穴の開いたパーツがクリアバスポート部分 | 空気の抜け穴は、イヤーカップ側面、アームの付け根の脇に開いた穴から放出される |
■音を聴いてみる
発表会には、ヴォーカル、ピアノ演奏、作曲もこなし、CM/TVなどのスタジオワークに加え、国内外でのライヴも精力的に行なっている女性アーティスト、石塚まみさんも登場。
彼女が生で歌う歌声を、スタジオのラージモニタースピーカー(GENELEC製)と、ヘッドフォンで交互に再生したり、同時に再生。その音を、ヘッドフォンを着けたり外したり、片耳だけ外したりしながら、モニタースピーカーとの音色、音質の違いを体験するという趣向だ。
アーティストの石塚まみさん。近年では、マリンバ奏者Mikaの為に書き下ろした組曲作品「リンゴ追分(RINGO)が2007年カーネギーホールにて初演されている。公式サイトはこちら | 石塚さんの生の歌声で、モニタースピーカーからの音と、ヘッドフォンの音の違いを確認 |
まず、モニタースピーカーの音質は、ブレスや歌い出しの口の開きなど、本当に細かい、かすかな音も聴き取れる解像度の高さと、付帯音と色付けのないナチュラルな音色が印象的。同時に、胸の奥や下半身に響いてくるような量感のある引き締まった低域が感じられ、流石はモニタースピーカーというクオリティ。
ヘッドフォンを装着すると、お尻から響いてくるような低域の振動は無くなるが、超高解像度な中高域と、高域の抜けの良さがそのままヘッドフォンからも聴こえてくる。また、低域もしっかり出ており、タイトで、引き締まった量感のある低い音が、胸の奥、背骨のあたりにズシンと響く感覚がしっかりと味わえる。
中域にも厚みがあり、痩せた音にはならない。モニターヘッドフォンと言うと、解像度を追求するあまりに高域寄りになり、中域が痩せて、個々の音が“薄く”感じるサウンドのものもある。細かな音の動きはよく見え、いわゆる“粗探し”の道具としては便利だが、音楽を楽しむという方向の音とは異なる場合もある。「HA-MX10-B」の場合は、高い解像度や色づけの無さといったモニターライクな音ながら、響きや低域の沈み込みなど、音楽の美味しい部分もシッカリと再生できており、一般ユーザーが使う高音質なヘッドフォンとしても、極めて魅力的な製品と言えそうだ。
デモではヘッドフォンを外してスピーカーの音を聴いても、ヘッドフォンを着けていた時とほぼ同じ解像度・音色が実現されているため、「着けても外しても同じような音が聴こえる」というなんとも不思議な体験ができた。単に高音質なヘッドフォンと言うよりも、“ビクタースタジオのサウンドを持ち歩け、どこでも再現できるヘッドフォン”とも表現できそうだ。
(2011年 2月 7日)
[AV Watch編集部 山崎健太郎]