技研公開2011。SNSとTVを連携させる「Hybridcast」

-85型液晶の開発で超ハイビジョンが家庭に


東京・世田谷区にあるNHK放送技術研究所

 日本放送協会(NHK)は、東京・世田谷区にあるNHK放送技術研究所を一般公開する「技研公開2011」を5月26日から29日まで実施する。入場は無料。公開に先立って24日、マスコミ向けの先行公開が行なわれた。なお、今年は節電のため、一般公開日の開催時間が10時~16時と、従来よりも2時間短縮されている(昨年までは18時まで)。

 今年の目玉は、19日に先行発表されているスーパーハイビジョン(SHV)の7,680×4,320ドットに対応した85型の液晶ディスプレイ。SHVは、2020年の試験放送を目指してNHKが研究開発を進めているもので、その高解像度から、従来はプロジェクタでしか表示できなかったが、シャープと共同で85型の液晶ディスプレイを開発。「家庭で楽しめるSHV」に向けて、一歩前進した展示となっている。

 ほかにも、放送と通信の連携サービスを実現する「Hybridcast」や、SHVと組み合わせる22.2マルチチャンネルサウンド再生装置の最新バージョンなどの展示が行なわれている。

 ここでは、テレビの未来像とSHVを中心とした展示をレポートする。


 



■放送と通信・SNSの連携

 入り口にある最初の展示は「進化し続けるデジタル放送」と名付けられたもので、4月からHD放送になったNHK BS1、BSプレミアムの紹介や、双方向機能など、デジタル放送の最新情報や魅力が改めてアピールされている。

 さらに、デジタル放送受信時の電波干渉問題を解消する技術や、日本の地上デジタル放送方式(ISDB-T)が、日本と同じ6MHzのチャンネル幅の国々(ブラジルやアルゼンチンなど12カ国)で採用されている現状の報告。さらに、7MHz、8MHzの地域にも訴求していくため、6、7、8MHzのいずれの帯域幅でも送受信可能なマルチバンドISDB-T変復調器の開発などが紹介されている。

NHK BS1、BSプレミアムの紹介や、双方向機能など、デジタル放送の特徴を紹介ISDB-Tを採用している国や、7MHz、8MHzの地域の情報6、7、8MHzのいずれの帯域幅でも送受信可能なマルチバンドISDB-T変復調器も開発されている

 こうした現状に加え、放送と通信を連携させ、より魅力的なサービスを提供しようという新しい研究「Hybridcast」も進んでいる。「Hybridcast」は、テレビやHDDレコーダ、スマートフォンやタブレット端末用に共通する規格として考えられているもので、「Hybridcast」に対応する機器であれば、相互に連携したサービスが提供できるのが特徴。

 例えば、Twitterのように自分がフォローしているユーザーのアイコンを、テレビ画面上に、番組と重ねて表示。他のユーザーがどの番組を観ているのかがチェックできるほか、画面下部に、放送中の番組に対して、各ユーザーが発したコメントを表示する事ができ、あたかも皆で同じテレビを観ているかのような感覚で楽しむ事ができる。

 デモでは、「Hybridcast」に対応したテレビ、STB、タブレット用ソフトを組み合わせて使用。自分のコメントなどはタブレットから入力可能。また、「◯◯という番組が面白いよ」などのコメントがあった場合、番組名にタッチすると、連動してSTBのチャンネルが切替わり、テレビでオススメされた番組を表示できる。リアルタイムの放送だけでなく、NHKオンデマンドのようなVODサービスとの連携も想定している。

フォロー中のユーザーがアイコンでテレビ画面上に表示されるタブレット端末から、番組に対するコメントなどを投稿するとテレビ画面上のコメント欄に、そのコメントが表示される

 テレビ局から送られてくる情報サービスもよりリッチになる。視聴している番組に重ねるように、関連する番組の情報や、ユーザーの嗜好に沿った番組の提案、さらに、ネット上で話題になっているキーワードや、レビュー数の多さなどから「話題の番組」をサムネイル付で表示できる。選択した番組は、VODから再生可能。「あとで見る」にチェックをしておくと、ユーザーのIDなどにチェック情報が紐付けられ、例えば「家で気になり、チェックしておいたVODリストを、出張先のHybridcast対応テレビで呼び出し、そこから再生する」といった使い方もできるという。

ユーザーに合わせた番組や、ネット上で話題になっている番組などをレコメンドする機能気になるVODコンテンツがあれば、その場で再生するか、「あとで見る」かが選択できるパナソニック製のHybridcast対応STB試作機

 ほかにも、様々な言語の字幕データを通信経由で配信し、テレビ放送と同期して表示する機能や、この同期機能をより厳密化し、例えばスポーツ中継で5台のカメラで撮影している際に、放送で表示されているカメラ以外のカメラでとらえた映像を、通信経由で受信し、放送の隅に常時表示するといった研究も行なわれている。各映像は放送・通信を問わず同期されており、リアルタイム放送をSTBに一度キャッシュし、通信経由の映像と同期した上で表示する機能も研究されている。

 なお、Hybridcast関連の展示は昨年も行なわれていたが、システムがPCベースで動作していた昨年と比べ、今年はパナソニックが試作したSTBと、ソニーが試作したHybridcast対応一体型テレビが参考展示され、実際に動作している。

 また、放送中番組の出演者や、番組で紹介している店舗の情報などを、リアルタイムに、Hybridcast対応アプリをインストールしたタブレットなどに表示。出演者のプロフィールや、お店の地図などを、より気軽に参照したり、検索できるようにする技術もデモされている。

英語以外の、様々な字幕データを通信で取得し、放送と同期させて表示するデモ。デモに使われているテレビは、ソニーが試作したHybridcast対応一体型テレビ放送中番組の出演者や、番組で紹介している店舗の情報などを、リアルタイムに、Hybridcast対応アプリをインストールしたタブレットに表示
番組の関連動画をタブレットから再生するといった使い方もできる同期機能を活かし、放送で表示されているカメラ以外のカメラでとらえた映像を、通信経由で受信し、放送の隅に常時表示するといった研究も行なわれている

 さらに、あらかじめ家族のGPS対応携帯電話の情報などを登録する事で、テレビで家族の現在位置をチェックできる機能も開発。大雨洪水警報などが出ると、テレビ画面に自動的に警報の地域が地図付で表示され、その付近に家族がいる場合は何時の時点で、どこにいたかも表示。相手がHybridcast対応テレビをつけていれば、通信を使い、テレビ同士でビデオチャットし、安全を確認できるという。

 ほかにも、家族間で番組に対してのコメントを共有する機能も用意。例えば昼間に子供がアニメを見ながら、CMの部分で「このアニメのグッズが欲しい」とビデオコメントを残すと、夜に帰宅したお父さんがそのコメントをチェック。HybridcastではEコマースにも対応できるため、テレビからその商品を購入するといった事も可能になるという。

GPS対応携帯電話を登録しておくことで、家族の現在地をテレビで確認可能。テレビ同士でビデオチャットもできる子供が番組の一部部分に対して、ビデオコメントを残す。お父さんがそのコメントを後から再生可能HybridcastはEコマースにも対応。テレビから商品を購入する事もできる
左目用の映像を放送で、右目用の映像を通信で配信する事で、Hybridcastの同期技術に対応したテレビでは3D表示が可能に

 展示ではほかにも、WOWOWがHybridcastの枠組みを使い、自社の放送やVODコンテンツを紹介するアプリを開発。さらに左目用の映像を放送で、右目用の映像を通信で配信する事で、Hybridcastの同期技術に対応したテレビでは3D表示が可能で、非対応のテレビでは通常の2D映像を表示する、NHKとNTTの共同技術なども紹介されている。

 Hybridcastの規格は、2012年3月頃に第1弾が取りまとめられる予定。今後はAV機器メーカーやアプリケーション開発者などに採用を呼びかけていくという。

 また、SNS機能を活用し、家族や仲間の枠を超えた、もっと大人数のユーザー同士が、コメントを投稿しながら一緒に放送を楽しんだり、番組の感想を書き合ったりできる「teleda」(テレビと枝を組み合わせた言葉)も開発。「視聴者間の横のつながりを構築する」をコンセプトにしたもので、著名なコラムニストや、番組制作者などもコミュニケーションの場に登場する。


「teleda」のデモ画面VODコンテンツと連携させ、3カ月間の実験も行なわれたPCだけでなく、スマートフォンやタブレットにも展開予定

 この技術を投入したPCと、PC向けのVODサービス(約2,500本)を連携させたシステムも用意し、3カ月間、約1,000人を対象に実験も実施。現在は実験から得られた、視聴行動の変化や、視聴する番組の変化、コミニュケーションの変化などの情報を解析している段階で、今後も実験を重ねていくという。なお、Hybridcastとの関係については、Hybridcastはハードウェアやソフトウェアの規格として想定されているもの、「teleda」は、クラウド上でユーザー同士のコミュニケーションを実現する技術であり、「Hybridcast対応のテレビやタブレットなどで、teledaが利用できる可能性もある」(NHK)という。

 



■VHF-Low帯マルチメディア放送もデモ

 7月のアナログテレビ放送終了後、空いたVHF帯を使った、VHF-Low帯マルチメディア放送の紹介コーナーを用意。

 試作の端末が2種類用意され、音声放送と共にデータ放送も提供するデモや、160kbpsの高音質ファイルを放送し、将来的には車載向けにサラウンド放送にも対応できるポテンシャルをアピールするデモ、簡易動画を端末に蓄積して、好きな時に再生できるようにするデモなどが行なわれた。

VHF-Low帯マルチメディア放送の受信端末試作機こちらは動画コンテンツの蓄積に対応した試作機iPod touch用の試作アプリ。ただし、iPod touch用の通信経由で、VHF-Low帯マルチメディア放送が受信できるようになるというデモではなく、「小型端末での受信をイメージしたデモ」とのこと

 



■SHVを表示できる85型の液晶ディスプレイ

 SHV関連展示の目玉は、NHKとシャープが協同で開発した、SHVの解像度7,680×4,320ドットに対応する85型液晶ディスプレイ。詳細は19日に報じた通りで、フルHDの16倍に相当する約3,300万画素という超高解像度映像を、そのまま表示できるのが特徴。

 「家庭で楽しむスーパーハイビジョン」という、未来のリビングをイメージしたセット内に展示されており、直視型ディスプレイの開発により、SHVがより身近なものになった事をアピールしている。

 シャープの液晶技術UV2Aと、NHKが持つSHVに関する知見とノウハウを組合せて開発されたもので、輝度は300cd/m2。画素ピッチは0.245mm、表示階調はRGB各色10bit。RGB LEDバックライトを採用し、広色域化を図っている。

SHV対応の85型液晶ディスプレイリビングでの使用を想定した設置も。この試作機の周囲には、後述のスピーカーアレイが組み込まれている間近で見ると、超高解像度の情報量の多さがわかる

 また、SHVは、22.2マルチチャンネルの3次元音響と組み合わせた放送として展開する予定。この多チャンネルサラウンドを家庭内で再生するため、フォスター電機と共同開発した新スピーカーも使われている。

 これは、テレビ画面の周囲に、小型ユニットを90個ぐるっと配置したもので、ユーザーの前面に設置したスピーカーだけで22chのサラウンドを再現できるのが特徴。本来は画面上に配置したい前方チャンネルの音は、仮想音源として波面合成して再生。側面や後方のチャンネルは、頭部伝達関数を用いて再現している。なお、これらのスピーカーだけでは低域の再生は難しいため、テレビの背後にサブウーファが設置されている。

テレビ画面を取り囲むように、ユニットが配置されているユニット部分を接写したところ

 プロジェクタで投写するスーパーハイビジョンシアターも進化。パブリックビューイングなどでの設置調整が容易な上映設備が開発された。通常の4Kプロジェクタに手を加えることで、低コストかつコンパクトなSHV対応プロジェクタを実現する技術で、具体的には、800万画素の表示素子をR/G/B各1枚の計3枚と、新開発のe-Shiftデバイス(画像シフト切り替え電気信号により光の屈折率が変化するデバイス)を用いて、RGBの3原色すべてで画素ずらしを実施。フル解像度並みの画質を実現するという。

通常の4Kプロジェクタに手を加えることで、低コストかつコンパクトなSHV対応プロジェクタを実現したプロジェクタの概要e-Shiftデバイスによる画素ずらしの説明図
横10m、縦5.6m、450インチのスーパーハイビジョンシアターも引き続き用意。視界全てを覆うようなスクリーンで、22.2chの音響と共にSHVコンテンツが楽しめる

 さらに、SHVに対応しながら、約110万:1という広いダイナミックレンジを持つプロジェクタも開発。色変調された光を、輝度用素子に投写し、さらに輝度変調させて出力する二重変調方式を用いることで、黒をより暗く再現。人間の視覚特性は、輝度に対して色の解像度は低いため、第1変調部のRGB用素子は3,840×2,160ドットとし、第2変調部の輝度用素子をSHVの7,680×4,320ドットにすることで、効率的にSHV映像を表示できるという。従来は、入力映像の輝度信号を2分割し、それぞれの変調部用に信号を生成する複雑な処理を事前にソフトウェアで行なっていたが、今回の試作機では、ハードウェアでのリアルタイム処理に対応している。

広ダイナミックレンジを持つSHVプロジェクタの写真色変調された光を、輝度用素子に投写し、さらに輝度変調させて出力する二重変調方式を用いることで、黒をより暗く再現している

 SHV番組製作設備も、よりコンパクト化。2時間記録可能な小型記録再生装置など機動性の高い設備が開発されている。SHVの場合、10分番組でも約1.5TBものデータ容量がある。それを、加工や並べ替え、多チャンネル音響信号による三次元音響操作も行なうため、自動映像編集装置なども開発されている。

 さらに、撮影するカメラもコンパクト化。1枚の撮像素子(3,300万画素)でSHVを撮影できる装置が開発された。これは、オンチップカラーフィルター(撮像素子の画素上に直接形成されたカラーフィルター)を使い、1枚の撮像素子でSHV解像度のカラー動画の撮影を可能にするもの。

 ベイヤー配列のカラーフィルターを用いることで、従来の800万画素・4板画素ずらし方式のSHVカメラと同じ画素数・信号形式となり、これまでに開発された4板画素ずらし撮像方式のSHV用機材がそのまま利用できる。さらに、色分解プリズムを用いて4枚の撮像素子で撮影する従来方式と比べ、カメラヘッドの大幅な小型化に成功。

 さらに、試作撮像素子のサイズは2.5インチで、一眼レフカメラの35mmフィルム用レンズがそのまま使用できる。これにより「安価でバリエーションが豊富な市販カメラのレンズが活用できるカメラになる」(NHK)という。

1枚の撮像素子(3,300万画素)でSHVを撮影できる試作カメラ。35mmフィルム用レンズがそのまま使用できる背後にあるのが従来の従来の800万画素・4板画素ずらし方式のSHVカメラ。大幅に小型化されているSHV放送を実現するための、符号化・伝送の技術なども展示されている

 今後は実用的なカメラ開発に向け、感度や色再現特性など撮像素子の性能向上を図るほか、単板カラー撮像方式に適した信号処理方法についても検討を進めるとしている。

 ほかにも、SHV放送を実現するための、符号化・伝送の技術開発、材料・デバイスなどの基礎的な研究成果も発表。規格として国際標準化に取り組んでいる事も紹介されている。


(2011年 5月 24日)

[AV Watch編集部 山崎健太郎]