第405回:USBの音質を追求するラトックのオーディオ

~ 岡村社長に聞く、“こだわりを持った”製品開発 ~


ラトック代表取締役社長の岡村周善氏
 最近、さまざまなところで話題に上るようになってきた、USB-DACあるいはUSBオーディオトランスポートなどと呼ばれるオーディオインターフェイス。PCとUSB接続し、高音質な出力を得るもので、AUDIOTRAKやLINDEMANN、Ayre Acousticsといった海外メーカーの製品が目立つ。そんな中で、CPU切替器などでお馴染みの大阪のメーカー、ラトックシステムも高性能でユニークな製品を手がけているのをご存知だろうか?

 その開発を行なっているのは、代表取締役社長の岡村周善氏。そこで、今回は岡村氏にどんな考えで製品の開発を行なっているのか、また他社製品と比較してどんな特徴があるのかなどを伺った。



■ USBオーディオトランスポートや自作キットを発売

 AV Watchのニュース記事でも、これまで何度かとりあげられてきたラトックシステムのUSB-DAC。昨年11月にはUSBオーディオアダプタの自作キット「RP-USBAK01」(直販14,980円)が発売され、12月末にはUSBオーディオトランスポート「RAL-2496UT1」が発売された。

USBオーディオアダプタの自作キット「RP-USBAK01」
USBオーディオトランスポート「RAL-2496UT1」

 RAL-2496UT1はUSBバスパワーで動作するコンパクトな機材で、ヘッドフォンアンプとしても利用できる。独自ファームウェアを搭載してジッタを低減したとのことだが、標準価格は56,700円と結構いいお値段が付いている。

予めチップなどが基板に取り付けられている

 正直なところ、ニュース記事を見たときは、あまり興味も持たなかったのだが、編集部にモノがあったので借りて使ってみたところ、なかなかいい音が出る。さらに、自作キットのRP-USBAK01では、久しぶりに半田ごてを握って作ってみたらなかなか楽しい。

 キットといってもUSBコントロールチップのC-Media CM102Sは、予め基板に半田付け加工されているので、コンデンサ類とコネクタ類を取り付けるだけだから、15分程度で完成する簡単なもの。

 それでも、自分の手で組み立てて、しっかり音が出るのを確認できると嬉しいものだ。もっともキットの音質のほうは、そこそこで、それを期待するものではない。実際、ヘッドフォンを使ってRAL-2496UT1と聴き比べてみれば、どんな素人でもその違いをハッキリ認識できるはずだ。

岡村社長自らが製品開発を行なっている

 でも、なぜラトックがこんな製品を出しているのだろうか? 聞くところによれば、社長自らがかなりのこだわりをもって製品開発を手がけているとのこと。そこで、実際にお会いして、その背景とこだわりを聞いた。



■ オーディオ製品は社長自らが開発

藤本:私自身、CPU切替器やPCカード用のSCSIインターフェイスなど、ラトック製品を愛用させていただいていますが、USB-DACというとラトック製品の中ではやや異色であるように思います。そもそも、音関連の製品というのはいつごろから手がけられているのですか?

USBワイヤレスオーディオアダプタ「REX-Link2」

岡村周善氏(以下敬称略):当社は創業27年になりますが、ちょうど現在の社屋に引っ越した25年ほど前に当時の富士通のパソコンFM-7、FM-77用にそのスロットに入るMIDIインターフェイスを出したのが最初だったと思います。当時はアプリケーションもなかったので、マシン語のライブラリをつけてユーザーにソフトを自分で作ってもらうというスタイルの製品でした。その後、'95年ごろにPCカード用にESSのチップを搭載したサウンドカードを出したりもしました。現行の製品につながるものでいえば、USBワイヤレスオーディオアダプタ「REX-Link2」の前身となる「REX-Link1」を2003年に出したのがスタートとなります。

藤本:それらオーディオ関連製品はみんな社長自らが開発を手がけられているのですか?

岡村:そうですね、私も長いこと仕事をしてきたので、最近は好きなことをやろうと思いましてね(笑)。まあ、私の趣味ですよ。私自身も昔はラジオ少年でした。そうしたラジオ少年だった人たちは、高校のころにギターアンプを作ったり、ハムをやったり、大学、社会人になるとマイコンをやったりしてきたでしょう。その後DOS/Vショップに行ってはPCを作るという方面に流れていきましたが、自由度は低くなっていったし、最近ではPCパーツ売り場も縮小し、モノを作ってみたいと思う人行き場がなくなってきてしまいました。

 特にデジタルオーディオとなると、半導体そのものの半田付けもできないし、そもそもチップメーカーが小さいところを相手にしてくれませんから。オーディオ用のDSPなどはクルマやテレビ、デジタルビデオ……といった用途にしか開発してくれず、われわれが年間1,000個程度のオーダーをしたところで、サポートもしてくれないし、相手にもされない。年間10万個くらいでないとね……。

 またライセンスの問題というのもあるんですよ。たとえばHDMIとHDCPを合わせると、年間で当社で2万ドル払っていますから個人で何かするのは無理。そういう状況が面白くないので、工作趣味の人の手にオーディオの世界を取り返すようなものができないかなと、考えてみたのです。

藤本:それがキットにつながったわけですね。

岡村:キットのほうは、本当に手軽に取り組めるものにしました。ただ、あれはケースの原価が一番高いんです。穴あけ加工など、すべて手作業でやっているので。もっと簡単なケースにして、もう少し価格を下げたいなとも思っているのです。今後キットでいえば、ワイヤレスオーディオなどもやってみたいと考えています。Linux搭載の小さいボードがありますよね。あれにS/PDIFのトランスミッタなどを搭載して、SDカードを使って再生すれば、割といい音が出せるんですよ。

藤本:一方のRAL-2496UT1のほうは、中を開けて見てみましたが、キットのRP-USBAK01とはずいぶん違うシステムになっていそうですね。

岡村:RAL-2496UT1はまったく異なるシステムですね。他社製品と比較しても、かなりややこしい回路がいっぱい載っていますよ。ブロックダイヤグラムを見ていただければ、だいたいの構成がわかるのではないでしょうか。

 ちなみにRAL-2496UT1の蓋を開けてみると、中にコネクタ類が2つありますが、1つはI2S、もうひとつはデバッグ用のコネクタです。ただ、これらを使うには、外からいろいろと仕掛けが必要になるし、そもそもユーザーにとってあまり意味のある端子ではないので、公開していません。

RAL-2496UT1の内部回路RAL-2496UT1のブロックダイヤグラム

■ 内部チップにはTIの「TAS1020B」を搭載

藤本:このブロックダイアグラムを見ると、USBオーディオコントローラとして「TAS1020B」というものが搭載されていますが、これはどんなチップなんですか?

TIの「TAS1020B」

岡村:これは、TIの2002年に登場した古いチップです。よく生産をやめずに続けているなと感心するほどですよ(笑)。ご存知かもしれませんが、いまUSBオーディオのコントローラチップには、それほど多くの選択肢があるわけではありません。最近、多くのメーカーが採用しているのが台湾のチップメーカー、TENORが出しているTE7022Lというものです。ただ、これは88.2kHzに対応していないので、私としては対象外でした。

 またBurr-brown(TI)のPCM270xシリーズもよく使われているもので、多くのオーディオメーカーはソフトウェアのいらないこのTENORかBurr-brownのものを使っているようです。それに対し、TAS1020Bというのは中に8052という8bitマイコンが搭載されており、これで自分でプログラムを書かないと使えないんです。逆にいうと、これなれば自分にいじる余地があるという点で面白いのです。

藤本:TAS1020Bを使っているメーカーはやはり少ないのですか?

岡村:いくつかのメーカーは扱っています。また、もともとDTM系をやってきたところは、TAS1020Bの改良版であるTUSB3200というものを使っているところは多いようです。TUSB3200は録音やミキサー用のバッファ容量が強化されているので、入力をしっかり行なう必要があるDTM用製品の場合、これを使わないとできないんです。TAS1020Bにも入力はあるけれど、バッファがとても小さいのでね。またRAL-2496UT1にはそもそも入力を用意しておらず、再生専用という仕様にしています。

RAL-2496UT1と一般的なUSBオーディオアダプタとの比較

藤本:ラトックのホームページにあるRAL-2496UT1の製品紹介ページでは、「一般的なUSBオーディオアダプタでは1フレームあたりのデータ数からサンプリング周波数を算出してオーディオクロックを作りだしているため、PLLの動作に依存し、オーディオサンプリングのジッタとなって音質に影響を与える。しかし、RAL-2496UT1ではサンプリング周波数に合わせてクロックの原発振を切り替えて、オーディオ信号用クロックを生成している。この独自クロックから生成されたオーディオクロックにより、オーディオデータを再構成しているのでジッタの少ないいい音になる」といったことが書かれています。こうした制御を行なっているのが8052を使った独自のプログラムということなのですか?

岡村:簡単にいうと、そうです。これはオーディオデータのヘッダデータがどのような記述になっているのか、それをどう解釈するのかといった細かなことが絡んできます。この辺は私が書いている当社の「ラトックシステムPC Audioブログ」でいろいろ細かく書いていますので、そちらを参考にしてみてください。

 よく製品のカタログや紹介記事などでオーディオのクロックがPCのクロックからどうのこうの……という記述を見かけますが、これは関係ないことなんです。そもそも先ほどのブロックダイアグラムからもわかるとおり、オーディオのクロックはPCのクロックとは完全に独立していますから。それは、TAS1020Bに限ったことでもありません。

 ただ1msecごとに送られてくるストリーミングデータをどのように同期させるかが大きな問題となります。下手に処理するとLとRがひっくり返ってしまったり、数サンプルを飛ばしてしまったりしますから。これをうまく処理できるよう、内部クロックの切り替えを行なえるプログラムを施してあるのです。

 某社では、こうした処理のプログラミングに2年を要したと大げさなことが書かれていますが、8052のプログラミングですからね、そんなものはすぐにできるんですよ。一番賢いのはTAS1020Bを作ったTIのエンジニアですね。


■ 他社製品とジッタ値を比較

藤本:そのオーディオ用のクロックというのには、特別なものを使っているのでしょうか?

岡村:いや、これには手近にあった、DVDプレーヤー用のものを搭載しました。まあ、ごく一般的なものです。期待していたより、やや劣る性能だったというのが正直なところですが、そこそこの性能は出ていると思います。要はジッタを小さく抑えればいいわけです。そこでジッタがどのくらいあるか測定してみたのです。

 このジッタという言葉、独り歩きしていて、よくわかっていないオーディオ評論家なども使っているようですが、ここでいうジッタとはサイクルジッタと呼ばれるものです。つまり、これは理想のクロック幅に対して実際の幅がどうあるのかを測定するものです。一番、音に影響すると思われるものはサンプリング周波数のLRクロック。そこで、I2Sの信号を用いてLRクロックを測ってみたのです。測定にはYOKOGAWA TA720という機材を用いています。

 これを見るとジッタ値が44.1kHzで0.39%、96kHzで0.40%と、比較的小さい値に収まっているのがわかります。試しにTOS-Link(光出力)のジッタ値をみると、少し大きな値になっていました。

I2Sの信号を用いてLRクロックを測定。ジッタ値が44.1kHzで0.39%、96kHzで0.40%と、比較的小さい値に収まっている

藤本:I2Sを利用すれば、他社製品でも同じようにジッタ値を比較することができますか?

岡村:それもいくつか試してみました。たとえば、DACにBurr-brownのPCM1796を2つ搭載したという某メーカーのDAコンバータのDAC入口のSRCのLRCLK入力を測定すると、結構大きなジッタ値が出ていることが確認できました。

 また、このDAコンバータと同じPCM270xシリーズのUSB-DAC(16bit/44.1kHzまたは48kHzのみに対応)を採用している、マニアが絶賛する某国産メーカー製品はジッタ値9.32%と、結構ひどい値になっていました。そのほか、ちょっと面白い実験として某国産オーディオメーカーの10万円ほどするDVDプレーヤーの光デジタル出力と、同軸デジタル出力のジッタ値を比較してみたら、光デジタル出力のほうが圧倒的にいいという結果が出ました。

 多くの機材では同軸のほうがジッタが少なくなるのですが、送信側、受信側の回路やインピーダンス整合により影響されるので、必ずしもそうではないということも見えてきます。

Burr-brownのPCM1796を2つ搭載したという某メーカーのDACを測定。大きなジッタ値が確認された
PCM270xシリーズのUSB-DACを採用する某国産メーカー製品はジッタ値9.32%某国産オーディオメーカーのDVDプレイヤー(約10万円)の光デジタル出力と同軸デジタル出力のジッタ値を比較。光デジタル出力のほうが圧倒的にいいという結果に

■ 今後は24bit/96kHz対応機やヘッドフォンアンプも

藤本:今後、オーディオ製品としては、どんなものを手がけていくお考えなのでしょうか?

 岡村:USBオーディオはもう少しバリエーションを増やしていきたいですね。とにかく24bit/192kHz対応のものは早く出したいですね。ただ、TAS0120BがUSBのFull Speed対応でHi Speed対応しておらず、われわれが入手可能な市販チップもないので、自分で対応させるしかないですね。一般のUSBチップを利用するか、カーナビ用のマイコンなどはI2Sのポートをもっているので、これに自分でソフトウェアを載せるかという選択肢になると思います。最悪の場合、自分でFPGAを組むかもしれませんが、まずは試行錯誤してみたいと思っています。

 中国の会社やネット上で公開されている方法に、USB 2.0(High-Speed)用のIDEハードディスク変換によく使用されたFX2というコントローラのFIFOの後段にFPGAをくっつけてI2S変換するという方法があるのですが、これが独自ドライバを用いないと動かないのです。

 やはり私としては汎用性を高めるためにもOS標準のドライバでいきたいと考えているのです。なんとか24bit/192kHzでできないか、実験を繰り返しているところです。そのほかにはUSB用の高音質なヘッドフォンアンプも手がけたいですね。ぜひ、期待していてください。


(2010年 2月 15日)

= 藤本健 =リクルートに15年勤務した後、2004年に有限会社フラクタル・デザインを設立。リクルート在籍時代からMIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。
著書に「コンプリートDTMガイドブック」(リットーミュージック)、「できる初音ミク&鏡音リン・レン 」(インプレスジャパン)、「MASTER OF SONAR」(BNN新社)などがある。また、アサヒコムでオーディオステーションの連載。All Aboutでは、DTM・デジタルレコーディング担当ガイドも務めている。

[Text by藤本健]