藤本健のDigital Audio Laboratory
第549回:Rolandの三木社長に聞く、新体制と製品展開
第549回:Rolandの三木社長に聞く、新体制と製品展開
「アナログの魅力」と「デジタルの可能性」
(2013/4/22 11:00)
先週、2回にわたってドイツ・フランクフルトで開催されたMusikmesseのレポートを掲載した。このMusikmesseには、世界各国からメーカーが集まり、出展を行なっていたわけだが、もちろん日本からも各社が大きなブースを出していた。その中の一つ、Roland(ローランド)も大きなスペースに多くの人たちが集まり、にぎわっていた。
そのRoland、今年3月に創業者である梯郁太郎氏が、公益財団法人ローランド芸術文化振興財団理事長を残してすべての役職から退任。社長も4月1日に交代となり、会社としての体制が大きく変わっていた。その新社長である、ローランド株式会社 代表取締役社長の三木純一氏に会場でお会いし、じっくり話をすることができたので、Rolandの新体制についてうかがうとともに、今回の新製品についても案内してもらった。
技術者が中心となって成長してきた会社
――お忙しい中、お時間をいただきありがとうございます。三木さんは、エンジニア畑の出身だと伺っていますが、これまでどんなことに携わられてきたのでしょうか?
三木氏(以下敬称略):私の年代のエンジニアは、みんないろいろな業務に携わってきました。製造ラインの生産管理や工程管理、また開発に異動して電子ピアノやシンセサイザ、また最近ではオルガン関連を見てきました。私の場合、長い間、サウンドエンジニアとして、基礎研究的なこともキャリアとして積んで来ました。
――サウンドエンジニアというのは、どういう仕事なのですか?
三木:当時はサンプラー用のサウンドライブラリを作る仕事でした。つまり楽器の音を録音し、それを編集して楽器の音にするというものです。これは、私にとって、ものすごく勉強になった仕事でした。本当にサンプラーの初期の時代、例えばバイオリンを録音して、鍵盤で弾くわけですが、どうすれば鍵盤楽器として気持ちよく弾けるのか、どういうコントロールをするといいのか、いろいろと研究し、ノウハウを貯めていきました。最近であればSuperNATURALなどの技術を駆使して、フレージングしていくわけですが、どう音を表現していくかは、楽器メーカーとしてはもっとも重要な要素のひとつなのです。
――なるほど、本当にシンセサイザの音作りに携わられていたんですね。
三木:そのサンプリングの前にはLSIの開発にも従事してきましたね。1986年にローランドではRD-1000という世界初のデジタル合成方式によるデジタルピアノを出していますが、これに搭載されたLSIです。これはサンプリングではなく、SA音源といわれるタイプのものでしたが、その後のローランドデジタル・ピアノを特徴づけたモデルとなっています。その後から製品開発のプロダクトリーダーの立場で仕事をするようになりました。
――RD-1000のほか、三木さんが具体的に開発に携わってきた製品というと、どの辺のモデルになるのですか?
三木:本当にいろいろありますが、たとえばサンプラーのサウンドライブラリー関連でいえばS-10、S-50、S-760。GrooveBoxなどにも関わりましたが、主に電子ピアノやシンセサイザー、電子オルガンなどの鍵盤楽器を中心に担当してきました。
――創業者である梯郁太郎さんもそうですが、楽器を実際に作ってきた技術者がトップである会社というのは、ユーザーとしても嬉しい感じがします。
三木:Rolandは電子楽器とともに成長してきた企業です。さまざまな製品を開発し、電子楽器のカテゴリを広げてきたという自負もあります。そして、それら製品は技術者が中心となってドライブしてきた会社でもあるのです。
「デジタルの可能性」を信じる
――先日、その梯さんが退任されました。シンセサイザを開発し、MIDI規格がその後の音楽産業の発展に貢献したことが評価されたということで、2月にテクニカル・グラミー・アワードを受賞された、梯さんがいなくなると、どうなっていくのでしょう?
三木:Rolandには、これまでずっと脈々と流れてきたDNAがあります。それは、当社の3つのスローガン、つまり「創造の喜びを世界にひろめよう」、「BIGGESTよりBESTになろう」、「共感を呼ぶ企業にしよう」に象徴されるものであり、この3つのスローガンを実現させるためのものとして電子楽器があるのです。そこは変わりません。これは梯さんが培われてきた社風であり、哲学であり、判断基準であり、トップが変わってもそこは変わりません。
――では、何も変わらないと?
三木:基本的な考え方は変わりませんが、音楽はどんどん変化してきているし、世の中の流通も大きく変わってきています。これらをキャッチアップし、音楽の最先端に合わせていく、そういう意味では会社として変わっていく必要があると思っています。とくに、最近、急に変化のスピードが速くなってきているので、そこはスピードを上げていく必要があると考えています。
――具体的にはどういうことになりますか?
三木:まずは基本に戻って、いまの新しい音楽を作っている現場にでかけていき、ニーズをくみ取り、お客様の視点からスピーディーに製品開発をしていきたいと考えています。もちろん、これまでもそうしてきたのですが、どうしても同じミュージシャンとやりとりをしていると、お互い年齢も上がっていってしまいます。その結果、若いミュージシャンとは価値観、作り方、考え方も違いが出てきてしまいます。そこで、当社も若いエンジニアに、どんどん出ていってもらおう、と。
――マーケティング担当に若いエンジニアを配置するということですか?
三木:楽器業界に限らず、多くのメーカーでは、マーケティング部門が調査を行なって製品の企画案を考え、それを開発陣がまとめて製品化していくという流れになっていると思いますが、Rolandは昔からプロダクトリーダーがすべての責任をもって、マーケティングから開発、販売まですべてを行なっていく体制をとっています。プロダクトリーダーが一番その分野について精通しているというのが強みなのです。最近は、他社でもそうした制度を取るところが増えてきているようですが、もっと若い層に活躍していってもらおうと思っているわけです。こうすることで、Rolandの開発力は加速的に強化されるはずだと確信しています。
――その市場ニーズですが、ここ最近とくにビンテージ機材を求める声が大きくなっているように思っています。たとえばTR-808やTR-909、TB-303といったもの、またアナログ時代のJupiterやJUNOなど……。一昨年、梯さんとお話をさせていただいたときにに、そうした話題を出したところ、「他社が真似るのは構わない。でも、技術、製品は前に進んでいくものであり、過去の製品を復活させるという考えはない」という趣旨のことをおっしゃっていました。この点についてはいかがですか?
三木:基本的に私もエンジニアなので、同じものを作るという考えはありません。新しいものを提案していくのがメーカーであり、エンジニアの務めであると思っています。とはいえ、ミュージシャンとやりとりをする中で、確かにデジタルの音には、まだ課題が多く残っていることを認識させられます。デジタル機器が、あまりにも便利に、また多機能になる一方、楽器としての本質である音や演奏性、表現力が、それに追いついていないのであれば、メーカーとして反省すべき点だと思っています。
アナログならアナログの良さを踏まえたうえで、それを超える提案は必要です。それは便利だとか、音がいいというだけでなく、触り心地や感触といったものも重視するものです。楽器というのはエモーション・フィードバックで新しいものが生まれてくる世界ですから。例えば、V-Pianoにはビンテージとバンガードという2つの方向性を持たせています。ビンテージとは従来からのアコースティックをやる方向、一方バンガードでは、従来のピアノではありえなかったピアノサウンドをデジタル技術で作り出すというものであり、ここから新しい音楽も生まれてきています。そういう意味で、私はデジタルの可能性を信じています。
――なるほど、でも他社では、昔のアナログシンセを復活させて製品化するといった動きが出ており、今回のMusikmesseを見ても、そうしたメーカーがいくつもありました。
三木:アナログに魅力があるとお客様が見ている、そのことは素直に認めなくてはいけません。それがどんな点なのか、それがデジタルでできないのか、アナログのどの部分なのかは追究していきたいところです。もちろん、楽器を作る手段としてデジタルにこだわることはないと考えています。どんな技術をどう使うかは楽器職人の腕にかかっているものです。それがデジタルだろうが、アナログだろうが、創造性というのが満たされているのであれば、メーカーとして進んでいく道だと考えています。もちろん、いまの製品にもアナログ回路は搭載しているわけで、アナログでまったく新しい方向があるのなら、そうした手段もとっていきたいと思います。アナログ回路や真空管といったものへのリスペクトはあります。ただし、レプリカを作るという発想はありません。一方で、アコースティック楽器の魅力というものに、電子楽器としてまだまだ追いつけていない部分は多々あると感じてもいます。一音色しか出せないのに、楽器としての魅力が高く、本当の気持ちよさがある。そこにある本質を追求していきたいですね。
DTMの可能性を広げていく
――ところで今回のMusikmesseで、いくつかの新製品を発表されました。これらについて、少しご紹介いただけませんか?
三木:今回大きく4つのカテゴリの製品を出していますが、一番新しいジャンルの楽器といえるのがRC-505です。ルーパーというジャンルの楽器をRolandは提案してきましたが、その最新機材です。もともと、ギタリストが音を重ねて音楽を作っていくことを想定して製品を開発したため、足で踏むスイッチを設けるとともにBOSSブランドで提供してきました。ところが、ミュージシャンの方々がこれの使い方をいろいろと編み出し、オリジナル・パフォーマンスを競うコンテストには世界中から多くのミュージシャンが参加してくれています。この中で、本来足で踏むスイッチを手で押すといったケースも見られることから、今回ループステーションとしては初のデスクトップ機として使いやすい、クールな形でまとめました。2つ目として、FR-8Xというアコーディオンを発表しました。これはベローズの動きをダイナミックに変えるものとなっています。
――ベローズ??とは何ですか?
三木:失礼しました。アコーディオンの仕組みからお話をしたほうがいいですね。まずアコーディオンの中身はハーモニカです。つまりリードがあって、そこに空気を送ることで音を出すのです。その空気を送るための蛇腹のことをベローズと呼んでいるのです。ただ、アコーディオンの演奏の仕方の秘訣として、蛇腹であるベローズの動きによる空気圧とリードに流れる空気量の関係があり、これがアコーディオンサウンドの大きなポイントとなっているのです。
今までRolandが開発してきたV-アコーディオンでは、ベローズをどう動かしているかをセンシングし、それを音に反映してきました。ところがアコースティックのアコーディオンとはどうしても違う部分があったのです。それが空気の消費量です。鍵盤をまったく押さない状態だと空気を消費しないため、ベローズが重く動きません。しかし鍵盤を押すと、これが動くようになり、多くの鍵盤を押せばより多く消費し、ベローズの動きが軽くなっていきます。今回のFR-8Xでは、これを実現させているのです。
――アコーディオンが分かっていない立場から見えると、すごくマニアックな感じもする一方で、RolandのVシリーズの徹底的なこだわりが感じられます。そのベローズの重さのコントロールはどういう仕掛けになっているのでしょう?
三木:実際に物理的にV-アコーディオンの中の空気量を変えて実現しています。といっても、実際に鍵盤に空気を通しているというわけではなく、鍵盤を押している数によって、穴の大きさをリアルタイムにコントロールできる空気の出入り口を設けて実現させています。これにより、多くの鍵盤を押すと、グワぁっとベローズが流れるように動いていくわけです。
もちろん、このことは、単にベローズが動くというのではなく、その動きの違いがアコーディオンとしての表現力と密接に関わってくるのです。この奏法を実現することで、歯切れのいいアタック感が付くわけで、それがFR-8Xでやっと実現できたのです。アコーディオン奏者にとっては、かなり使いやすい楽器に仕上がったと思います。これは電子ピアノにハンマーアクションが付いたくらいのインパクトがありますよ。もちろん、これは電子楽器なので、アコーディオンの音が出るだけでなく、さまざまなサウンドを鳴らすことが可能であり、MIDI入出力端子もあれば、液晶ディスプレイも搭載されています。
――それから電子ピアノのFPシリーズがありましたね。
三木:今回特に注目いただきたいのがFP-80です。ここにはSuperNATURALピアノ音源に加え、E.PianoにもSuperNATURAL音色を採用しているのですが、「アコースティック・プロジェクション」というものにより、ピアノ独特の立体的な音場感を実現しているのです。アコースティック・プロジェクションは左右に2つずつ、計4つのスピーカーによって構成されるもので、奥行きと広がりのある豊かな音の中で演奏を楽しめるようになっています。
――先ほど少し触ってみましたが、電子ピアノなのに、アコースティックピアノの音場のようで、なかなか不思議な感覚でした。
三木:そして4つ目がBK-9というアレンジャーキーボードです。こちらは海外市場向けのもので、国内での発売予定はないのですが、多彩なバッキング機能を備えたものとなっています。
――最後に、個人的に一番興味のあるDTM関連製品の今後の展開に関してコメントをいただけませんか?
三木:DTMP=デスクトップ・メディアプロダクションの分野は音楽作品を作っていくうえで非常に重要なものであり、大きな可能性を持っていると感じています。まだ、代表取締役に就いてから日が浅いため、開発現場とじっくり話す時間がとれていませんが、この分野はぜひ伸ばしていきたいと思っています。かつてミュージくん、ミュージ郎の時代には、楽器が弾けないという人たちに音楽の楽しさを経験してもらう上で大きなステップとなりました。現在はオーディオで録音ができ、フレーズを自在に変化させるなど、いろいろな手法ができるようになっています。最近のDAWなどは専門家に寄り過ぎている面もあるので、そうした点は伸ばしつつも、底辺を広げたり、ネットワークを通じての共有やアンサンブル=合作がしやすいものを作るなど、さらに可能性を広げていきたいと思っています。
――ありがとうございました。