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第155回:CES特別編 「Crystal LED Display」の衝撃

勇気が生んだ“無機”材ELディスプレイの秘密




■ フルHDの無機材ELディスプレイを発表

Crystal LED Displayの55型をCESで出展した

 ソニーは、驚きのフルHD解像度のディスプレイを作り上げてきた。その名も「Crystal LED Display」だ。サイズは55型で、発光画素はLEDそのものだ。

 スポーツ競技場やイベント会場の情報ディスプレイ、大型デジタルサイネージ向けのディスプレイで、RGBのサブピクセルをRGB各色で発光するLED電球で構成した巨大なLEDディスプレイを目にしたことがあると思うが、原理的にはあれをそのまま縮小したようなものになる。

 フルHD解像度(1,920×1,080ドット)なので200万画素ある。サブピクセルはRGBで構成されるので、合計600万個のR/G/BのLEDが55インチの画面サイズに実装されていることになる。

 この600万個の各RGBのLEDサブピクセルは自発光することになるが、各RGBサブピクセルの階調はアナログ値で一意的に決定される。8ビット駆動の場合で仮定すれば、黒はRGB=0:0:0で駆動され完全消灯となり、最大輝度の白はRGB=255:255:255となる。中間階調はその自由な組み合わせで再現される。実際には各LEDはPWM駆動(パルス幅変調)で発光量が決定されているが、プラズマのようなサブフィールド法(FRC駆動:フレーム変調)による時間積分的な階調生成でないため極めて自然な見え方が表現できる。液晶のように透過光を制御するわけではないので視野角制限がなく上下左右約180度と発表されている。

 ちなみに暗所コントラストは計測不能(実質、無限大:1)。明所コントラストも既存の液晶テレビの約3.5倍と発表されている。

 いわば究極の画素単位エリア駆動(自発光なのでこの言い方の方が不自然だが)ということになるため、表示に対するエネルギー消費効率もよく、現実的な動画表示時の消費電力は「一般的な同サイズのLEDバックライト液晶テレビの半分以下」と表現されている。なお、ソニー側の調べでは、IEC62087 Ed.2.0で規定される動画映像での平均消費電力は70Wとのこと。

 各サブピクセルは純度の高い純色R,G,BのLEDになるので再現色域はとても広くできる。スペック値によれば標準的な液晶テレビの色域の1.4倍は広くできるとのことだ。

中間色も美しいソニーのCLD 純色の鮮烈度もCLDの特長


■ 有機EL、無機EL、無機材EL(LED)の違い

 LEDも有機EL(OLED)も両者はLED(発光ダイオード:Light Emitting Diode)だ。

 LEDはP型半導体とN型半導体をくっつけた構造で電極から電圧を掛けると、この接合部で電子と正孔(電子が不足した状態)が発光再結合して発光する。

 P型のPとはPositive="+"の意で、逆にN型のNはNegative="-"の意になる。正孔は半導体物質の電子がかけた状態をいい、まるで"+"電荷粒子のように振る舞うので、"-"の電荷の電子とは逆の立場のように見なされる。

 LEDに対して電圧を掛けると、LED内の正孔と電子が衝突して再結合し、その際に発光現象を起こす。これがLEDの発光メカニズムだ。

 LEDは、構成される半導体化合物のレシピの違いによって発光する光の色が異なってくる。用いられる化合物はアルミ(Al)、ガリウム(Ga)、インジウム(In)、窒素(N)、燐(P)、ヒ素(As)などがあり、これらを組み合わせて発光色を設計する。

 今回、ソニーが発表した「Crystal LED Display」(CLD)を、「LED光源を用いた液晶ディスプレイ」と誤解している人やメディアも多いようなので、本稿前半では、あえて「無機材EL」(Inorganic Electro-Luminescence)ディスプレイと呼称したが、CLDの画素の構造と発光原理は通常のLEDと全く同じだ。

極端な明と暗が同居する映像でも黒がとても美しい

 有機EL(Organic LED)に対して無機EL(Inorganic LED)という素子もあるが、今回のCLDは無機ELではなく、あくまで「無機材を用いたLED」という言い方が正しい。

 無機ELとは、発光材料を電極と誘電体(絶縁膜)で挟み込み、ここに100〜200Vくらいの高電圧の交流電圧をかけることで電子を振動させ、これを無機発光材料に衝突させて発光させる。電子を加速させて発光材料に衝突させる原理を採用していることから、発光原理そのものはブラウン管に近い。なので通常のLEDを無機ELとは呼ばない。

 ちなみに無機ELの発光原理は1960年代に発見されていてその歴史は意外と古いが、これまでフルカラーの薄型ディスプレイの実現様式として積極的に利用されてこなかったのは、高輝度な青色の無機発光材料が開発されてこなかったためといわれている。近年では高輝度に青色発光する素材のBaAl2S4:Euが開発されたことで、フルカラーの無機ELディスプレイの開発が行なわれたこともある。

 一方、有機ELは2つの電極の間に有機物を挟み込んで片側の電極で電子を注入、もう片側の電極で正孔を生成してやり、意図的に有機物層で発光再結合させて発光させる。

 有機ELディスプレイで面倒なのは、高精度にR,G,Bに発光する有機物を電極に蒸着/積層させる部分だとされる。詳細は省略するが、原理よりは製造精度や製造手法の方に技術的な障害が立ち塞がってきたため、有機ELの大型化は難しかった。

 一方、今回のCLDのようなLEDディスプレイは、LED自体が半導体でできているので、μmのオーダーのLEDの積層成形が行なえれば、LEDディスプレイの高精細、小型化は技術的には十分可能だとされてきた。

 問題は、製造技法とその製造コストだ。ほぼ専用の製造プロセスを立ち上げなければならず、50インチサイズの液晶テレビが10万円程度で買えるこの時代に、55インチのLEDディスプレイが仮に数百万円では勝負にならない。逆に言えば、障壁はそこだけだ。



■ CLDの構造と表示メカニズム

 ソニーのCLDは、単一の基板に駆動回路と画素としてのLEDを一体成形して製造される。

 基板に対して積層していくことになるが、各LEDは、CLDのドットピッチで生成されることになる。500℃以上で溶解された無機素材を結晶(Crystal)化させて成形していく工程は、一般的なLEDと何ら変わるところはない(なお、Crystal LED Displayの“Crystal”はここからきているらしい)。寿命も無機材のLEDなので、LEDそのものの寿命をイメージすれば良い(数万時間)。

 今回発表されたCLDのサイズは55インチ。寸法でいうと横約1,210mm×縦約680mm程度で、ここに1,920×1,080ドットの画素があるのでドットピッチは約0.630mm(630μm)。1ドットあたりRGBの3サブピクセルのLEDで構成されるので各LEDサブピクセルのピッチはわずか0.210mm(210μm)ということになる。つまり、CLDには、210μmで個別駆動可能なLEDが約600万個実装されていることになる。

 LED発光部と保護層の板ガラスの間にはプラズマディスプレイや液晶ディスプレイのものとよく似たブラックマトリクスが成膜されている。これは、R,G,Bの各サブピクセルがあまりにも近い位置にあるとことで起こる不用意な混色や迷光の発生を押さえるためのものだ。いうなれば遮光の役割を果たしている。なのでCLDに顔を近づけて見ると、プラズマや液晶の画素に似た見え方をするのはそのためだ。
RGBのサブピクセルの分離感があまりないのがCLD画質の特徴。黒の仕切りはブラックマトリクスのものだ

 今回のCLDでは、これまでの有機ELテレビ製品でやってきたような面発光方式を採用しておらず、画面上から下に向かって1/60秒周期のスキャン表示を行なっている。各画素の表示期間はおよそ1ms未満にしており、その表示特性は極めてブラウン管に近い。

 LEDの発光応答速度はμs(マイクロ秒)やns(ナノ秒)のオーダーだが、人間の視覚メカニズムがそこまでの短残光を知覚できないので、意図的に1ms程度にしている。今回のCESで韓国系メーカーが「液晶の1,000倍の応答速度速さ(つまりはマイクロ秒)」として有機ELテレビを訴求しているが、そのメッセージに画質的な優位性はないことだけは言っておこう。

 それでは「CLDは面発光ができないか」というとそういうことではない。

 実際にはCLDでは面発光の仕組みの採用も検討されている。しかし、今回はブラウン管のような、キレのある動画表示性能を実現するためにあえてスキャン表示方式が選択されたと言うことだ。

 今後、最終製品でどちらを採用するかは未定だという。

1/60秒程度のシャッター速度で撮影すると、このように黒帯が見える。スキャン表示が行なわれている証拠 横に動く動画の表示性能比較。シャッター速度1/60秒で撮影。左がCLD。右が液晶(BRAVIA HX99/北米モデル)


■ 今度こそ出せるか? 日本発の新ディスプレイ

 CLDの開発は、ソニー厚木テクノロジーセンターで行なわれた。

 有機ELディスプレイチームとは独立部隊として編成されて、極秘裏に開発が進められたという。

 ソニーは液晶/プラズマに代わる第3のディスプレイ技術としては電界放出ディスプレイ「FED」(Field Emission Display)の開発も行なっていたことを知る人も多いだろう。2006年には、このFED事業を分社化するも、2009年には事業継続を断念、関連技術は2010年にAUOへ売却されている。CLDの開発は、このFEDとも無関係で独立で進められてきたとのことだが、最終的にはFED開発に関わった研究メンバーも合流しているとのこと。

 CESの会場にいたCLD開発に関わったスタッフに聞いたところでは、「その原理と発想がシンプルなだけに、開発を振り返れば、最初から最後まで製造技術の開発に明け暮れた日々だった」とのことだ。

 実際の量産時には、既存の半導体製造ラインがどの程度利用できるかが重要になってくるが、この辺りについては、あまり触れて欲しくないようだ。新ディスプレイ技術の開発は低コストで量産できることが重要になってくるだけに、この点だけは心配ではある。

今回のCLDプロトタイプは厚さが3cm〜4cmほどあったが、これは業務用を想定した強度重視設計のためだと説明されていた。民生機向けで構成すれば半分以下の厚みにできるようだ

 ただ、ソニーのFED、東芝/キヤノンのSEDの失敗など、「鬼門」と言われつつあった新ディスプレイ技術開発に挑戦し続けたソニーCLD開発チームの“勇気”と“根気”には、拍手を送りたい。

 当面は、1種類のドットピッチのCLDしか製造できないので、ドットピッチが固定になるようだ。つまり、しばらくCLDは小型パネルになればなるほど解像度が粗く、大型パネルになればなるほど解像度が高くなることになる。実際のところ、当面は大型パネルでの提供がメインになると思われる。

 価格や提供時期は全くの未定だというが、一般的なテレビやディスプレイ製品のハイエンド機の価格とは比べものにならないほど高価になるはずなので、最初期は、業務用やプロ用の機材として提供されることになることだろう。

 今度こそ、日本の新ディスプレイ技術が製品として実を結ぶことを期待したい。

(2012年 1月 12日)

[Reported by トライゼット西川善司]

西川善司
大画面映像機器評論家兼テクニカルジャーナリスト。大画面マニアで映画マニア。本誌ではInternational CES他をレポート。僚誌「GAME Watch」でもPCゲーム、3Dグラフィックス、海外イベントを中心にレポートしている。映画DVDのタイトル所持数は1,000を超え、現在はBDのコレクションが増加中。ブログはこちらこちら。近著には映像機器の仕組みや原理を解説した「図解 次世代ディスプレイがわかる」(技術評論社:ISBN:978-4774136769)がある。