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YouTubeも超解像。新Qosmio G50をテスト
~発色やディティールを改善。iPod用AVC変換も~
Qosmio G50/96J |
最初の登場からおよそ1年。東芝のSpursEngine搭載Qosmioがモデルチェンジした。今回は特に、「YouTubeの超解像」「ポータブルデバイス向けのMPEG-4 AVC/H.264変換」という2つの要素を搭載し、実用性がアップしている。
それら新機能の実力はいかほどだろうか? 「Qosmio G50/96J」を使い、いくつかのテストを試みた。なお、比較対象として、2008年7月10日掲載の本連載でご紹介した、初代SpursEngine搭載Qosmioである「Qosmio G50/98G」の記事を合わせて参照してほしい。
■ ハードウエアは既存モデルを踏襲。ソフト追加で2つの機能を追加
細かなテストを始める前に、「SpursEngine搭載Qosmio」とはどんなパソコンなのか、改めて紹介しておこう。
SpursEngine SE1000 |
SpursEngineとは、東芝がIBM、ソニーと共同で開発した「Cell Broadband Engine」から得たノウハウを生かして開発した、AV機器/家電向け演算用LSIである。現在Qosmioに搭載されているのは「SpursEngine SE1000」。Cellから汎用処理用のPPEをとりはずし、高速演算用のSPE(1.5GHz駆動)を4コア分と、MPEG-2およびMPEG-4 AVCのハードウエアエンコーダ/デコーダを1チップに集積したものである。
Qosmioでは「Toshiba Quad Core HD Processor」という愛称で呼ばれており、SpursEngineと専用メモリーを128MB搭載したカードの形で組み込まれている。2008年6月の搭載機発表以降、主に「G50/F50シリーズ」の上位機種を中心に搭載されてきた。今夏向けのモデルでは、G50/F50シリーズ3モデルすべてに搭載されている。
SpursEngineは、この他トムソン・カノープスやリードテックなどから、主に映像のエンコードを高速化するデバイスとして、デスクトップPC向けにPCI Express接続する拡張カードの形でも販売されている。ハードウエアとしてはQosmio搭載のものと大きな差はないようだが、SpursEngineを利用するためのソフトは、必ずしも同じではない。今回の新機種より搭載されたYouTubeの超解像表示は、その代表例である。
元々Qosmio G50シリーズでは、SpursEngineを主に4つのことに活用していた。
一つ目は「アップコンバート」。DVDビデオ再生時に、リアルタイムに超解像処理を行なうほか、ビデオカメラなどで撮影したSD解像度の映像ファイルを、HD解像度へとアップコンバートして再エンコードし、記録することができる。
二つ目は「高速変換」。主に動画編集をスムーズに行なうために使われる。特に、AVC編集時のプロキシファイル作成で力を発揮する。
三つ目は「AVCエンコード」。Qosmio G50/F50は地デジ対応のTVチューナーを搭載しているが、録画時にAVCで圧縮し、最長で8倍記録が可能となっている。
四つ目は「ユーザーインターフェイス」。主に映像解析を使った技術である。内蔵のWebカメラで自分の動きを撮影、ジェスチャーをリモコン代わりに操作を行なったり、映像に登場する人々の「顔」を認識し、映像のインデックスとして利用する、といった処理に活用している。
これらの機能は、今回のモデルにもそのまま引き継がれており、大きな変更は加えられていない。その代わり、さらに2つの機能が追加された。一つ目が「YouTubeの高画質化・超解像化」、そして二つ目が、ポータブルデバイス向けの「映像エンコード」である。
■ 発色豊かに、ディテールもはっきり。YouTubeへの「Resolution+」
まずは「YouTubeの高画質化」をチェックしてみよう。東芝は、今年のCESでもCellを使った「ネット動画の超解像化」をデモンストレーションしていたが、今回Qosmioに搭載されているのも、その流れを受けた技術である。同社のテレビ「REGZA」の超解像処理と同様、「Resolution+」の名称で呼ばれている。
具体的には、次のように動作する。
YouTubeを表示すると、動画の上に「Resolution+」のロゴが現れる。ここをクリックすると、映像は超解像処理が行なわれた上で、フル画面再生に移行する。逆に言えば、超解像処理はフル画面再生でのみ行なわれる、ということになる。フル画面再生時は、そのままであれば常に高画質化が行なわれ、特に設定なども不要である。通常画面で再生する場合、「Resolution+」ロゴをクリックしなければすぐにロゴが消え、通常通り再生される。
Resolution+が利用可能な場合、映像の上にロゴが現れる。このロゴが現れない映像では超解像処理は行なえない | 上部のメニューバーがカラーの場合には、超解像処理が行なわれている証拠。再生中に自動的に隠れるが、右上のピンをクリックすると、出たままになる |
フル画面で「Resolution+」表示されている最中に、マウスカーソルを画面上方にもっていくと、画像のようなメニューバーが現れる。一番左のアイコンをクリックすると超解像処理のオン・オフが切り換えられ、その隣のアイコンでは、画面半分だけに超解像処理を行なう「デモモード」への切り換えが行なわれる。
今回はサンプルとして、東芝がYouTube上で公開しているノートPCのマスコットキャラクター「ぱらちゃん」に関する動画を使っている。実写とCGを合成したミュージッククリップとなっている。
まずは、SDで作成された映像の超解像を見て見よう。左はResolution+を行なったもの、右はオフにした状態での映像である。一見して、映像の色合いが補正され、ディテールのエッジが立ってはっきりしているのがわかるだろう。エッジが立った分、若干ナナメ線でジャギーが目立つようになっているが、総じて高画質化した、といえる。特にパッケージの文字や木目に注目するとわかりやすいだろう。また、YouTubeの動画再生用メニューバーの部分を見れば、超解像処理が「映像の部分」だけでなく、メニュー部分、すなわち、「フラッシュで制御されている領域全体」にかかっていることがわかる。
【YouTubeのSD映像再生】 | |
SD映像でResolution+ OFF | Resolution+ ON |
では次に、同じ映像を「HQモード」で表示し、結果を比較してみたい。現在YouTubeは、コーデックにAVCを使った「HQ」(高画質)モードが用意されている。解像度こそ同じだが、映像のS/Nは上がり、よりきれいになる。
HQモードの場合には、Resolution+の結果はより鮮明になる。色が自然になり、エッジが立って「くっきり」するのは同様なのだが、超解像なしでは多少目立っていたトーンジャンプが目立たなくなり、クオリティが向上している。アップコンバートや超解像などの処理は、「元々SN比の高い映像」、つまりソースのクオリティが高いほどと効果が高くなる傾向にあるが、QosmioのYouTube向けResolution+も、同様の性質を持っている。そのため、ノーマルモード、Resolution+なしと、HQモードののResolution+ありとでは、画質に歴然とした差が生まれている。
【YouTubeのSD映像(HQモード)再生】 | |
Resolution + OFF | Resolution+ ON |
次に、16:9・HD解像度の映像が用意されているコンテンツで、Resolution+の効果を確認してみよう。こちらもやはり、コーデックはAVCになる。
左から、16:9のSD、その映像にResolution+をかけたもの、そして720pのHD映像である。
HD映像についてはResolution+は利用できないのだが、そのままでもHD映像の解像感、クオリティは歴然としている。この映像は、SDの場合、圧縮率がかなり高く、元々ディテールがかなり失われている。そのためか、Resolution+の効果はあまり高くない。色は良くなったがディテールは復活せず、逆にエッジが立ったことで不自然なトーンジャンプが発生する場面も見られた。720pの「HDモード」からの超解像処理が行なえないのは残念なところだ。
【YouTubeのResolution+(16:9)HQ映像比較】 | 【参考:YouTubeのHD動画】 | |
16:9のSD映像でResolution + OFF | 同じSD映像でResolution+ ON | 720pのHD動画にはResolution+を適用できないが、元ソースがいいので一番高画質 |
Qosmio G50は1,920×1,080ドットのディスプレイを備えており、Resolution+もYouTubeの480×360ドットから1,920×1,080ドットへの、かなり大幅なスケーリングを伴いながらの超解像処理となる。
結果から言えば、YouTubeへのResolution+は「ソースによってクオリティが左右される」もの、といっていい。簡単にいえば、「いいエンコードのSD映像は非常に高いクオリティになるが、ビットレートの足りない映像はきれいにならない」のである。HDでアップロードされた映像も、ページを開いた時には、まず「YouTube側で再エンコードされたSD/16:9の映像」が再生される。多くの場合、エンコード品質の問題からか、これらはあまり画質が良くない。だからこそ、後者のテストでの、「SD/16:9の映像からの超解像」も画質がイマイチだった、といえる。HDモードがあるなら超解像は利用せずHDモードで、HQモードがある映像はHQにしてからResolution+を使う、というのが鉄則だ。
なお、YouTube向け超解像動作時のSpursEngineの負荷は、DVDの超解像と同様、かなり高いようだ。YouTube向け超解像が「フル画面」でしか動作しない関係上、動作中の正確な「負荷率」をチェックすることはできなかったが、処理終了直後の負荷率が、4コアともほぼ100%に近いことは確認できており、同処理はSpursEngineをフルに回す、といって良さそうだ。
また、スペック上この処理は「YouTube向け」とされており、他のサービスでの動作は謳われていない。実際、「ニコニコ動画」や「eyeVio」では働かなかった。ただし、YouTubeそのもので表示するのでなく、YouTubeの動画をウェブに直接埋め込んだ場合でも動作するし、一部、YouTubeとほぼ同じような実装となっている動画共有サイトでも働いた。
■ エンコードはハードエンコーダで。VGAへの変換で威力を発揮
次に、もうひとつの新機能である、ポータブルデバイス向けのエンコードを試してみよう。
すでに述べたように、この機能は初代SpursEngine搭載Qosmioには実装されていなかった。だが、元々予定はされていたもので、前回の記事に伴うインタビューでも、「近いうちに実装したい」と明言されていた。
エンコードの対象となるのは、MPEG系のコーデックか、WMVなどで圧縮された映像。これらは、Qosmioで動画ファイルの整理に使われる「東芝グラフィックビデオライブラリー」で認識され、エンコード処理に使われる。例えばAVCHDのビデオカメラで撮影した映像であっても、拡張子を「.mpg」に変更しさえすれば、エンコードが可能となる。その際には、HD解像度でもSD解像度でもかまわない。残念ながら、Qosmio G50の地デジチューナーで録画した映像は対象外だ。東芝グラフィックビデオライブラリーが、著作権保護された映像ファイルに対応していないためである。
東芝グラフィックビデオライブラリーで、エンコード指定を行なう。「iPod用ファイル設定」と用途を明確に表示 |
ポータブルデバイス向けのエンコード作業は簡単だ。映像を選んで右クリックし、「iPod用ファイル作成」を選ぶだけだ。すると、映像が「DVD Movie Writer for TOSHIBA」に転送され、エンコード作業が行なわれる。東芝グラフィックビデオライブラリーは映像ファイルの管理と転送だけを担当し、エンコードは本来DVD作成用の映像編集ソフトであるDVD Movie Writerに任せるのである。このソフトは、市販のDVD Movie Writerとは違い、SpursEngineを生かすためのカスタマイズが行なわれた特別なバージョンである。
このあたりは、昨年のモデルで、映像ファイルのアップコンバートに使われていたものと共通の仕組みだ。ただし、以前はDVD Movie Writerから呼びだす必要があり、管理が面倒だったが、その点が東芝グラフィックビデオライブラリーに変更されたため、より直感的になったといえる。
iPod用ファイル作成、となっているが、やっていることは、要はMPEG-4 AVCによるエンコードだ。iTunesとの連携機能などはない。エンコード時にもビットレートなどが決めうちされ、QVGAとVGAの二種類にわけられた設定を選ぶだけだ。ビットレートはQVGAの場合で768kbps、VGAの場合で1,024kbpsとなっている。ファイルをPSPに転送して使ってみると、QVGAはそのまま再生できたが、VGAは再生できなかった。
とはいえ実際には、設定を細かく変更することもできる。DVD Movie Writer上で「iPod形式を出力」でなく「ファイルを出力」を選び、設定を変えればいいわけだ。ポータブルデバイス向けに解像度を落とすこともできれば、逆にアップコンバートすることもできる。
iPod用の設定は非常に簡単なもの。設定は決めうちされており、解像度を選ぶだけだ | HDもポータブルデバイス向けのエンコードも、同じ画面から設定可能。解像度やビットレート、コーデックやプロファイルの種別を変更することもできるが、よく使う設定はあらかじめ用意されている |
SpursEngine ON/OFF時の エンコード時間 | ||
---|---|---|
解像度 | Spurs設定 | 時間 |
QVGA | ON | 21.4秒 |
QVGA | OFF | 25.8秒 |
VGA | ON | 21.8秒 |
VGA | OFF | 42.0秒 |
結果はなかなか興味深いものになった。QVGAではSpursEngineあり/なしともに実時間の半分程度と、大きな差違を見いだせなかったが、VGAになると、CPUでの処理は実時間程度にまで速度が落ちた。それに対しSpursEngine利用時は、時間にはほとんど変化なく、やはり実時間の半分程度で終了している。なお、ビットレートなどの設定は同じはずだが、SpursEngineを使う場合とそうでない場合ではエンコーダそのものが異なるためか、ファイルサイズに若干の違いが認められた。ただし、画質には大きな差は見受けられない。
640×480/SpursEngine OFF 【rt_vga_off.mp4】 | 640×480/SpursEngine on 【rt_vga_on.mp4】 |
320×240/SpursEngine OFF 【rt_qvga_off.mp4】 | 320×240/SpursEngine ON 【rt_qvga_on.mp4】 |
すでに述べたように、SpursEngineにはSPE4コアの他に、AVCのハードウエアエンコーダが搭載されている。実はこのエンコードも、SPEでなく内蔵のハードウエアエンコーダを利用したもの。そのため、SPE自身は1つのみが使われているだけで、負荷率も60%前後しかない。
■ 「今買える、使える」ことが最大の価値。そろそろBDを搭載するべき
YouTube高画質化にしろ、ポータブルデバイス向けのエンコードにしろ、その効果はなかなかである。もちろん、いつか高性能なCPUや、OpenCL、CUDA、ATI Streamといった「GPGPU処理」が一般化すれば、同様のことはより広いハードウエアで可能になるだろう。だが現状では、明確に商品として出てきているものが少ない。「今手に入るもの」として、SpursEngine搭載Qosmioの価値は落ちていない。
特にネットコンテンツの高画質化は、様々な機器で必要とされる重要な機能といえるだろう。「ストリーミング映像なんてこの程度」という思い込みを打ち破れる可能性を秘めている。現在の機能の場合、「はっきり見せる」ことに注力しているためか、少々エッジをたてすぎていると感じることも多いが、圧縮ノイズが多く、元々の解像度、色情報の少ない映像の場合には、致し方なところもある。
他方、これだけの機能を備えているためか、Qosmio G50/F50は少々大きい。正直なところ、「ノートパソコン」という範疇からははずれはじめている、と感じるほどだ。「液晶一体型のパソコン」と考えた方がいい。ディスプレイ画質は良好だが、最近のPCとしては、輝度が低めである。おそらくは、バックライト光量の割に面積が大きいためだろう。
HDMI出力やアンテナ入力を装備 | G60/96J。かなり大きな筺体 |
SoftDMAを使い、ソニーのBDレコーダー「BDZ-X95」を認識。DRモードの番組のみ再生でき、AVC録画番組はグレーアウトしている |
なお、今回よりDLNAクライアントとして、「Cyberlink SoftDMA」を搭載した点も見逃せない。DTCP-IPに対応しており、デジタル放送の録画映像を、BDレコーダーなどから転送できる。実際、ソニーの「BDZ-X95」をきちんと認識し、映像の転送ができた。ただし、再生可能なのはDRモードで録画した、MPEG2-TS形式の映像のみで、AVCで録画したものは再生できないのが残念だ。
気になったのは、やはりこれだけAVクオリティを追求したPCなのに、光学ドライブはDVDである、ということだ。今夏モデルでは、他社はこぞって「BD搭載パソコン」を発表している。そろそろ「AVパソコンならBDは必要」というレベルに到達したのではないだろうか。
超解像は非常に価値の高い技術だが、「HDコンテンツは不要」というレベルではない。良好で最高のクオリティを目指せるものこそが、「価値の高いAVパソコン」といえるのではないだろうか。東芝も、SpursEngineなどの独自技術の価値を生かすためにも、市場の動向に合わせた決断をお願いしたいところである。
(2009年 4月 23日)