西田宗千佳の
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CESで見た、米国で活発化する“もう1つの潮流”

~テレビ・BDプレーヤーで進む「映像配信対応」~


 今年のCESの目玉は、間違いなく「3D」だ。しかし本コラムでは、あえて別の話題を提供したい。それは「映像配信」だ。日本では今ひとつピンとこないものだが、アメリカではすでに定着期を迎え、各企業ともにネット戦略のキーにする動きが活発だ。今回は、映像配信を巡る動きをチェックしていきたい。


■ NetflixやVUDOが続々対応
 競争のためには「配信機能がないといけない」レベルに

 1月6日(現地時間)、東芝アメリカが開いた会見にて、東芝アメリカ・TVマーケティンググループ・バイスプレジデントのスコット・ラミレス氏は「現在、テレビでのストリーミングサービスは急速に広がりつつあり、必須のサービスだ」と話した。

 そのことを証明するように、各社のテレビ新製品には、テレビで映像配信が楽しめる機種が続々と登場した。昨年まではハイエンド商品のための機能であり、YouTubeなどパーソナルコンテンツを見るものが中心、という印象だった。

 だが今年は、より映像配信的なサービスが目につく。特に目立つのは、NetflixとVUDUの存在感だ。

テレビ向けNetflix。サービス形態は、すでにゲーム機や専用端末で展開されているものと同じだが、わかりやすく美しい操作画面が特徴的だ

 Netflixは、オンラインでのDVDレンタルをベースにしたサービスであり、そこから動画配信へとビジネスを広げている。Xbox 360やPlayStation 3といったゲーム機でもサービスが利用できるが、テレビ・レコーダーにも、同様のサービスが提供されている。オンラインDVDレンタルの会員であれば、「ディスクを借りる時の料金」そのもので、特に新しい手続きをすることなく使えることから人気が高く、今回発表されたモデルでは、ほとんどのメーカーが「Netflix対応」を謳うほどの状況であった。

 VUDUは、2007年にスタートしたテレビ向け映像配信の会社で、特に現在は、HDコンテンツの配信で人気がある。元々は専用セットトップボックス(STB)からスタートしたが、現在はテレビへとサービスを広げ、利用者を増やしつつある。

 どれも、料金やサービス内容、コンテンツに若干の違いはあるとはいえ、サービスイメージは同じようなもの。映画タイトルをリモコンで選択し、会員向けにストリーミングで映像を提供する、という形態だ。パソコンと違い、テレビセットには大容量のストレージがないため、ダウンロードではなくストリーミングでの対応が中心となる。

 ちなみにVUDUの場合、映画の配信中心価格帯はストリーミングで3.99ドル、ダウンロードによる「所有型」で十数ドル、というところである。配信形態は、SDはもちろん、1080pのHDもOK。ただし、ビットレートは4.5Mbpsと高くない。

VUDUのストリーミング表示画面。画面デザインは多少異なるが、サービスの内容は他の配信もかなり似通ったものになっている韓国SamsungのテレビでVUDUを使っているところ。映像を呼び出して購入して観る、という流れは、Netflixなどと同様。単純なWebベースではない美しい画面が、アクトビラにはない魅力だと感じる

 これらの動きは、昨年にもすでに見えていた傾向ではある。しかし、特に今年の製品で顕著なのは、「有力などれかのサービスと組む」のではなく、様々なサービスを同時並行的にサポートする動きが広がっている、という点だ。

 例えば、先に挙げたNetflixやVUDOはもちろん、CinemaNowやDivXといった企業のサービスも、これら「配信対応テレビ」に組み込まれている場合が多い。これに加え、YouTubeなど日本でおなじみのサービスもあるわけだから、「一つのテレビで見られるサービスの数」は大変なものになる。

韓国LG Electronicsが6日に開いた会見で公開したスライド。テレビ内で複数の配信サービスが用意され、利用者が選択して使う。右の画面は、同社テレビでの「DivX TV」利用画面。こちらも、テレビやプレイヤーでの採用例が多いサービスだ同じく、6日の米Sharpの会見スライドより。アクオスのネット機能「AQUOS net」と共存する形で、NetflixやTwitterにも対応が行なわれている

  このような状況が生まれた背景には、おそらく3つの理由がある。

 一つは、VODの利用が進んでいる、というアメリカ市場ならではの土壌。そしてもう一つは、各配信事業者が「ネット対応テレビ」向けにサービス構築を進めやすくなった、という技術的側面も大きい。

米Sharpのアメリカ向けAQUOSに搭載されている「VUDU」。画面は、映像だけでなくWebアプリも扱う「VUDU Apps」の画面だ

 テレビ側がWebアプリケーションを扱いやすくなったため、配信事業者の側もそのための環境を作り、複数のテレビに対して提供しやすくなっているのだ。シャープやパナソニックのように、自社独自の「テレビ向けWebアプリ活用環境」を構築するところもあれば、米intelと米Yahoo!が組んで作った「TV Widget」を活用するメーカーもある。VUDUも、テレビ・BDプレイヤー向けソリューションを開発するプラットフォームである「VUDU Apps」を発表、映像配信だけでなく「テレビ向けWebアプリ提供」を狙う、と発表している。

 特に、テレビ向けの組込用LSIを開発しているメーカーは、そのソリューションの一部として配信に対応可能な技術を組みこんでいる。そのため、あとはテレビメーカーが商品企画の段階で「配信が必要である」と判断すれば、比較的容易に搭載ができるようになった。最先端の自社技術を持つ企業でなく、悪く言えば「組み立て屋」的な中国系企業ですら配信機能を搭載してきたのはこのためだ。

 BDプレイヤーでも同様のノウハウを展開しやすいため、配信系機能が組みこまれるのが「普通」になりつつある。特に、北米版CELL TVやLG ElectronicsのBDプレイヤーは、ダウンロードでの配信を受けるために大容量のハーディスク(1TB)を搭載しているほどだ。

 だがおそらく、一番大きな理由は「儲かりそうだ」という業界全体の意識の高まりだろう。ある国内テレビメーカーの担当者は、「一気に状況が変わった。儲かりそうだ、という意識が生まれたからか、配信への取り組みが進んでいる。方向さえ決まれば一気にそちらに進む、という特質は、アメリカ市場の凄みだ」と話す。

 ただし、勘違いしてはいけないのは、あくまで儲かり“そう”という段階である、ということ。どうやら、配信系の事業者も大もうけできる段階には達していない。「他社がサービスを組みこむなら、負けないように数をそろえないといけない、という競争になっている」と、ある技術者は内情を語る。とはいえ、日本と違い、「テレビ向け映像配信」が「商品の目玉」の一つになり得るほど、市場で価値を持ち始めているのは否定しえない。


■ 大手で進む「買った人はどこでも見られる」スタイル
 ソニー・マイクロソフトが「ID統一」でゲーム機以外にも映像配信を

 他方、いわゆる「大手」はまた別の考え方を持っている。それは「一度買えばどこでも見られる」という方向性だ。

米Sonyプレスカンファレンスでのスライド。プレイステーションだけでなく、BRAVIAやBDプレーヤーなど民生機器でもPSNのビデオサービスに対応する
 米Sonyは、1月6日のプレスカンファレンスにて、「PlayStation Network(PSN)のVideo Storeの適用範囲を広げる」と発表した。これまではPS3やPSPが対象であったが、今後アメリカ市場では、BRAVIAやBDレコーダ、VAIOなどで視聴可能になるという。

 この方針自身は、すでに昨年11月の経営方針説明会で「ソニーネットワーク(仮)の構築」として公開されていたものだが、今回改めて、PSNの適用範囲拡大、という形で計画の一端が示された。ソニーは元々、PSNにおいて、「同じIDならばPS3でもPSPでも同じコンテンツを使える」という方針を貫いているが、家電においても、そのポリシーは適用される。これまで、特に米国では「BRAVIA Internet Video」という形で、専用のサービスやYouTubeHDへの対応が行なわれてきたが、今後は、これにPSNをベースとした配信が統合される形に、切り替えられていくことになるだろう。

 配信サービスを始める場合、コストや開発工数の面で問題になるのは「決済とID管理」のシステムだ。今回ソニーがPSNの拡大という形を採る理由の一つも、すでにあるPSNのシステムを活用することで、効率よく、素早く配信システムを立ち上げる、ということにある。

 同様な作戦を採るのがマイクロソフトだ、Xbox向けのネットサービス「Xbox Live」で展開中の映像配信について、一度同じコンテンツを購入すると、Xbox 360だけでなく、Windows PCやZune HDでも視聴可能になっている。今後は、その範囲を映像配信からゲームへと広げる。といっても、古いアーケードゲームを配信する「Game Room」というサービスのみの、限定的な「拡大」にとどまる。

 双方に共通なのは、「圧倒的に数の多いプラットフォーム」、「統一され、すでに多くのユーザーが使っているIDと決済システム」、「購入後に、機器によるコンテンツ買い換えを防ぐ」という発想だ。テレビ側がサービスを羅列してニーズを満たす方向であるのに対し、こちらは1つのサービスの対象機種を増やし、最終的な満足度を高める、という狙いで開発されている。

 実のところ、多くのネット企業・テレビメーカーが理想とするのは後者。別の言い方をするなら、「アップルがiTunes Storeで成功させたモデル」といってもいい。

 ただし、ビジネスモデル上、この手法はメーカーや機器などで「ユーザーを集約する」ことが重要になる。そのため、テレビ側で導入されているような、「企業をサービスでまたいで使う」形が導入しづらい。

 こと「テレビ向けの配信」について、アップルが厳しいのはこの点だろう。ゲーム機から始めるソニーとマイクロソフトは、圧倒的な「普及台数」をベースにユーザー数を増やせるが、アップルの場合には、テレビ向けソリューションである「Apple TV」が今ひとつ有効に働いていないのが厳しい。しかも、同社はDRMや配信システムを他社に公開しないため、「テレビへの組み込み」が難しい。

 CES会場には、「iPod連携機器」は大量にあっても、「テレビとアップルの映像配信を結びつけるもの」はほとんどなかった。機器を問わず「映像配信ビジネス」でくくるならば、アップルは非常に大きなパイを持っているが、テレビに関しては存在が不透明だ。「だからアップルは負ける」などと断言するつもりはないが、日本で語られがちな「アップル圧勝」ムードとは違う空気が流れているのを感じる。

 情報が確認されていないので言及は避けるが、「一度買ったらその後はどこでも」という流れについては、さらに大きなニュースも飛び込んでくる可能性が高い。ここまで述べた話題の多くは、残念ながら「アメリカ市場向け」だ。だが、「すべての動きが日本に無関係」というわけではなさそうなのが、気の抜けないところである。 

(2010年 1月 8日)


= 西田宗千佳 = 1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、月刊宝島、週刊朝日、週刊東洋経済、PCfan(毎日コミュニケーションズ)、家電情報サイト「教えて!家電」(ALBELT社)などに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。

[Reported by 西田宗千佳]